いつもの調子で、ひとつ。

幻想郷に迷い込んで数年。体が元来弱く齢40.持病を幾つか抱えてる私は
内職で傘貼りや果樹園の管理(見回り)などをしつつ、永遠亭で薬を買いつつ
カツカツで暮らしている。
元々一人でいることに苦痛は感じず、むしろ人ごみが嫌いな私としては
ありがたい限りだ。

まあ元居た世界も孤独死が日常なのでそんな死に方でも
普通に死ねるならまあ良しと開き直って暮らしている。

里の守護者が熱心に様子を見に来たり、廃屋だと思って入ってきた悪童が
幽霊と勘違いして小さな騒ぎになる以外は平穏だ。
稀に悪戯好きの妖精が、菓子や糖蜜を盗み食いするのは困りものだが
下手に怒って機嫌を損ねると、命に関わる可能性もあるので仕方なく見逃している。
里の守護者は
「お前は人に甘すぎる!このままでは女怪に付けこまれて攫われてしまうぞ!」
と顔を真っ赤にして説教をするのがお約束だった。

ある日、漆園の番をしながら居眠りをしていると、肩をゆすられて起こされた。
見ると、永遠亭の薬売りの兎娘・・・確か鈴仙とか言ったかな?が、
心配そうに私の顔を覗きこんで居る。
「おお、すまないね。死んでは無いよ。」と軽く礼をして、時間を見る。
もう昼を少し過ぎたあたりか。

「あの・・・。」

小さい声にそちらを見やると、鈴仙が私を見て何か言いたげにしている。
「何かね?悩み相談とかは専門では無いんだが・・・。」
「いえ、こちらお薬です。きちんとお飲みになって下さいね。」
「ああ、どうもありがとう。」

何か諦めきれない風な感じを漂わせて、鈴仙は走っていった。
「・・・まあ、患者がどうなってるかは医者の悩みの種だよなあ。」
握り飯を食べながら一人ごちる。
「・・・3食昼寝付き、時折人里や怪しい雑貨屋に行って好きなものを
 見聞きできて、健康を謳歌できれば永久就職も吝かじゃないんだが・・・。」

その時、近くの茂みの何箇所かでガサガサと何かが去っていく音がした。
漆泥棒かと思い、呼び子を持ち、慎重に茂みを調べる、が何も無かった。
しかし下見をしていた可能性も捨てられない。
私はその事を報告にまとめて農場主に出し、帰路に着いた。

帰り道、去り際に農場主から聞いた言葉が頭の中で思い出される。
「最近、お前さんが居るときだけカラスやら兎やらいろんな動物を見かけるんだよ。
 永遠亭の下働きも時々居るな。ああ、薬売りのほうじゃなくて雑用とか
 やってる方の小さい奴らだけど。」

そんなに私は心配に値する存在なのか疑問に思ったが、まあ突然患者に死なれては
医者としては不本意だし先生も自分の落ち度に心を痛めるかもしれないしなあ。
まあどうでもいい。

・・・・・・・

そろそろ家が見えてくる頃、おかしな事に気づいた。
家に明かりが灯っている。
守護者は確か昼と休日に様子を見に来るだけなのでわざわざ人里から
離れた我が家に夜に訪れる事は無い。
泥棒にしてはうちには殆ど金子が無い。

私は護身用の鉄棒を握り締め、扉をそっと開き、閉まっている襖の隙間から
部屋を覗いて見て・・・絶句した。
「何故だ?」

何故か永遠亭の面々4人が白無垢を着て並んで座っている。
そのそばには里の守護者がやはり白無垢を着てちらちらと永遠亭の面々を
けん制するように視線を送っている。
そして何故か正装した新聞記者がカメラの手入れをしており、時折家内安全で
お札やお守りを買っている風の巫女と彼女の祀る二柱の神がやはり同じ
白無垢姿で他の面々を守護者と同じ目で見ている。

何だこれは?新手のドッキリか?
とりあえず異常事態なのは間違いない。のでそっと玄関の扉を開けようとする。
が、扉は壁に癒着したように動かない。
勝手口、厠、風呂も全てが釘で固定されているように動かなかった。
風呂の窓にいたってはお札がびっしりと貼られ、厠では永遠亭の下働きが
べったりと顔を張り付かせて「逃げられないよー。」と口々に言っている。

床下のほうから逃げられないかと野菜などを保存している保存庫の板をめくると
沢山の蛇と蛙がこちらを見上げていた。
「遅かったですね。こちらはずっとお待ちしてたのですが。」

振り向くと鈴仙を先頭に、居間にいた女性達が総出でこちらを見ている。
漏れ出た光が彼女たちの顔を照らして、頬に薄く紅がかかっているのは見て取れたが
目に光が無い。
なまじ彼女たちの笑みが優しいだけにその落差に恐怖を感じる。
やっとの事で、私は声を絞り出す。
「一体これは何のビックリで?」

