とりかへばや





あるとき、霊夢は声を失った。
変わり果ててしまったその姿を見かねて、誰もが口を揃えて医者にかかることを勧めたが、静かに首を振り続けた。
原因は誰にもわからず仕舞いだが、博麗神社に居候していた外来人が唐突に行方をくらました事から、原因は彼にあると思われた。
幻想郷の重鎮である博麗の巫女を傷物にされたとあって、八雲紫は血眼になって彼を探すが、手がかりすら掴めていない。
更に霊夢は人妖問わず好かれていただけあって、誰も彼もが彼の行方を探した。
しかし一向に手がかりがつかめない苛立ちと、心の傷を悪化させて日々ふさぎ込んでいく霊夢の姿に、皆が彼への憎悪を深める。

私ですら自宅と神社の往復の間は、林や森に目を凝らしているほどだ。
真冬の幻想郷は何処も白一色の銀世界で、腹をすかせた狐がとぼとぼと木の間を歩いている姿すらハッキリ見える。
やがて博霊神社が見え始めると、捜索が空振ったせいで湧き上がる苛立ちをどうにか腹に収めて、箒から降りる。
かつてはあれほどいた見舞い客も鳴りを潜め、私以外はだれも訪れなくなった。
雪がうず高く積もり、もうこの神社には誰も住んでいない廃墟のような気がする。
裏にある社務所に回ると私がつけた足跡や、雪除けのあとが少しだけ生活感を放ち、空虚な雰囲気を和らげている。

「おじゃましまーす。霊夢ぅー……起きてるか?」
空気が凍ってしまっていると錯覚してしまうほどに中は静まり返っていた。
私は努めて明かるい声を出す。
「いやあ、外は凄い雪なんだぜ。 こりゃあ雪かきも大変だなあ」
廊下を歩きながら一人で喋り続ける、傍から見たら私はおかしい人間に見られるかもしれない。
居間へと入る障子戸を開けると、びくりと肩を跳ねらせる霊夢と目が合う。
「お、今日は起きれるのか。 偉い偉い」
驚きながらも霊夢は僅かにその瞳に安堵の色を浮かべた。
「いやー、悪い。びっくりさせてしまったか? でもほら、霊夢が寂しいんじゃないかと思ってさ」
「うん、元気良く入ってこようと思ってさ。 ほら元気なのは良い事だろ?」
「近頃霊夢はずーっと篭りきりだからさ、私みたいなのが元気を補給してあげないと。 私には有り余ってるからな!」
矢継ぎ早にまくし立てながら私は霊夢の入っている炬燵に入る。
霊夢は時折頷いて、私の話に相槌を入れる。 しかし視線は何処か俯きがちだった
「しっかし冬は寒いねえ。 いや当たり前だろ、馬鹿かわたしは、ハハハ……」
私の声が途絶えると、沈黙が場を支配した。
霊夢の傍らの火鉢に掛かっている鉄瓶が、しゅしゅしゅ、と蒸気を上げる音が響く。
私は何気なく炬燵の上にあるお盆に伏せてある湯飲みに目をやる。
すると霊夢はいそいそと茶を入れる準備を始めた。
「前は頼んでも入れてくれなかったよな、お茶なんてさ」
もうほとんどあの湯飲みは私専用になってしまってる。
あれほどお盆に伏せられていた湯飲みはそれと霊夢の物だけだ。
「もうすっかり大人びてしまったなあ……。なんだか私だけ置いてかれた気分だよ」
そっと差し出された茶を少し啜った。
「さて、何から話そうかな」
私はいつもどうり外の様子を霊夢に話して聞かせることにしよう。
「……そういえばこんなことがあってさ」
舌の根に残った茶の味が、少し苦みを引く。

日が高く上り、正午にさしかかろうという時刻になった。
この頃になると流石の私も話題が底を付き、二人とも思い思いの方法で暇をつぶしていた。
霊夢は炬燵の対面に座って何か裁縫をしているようだった。
私はその小さい掌がまるで機械のように動く様を開いた本ののど越しに眺める。
信頼していないわけでは無いが、今にも手をその針でチクリとやってしまわないかと気が気でなかった。
すると霊夢は私の視線に気が付いたのか、動かしていた手を止めて私のほうを見る。
どうかしたのか、と問いかけてくる瞳に少しだけうろたえた。
「いや、うまいもんだとおもってさ。 やっぱり……」
そのとき、玄関の戸が空けられる音がした。
この神社に私以外の人物が訪ねてくるなんてそうそう無い、一体誰だ?
霊夢は恐怖と不安が混じった表情で私を見た。
「大丈夫だ、私が見てくるさ」
霊夢は首を振った。
「……何を心配しているんだ、私を信用してないのか?」
そういうと振り返りもせず、私は玄関のほうへと目をやった。

