僕は彼女が好きで、彼女も僕が好き。
これ以上望むのは贅沢ってもんだろう?
カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ます。
寝ぼけ眼で枕元の時計を引っ掴んで何時かを確かめる。
起きるにはまだ少し早い時間だ。その証拠に隣で眠る彼女はまだ夢の中。
愛らしい寝顔と吐息は良しとして、片腕を枕にされてるから身動きが取れない。
そっと抜け出すか? しかし「○○が居ない!!」と朝から癇癪を起されてはたまらない。
結局、彼女が起きるまで(毎日なんだけどね)じっとしてるしかなかった。
朝食は2人で食べる。もちろん彼女の手作りだ。
味に関しては文句無し。「美味しいよ」と言うと嬉しそうにはにかむのがまたなんとも可愛らしい。
僕はなんて幸せ者なんだろうか。
……髪の毛を混ぜるのは止めて欲しいけどね。
「今日は良い天気だなー」
食後のコーヒーを味わいながら、傍らの人形に語りかける。
「上海と蓬莱もそう思うだろう?」
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
こんな日は外に出て散歩に出たいものだ。
静かな森の中を1人で散策してみたり、川辺に釣りをしに行ったり。
想像するだけで実にワクワクする。
ちらり、と洗い物をしているアリスを見る。
陽気に鼻歌を歌っているところを見ると、かなりご機嫌のようだ。
ちらり、と今度は玄関の方を見る。
結界は張ってないようだ。
ちらり、とまた今度は人形達を見る。
きゃいきゃいじゃれ合っていて僕にはまるで関心が無い。
いけるか? 静かに立ち上がり、玄関に近付いてドアノブを――
「どこに行くの?」
回そうとした、その瞬間に後ろから声がかかる。
「ちょっと散歩にでも……」
「ふぅん」
言ってから――やっぱり止めときゃよかったかと――僅かに後悔する。
手に皿を抱えたまま僕をジッと見つめるアリス。
その表情は、同じくこちらを見据えている人形達と判別がつかない程無表情で――瞬き1つすらない。
何を考えているんだ?
何を考えているの?
お互いの思考を探るように静かに見つめ合う。
その僅かな沈黙の後、不意にアリスは相好を崩した。
「駄目よ。外はとーっても危ないもの」
つかつかとこちらに歩み寄って来てドアに手をかざす。
ぶつぶつと何か詠唱したかと思えば、扉周辺に妙な紋章が浮かび上がる。
「出る必要なんてないでしょ?」
だって私が居るんだもの。そう言って僕の頬を撫でる。
その温かくて柔らかな手は、僕を縛りつける鎖――
どうしてこんな風になったんだろう。
僕が欲しかったのは彼女の愛。
アリスが欲しかったのは僕の愛。
いやいや結果的には恋人だから良いじゃないの、なんて言わないで。
もっと分かりやすく言えば「普通の愛」ってところかな?
普通に恋をして、普通に結婚して、普通に子どもが出来て――
それともアリスにしてみればこれが「普通」なのか。
僕を独占して、他の誰にも干渉させないことがアリスにとっての「普通の愛」なのか。
それなら良いじゃないか。願ったり叶ったりだ。
「ねぇ」
「ん?」
「愛してる」
「僕もだよ」
「嬉しい」
陳腐な会話だ、なんて考えるのにも飽きた。
まぁ愛してるのは嘘じゃないけど。
「ずーっと一緒よ」
「ああ」
「ずっと、ずっと。いつまでも」
「そうだね」
「約束よ」
「約束だ」
「うふふ。幸せ、ね?」
いつまでも。永遠に。永久に。
僕はここに。アリスと共に。
逃げられはしない。
もうその必要もない。
「1日中2人でいましょう?」
「毎日じゃないか」
「ええ、毎日よ。これからもずっとそう」
だからほら、早く。言いながら彼女は僕をぐいぐい引っ張って部屋まで連れて行った。
途中なんとなく後ろを振り返ると、そこには壁と化したドアが見えた。
あのドアは何処に通じていたんだっけ?
僕には思い出せなかった。
扉は二度と開かない。
最終更新:2013年07月03日 12:07