そこで守護者が鋭く切り込む
「これを余興と思っているのか?まずお前には女心の機微と言うものを教える必要が有るな?○○。」

永遠亭の先生も同調する
「そうです。大体医者が患者を心配するのは当然の事と当たり前のように思って、私たちの気持ちに気付いてないあなたには精神レベルでの治療が必要です。
姫様や鈴仙、てゐだってあなたの事を毎日心配してあなたの献立を詳細に
チェックしているのに何ですか、この粗食さは。」

「あの、先生?それなら里人や他の外から来た連中も・・・。」
私の言葉をさえぎるように風の巫女が言葉を挟む。
「そうです。大体食費を切り詰めて自分以外の人の幸せを願って自分には何も頓着しない。その精神は褒める所ですが、あなたは自分を大事にしなさ過ぎます。
神奈子様や諏訪子様がどれほど心を痛めていたかあなたには解っているのですか?」

普段とはえらい違いの剣幕に私は押されて次の言葉を出せない。
しかしそこで疑問が頭をもたげた。
「あの、皆さんの言う事はもっともですが、病を3つ背負った40のうらぶれ男に何をそんなに執着するのでしょうか?」

そこで神様二柱が言い添える。
「歳など関係ないわ。大体私たちにとってはたかが40年などガキの歳にも足りないわよ。」
「あーうー、神様で言えばようやく門前に立てるかどうかの微妙な歳だよ。」

いや神様にとってはそうなんでしょうけど、って言うかみんな何故私の家に一同に会してるのでしょうか?

私の疑問に首をやれやれと振りながら守護者が嘆息する
「お前は昼に自分の言った事さえ忘れるほどの鳥頭なのか?」
先生がそれに続く
「健康を謳歌できて衣食住の心配も無く、時折外に遊びに出られればそれで良いと
 イナバ達から報告を受けています。」
風の巫女がずいと前に出る
「私の奇跡を使えば若い頃の体と健康も取り戻せますし、辛い記憶もなくなります!
 私の神社へ行きましょう!」
その言葉を皮切りに、女性達の目が爛々と光り始める。
その瞳は澄んではいたが、奥には何とも言えない色が満ちていた。

新聞記者に助けを求めようと目を動かすと、彼女は楽しげに集音マイクで録音しつつ、要所要所でカメラの指示を配下のカラス天狗に飛ばしている。ダメだこの人。
そのうち私の視線に気付いたのか、にこやかに笑ってメモ帳とペンを握りなおして言った。
「ああ、慧音先生には、気付かれないように様子を見ていてくれと頼まれましてね?
 カラスを使ってあなたの事をかんs・・・見守っていたんですよ。」

グルだったのか。

「イヤですねえ、そんな「お前らグルだったのか」見たいな目で見ないで下さいよ。私はただ見ていただけなんですから。」

「文、とりあえず報酬は今までの報告は全て纏めて受け取ってからだ。」
「あやや・・・しっかりしてますねえ・・・。まあ私は記事が書ければいいですけど。」

私は心配事が一つ残っていたので恐る恐る訊いてみた。
「あの、私の答えや意思はそこにあるんでしょうか?」

新聞記者を除いた全員の目が真っ赤な透過光を放つ。
「これだけ想わせて置いて・・・。」
「心配掛けておいて・・・。」
「詫びの一つも無く・・・。」
「「「責任も取らずに・・・。」」」
「「「「「「「拒否が出来ると思っているのか【ですか】!!!」」」」」」」

「やはり再教育が必要だな。」
「いいえ、まずは月の技術で彼の健康を取り戻して、精神矯正プログラムを!」
「まずは私の奇跡でその体を若返らせてから、神奈子様と諏訪子様の元で修行をしていただきましょう!」

複数の声が重なった刹那、視線と殺気が交差した。
誰も譲るつもりは無いらしい。
「ここで待っていろ、○○。まずは厄介な用事を先に片付けよう。」
「姫様、まずは私と鈴仙が露払いをいたします。その間に○○さんの確保を。」
「神奈子様、諏訪子様、先鋒は巫女である私が引き受けます。○○さんの身の安全を第一にお願いします。」

後ずさろうとして、足が動かない事に気が付いた。
見ると沢山の蛇が縄のように絡み付いて動きを封じている。

驚きで引こうとした時、背中にいきなり重みが加わる。
振り返るとイナバが数人「逃がさないよー。」と捕まって引っ付いて居る。

暫くして、固まっていた私の視界が色彩に富んだ光に彩られ、轟音が響きだした。
「おお、みんな張り切ってますねえ。シャッターチャンスを逃さないで下さいね。」
新聞記者がカラス天狗に檄を飛ばしつつ、自分もカメラを構えて連写をしていた。

時折流れ弾が飛んできて、家の1部分を容赦なく剥ぎ取っていく。
この戦いが終わる頃には恐らく家も無くなり、私ももしかすればこの里から居なくなるのだろう。

「口は災いの元」と言う言葉が痛烈に頭の中で響く。
それ以前にここまで心配・・・だよな?されていた自分の頓着なさに私はただ、ため息を付くだけだった。

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最終更新:2013年07月04日 11:11