<注意>本編のネタバレになるので白々執事本編を読んでから本作を閲覧ください
とある光の神様は最も勇敢で美しく、誰からも愛されていました。
その母親も鼻が高く彼を心の底から溺愛していました。
ある日、彼は悪い夢を見ました。
その夢の中の彼は親友からも家族からも相手にされていないのです。
痛いほど感じる一人ぼっち。
これは紛れもない悪夢、毎晩その悪夢に神様はうなされ続けました。
不安になった彼は次の日、母親に相談しました。
これを心配した母親は彼を胸に抱き締めこう言いました。
『“あなた”は誰にも嫌われていないわ』
これ以上我が子を恐がらせたくないと思った母親は一つ決心しました。
それは無謀ともいえるかもしれません。
しかし彼女は可愛い子供のためにとても真剣です。
果てをも見渡せる世界の中心に立ち、全ての生き物に振り向かせました。
そしてありとあらゆる生き物に約束させました。
我が子を傷つけるな、愛する我が子を悲しませるなと。
――人里――
蜩も憂鬱に鳴く夕方だった。
集会場の扉が閉まり、里の重役は思い思いの方向へ解散していった。
守護者の上白沢慧音は面々と別れる前に一言、一人の青年に挨拶を交わした。
丁度彼は重役に労いの言葉を貰いもみくちゃにされていた。
「今日の分はこれくらいだ、また明日も頼むよ」
「あっ、はい!お疲れ様でした」
一人の外来人が居着いていた。
名前は●●、外の世界では法学部を専攻していたごく普通の大学生だった。
至って平凡だが、好奇心旺盛で社交的な青年である。
ある日ふと山を登ってみたことすらも気まぐれの一つだった。
そのまま森林の景観が変わり、初めて幻想入りしたことに気づいたのだ。
「いやぁ~、楽しい話し合いでしたね~」
「うむそうじゃな、このままここで暮らしても良いんじゃぞ?」
あてもなく迷っていたところを白黒の魔法使いに保護され、里に連れられた。
勿論幻想郷のことを教えられ、帰ることも勧められた。
だが●●は幻想郷に滞在することを選んだ。
その決定は面白そうだからという単純な理由だった。
「いえ、俺は春には外に帰るつもりです」
「そうかい、残念だねぇ」
「寂しくなるけど、それまで悔いの無いようにね」
「ええ。心得てます」
最初は遠地への配達を好奇心からやってみるもその度に怪我をして帰って来た。
崖から落ちて足を骨折した時には年配から大泣きされ、顔役の慧音から大目玉を食らったこともあった。
無茶をしてはよく心配され、少し頼りなかったものの人里には受け入れられていた。
だが暫く暮らしていくうちに出来た友人の何気ない一言から●●には目標が出来た。
それは幻想郷で学んだことを外の世界で活かすことだ。
まず良く相談に乗ってくれた慧音にこの事を話してみた。
すると、少し寂しい顔をしながらも彼の決心に肯定してくれた。
流石に耳が早いのか次の日には知り合いに揉みくちゃにされたぐらいだ。
それ程、里での信頼が厚く誰からも別れが惜しまれた。
「うそ…まさか、ね…?」
向こう側で立ち聞きしている金髪の魔女、アリス・マーガトロイドもその一人だ。
●●は彼女の人形劇を見に来る常連で何度か顔を合わせていた。
その度に親交が深くなるにつれ、確かな友情を築けたと彼は思っている。
だがアリスにとっては単なる知り合いに収まらずにはいられなかった。
何処かもどかしくも遠目で見つめる日々。
その日から彼女は自身への一つの猜疑心が生まれつつあった。
――魔法の森――
秋口の曇り空に見合った心の靄をぼんやりと抱えたままアリスは草原を歩く。
憂鬱の原因は簡単、気になる人物の事だ。
その彼は最近人里で良く見かける青年で、人当たりも良い。
気づけば自分も取り入る隙間が神隠しの主犯によって閉じられてしまったかのように。
このまま机に突っ伏していても湿っぽい空気に息が詰まりそうだと、気分転換にふらりと出歩いた矢先だ。
突然、草むらの向こうから妖獣が数匹狂ったように飛び出してきた。
「な、何!?ちょっとおかしいわねこれ」
