※ネタバレ注意!本編を読み終えてから閲覧ください
――紅魔館のとある一部屋――
蝋燭の仄かな光を集めて室内を照らす夜。
気分と一緒に空気を入れ替えようと窓を開けて一息入れる○○。
酔いを醒ますのに寒いのも気にならない。
妖怪の時間である夜にしては静かで気苦労に疲れた肩で深呼吸すると気持ちが安らぐ。
外を見下ろせば敷地内の庭園が月の光にほんのり彩られている。
静かに風に揺れて庭園の草木や花が歌う中でただ一人ぼんやりと考え事をする。
今日も一日が大分短く感じられた。
考える隙間もなく館の中を飛び回り、また魔導書の方式を読み進めた。
何段あるか分からない階段や変わらない内装の廊下が目に焼きついて離れない。
一体何往復したか。
そして今日は館内だけでパーティーがあった。
吸血鬼がこの日を祝うのもどうかと思ったが楽しめれば問題ないようだ。
今日の研究も早く切り上げられメイド長を手伝ったこともあって、疲れてパーティー所じゃなかった気がする。
酒やお祭り騒ぎに慣れないのもあって終わったら早めに引き上げた。
勿論、師でもある魔女とメイド長が察して呆れ顔で会場から追い出してくれた。
それも構わず月が隠れてもぼーっと空を眺めていた。
「…ぇ………………」
雑務に疲れた身体を癒すように。
瞳を閉じる。
今でもあの人が丁寧に整えてきた緑と色とりどりの花壇が目蓋の裏に居着いている。
目耳から入る余計な情報をシャットアウトして。
「………くん…」
一人部屋に閉じ込められた冷気に浸る…
「○○君」
ノックの音にすら気づかず迂闊だと思い、慌てて声のした方へ振り向いた。
「あっ、…美鈴、…っ……?ぁあっ、あの」
忘れもしない彼女の優しい表情。
ふかふかとした上着を羽織っていて見てる方も温かくなるくらいだった。
見ているのが眩しく、俯いて視線からそらす。
普段よそでは自信過剰な○○でもこうして微笑みを向けられると気恥ずかしくなってしまう。
「夕食済んだらそそくさといなくなって、折角の楽しい夜を独りで過ごす気なの?」
美鈴は心配そうに顔を覗き込む。
「いえ、お酒ちょっと苦手なもので、…?ぇああ!?」
眼前まで彼女は迫って来たのに呆気にとられる。
手に手が重なり、温かさとどこか心地よい感触に包まれる。
その瞬間に体内の血が一気に激流と化したかのように顔が熱くなった。
彼の髪から仄かに香水の甘い匂いが漂う。
「あ、ちょっ!?ぇ…あ、は…放し……、て…?」
目の前に差し出された手には一輪の真っ赤な花が握られていた。
「何を突然…?ば、薔薇…?」
「お姉さんからのプレゼント♪」
信じられないとばかりに呆気にとられる○○を余所に美鈴は指を絡ませ交じらせた手のアーチに花を握らせてやる。
「これくらいしか用意できなかった、ごめんね」
「いえ、そんなことは…どうも、アリガトウ……」
普通逆じゃないかと少し照れくさそうに美鈴の手から薔薇の花を受け取る○○。
誰がくれる貴金属や金銭よりも、○○にとって思いもよらない贈り物だった。
それも好意を寄せる相手ならば尚更のこと。
良かったと嬉しそうにまた少し綻んだ。
「フフ、似合うと思うよ」
からかうように笑い美鈴は一歩分離れる。
改めて○○は面と向かい合う。
喉からつっかえる言葉を懸命に押し出す。
「あ、あの…」
「どうしましたか?」
「何で、ここまで私に優しくしてくれるんです?」
どうして身寄りのない唯の人間に親身になってくれるのか。
美鈴は元から温厚で人間には友好的である。
けれどそれだけではなさそうだ。
死に損ないで身寄りのない人間を果たして信用できるのか。
哀れこそ思えても、何故ここまでこんな自分に優しくしてくれるのか。
ふと思って聞いたことだった。
「一昔前の咲夜さんとちょっと似てたからですよ」
意外そうに○○は反応する。
恐らく従者を見守ってきたのだろう、今の彼にそうしてきたように。
「咲夜さん、実は人見知りなんですよ。初対面のときなんて時間止めて飛んでっちゃって。
お嬢様にもいい加減直せって叱られたしね、大変だったの。
でも少し辛くされても責めないであげて…
あの子だって貴方とどう接したらいいか不安なのよ」
○○は薔薇を見つめながら、こくと首を下に傾ける。
その潮らしい仕草に美鈴はつられて笑う。
けれど不意に横に目を逸らす。
「本当に良かったよ、咲夜さんがあんなに立派になって…、お陰で私よりも」
