人里外れのお寺 最近増設された茶室にて

「美味しゅうございました。迷いの無い、澄み切った味だ」
「そうですか」

何処か疲弊し、目の下に隈すら拵えた慧音が、茶碗をそっと置き息を付く。
それを見るこの寺の住職である聖白蓮は非常に健やかだ。
彼女は確かに聖人である。それを前提としても悟りに至った者特有の穏やかさが全身から満ち溢れている。

「その茶を美味しく感じるのは、貴女の心が疲れているからです。
 ○○さん……でしたね。あの方に恋患うのに疲れましたか?」
「……! ………………その通りだ。もう、私は疲れ切ってしまった」

見抜かれた慧音は嘆息を吐き、○○への想いを口に出す。

「それなりに長く生きてきたがこれ程に恋い焦がれるとは思わなかった。
 外来人の、たった数日世話しただけの男が欲しくて欲しくて堪らないのだ。
 私は里の守護者だ、博麗の巫女ではないが、里に住まう者全てに平等で無くてはならない。
 公平で節度を保たねば守護者としても、教鞭を執る者として不適切だからだ……だが」

頬を涙が次々と伝う。慧音はその場に突っ伏し、思わず伸ばした爪でギリギリと畳を掻きむしった。

「先日、新築した○○の家にお邪魔したんだ……そんなつもりは無かった。
 何時も通りに接する事が出来ると思ったのに。2人きりになったと言うだけで……想いを押さえきれなくなってしまった。
 ○○を組み伏せて、思うがまま貪ってしまった。それでもアイツは私を許してくれた。
 なのに私は、アイツが『少し距離を置いて考えよう』って言われて身も蓋もなく取り乱してしまった。
 泣きながら、醜態を晒しながら泣き落とそうとした。そして、アイツの驚いた顔を見て。
 自分の浅ましさに気付いて逃げ出したんだ……それでこうして相談しに来た。もう、自分がどうしたらいいか解らなくて」
「そうですか。別に変ではありませんよ慧音さん?」
「えっ?」

泣き濡れた顔を上げる慧音に、白蓮は菩薩の笑みを浮かべた。
彼女は慧音に近付くとその手にそっと自分の手を重ねた。

「私も同じ悩みと苦しみを背負った時期があります。伴侶に対する想いと我が理想との狭間で苦界へ落とされた。
 ですが、私は気付いたのです。我が想いに比するものも存在しないと」

彼女はその白魚のような指で、自分の首に掛かった布を愛おしげに撫でる。

「これは、私があの人に想いを伝えた時に掛けたもの。
 外界への想いと私に対する想いに挟まれたあの人を解放した時の願い。
 私はあの人に言ったのです。私は貴方へ全てを捧げる事が出来ると。
 人妖共存の理想も、この寺も、理想を共有した者達も、全て捨てる事が出来ると。
 私は泣きながらあの人の足下に縋り付き、想いの丈を全て吐き出したのです」

白蓮は首の布を愛おしげに撫でながら、慧音を励ますように言う。

「己の矜恃、生き方、願い、積み重ねたもの、全てを投げ打つ覚悟があってこそ愛は成就するのです。
 この首の、所有の証は私の全てがあの人のものである証。
 私があの人に出会う前の生き方を続けているのも、あの人が私の愛を受け入れると同時にそう願ったからなんですよ?」

慧音は驚愕すると同時に、心の奥底から感動がわき上がるのを感じた。
こんなにも人を愛する、こんな形で人を愛せる方法が有ったのか。
地位だの役目だのに括られ、○○との想いとの鬩ぎ合いで苦しんでいた自分が矮小に思える。

「白蓮殿……私も、貴女の様になれるだろうか?」
「ええ、きっとなれます。全てを投げ打って愛する者を得る覚悟さえあれば、道は開けます」
「白蓮殿……!!」
「慧音さん」

2人は同志になった。迷いが晴れた慧音の目は澄みきり、それを見守る聖人の目は何処までも優しかった。
そして村外れに住むお人好しな外来人の青年の背筋が凍り付いたのだが、それは些末な出来事だろう。
今日も幻想郷は、愛に溢れていた。

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最終更新:2013年07月03日 11:56