どこか様子が可笑しいとすぐに察知した。
まず魔性に満ちた蒼い眼で睨むように観察する。
怪物から妖力と別の成分の力が溢れているようだった。
その成分を詳しく分析する事も出来ない辺り、僅かな苛立ちを感じさせる。
「くっ、寺の住職さんに教わっとくべきだったわね!」
先手を取るべく思い思いに武器を構えさせた人形を差し向けた。
人形の繰り出す乱舞の嵐が化け物共を蹂躙していく。
だが予想以上に肉が厚く、剃刀程度では殲滅させるには至らない。
一匹に数体の人形で執拗に切り刻んでやっと絶命させるに至った。
「…やった?」
弾幕の配分を軽く誤ってしまい、怪物が一匹生き残っていた。
その一匹が引き裂かれた仲間の残骸に隠れていてアリスは気づかない。
「つッ!迂闊…!」
振り返った頃には一手遅かった。
肉が踏みつけられる音と共に死骸を踏み越えて怪物が襲い掛かってくる。
人形に守らせようとも一手遅れた。
思わず受身の姿勢に転じようとした。
はたまた突然、頬を何かが掠めたと思うと光の球が猛獣にぶつかった。
振り返ると見慣れない青年が一人立っていた。
「大丈夫ですか!?」
「誰だか知らないけど恩に着るわ」
アリスは構えなおす。
もうさっきの不意打ちは通じない。
作戦変更と頭の中で切り替えた。
今度は相手の妖力を利用してやるまでだ。
手に乗せた一握りの光を差し出すと、怪物は筋肉を蠢かせ更に咆哮した。
「ちょっと、敵に塩を送ってどうするのですか!」
「それで良いのよ、見ていなさい」
アリスは手に包み込んだオーラを放ち、猛獣の肢体を刺激する。
先程まで威勢よく唸っていた化け物が今度は苦しそうに呻きをあげだした。
その瞬間、体中から血が噴き出した。
「一体何が起こったんだ?」
「いいから貴方も手を動かしなさい」
青年は慌てて一直線に手を伸ばし光のカーテンを怪物に向けた。
「くっ…出来るか!?」
追撃により怪物が動けなくなるくらいに肉が膨張し始めた。
それを見逃さず、アリスは好機と見た。
懐から銀髪の人形を取り出し手の平の上で浮かばせる。
フリルたっぷりの服に清楚なカチューシャ、何故か片目に釘が刺してある。
他のとは違い禍々しい空気を漂わせていた。
とある人物に何か恨みでもあるのだろうか?
心なしか青年は見覚えはないと必死に思い込もうとした。
すると散らばっていた人形達が怪物を立方体状に取り囲み、どす黒い配色の結界を張り出した。
初めて実践してみる魔法なため上手くいくかは彼女の正確さ次第。
そして詠唱を始めた。
「集え、時空よ。我が忌ましめの檻となれ」
「ぐ…ゥギギ……!」
詠唱が進むにつれて手の上の人形がケタケタと震えだし、掲げた手先の五指は鷹のように鋭く爪を剥く。
その手に反応するように結界は少しずつ火花を散らしながら小さくなっていく。
中の怪物は箱の中で足掻くも重力に押し潰れていく。
「魔符、アーティフルサクヤファイス!」
筋肉の増強に伴う負荷が限界に達したようだ。
掲げた手が閉じたと同時に化け物は結界に圧縮され血の一滴も漏れることなく粉砕された。
「ふぅ、やっぱ色々とヤバイから封印しとこうかしら」
(本人には黙っておこう)
どうとばかりに満足げに得意顔を見せ付けるアリス。
傍らの青年は呆気にとられ、ただ見惚れるばかりだった。
戦闘が終わり、アリスは落ち着いて良く観察してみる。
気遣って呼びかける一方で、目は鋭く彼を分析していく。
「大丈夫かしら?」
まず彼はどこにでもいるような黒髪で少し色白の肌、外来人であるのは一目で分かった。
だが身なりを一瞥するだけで普通の外来人と事情が違うとも分かった。
彼の服装は少し土埃を被ってはいるが、質感の良い白いワイシャツだと見て取れる。
そして黒いベストには赤い羽根を象ったブローチが飾られている。
恐らくどこかの勢力に属していて、そこで服を支給してもらっているのだろう。
妖怪に労働を提供する代わりに庇護と衣食住をもらうのは珍しくない。
見た限りではそのブローチが紅魔館所属だと主張しているようだが。
