俺の名は○○。
つい数か月ほど前にここ幻想郷にやってきた外来人と呼ばれる人間だ。
俺はここに来てから色々と手助けをしてくれた阿求さんと少し前まで付き合っていた。
過去形なのは、すでにそういう関係ではないからだ。
彼女はとても献身的な人物だった。
純粋無垢であり、育ちの良さもはっきりと分かる。
まさにお嬢様といった存在であり、俺も阿求さんという高嶺の花な人の彼氏である事を誇りに思っていた。
きっかけはある日、俺が慧音さんと話をしていた事だ。
話が終わり、帰る為に帰路に着くとその途中に阿求さんが佇んでいた。
「・・・○○さん、私はもう用済みなんですか?」
そう言って俺を見る彼女の眼は虚ろで光など残されていなかった。
その時は俺も気のせいだとおもっていたが、日に日に彼女のそれはエスカレートしていった。
「○○さん。何であの人から貰った物なんて食べてるんですか?」
「ダメじゃないですか。ちゃんと捨てておかないと。」
「さ、私が厳選した最高級で最も質の良い物をお食べください。」
彼女のそれは完全な妄信・・・一種の信仰といっても良い物だった。
俺の為に躊躇いも無く金をつぎ込み、自分を(彼女の考える)有害な物から全力で守る。
俺はそんな彼女に恐怖を抱き始めていた。
自分のためにあらゆるものを捨てられる彼女が怖くなったのだ。
だから、ある程度の距離を取るために少しの間だけ他人となり、阿求に冷静になってもらいたかった。
自分の為にそこまでする必要は無い、と。
・・・思えばそれが失敗だったのかもしれない。
別れを告げて4日後、再び彼女は来た。
その手にもぞもぞと動く大きな袋を引きずって。
「○○さん、この幻想郷で最も強い人間とされる博麗の巫女です。」
「家にあった道具で能力も弾幕も封じてありますのでお好きにしてくださって構いません。」
「だから、捨てないでください。私をどんな形でも良いので貴方のお傍に置いてください。」
「どうか、私にもう一度チャンスを・・・。」
俺に躊躇いは無かった。
阿求さんを突き飛ばし、博麗の巫女が入れられた袋を家に引きずり入れて厳重に鍵を付ける。
そして袋を縛っていた紐を解き、博麗の巫女を助け出す。
「あ、ありがとう。たすかっt「○○さん!お願いします!もう一度!もう一度だけチャンスを!」」
もう彼女に対して恐怖しか沸かなかった。
彼女は俺の為に人の命すらも差し出したのだ。
それも、この幻想郷の最重要と言っても過言ではない人物を、こうも簡単に。
俺は霊夢と共に慧音さんの家に駆け込み、阿求さんの隔離を頼んだ。
事情を聴いた慧音さんも、隔離したほうがいいだろうという判断を出した。
そうして彼女は自らの屋敷に隔離された。
俺と阿求さんの関係は終わりを告げ、博麗の巫女・・・霊夢さんとの関係が始まった。
彼女と仲良くなるのにそうそう時間はかからなかった。
そして、現在・・・
「ねぇ、○○。鬼の萃香を連れてきたわ。」
「お願いだから、萃香も私も好きにしていいから。」
「だから、またあの幸せな日々に戻りましょう?」
俺はあの時と同じく霊夢を不意打ちで突き飛ばし萃香を助ける事に成功した。
そして袋の紐を緩め――――
歴史はまた繰り返される。
彼が変わろうとしない限り、彼が優しい存在である限り。
そう、それは輪廻をも越えて永遠に―――。
最終更新:2013年07月02日 08:26