病んだ愛のある食卓
食事の時間が特別になる時とはどういう場合だろうか?
有名な料亭やレストランで食事する時?
珍しかったり特別な食材や調理法で作った料理を食べる時?
結婚式や慶事、海外や旅行先で食事をする時?
どれも当て嵌まりはするだろう。
だが、俺が思うに、肝心なのは「誰が作り」「誰と食べるか」だと思う。
まだ昇って間もない朝日と、雀がちゅんちゅんと鳴く声が聞こえる。
神社のそれ程大きくない台所で俺は忙しく調理に勤しんでいた。
最初は使いづらかった事この上ないかまどや七輪なども使い慣れてしまった。
それだけかつての文明生活から遠離った事になるが、これも諦めさえ付けば順応出来てしまうのだ。
朝早い人間が食べる料理故、それ程手間はかけられない。
麦が混じったご飯。一夜干しにした川魚の開き。前日のおでんの残りにとろみをつけただけの煮物もどき。
おでんに使った大根の菜っ葉と端っこを刻み塩を揉み込んで昆布を刻んだものと一緒に一夜漬けにしたもの。
スキマ妖怪から貰った海苔で作った佃煮と、海苔を巻き込んだ出汁巻き卵。
これに里で買ってきた油揚げと大根の菜っ葉を入れた赤味噌の味噌汁。
品数は多いが、手間のかからない主夫の知恵という名の手抜き料理。
だが、今正にそれに箸を付けようとする霊夢にとって、これらは特別な料理なのだ。
「○○……今日もありがとう」
潤んだ目付きで俺をじっと見た後、感極まった表情で彼女は頂きますと言った。
最初に神社へ世話になった頃、美味いが物凄くぞんざいな手順で作った自身の料理を何ら感慨も無く食べていた人物とは思えない。
いや、世話になっているからと手伝いだけでなく、料理も担当した最初の頃もそうだったろうか?
彼女が俺の料理を至福の、過度に感慨に満ちた面持ちで食べるようになったのは何時の頃だったか?
最初は同席したがっていた萃香や
魔理沙が尻尾を巻いて逃げ出し食事の時間帯には神社に近付かないのはいつ頃からだろうか?
慣れない頃は、食事を横取りしようとした相手に荒振り過ぎた彼女にドン引きしていた。
別に飢えてもないしお代わり分は充分にあるのに、でかい陰陽玉までぶん投げるなんて尋常ではない。
だが、ある時ふと気付いた。彼女の小さな呟きを。
「えへへ、私、○○の作ったもの食べてる。○○が『私に』作ってくれたものを食べている。
私と○○だけで食事が出来ている。私と○○だけの食事。○○と私だけの食事」
霊夢にとって、神社で俺と共に食べる食事とは最早儀式なのかもしれない。
そして、この後に起きる事に続くとっかかりなのかもしれない。
「ふぅ……ごちそうさま」
「お粗末様でした」
文字通り舐め尽くしたかの様に綺麗さっぱり平らげた霊夢が大きく息を付く。
俺は何時も通りにお膳を片付け、食後のお茶を淹れようとしたが霊夢に止められた。
「食後のお茶の前に……運動しましょ?」
艶のある笑みを浮かべた霊夢が、俺にゆっくりと顔を近づけ唇を奪う。
最後に啜った味噌汁の味が、霊夢の舌に残っていた。
特別な「食事の時間」が終わり、特別な「食後の時間」が終わる。
こりゃ、昼前までは誰も神社に近づけないなと思いつつ、しなだれかかる霊夢を抱き上げ寝床へと向かう事にした。
感想
最終更新:2019年02月09日 18:56