腐れ縁に近いアリスにはあの高慢な当主が人間をどう扱うのかが分かりきっている。
あのただ一人の突然変異種を除いて。
にしても見た目からして結婚詐欺師のように顔の皮を二枚被っているようだ。
こちらを睨む目つきがふてぶてしく、どうにも信用できない。
「見た所貴方も私程じゃないけど魔法使いのようね」
「はい、私は紅魔館専属魔術師の○○といいます」
やはりかとアリスは確信する。
まだ未熟だが彼は魔法を使いこなせていた。
アリスには一目で見抜くことくらいどうということはない。
だがその見積もりも次の言葉で霧散した。
「申し訳ありません、先ほどの怪物は私がけしかけたようなものなのです」
「ちょっ、どういうこと!」
「えぇとですね…魔法の練習で奴らに誤唱してしまったのです、言いにくいのですが…」
要は彼が覚えたばかりの精神増強の魔法を実践しようと魔法の森に潜入していた。
そこで丁度先ほどの怪物が接近してきたので自分に使おうとした所、相手に暴発してしまい肉体共々暴走させてしまったということだった。
そんなしょうもない失態の報告を真顔でされてもと、アリスは眉間を指で押さえ込んだ。
「ハァ…こっちは溜まったもんじゃないわよ、貴方もこれから気をつけなさいよね」
「は、はい。肝に銘じます」
アリスは呆れたように溜め息を吐き、適当にあしらって去ろうとした。
しかし青年は慌てて引き止めた。
「お待ち戴けませんか!?先程は無礼な仕打ちをしてしまいました。
お詫びに是非とも貴女の家までお送り致したいのですが…」
「結構よ。私一人で帰れるから…」
「お聞き届けいただけるまで、私は貴女を放しません」
先程の不敵な態度から一転、○○は真剣に見つめる。
だからといってアリスは人の好意を無碍には出来なかった。
もうどうにでもなれと肩で重い息を吐いた。
「はぁ…、仕方ないわね…!その言葉は恋人にでもとっときなさいよ。家までついてきて」
「よろしい、では参りましょう」
――アリスの工房――
「悪いわね、中は散らかってて…」
「いえいえ」
丁度良さそうなスペースを見渡し、広さを目で測る。
大体の目星がついたら、裏の物置で適当な椅子を探すがどこにもない。
まずったかとアリスは部屋の椅子を引っ張り出そうと考え始める。
「あちゃー、先月壊れたから捨てたんだっけ」
「お困りですか?でしたら」
見かねた○○は話をしようと言わんばかりに指を鳴らした。
すると庭の土が細かく振動し出す。
アリスは何事かと慌てて○○の元へ駆けつける。
骨肉の溢れた腕がわらわらと這い上がってきて、円卓と椅子の体を成すまで何本も絡み組み合わさる。
こうして閑静な庭に何ともグロテスクなテーブルと匠の技巧と悪意がこもったベンチが出来上がった。
「うげぇ…」
「どうぞお掛けになってください」
「あのね、少しはマシなのを…、もういいわ」
アリスは青ざめつつもされるがままに家と反対側の椅子に浅く座る。
彼女に向かい合うように深々と家屋側の椅子に座り込んだ。
暫くすると可愛らしい手乗りサイズの人形達がトレーを運んで来て、慣れた手つきで紅茶を淹れて二人に差し出す。
「本題に入りますが」
「用事なんかあったの?初耳なんですけど」
確かに○○には目的があるのは確かだ。
だがアリスを含めて人形達の包囲網があっては動き辛い。
それも○○ではない、○○の下僕が。
ならば、この一言で少しは動揺を誘えるはずだ。
「七色の人形遣い、アリス・マーガトロイド…ですね」
「知ってたの!?」
小さな影が開きかけていた僅かな窓の隙間を潜り抜ける。
のらりくらりと尾も掴ませない顔で○○は話を続ける。
「ええ、一通り幻想郷の住人についてお嬢様方からお伺いしましたから」
「そう…まあ確かに私は魔女よ。ただ貴方のような小物とは程度が違うけどね」
お返しにとアリスは突き刺すように投げかける。
負けじと○○はむっとしたが、すぐに愛想良く取り繕う。
「そりゃまぁ……魔法を学び始めてまだ日が浅いのですが」
