慧音の事が好きか?そんな示唆もへったくれも存在しない。
そんな、ド直球の質問を投げつけられて。しばしの間、○○の思考は混乱状態に陥ってしまった。
そこに追い討ちをかけるように。慧音はお前のことを間違いなく、好いている。
などと、断定するような形で言い切る物だから。思考の混乱は留まる所を知らず、その余波でしばらく○○の体は微動だにしなかった。
「ふふ……お茶のお代わり、いる?」
しかし、○○をそんな状態に追い込んだ、八意永琳はと言えば。妙に嬉しそうだった。
その顔にからかってやると言うような、毒気が感じられないのだから、余計に厄介だった。

「八意さん」
「何?」
「その質問、空きか嫌いかの二択じゃなきゃいけませんか?」
「別に、そこまで意地悪な質問はしてないわよ」
答えに詰まり、言葉に困る○○。それと相反して、困惑する様子を間近で見ている永琳は。実に嬉しそうだった。
そして、その嬉しそうの内面もまた。意地の悪さなどは感じさせない、毒気を抜かれるような朗らかな笑顔なのだから。
そんな顔を見ると、悪意が合ってそんな質問をしているわけではないと。一目で分かる物だから。
○○の方だって、強く非難することも出来ず。別に勝ち負けがこの場にある訳ではないのだが、どうにも一人負け気味の様子だった。

「うふふ……まぁ、的確な言葉が見つからないなら。無回答でも構わないわよ」
「じゃあ……それでお願いできますかね」
相変わらず毒気の存在しないニコニコ顔で、八意永琳は○○の顔を覗き込んで来ていた。
どうにも、試されている感じが強かったのだが。仮に試されていたとしても、その結果はまぁまぁ良さげだったのが、これまた○○の手を緩める。

そして多分、○○の慧音に対する感情もまた。八意永琳には透けて見えている。
○○自身、慧音の事を。1人の女性として見つつあると言うことをだ。
そう思われていたとしても、それは図星だし。そう思われていても、否定しようという気にはならなかった。


しかし、意識しすぎると。普段は抑えている、慧音に対する諸々の情念が渦巻いてしまう。
自己の内側に、またそれが存在感を示しだしたのを感じると。
永琳に顔を覗かれている時から感じた気恥ずかしさは、徐々にバツの悪そうな顔付きに変って行く。
無論、その表情の変化の一部始終。永琳の目には、はっきりと確認された事象だった。
しかし、○○がバツの悪そうな顔つきをしていても。永琳は相変わらず、ニコニコ顔だった。
彼女の中では、もう○○と言う人間の事を計り終えたのかもしれない。
「まぁ、貴方なら大丈夫そうね」
そして、色々と計られて試された結果。そう悪くない問う判断も下してはもらえた様だ。

朗らかで、ニコニコ顔で、それ程悪くは思われ体無くても。
こうバツが悪くては、緊張感は増して行く。その固さを少しはほぐそうと思い、もう大分冷めた茶に手を伸ばすのだが。

「ねぇ、いっその事押し倒せば?そこまで行かなくても、迫ってみる価値はあると思うのよ」
まだ、湯飲みに手すら触れていなくて本当に助かった。
その一言は、湯飲みを持っていたならば、ばたりと落としてしまいかねない。本当に、寝耳に水の一言。
自らの耳を疑ったし、動転しすぎて体が動かなくなってしまった。

無論。そんな事、するはずがないし。永琳だって、○○がそんな事をしでかすようなばか者だとは思っていない。
だとしても、少しばかり品の無い上段には違いはないのだが。
何を感がえいるのだ、と言いたくて。永琳の顔を向くが。
その顔には、先ほどまでは一切無かった。少しばかりの毒気があってほんのちょっと、意地悪そうな顔をしていた。
いつの間にか、○○に対する試しと詰問の時間は終わり。ただただ、からかわれる時間が始まってしまったらしい。



