パチン
今日も私の生活が始まる。
側仕えのメイドが手にした懐中時計の蓋を閉じ、優雅な仕草で私に挨拶をする。
異様に広い廊下を通り。
異様に広い食堂で食事をする。
「◯◯様、スープのお味が気に入られませんでしたか?」
僅かに顰められた眉の形を見て取ったのか。
私の口から制止の言葉が出る前に、パチンという音が響く。
私は食堂のドアを潜ったところで意識を取り戻す。
私はスープを啜る。静かにメイドの方を見て軽く頷く。
彼女は自分の仕事に僅かな齟齬が無い事に安堵したようだ。
彼女は、私に関する仕事でどんな些細なミスも許せないのだから。
そうして何十回か、まるで逆再生を繰り返すような日常を過ごした後。
私は寝台に身を横たえ、薄いネグリジェを着たメイドがベットに忍んでくるのを見ていた。
「なぁ、咲夜」
「なんでございましょうか◯◯様」
「お前はなんで事あるごとに時間を巻き戻すんだ。前は、何時からかは忘れたがそんなに厳しくはなかった筈だと記憶している」
クスリと耳元で忍び笑いが聞こえる。
「私は完璧で瀟洒な従者。ならば仕える方が過ごす日々は完璧で無ければなりません」
「……それはわかる。だが、この完璧な日を、寝る度に全てが巻き戻る日を、一体何時まで続ける気なんだ」
「ご主人様」
眼前に、鼻と鼻が触れる距離まで迫った少女は、どこか誇らしげに濁った笑みを浮かべた。
「永遠に、です。永遠に続く完璧な日々。これ以上に、主従にとって幸福な人生は存在しません」
私は嘆息すると、そっと隠していた銀のナイフを引きぬいた。
私が、かつてこの場所に存在した屋敷の住人の一人に認められた時、この少女から記念に贈られたもの。
恐ろしくも輝かしい日々だった。どうして、こうなってしまったのだろうか。
だが、これで、全てが終わる。
すまないが、終わらせよう咲夜。
君の作ったリングを壊したら、私も後に続くから。
そして、二人で『家族』に謝りにいこう。
最終更新:2013年09月16日 02:31