「へぇそうなの?話が逸れちゃったけど用件を聞くわ、何か話でもある?」
「はい。不躾ですが貴女に頼みがあります」
いきなりの一言にアリスは警戒した。
見れば彼の瞳が淀んでいるのに気づいた。
自分の何かを絡め捕ろうと企んでいるのではないかという具合に。
最初からこれが目当てだったのか。
「何かしら?」
○○は落ち着きなく視線だけを右往左往させる。
頃合を見てテーブルの下を死角に手に忍ばせておいた水晶を覗き込む。
水晶の映す映像は今まさにこのアリスの家の中だ。
「私に自律人形の研究資料を拝借させてください」
「は?」
液体状の影が壁際を這って行くと、真上には棚が高楼のように聳え立っていた。
右へ左へと視界を揺らす。
やがて影は目的の物がたんまりとあるのを発見した。
それはもっともアリス自身が見慣れたもの。
早くと心の中で急かしながらも今の会話を繋げる。
「師から貴女のことは伺っております。自立人形の研究について私も個人的に興味があるのです。
私からもご協力致します、もしよければ図書館の方へも対価を提示なされてもかまいませんので拝見しても宜しいでしょうか?」
「うぅむ…、どうするか…」
眉間に指を当て険しい顔で一考する。
出会った時の対話と照らし合わせて○○という人物を吟味してみる。
彼が紅魔館に所属する魔術師であるのは確かだ。
ただ、魔法使いという種族としてでなく魔術師は職業としての意味合いが強い。
魔法使いと言わず自ら魔術師と名乗っているのは人間という種族に執着しているからであろう。
ここで思うのはどうやって魔力を身に着けたか。
先程の台詞から察するに知識の魔女パチュリー・ノーレッジから手解きを受けたのだろう。
彼女程の出不精がなぜ進んでこの青年を一人前の魔術師に育て上げたかは分からない。
己の知識を試すためか、肥えた所を喰らって魔力を奪う算段なのか、だがそこは重要な事ではない。
問題は○○の後ろには魔女がついているということ。
ここで何かあったら彼女らと一悶着がありそうだ。
逆にこの男を鉄砲玉に何かを仕掛ける算段なのかもしれない。
下手に交渉をこじらせず、旨く話が着けば図書館の資料の一つや二つ頂戴出来るかも知れない。
そう回りくどくなりがちなのも、とある人物がカゲキな手段に出るものだから拝借し辛いのもあるのだが。
となれば一旦追い返しておこうかと考えた。
「悪いわね、まだ資料の整理が出来てないしまだ簡単には見せられないのよ」
「左様でございますか…」
意味深に言葉に重みを含めて○○は残念だという旨を返す。
それもアリスの鼻につく程に。
「えぇ、その件は一旦保留していただけるかしら」
「分かりました。無理を押し付けて申し訳ありません」
こうして○○はグロテスクなテーブルと椅子のセットを地面に引っ込め、ティーセットを人形に返した。
「気をつけて帰りなさい。一応考えておいてあげるわ」
「えぇ、失礼します」
そして得る物なくとぼとぼと帰っていった。
アリスからも気に入らない所だらけだが見所あると薄々思っていた。
もしかしたら○○からも良い研究材料を得られるかもしれない。
決して損する取引とは言い難いが…
給仕役の人形に食器を片づけさせる。
しかし彼女の表情は穏やかではない。
勿論怪しい○○の事もあるがもう一つ違和感を感じていた。
研究が上手く進まず、選択肢ができ、出会いがあり、取引があり…
にしてもアリスを取り巻く状況が錯綜し過ぎている。
一応今は考えすぎだと片づけておくことにした。
――人里近辺街道――
数日後、アリスはまた●●に会いに出かけてみる。
勿論彼女は人形の素材調達のためだと必死に言い聞かせているが。
いつも飛んで行く森が全く知らない道に見えてしまう。
最近どこか森の様子がおかしい気がした。
幻想郷独特の空気というか威圧感というかそういう覇気がない。
妖精の姿も見当たらない点も気になる所だった。
だがアリスにとってはご近所の庭で起きた揉め事程度でしかない。
「今のままだと、間に合わない…」
