蒸し暑い初夏の夜。
◯◯にしがみついている私は掌で軽く顔に浮いた汗を拭う。
◯◯が地下大図書館に住み着いてから空調設備を改善し、私の寝室であるこの部屋にもその恩恵は届いている。
青い宝玉のダイヤルを回せば冷房、赤の宝玉のダイヤルを調整すれば暖房、と言った感じだ。
蒸し暑い夜は眠りの浅い私にとって非常に不愉快な夜だ。
寝ぼけて霞む視線の先にある青のダイヤルの数値は、この夜を過ごすには些か生温く感じる室温に設定されている。
でもいい、これがいいのだ。少なくとも私はこの良さを知っている。
乾いた本、かび臭さを僅かに帯びた館内、冷たいテーブルとぬくもりの無い椅子。
魔女としての私にはこれで十分だった。不要な熱などいらない。魔導の追求には必要ない。
必要ない筈の熱がこの上なく私の心と体を虜にしたのは、わずか数年前の事。
外の世界からやってきた◯◯と出会い彼に興味を抱き、男と女の関係になってから。
◯◯と熱を交わすのが好きだ。
本を読む時に彼に寄り添う事で彼の熱を感じるのが好きだ。
私の体温は低めだから、ひっついても彼はほとんど嫌がらない。
日常のちょっとした仕草から、閨の中での熱い交わりまで私は可能な限り彼との接触を試みた。
まるで私の熱を◯◯が受け止め、◯◯の熱を私が受け止めているよう。
体温の循環というだけでない。彼の熱を、感じていられるのが堪らなく好きなのだ。
でも、熱はいずれ拡散してしまうのが物悲しいし物足りなく感じる。
さっきまでの交わりで彼が私に注いでくれたものも、既に生温くなっている。
あれほど熱くて身を焦がしそうだったのに。今ではただ私の最奥で揺蕩うのみ。
私は何時も考えている。
今まで蓄えた知識や秘奥、魔術の奥技を持って考えている。
どうやったら、私と◯◯は永遠にお互いの熱を感じ合い続ける事ができるのかと。
物理的な肉体融合? 液状化して培養槽の中で暮らす?
いやいや、魔界の悪魔(あの泥棒猫に非ず)を利用して◯◯と私で一つの少世界を構築するのも悪くないか。
「ねぇ、◯◯」
目の前で寝息を立てている◯◯にそっと顔を近づける。
寝ている彼が放出する肌の熱を感じる。就寝時は人間の体温は上がるからだ。
彼以外なら確実に不愉快と感じるそれは私の悦びでもある。
「貴方は私の熱をどう感じるのかしら?」
頬を頬に擦りつけて、私は◯◯に問う。
じんわりと伝わる熱と肌と肌の間を伝う汗が心地よい。
「今度、聞いてみるから絶対に答えてね?」
それ次第で、私の計画は様変わりするだろう。
尤も、どのような返答でも……私は彼の熱を永遠に感じ続ける結果を齎せる自信がある。
ああ、楽しみだ。とてもとても、楽しみだ。
壁際にある
小悪魔の肖像画(物凄い目で私を睨んでいた)を鼻で笑い、私は彼と密着して眠りにつく。
今日は熱帯夜だけど……私は心地よく眠りについた。彼の体温を、直に感じながら。
最終更新:2013年09月16日 02:35