とある幻想の郷に、九尾の狐が居た。
怠け癖のある主に代わり郷の維持に精を出していたとある日の事。
久し振りに散歩をしていた彼女は、川で猟をしている外来人の男と出会った。
帰還費用を貯める為貧しい生活を送る彼らにとって、川の魚は貴重な栄養素だ。
紫様の郷を維持する為のマレビトとはいえ哀れだと思って見てた狐は次の瞬間全てが止まった事を感じた。
男の顔を見た瞬間、全てを奪われたのだ。傾国の魔性が、ただの人間の男に、一瞬で心を奪われていた。
気が付いたら川の流れに身を任せ、男が張っていた網に引っかかっていた。
驚いた顔をしている男に狐は笑顔で言った。「今日は大漁だな」
こんな事をするのは間違っている。
そう解ってはいたが、狐はその日から男をつけ回し始めた。
男は孤独だった。盗み聞きした話からすると唯一の肉親であった母親が死んだ後天涯孤独だという。
今住んでいる長屋でも親しい友人は作らず、黙々と働く寡黙な男だった。
男の事を知れば知るほど、狐は男に入れ込んで行った。
寂しい、愛しい男に何か出来ないだろうか。姿を消しながら考え込んでいた狐の横を外来人の2人連れが過ぎる。
2人は風俗帰りらしく、具合が良かっただの何回出来ただのニヤニヤ言い合っていた。
狐は閃いた。そうだ、アイツも人肌寂しいに違いない。私の肌で温めてあげよう。
その日の夜から、男が熟睡してから狐は男に添い寝をしてみた。勿論、無断である。
その内身体が火照ったので裸に剥いて男の上で腰を振ってしまった。感情が昂ぶって声を挙げまくってしまった。
翌日、男がしょんぼりとしながら内職をしているのに気付いた。どうやら隣人に長屋へ女を連れ込んでるんじゃないと怒られた様だ。
狐もしょんぼりとして反省した。翌日からは結界を張って音を洩らさないようにしようと想いながら。
数日後、金の貯まった友人達を男は神社へと見送っていった。
それを更に背後からこっそり見送った狐は、気配に気付いた巫女へ賽銭を握らせつつ男の話に耳を傾けていた。
何だか最近、狐の妖怪に付きまとわれているんだ。おかしな人だけど悪い気はしないと。
嬉しそうにその話を聞いていた狐は、次の言葉で凍り付いた。
もうすぐお金が貯まる、その時が来たら別れになるなと。
次の日から狐は姿を現さなくなった。代わりに、男が食べている食事が妙に味が良くなった。
素材も調味料も変わらないのに妙に精が付き、怪我の治りも早い位だった。
まるで毎日八目鰻でも食べている感じだなと冗談を飛ばしている間に、男の帰還の日が来た。
巫女の儀式を受け開いた境界を、巫女に寄進代の入った巾着を渡そうとしながら潜ろうとした。
ゴン、ゴン、ゴン
穴を潜れない。先に通った外来人はスルリと潜ったのに、通れない。
不思議そうな顔をした巫女が男に顔を近づけ、鼻を何度か鳴らした後呟いた。
貴方、妖怪の匂いがきついわ。妖怪を食べたり妖気を吸い込んだりしてない?
こちら側の、しかも上位の妖怪の妖気を体内に取り込んでしまった人は、もう外界には帰れないのよ。と。
唖然とする男の後ろで、ドサリと何かが倒れる音がした。そこには満面の笑顔で地面に倒れている狐の姿があった。
彼女の身体に巻かれた包帯がスルリとほどける。再生が終わった消えかけの傷や、皮膚が大きく赤くなってる場所が幾つもあった。
為すべき事をやり遂げた顔の狐を、そっと抱き起こしながら男は確認するように呟いた。
藍さん、貴女だったのか。俺に妖気と妖怪の血肉を取り込ませたのは。
藍と呼ばれた狐は目を閉じたまま満足げに頷いた。
男の腰からバタリと落ちた巾着を巫女が素早く拾った。
金子を数える巫女の声だけがその場に響いていた。
最終更新:2013年07月03日 12:05