紅魔館の主、レミリア・スカーレットの部屋に○○はノックもなく入っていく。
彼はレミリアの夫でありこの部屋は彼の部屋でもあるのでノックする必要はない。
「あら、○○。読書はもういいの?」
「ああ。今日は、レミリアにお願いがあってね」
○○が日課である
パチュリーの図書館での読書をいつもより早く切り上げて自分の元に来ているのが嬉しいのか
レミリアはしきりに羽をパタパタと動かしている。
○○が丸テーブルの向かいに腰を下ろすの待ってレミリアは○○との会話を再開させる。
「お願い?なにかしら」
「来週のことなんだけどね、そろそろ人里の方で今年の種埋めが行われるそうなんだ。
それで、今年もその前に冬の間の人のいなかった間に畑の周囲に住み着いた下級妖怪たちの退治が
行われるんだけど・・・俺も参加したいと思っているんだ」
「イヤッ!!」
突然レミリアが立ち上がる。勢いよく立ってしまったせいで座っていた椅子が後ろに倒れる。
しかし、レミリアはそんなことなどまったく気にも留めず、体をガクガクと震わせながら○○を見つめている。
「イヤ!イヤ!イヤ!だめよ・・・○○!だめぇ!!イヤイヤイヤイアヤイヤ!!!」
「落ち着けレミリア!」
騒ぎを聞きつけて現れた咲夜と共にレミリアを宥め、落ち着かせるのにはそれなりの時間を有した。
「ごめんなさいね○○。あなたの気持ちも考えないで」
「気にしないでいいよレミリア」
落ち着きを取り戻したレミリアは椅子に座り直し、咲夜の淹れた紅茶を飲みながらうなだれている。
その口からは謝罪の言葉が発せられた。
咲夜は部屋から出ずに、ふたりの近くで待機している。
レミリアと○○が結婚してもうすぐ1年がたとうとしている。この1年の間に、レミリアの希望により
○○はティータイムなどに自身の半生を語っていた。それは外界にいた時のことも、幻想郷に来た後も含めて。
レミリアが夫である○○のことをもっと知りたいという想いからの希望だった。
その中で、幻想郷に来てから○○が毎年経験した、外来人の男である立場上、
参加せざるを得なかった春の種埋め前の下級妖怪退治のことも語っていた。
1年目には、妖怪の怖さを知らずに参加し、大怪我を負った。運が悪ければ死んでいた。
2年目には、親交を深めていた親友が目の前で非業の死を遂げた。
3年目には、色々よくしてもらい、大恩のある外来人のリーダー的な人物が外来人の新人の者をかばって亡くなった。
毎年参加者、特に、危険な区域に派遣される外来人に死傷者を多く出していた。
その話を聞いていたレミリアは○○が今年の退治に参加すると聞き、下級妖怪に殺され、無残な姿になった○○を想像してしまった。
○○が今年も参加したいという理由にはレミリアは心当たりがあった。
○○はレミリアからの求愛を受け、夫となった。現在紅魔館でなに不自由なく暮らしている。
食べ物関しても、安全に関しても万全だ。
さらにレミリアは、○○に危険が及んだりしないことならば、○○の希望は全て叶えてくれるように全力を尽くした。
もっとも○○は自分で可能なことなら極力自分自身の手でなんとかしたが。
○○はそんな生活の中、以前の外来人仲間達が未だ過酷な環境にいることを気にしていた。
自分だけこのような恵まれた環境にいていいのだろうか・・・と。
その気持ち、胸の中にある罪悪感いについては既にレミリアに語っていた。お互い、自身の感情や想いについては正直に語り合っていた。
その為レミリアには、下級妖怪退治に参加したいという○○の気持ちは理解できた。だが・・・
「でもやっぱり、あなたの参加は許可できないわ○○。あなたの気持ちはわかってつもりよ。
でも、あなたひとりが参加したからって何が変わるっていうの?外来人たちの死傷率にはなんの影響もないわ。
それどころか、下手したら死体が一人分増える結果になるわ。言い方は悪いけれど、自己満足の為に危険な場所には行かせられない」
「旦那様、お言葉ですが・・・。
ご自身の立場をお考えください。あなたがいなくなればお嬢様が悲しまれます。
お嬢様の夫である以上、旦那様の身の安全は当然の権利であり、気に病む必要はないかと」
レミリアが参加を反対し、咲夜は苦言を呈してきた。
それでも○○はまだ諦めきれなかった。それに、『お願い』の内容についてまだ本題に入っていない。
