私は月のウサギだ。
  地上に一度降りたが、すぐに月へと戻り以前の「レイセン」のように穢れにまみれることはなかった。
  あれからも相変わらず依姫様の厳しい修行と退屈な餅付きがある。
  日々同じ作業の繰り返し。
  ……ああ、私。もう、限界かもしれない。
  いくら依姫様が優秀な方でも、豊姫様が慕われていようと。
  限界だ!繰り返しの、永遠の日常は私には耐えられない! 
  きっと、地上に行けば―…!
  知っている。
  環境のせいにするものは本当に才の無いものの行う愚行だと。
  でも、でも。
  私は、気が狂ってしまいそうなんだ!

  「…ここは、」
  地上だ。羽衣を使って地上へ来たらしい。
  「…相変わらず欲に塗れ、穢れだらけねぇ」
  ポツリ、とつぶやく。此処はどこだろう?奥に里が見える、が。
  「行ってみるしかない、わね」
  今回、私は退屈な月に戻る気はない。
  羽衣をそこらへんに捨て、里へと歩き出す。
  ……あぁ、楽しみ!

  里。たくさんの人が色々なことをしている。
  「なんだかなぁ」
  店、店、店。人はたくさん居れど、店はたくさんあれど住居がここにはない。
  私は奥へ進むことにした。
  きっと、きっと。なにかがあるはずなんだ!

  「何もない!」
  思わず叫んだ。そして涙が出てくる。
  あぁ、小さな決断と無駄な行動力は何にも役立たない。
  突然、たくさんの「怖い」がおそいかかってきた。

  誰もいなかったらどうしよう?私は何も出来ず穢れに塗れ死んでしまうのだろうか。
  依姫様、いや月から迎えが来たら?羽衣を捨てたから怒られてしまう。
  そもそもなんでこんな所へ来てしまったんだろう?
  やだ、怖い。
  怖い怖い怖い!!
  泣いていたのかもしれない。
  ほほを熱いものが流れる。独りの感覚は形容しがたい恐怖を伴う。
  あぁ、地上にいる「レイセン」はこの感覚を覚悟で途上にきたのだろうか?
  私は、私は。
  何もできないちっぽけな弱虫だ

  「あのー。大丈夫ですか?」

  不意にする声。人間だ。
  「…う」
  「?」
  「うわぁああああああああああああああん!」
  私はみっともなく泣いた。

  それからはよく覚えてない。
  気付けば人間の家で温かい飲み物を飲んでいた。
  その人間は〇〇と名乗った。私も名を名乗る。
  すると男は驚いた顔をした。
  「へぇ、里の薬売りさんと同じ名前だ。」
  「え、もしかして、」
  「本名は鈴仙・優曇華院・イナバっていうらしいけどね。」
  やっぱり「レイセン」だ!もしかしたら私もあえるかもしれない?
  うん、そうしたらたくさんお話をしたいなぁ。月のこととか、地上のこととか。
  少し楽しくなってきた。
  「会えますか!?」
  「まぁ、…彼女とは色々あるからなぁ」
  ははは、と苦笑する〇〇。
  色々なことってなんだろう?私とて噂好きの月兎だ。気になる。
  「……そうだ、ちょうどいい」
  「へ?なんでしょうか。」
  「君、レイセンだっけ?いくところはあるかい。」
  「ありませんけど」
  「じゃあ、短期間でもいいからここに住んでくれないか?頼む。」
  「ゑ」
  そんなこんなで〇〇と住むことが決まった。
  どうしてこうなった。


  それからは私は〇〇のために一生懸命働いた。
  家事、買い物など。
  ○○は働きに行っているそうだ。
  …しばらく、そう。私も穢れに塗れてきたころ。
  わたしは○○に恋情をいだいた。
  寄り添えるだけでいい。頭を撫でてもらえるだけでいい。
  毎日が幸せだったんだ。

  あの時までは。

  永遠亭。
  「なー鈴仙。あの男の所に兎が来たらしいよ」
  「知ってるわよ」
  くすくすと笑うてゐ。
  「あんまりいじめないであげなよ?」
  がりがりがりがりがり。
  白い手を彼女自身が赤く染めている。
  「…なんでよ私が住もうっていったら断ったくせに。あの兎の時は自分から誘ったらしいわね…何でよ。どうしてよ。私もあの子と同じ兎だし○○に尽くしたし私は○○に自分のすべてをささげる気でいるのに何であんな小娘に…私のほうが私のほうが私のほうが…」
  そういいながら鈴仙は部屋をでていく。
  てゐはそんな後ろ姿にため息をついた。
  「…今日は雨でも降りそうだね。真っ赤な、血の雨が」

  さて、きょうは〇〇と里めぐりです。
  いったい何があるのかな?あんまり外に出ない私としては限りなくうれしい。

  ……どのくらい時間が経っただろうか。

  ぞく、と鳥肌が立った。
  負のオーラ。それがわたしたちへと近づいてくる…!?

  「危ないっ!」

  ○○を突き飛ばすと銃弾の形をした、いつか見た「弾幕」が降ってきた。
  これは、これは?

  「あははははっひゃはあは、ほんとぉだったんだぁぁあああああああああ!」

  また、弾幕。すべての弾を喰らい、私は吹っ飛ばされる。
  とても、痛い。目の前があまり見えない。血だ。血のにおいがする―…
  〇〇、○○は大丈夫かな?
  そう思い〇〇の方へ視線を向けると。
  ○○にまたがって、ナイフを向けている少女が、いた。

  「ねぇ、なんで私じゃだめなの?私じゃダメ?ねぇねぇー、あのうさぎよりいっぱいいっぱいイイコトできるよ?」
  「黙れ鈴仙!俺はお前と、お前なんかと暮らすつもりはない!」
  「…なんでぇええええ、どうしてなの…?」
  顔をゆがめぼろぼろと泣く少女、そう。あれが私の前の、ペット「レイセン」。
  鈴仙はナイフをゆっくりあげ、そしてにたりと笑った。
  「…死んだら私のものになるかな?」
  振り下ろす、瞬間。

  「…やめ、て」

  息を吐くたび血が出る。
  力を込め、ポケットから小さな銃を出し、鈴仙へと撃つ。
  パァン。
  銃声。
  鈴仙は、あっけなく倒れていった。
  ○○を襲う、悪は倒れたのだ。
  私、私が。貴方の、○○の隣にいればいいんだから、そんな邪魔しないで欲しかったな。
  ―裏切り者、鈴仙。

  「レイセン!大丈夫か!?」
  ○○が私を抱え起こす。…とても暖かい。
  喋れない。血が、わたしと○○を染めていく。
  いたいなぁ…
  「…ウ…ッグァ…」
  もはや人の声が出せない。
  やだ。
  ○○と離れるのは嫌だ、はなれるのはいやだいやだいやだいっしょがいいにしたくないしにたくないしにたくない、
  いっしょいっしょずっといっしょがいいよぉお、わたしはわたしは。
  あなたが、だいすきで、 
  はなしたくないから。

  「…あ、」

  ○○が血を吐く。
  なんでかって?わからない。
  わたしだって、近くにあったナイフで何で〇〇を刺したのか、致命傷を負わせたのかわからない。
  ○○から、急激に体温が失われる。と、同時に私の視界も暗転する。

  これで、ずっといっしょだ。


  今宵の月は兎が跳ねまわるのに丁度いい。
  しかし、夜が明ければ何もなかったことになるだろう。
  月は何も語ってくれない。
最終更新:2013年07月02日 08:35