「外ではもう梅雨の時期だそうよ。妖夢が言ってたわ」
「そうですね」

通常の季節の概念など存在しない冥界。
白玉楼の縁側で俺と幽々子さんは語り合う。

「お盆になるとね、冥土から外へと里帰りする霊魂がぱぁ~って空を覆うのよ。
 生者にとっては恐怖の対象かもしれないけど、一度見ると忘れられない風物詩になるわ」
「そうですか……でも、俺が帰るのはダメなんでしょ」
「ダメよ」

そう言うと、彼女は膝枕していた俺の顔をスィと撫でる。

「外へ戻った霊魂は生きていた頃を懐かしむ場合が多いの。だから盆過ぎには妖夢が苦労する。
 未だ生者である貴方が帰ったらどうなるかしら? ましてや、郷の人間ですらない貴方が外界まで戻ったら」
「……不安ですか?」
「不安というより怖いわぁ」

彼女の視線から甘みが消え、どこか無機質で冷たい感じになる。
いや、物理的に寒気すら感じる。これが生と相反する死を操る能力か。

「怖くて…悲しくて…辛くて…あなたを殺して此処に縛っちゃいそうだわ」
「生者なのに霊魂よりも自由が効かなくなるのはどうかと思いますねぇ」
「そうね、いっそ死んで霊魂になれば今よりずっと自由になるかもよぉ?」

ずいっと幽々子さんが顔を近づけてくる。
先ほどよりは無機質ではない、だが、どこか湿り気を帯びた目がこちらを睨めつけている。

「大丈夫ですよ。僕は此処に居ますから。大丈夫、約束です」
「……約束。ねぇ……ふふ、信じてあげるわ。残念だけど、約束だからね」
「二人で人魂たちが帰郷するところを見ましょう。それから来年も」
「ええ、約束よ◯◯」

僅かに濡れた唇が俺の唇に触れた後、すっと離れていく。
彼女が望めばそれは死の接吻になっただろう。
ひんやりと冷たい唇の持ち主は、相変わらず僕を膝枕したまま冥界の空をみあげている。

「少し、眠りますね」
「分かったわ。妖夢がお八つを作ってくれたら起こすわね」

逃れるつもりのない小鳥を、飼い主は籠に閉じ込めようとする。
それは愛ゆえか、執着ゆえか、欲望ゆえか、独占欲か。

生者なのに死者の世界から出ようとしない俺は籠の中の鳥。
今日も小鳥が飛び立つ事を恐れる愛しい飼い主の膝の上で、伸び伸びと惰眠を貪る。

何時の日か、飼い主が失う恐れに耐えかねるか、命の火が燃え尽きるその日まで。

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最終更新:2013年09月16日 02:53