焦燥に駆られていた。
今の目標にも手が届かず、意中の相手にも逃げられつつある。
時間がない。
ならばどちらかだけでも。
「あーあ、今日も収穫なしか~!ついに不況の波も幻想入りしたのかいこりゃ…」
どこかで聞き覚えのある声がして思わず近づいてみる。
見た目からして妖怪のようだった。
おさげを簡単に結った赤い髪から垂れ下がっている猫耳、尻尾をげっそりと萎れさせていた。
「誰かと思ったら地霊殿の飼い猫じゃない」
「ゲェ、アリスじゃない」
ゲェって何と内心つっこむが、気になる所なので話だけは聞いておく。
お燐は前のめりにさせた猫車の引き手に寄り掛かり溜め息を吐いた。
「最近死体ドロがでてさ。おかげでほとんど持ってかれてこっちの商売上がったりなんだよ」
お前が言うなと心の中で毒づく。
「そんでね~ちょっと聞いてくれるかい?」
「あぁいや、私はこれで…」
とりあえず適当にあしらって別れることにした。
あのままだと愚痴を延々と聞かされていたかもしれない。
周囲の妖怪の瘴気が薄れつつあるのも人間の死体が減ってきた事と関係があるのだろうか。
「考えても仕方ないか」
それよりも重要な事があった。
●●の事だ。
彼とであったのは人形劇を終えた帰りだった。
夕刻前の賑やかさが抜けた人里を出る前にふと呼び止められた。
話を流す気で聞くと、彼は息を弾ませて今日の人形劇の事を話し出した。
アリスにとっては日頃通りにそつなくこなした演目だったが、初めて見る彼は感動したらしくむず痒くなるまで誉めちぎられた。
今度色々と人形を見せて欲しいとお願いを受けて別れた。
それが馴れ初めだった。
その頃はまだ良く喋る男だとか新手の追っかけとしか認識してなかった。
純粋な尊敬の気持ちに少し面食らったことがあった。
いつの間にかその眼差しを煩わしく思わなくなり、寧ろ彼の期待に応えたいと思うようになった。
やがてこの気持ちが恋へと変わるには時間はかからなかった。
そしてアリスを恋の迷路の中で掻きたてていく。
言うまでもない、焦りだ。
心の引っ掛かりを風と一緒に振り切って、気がついたようにふわりと着地する。
真正面には行き交う人だかりの末端。
彼女の中で予定はもう決まっている。
まずは里の守護者に、そして次は直接●●に色々と問い質してみよう。
そうと決まればと早足に喧騒の真っ只中に入り込んでいった。
「あいつの言う通りか、どうも上手くいかないことだらけね」
取り残されたお燐は独りごちた。
死体を欲しがるのはどこの物好きかと自分を棚に上げて思案する。
いるとすれば、いつの間にか幻想郷に居着いている怪しい仙女くらいだ。
だが露骨に死体をかき集める程、飢えてるようには見えない。
そもそも彼女は一つだけ溺愛してるからそれ以外必要ない筈なのだが。
ふと魔法の森を調べに行ったときの事を思い出す。
「まぁ、死体なら確かに仰山あんだけどね…」
脳裏に浮かぶのは、森林の奥底。
草を掻き分けて見たい物の方へと突き進む。
飼い主を真似るようにゆっくりと心の中を追って行く。
(退治するにしても、巫女さん見習って丁重にもてなしてくれないかな)
そこには妖怪達の変死体。
どれも全部、筋肉が破裂したあまり皮が裏返され、頭から血を滝のように流して倒れていた。
それに加え、眼球が潰され、歯茎も砕かれ、ありとあらゆる箇所が抉られ、妖怪が何かと戦い敗れ死んだ跡があった。
妖気が塵すら残さず搾り取られていた。
まるで身体にかかる大きな負担に耐えられずに血管が切れたように。
惨いとしか言いようがなかった。
(やっぱり、___の仕業……なんて事ないよね)
幾千もの仏を見てきたお燐でも不可解に思った。
楽観的な脳がこのときばかり、知っている全てを搾り出して考える。
そして、最近この周辺で出会った“あいつ”に聞いてみようかと結論に至った。
後は考えてもしょうがないとばかりに、愛用の猫車にもう一仕事させ走り去っていった。
続く
最終更新:2013年06月23日 11:00