スレタイSSその7。テーマは第11夜。
今回はちょっと長くなったので二分割。
「ここから出ていきたい?」
「はい」
「何か不満でもあるの?」
「まさか。仕事を与えて下さったお嬢様には今でも感謝しております」
「それなら何故……」
「どうしてもやり遂げたいことがあるのです」
「どうしても、ねぇ。それは私達よりも大事なの?」
「……はい」
お願いします、と頭を下げる○○。
それに対し
レミリアはしばし逡巡した後、こう言った。
「こちらも条件を出すわ」
○○が顔を上げるのを見てレミリアは続ける。
「貴方が美鈴から逃げ切ってみせたらここから出て行って構わないわ。
ただし、もし捕まったらこれからもうちで働いてもらう。それでいい?」
こうして、○○の脱出をかけたゲームが幕を開けた。
■
は、は、と肩で息をしながら振り返る。美鈴の姿は見えない。
上手く撒けたのだろうか?
○○は数秒だけ休憩を取ることを決め、近くの木の根に腰を下ろす。
はっきりいって体力は限界だった。
汗は滝のように流れ、足はとっくに棒になっている。
今更ながら自分と美鈴の身体能力の差は歴然だった。
甘かったと後悔しても既に時遅し。
初めから自分に不利な条件だとどうして気付かなかったのか。
一応ハンデは付けてもらえたが、本当かどうか疑わしい。
○○が全力で走ろうがどこまでも追走されるし、
それどころかあまつさえ先回りによる待ち伏せをされる始末。
今だって姿が見えないだけでこちらを見据えているのかもしれない。
「○○さん、もうおしまいですか?」
ほら、来た。
声がしたと同時に○○は直ぐ様駆け出した。
だが美鈴はぴったりと後ろについて離れなかった。
「ペースが落ちてますよ○○さん。そんなんじゃすぐ捕まっちゃいますよ~」
畜生、と○○は心の中で毒づく。
美鈴は明らかに余裕だ。
本気を出さずにこれなのだから、彼女にしてみれば児戯に等しいのかもしれない。
「ねぇ○○さん。どうして出て行こうとするんですか?」
○○は応えない。そんな余裕はなかったから。
それに構わず、美鈴はダムが決壊したかのように喋り続けた。
「皆○○さんのこと気に入っているのに、何がいけないんですか?
私だって○○さんとずーっとずーっと一緒にいたいのに。
私、○○さんのためならなんだってしてあげますよ。
何でもですよ? 恋人にもなってあげるしご飯も作ってあげるし稽古もつけてあげます。
それいがいでもあなたがのぞむならなんでもかなえてあげますよだからわたしといっしょにかえりましょうよ
そうだわたしがかてば○○さんといつまでもしあわせにくらせるんだだからもうがまんしません」
ヒュンと風を切る音が聞こえた。
何だと○○が思う前に前方に人影が見えた。
それが人智を超えた速度で回り込んだ美鈴であることに気付いた時にはもう遅かった。
ブレーキをかける暇もなくそのまま美鈴に突撃。
危ないとすら感じる前だったが、しかし――衝撃は訪れなかった。
何故なら全力でぶつかった○○を彼女は容易く受け止めていたからだ。
「はい、ゲームオーバーです」
ぎゅっと○○から汗が滴るのに構わず背中に手を回す。
「さぁ帰りますよ。疲れたでしょう? 戻ったらマッサージしてあげますね」
抱擁を解き呆然としたままの○○の手を引いて彼女は歩き出す。
意外と得意なんですよ、と続いた言葉が彼に届いたかは分からない。
ただ、終わったなと○○は頭の隅で考えていた。
■
○○が美鈴に付き添われて戻って来るのを、レミリアは自室の窓から眺めていた。
幸せそうな美鈴の顔に対し○○のそれはまるでこの世の終わりのよう。
それを見たレミリアの口元に笑みが浮かぶ。
「やっぱりこうなったか」
まるで初めから全てを予測していたかのように、彼女はさも楽しそうに笑う。
「彼に出て行かれては困りますからね」
傍らで紅茶の準備をしている咲夜もどこか浮ついた様子。
「○○が来てから美鈴の働きは素晴らしい。サボりも減り、
魔理沙の本の盗難もほとんどなくなった。
雑用も進んで引き受けるし、逃がすわけないじゃない。あんな便利な男」
紅い悪魔は笑う。それは○○を祝うようにも、彼の運命を嘲笑っているようにも見えた。
最終更新:2013年09月16日 02:37