アリス、入るぞ」

キリ、キリ、キリ、ギィ

返事はない。
彼女の工房は暗闇に沈んでいる。
雑貨屋で手にいれた懐中電灯を照らし、中へと進む。

ガチャ、カチャ、キリキリキリキリ

「アリス、いるのかい?」

いるという事は確信している。
此処数ヶ月、彼女は此処に篭りきりの筈だから。
友人である二人の魔女とも、彼女はずっと接触していない。
数ヶ月前、自分にとある問をしてからずっと家から出た形跡がないのだ。

「ねぇ、◯◯。あなたの理想の女性ってどんな感じ?」

竜神広場で劇を終えた後、よく二人で屋台で買った飲み物を飲んでいた。
そんなありふれた時間に、何気なくかけられた問。
俺は好きな女性を少しずつずらしたりいじった理想図で答えた。
本当は目の前にいる少女が好きなのだが、それを男の都合がいい感じにスライドさせた様な絵空事な美少女を。

「そう」

彼女の答えは簡潔で素っ気無かった。話題はすぐに次の人形劇の演目に移った。
俺は理解してなかったのかもしれない。あの僅かな言葉に重大な意味があった事に。

ガタ、ゴト、カチャカチャチャ、カリカリカリ

最深部。大きな部屋に出る。ゴツリと足に何かがぶつかる。
丁寧にバラバラに解体された人形の手足。そして、人間の、少女と似た大きさの人形のパーツ。
壁際を電灯で照らしていく。椅子に腰掛けた、微妙に、本当に微妙に差異がある少女の人形が並べられていた。
まるで、俺が言った少女像。それを、僅かに微調整しつつ、彼女のイメージに沿う様に。
まさに、試行錯誤だったのだろう。たった、一つの。俺が戯れで放った、理想の『少女』を作り出す為だろうか。

最悪の事態になってしまった事に気づいても、俺は逃げ出す気にはならなかった。
無数の『アリス』達、その上から絶える事無く、人形が動く音が聞こえるから。

「あは、来てくれたのね◯◯」

キィ

こちらを向いたのだろうか。音が止まった。

「本当にあなたってタイミングの良い人ね。見て、ついに完成したの。貴方が好きだって言った。
 理想の女性。ねぇ、見てよぉ◯◯。私、誰よりも貴方が好きになれる女性になれたの!」

ガシャン

無数の糸に支えられた少女が目の前に落ちてきた。
彼女がお気に入りの、歌劇の歌姫が着るとっておきのドレスに身を包んだ少女が。
精巧な動きと共に、幾つもの糸が絶え間なく手繰られ少女が頭をゆっくりと上げた。

「ねぇ、◯◯。私、綺麗?」
「ああ、アリス。とっても、綺麗だよ」

俺の頬を、涙が伝った。

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最終更新:2013年09月16日 02:45