食事の味は、殆ど覚えていなかった。
最後の方は、早くこの場から違う場所に行きたくて。ご飯も吸い物も全部、味わう事無く飲み物のように平らげてしまった。
多分、全部の食材が。中々上等な物だと言う事は確かなのだが。それ以上の事が分からなかった。
が、早く食べようと思えば。喉などに色々とつかえ、余計に時間がかかってしまい。
結局、食べ終えることが出来た時間は。八意永琳と、それ程の違いは無かったのは悲しかった。


慧音が寝ている病室まで歩を進めているが、その足取りは、どこかふわふわとしていて頼りなかった。最も、今の○○は心中が浮ついているのだから、仕方が無いのだが。
ほぼ冗談で出した言葉とは言え。押し倒せば?などと、とんでもない事を提案されて。心中がふわふわと浮つかないはずが無かった。
その様子を見て八意永琳は。別に何も口にする事は無かったが。やっぱり、嬉しそうな顔をしていた。


押し倒せば?などと提案されたが。無論、そんな馬鹿な真似を起こす訳は無いのだが……
慧音の事を1人の女性として認識している以上は。先ほど、下世話な冗談を浴びてしまったのも手伝ってしまい。
普段異常に、○○は慧音の事を意識してしまっていた。

確かに、上白沢慧音と言う女性は。今更だなと言われるかもしれないが、非常に魅力的な女性だった。
しかし、○○は。努めてその事を考えないようにしてきた。
自分は助手程度の立場とは言え。子供たちとは、慧音と同じように直に相対して日々の授業をこなす事には代わりは無かった。
あまり、その事を考えすぎては。授業の進行が覚束なくなってしまうのではないか、そういう懸念が○○の中には常に存在していた。
だから、出来うる限り、上白沢慧音に対する好意と言える物は、ひた隠しにしていたのが実情だった。




「○○ッ!○○ぅ!!何処にいるんだぁ!?」
しかし。知らぬとは言え、そんな○○の葛藤を無視するかのように。○○が一番意識している人物の叫び声が聞こえてきた。
その声に混じって「師匠ー!」と誰かが助けを呼ぶ声が聞こえてきた。
混じった声の主が誰かは、判別がつかなかったが。大きな叫び声を上げる人物には……1人しか思い当たらなかった。
上白沢慧音以外の誰がいる。


その叫び声を聞いて、先ほどまでニコニコ笑っていた永琳は。一気に表情を強張らせて、○○を置いて声のするほうにすっ飛んで行ってしまった。
無論○○も、迷う事無くその後を追いかけた。


曲がり角を越えた先に見えた慧音の姿は。○○から言葉を奪って、絶句させて、立ち尽くさせるには十分すぎる姿だった。
昨日、○○を病室まで案内してくれた。鈴仙と名乗った女の子が。慧音に解熱剤を飲ませようとして、哀れにも突き飛ばされたてゐと呼ばれた子が。
そして、それ以外にも。何人もの、やはりウサギ耳を揺らせる子達が。そしてそこに、八意永琳も加わって。
全力で、暴れる慧音の体にまとわりついて、動きを止めようとしている。


「てゐ!注射器に鎮静剤を入れてきて!無理矢理にでも眠らせるわ!」
永琳の叫ぶような指示に、1人慧音の体からぴょんと飛び降りて、脱兎の如く走り出した。


「慧音!落ち着くのよ!ここは里じゃなくて永遠亭だから、誰も貴方を邪魔する人間はいないのよ!!」
「煩い!五月蝿い!!黙れ!!」
永琳が懸命に、平静を失った慧音に対して、落ち着くように必死に声を張り上げるが。
そんな友人の悲痛な声だと言うのに、慧音は荒々しく拒絶の姿勢しか示さなかった。
この状態では、慧音は永琳の事を認識しているかどうか。甚だ怪しい物ではあったのだが。
一つだけ、例外があった。

「―○○?○○ッ!!○○!!今行くぞ!今、そっちに、助けに行くからな!!」
○○であった。

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最終更新:2013年09月14日 13:42