そのとき私は頭が真っ白に燃え上がったのを感じた。

そこには私たちが憎んで止まない人物がそこにいた。
長い間外にいたせいだろう、服や髪の毛は泥や汚れにまみれている
疲れたような眼差しを一度私に向けると、ずうずうしくも敷居を踏み越え、この家に上がってきた。
「お前、いまさら何をのこのこと……!」
わたしは〇〇に掴みかかろうとした。
「……っ」
騒ぎに気づいた霊夢は私の横をすり抜け、〇〇の前に飛び出して手を広げる。
「霊夢、どいてくれ!私はコイツを赦せない!!」 
「………、…!」
霊夢、お前はこの男を庇おうというのか。 何があったかなんて私には解らないが、お前の喉を潰したような男だぞ。
私は煮えくり返る思いを抑えきれず、霊夢を突き飛ばして〇〇に迫った。
「なんとかいってみろよ!? 霊夢は喋れなくなったんだぞ! お前の所為なんだろ!?」
〇〇はじっと頭を垂れたまま動かない。
「お前は喋れないわけじゃないだろ!? 馬鹿にしやが……っ!?」
私の裾を誰かが強く引いた。 脳裏に霊夢の事が過る、今の彼女は病に蝕まれているはずだ、もしもの事があったら……。
「あああ、くそっ!!」
私はつかんでいた〇〇の襟首を突き放す。
そこでは、霊夢が泣いていた。
「……!………、…………!!」
声が出せないと知ったときも、もう空を飛ぶことが叶わないと知っても、霊夢はただ静かに耐えていた。
聞こえるはずのない泣き声が聞こえる。
かつてあれほど強大な妖怪を屈服させ、数々の異変を解決した霊夢が、私の裾に取り付いて、ただ……。
霊力も失い、何の術も使えない彼女が、その身に残った精一杯の力で私を押しとどめる。
「なんなんだよ、霊夢……おま、お前がそんなんじゃ駄目だろう……?」
いつものように、かつてのように、天才的な力で――。
「お前が、そんな風に私を止めないでくれよ……」


〇〇はその後、姿を消した。
〇〇が霊夢を訪ねて来たのを知ってるのは紫や私達の極少数のみ。
きっとその方が都合がいいのだろう。
そして〇〇がどうなったのか――、私は知らない……知らなくても良い事だ。
いくらか月日が過ぎ、霊夢は見違えるように回復し始めた。 
時々声が掠れたりする事はあるけども、霊力も回復して空も飛べるようになった。
彼女は以前のように皆を惹きつけてやまない少女に戻りつつある。
私は霊夢が幸せで笑っていてくれたら、それでいい。
そんなことを思いながら、私のものになった湯呑を一息に乾す。
幻想にすら忘れ去られた者がどうなるのか分からない、だがきっと孤独の中で一人褪せて逝くのだろう。
そして幻想も郷も、元の美しい姿に戻りつつある。
魔理沙ー!弾幕ごっこするわよ!」
当たり前になった彼女の声が聞こえてきた。
「ああ、今行くよ」
私は傍らの箒を手に取り、立ち上がる。
暖かい日差しの中、幻想郷は春をゆっくりと迎えようとしていた。


薄暗い地下室の中は冷え切っており、季節の移ろいを拒んでいるようだった。
木の格子に囲まれた部屋の中、カンテラの光に照らされながら、ある者が部屋の中で静かに本を読んでいる。
やがて足音が近づき、ゆっくりともう一人の人物が部屋に入ってきた。
「……っ」
片方がそれに気づいて呼びかけると、入ってきた少女が静かにほほ笑んだ。
「大丈夫よ、私はあなたのことを忘れたりなんてしないわ」
「……、……?」
静寂ではない静寂が問いかけた。
「駄目よ、外は危ないもの」
「………、…………」
聞こえるはずのない声が想いを紡ぐ。
「ありがとう……私も幸せよ、〇〇?」
少女はそうしてほほ笑むと、伸ばされた手を取って、いとおしそうに抱き寄せる。
音もなく抱擁を続ける二人はまるで映し身のように似通っていた。
片方の脚や喉に残る、古い傷跡以外は……。



まとめwiki管理人による注釈
このSSのタイトルの元ネタは、 とりかへばや物語 という平安時代後期にできた物語であり
内容は、とある男女が「異性」に入れ替わって教育を受けてそれぞれの道に進んでいくお話で
このSSでは、序盤で出てきた霊夢は○○で、魔理沙が見た○○は霊夢と思われる






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最終更新:2019年01月26日 21:56