「レミリア、俺だって俺が参加しただけでは何も変わらないであろうことはわかるよ。
ただ、俺がお願いしたいのは下級妖怪退治の参加を許可してもらいたいってだけじゃないんだ。
当日、美鈴を貸してもらえないかなって思ってて」
「美鈴を?」
「うん。激戦区に美鈴を投入して無双してもらうだけで外来人の死傷率はだいぶ減るんじゃないかと思って。
妖怪に妖怪退治を頼むのは、ちょっと申し訳ない気もするけれど」
「確かに、美鈴を戦力として投入できれば外来人の負担は激減するでしょうね」
「・・・」
咲夜が○○の意見に同意する。
一方レミリアは、未だ思考中のようだ。
「ほら、美鈴ってぶっちゃけよく昼寝してるし、1日だけ門番がいなくても変わんないんじゃないかと思うんだけど・・・
ダメかな、レミリア?」
○○は今一度レミリアに尋ねる。
「そうね・・・」
レミリアはそう言うといったん間を置き、そして続けた。
「あなたの考えはよくわかったわ。美鈴を貸し出すことに問題はないし、許可できる。
ただ、それだったらあなたが参加する必要はないんじゃない?美鈴だけ派遣すればいいじゃない」
「それはそうなのかもしれないけど、妖怪退治に妖怪を派遣するわけだから。
やっぱり双方の知り合いがまず中間に立って紹介した方がいいと思うんだ。
特に外来人側は命がかかってるから、信頼できる相手じゃないと疑心を生んで、逆に戦いに集中できずに
無駄な死傷者を出すことになりかねないと思う」
「そう・・・」
レミリアは再び思考を始める。○○は黙ってレミリアの回答を待った。
熟考を続けたレミリアは今回の○○のお願いに対する答えを出した。
第1に○○自身の下級妖怪退治参加は認めない
第2に美鈴を参加させることは許可する
第3に○○美鈴の紹介や打ち合わせの参加などは許可する
第4に妖怪退治が実際に始まったら○○は人里で待機すること
第5に待機時、常に咲夜を護衛につけること
第6になにか問題が発生した際には咲夜の指示に従うこと
以上が、レミリアが○○に提示した当日の約束事だ。
「わかったよレミリア、この条件を厳守するよ。
ただ、あえて言わせてもらうと咲夜さんを護衛に着けるぐらいなら退治の方に参加させた方が助かるんだけどね。
人里は安全だし、万が一のことがあっても守護者の慧音さんがいるわけだし」
「この条件が飲めないのなら、当日は外出も許可しないわ」
「言ってみただけだよ。この条件で問題ないって。美鈴を参加させてもらえただけですごく助かっているんだ」
「そう。・・・とういうかね○○」
「ん?」
「咲夜の護衛は対妖怪じゃないわ。人里の女共があなたに寄り付かないようにするためよ。
そういう意味では、守護者の半獣が一番危ないのよ」
「ははは・・・」
○○は乾いた笑いをもらしてしまう。
会話に間が開いたので、咲夜が淹れた紅茶を飲む。
「ねえ○○」
「なんだいレミリア?」
しばらく紅茶の味を楽しんでたらレミリアが声をかけてきた。
「このお願い事って、いつから考えていたの?」
「そうだな・・・具体的に内容を決めたのは最近だけど、コネっていうのかレミリアに
お願いして俺じゃ到底できない外来人の援助をしてもらいたいなって想いは、去年の退治の後ぐらいに
咲夜さんがレミリアとの縁談の話を持ってきた時には考えていたよ」
「そう・・・」
「その・・・ごめん」
「謝ることはないわ。もし仮にそういう打算で私の夫になったんだとしても、
そういったことがあったお蔭であたなたが私の夫になってくれたと考えるわ。
それに、あなたが私を愛してくれてるっていうのは伝わってるわ」
「そうか」
「ねぇ、○○」
「ん?」
名を呼ばれ、レミリアの方を見ると、レミリアは顔を赤らめてもじもじしている。
気が付くと、すぐ近くにいたはずの咲夜が消えている。
「その、条件っていうわけじゃなくて、強制じゃあないんだけど・・・
退治する当日、1日でかけるわけでしょう?寂しいのよ。
そのかわりっていうか、今日・・・いつも以上に愛してくれないかしら」
ああ、そういうことかと言われてから○○は理解する。
さすが咲夜さん、気を使うタイミングが早いなと感心する。
「もちろんさ。お願いを聞いてくれた妻に夫が応えるのはあたりまえだろう?」
「ありがとう○○」
最終更新:2013年09月16日 02:04