「そんな訳ないじゃない!」
突然の怒声に気圧され心臓が跳ね上がる。
慄きつつも見れば翡翠のような瞳の輝きに陰が覆っていた。
○○には信じられなかった。
「お陰で私、こんなに惨めじゃない!」
悔やむように歯を噛みしめる美鈴は横目に逸らす。
いつも明るくて温和な彼女がここまで泣きそうな表情をしているのを見たことなかった。
心なしか声が震えている。
「私、弾幕もからっきしで…いつも負けてばかりで…、何の取り得もないんですよ。
パチュリー様みたいに頭良いわけじゃないし、咲夜さんと違って私よくドジ踏むし。
本当は…、人に世話焼くのが誤魔化しなんじゃないかなって…」
少しずつ言葉を出すのを躊躇っているようだった。
その度に美鈴の表情に陰りがつきはじめる。
○○には心なしか涙ぐんでいるように見えた。
「誰かから必要とされたくて…、貴方に構うのも劣等感隠すためかもしれない…」
美鈴は自分の胸をぎゅっと握り締める。
「○○、アナタはずっと私に寄っ掛かってればいいのに!」
突きつけるように声を張り上げる。
○○は後退りしたが、軽く冷たい窓ガラスにぶつかる。
何の言葉も返せなかった。
「アナタと出会ってから、少しずつ一緒に話してるうちに思えたの…」
荒い息を肩で宥めて、喉から吐き出しそうになる異物感を堪える。
「○○君が叱られたのを、魔法で失敗して悔しがる所を見る度、ちょっと嬉しいって思った。
頼りないのは私だけじゃないって…」
「なのに、貴方は気にしないでいてくれた…
隠し事して、見えないとこで嘲笑ってるみたいで。ごめんね、私の方が…」
美鈴は力なく項垂れ押し黙ってしまう。
二人の間に乾いた空気が漂い、余計に重苦しく肌を逆立てていく。
「そんなことありませんよ」
え、と気がつき正面に顔を上げる。
「貴女の枷になっていたのなら謝るのは私の方です。
けど私には貴女という存在が、大きくて…、あの…、その、わ…私は貴女がす……、ッ」
好きと言いかけて躊躇った。
男として言い辛いのもあったが、今更人に依存できる義理ではないのは分かっていた。
いつか美鈴とは別れてしまう、それも次元すらも遠くに。
仮に気持ちを伝えたとしても何も残らないと○○には分かってしまう。
「……えっ?」
こんなにも美鈴が火照った顔を覗き込む。
今にも雫が溢れそうで、不安か何かに押し潰されそうでいて。
見つめるのが恥ずかしかった。
この瞬間でも利用してやっているんだ。
そう心の中に必死に言い聞かせて、受け取った薔薇を両手で握り締める。
「め、美鈴!……さん」
名前を呼びかけて口篭もってしまう。
幾ら悪意の塊である○○でもいざ面と向かうと気恥ずかしくなってしまう。
でもこれだけは伝えたい。
ここにも彼女を大切に、そして必要としている者がいると。
今度は○○がそっと歩み寄る。
「あ、ぇ…いえ…、せめて、今だけでもいいから…、一緒にいたい…です、よ。アハハ…」
拙いこと言ったかと苦い表情で愛想笑いする。
美鈴は少し呆気にとられたが仕方ないと困ったように微笑んだ。
彼女には甘え癖を抑えてもじもじしている年下の子に見えた。
「もぅ…仕方ないですね」
そっと絹の糸を手繰り寄せるようにように髪を撫でた。
丹念に整えられた髪は色褪せていたとはいえ、艶がかっていて指に馴染んでいる。
満更でもなさそうだが○○も気持ち良さそうに目を細めた。
美鈴のことが好きだというのは確かだ。
けれど一番邪魔な存在であり、彼女がいるだけで計画も心も狂ってしまいそうだった。
いつか障害になってしまうのであれば消し去らなければならない。
けど、閉じ込められたなかでたった一人愛せた美鈴だけは手に掛けたくない。
彼女が人間であれば結ばれたかった。
だがそれも人の夢と書いて儚く叶うことなどないのだが。
「でもありがとう…、もう大丈夫だから。
今はお嬢様や咲夜さん、みんなとも上手くやれてる、心配かけたよ」
「だ、だからそんなこと、ありませんって…」
「今度は貴方の番。私も一緒にいてあげる」
それでも今だけは。
その日が来るまでは。
この暖かなひと時に何も考えないことにした。
幻の中でたった一つ佇む“砦”に包まれる。
「たとえ今だけじゃなくてもね―――」
そして耳元に優しく囁き“薔薇”を胸に抱き締めた。
最終更新:2013年07月03日 11:59