とあるマンションの4階。
    台所では圧力鍋がシチューを煮て、電子レンジが冷凍食品を解凍させている。

    いやぁ、やっぱり文明の利器は素晴らしいな。
    「文明の利器ってのも、中々か良いものじゃない」

    背後でTVドラマを見ている吸血鬼が俺と同じような感想を述べている。

    レミリア・スカーレット。幻想郷という場所からやってきたという本物の吸血鬼だ。
    見た目は子供だが、年齢は俺のはるか上を行くらしい。
    結界に歪みができてこちらに弾き飛ばされたとかなんとか言っていたが、詳細はよく理解できなかった。

    なんの因果か、元の場所に帰れなくなり、こちらの世界での勝手を知らないこいつの面倒を見ることになった。
    始めは吸血鬼ということなんて信じられなかったが血を吸われ、蝙蝠に変身するのを見たとたんに信じた。
    これには逆に彼女が驚いたらしい。

    「こちらから証明しといてなんだけど、よくこれだけで信じたわね」
    「若干、中二病を患っている影響だな」
    「中二病?なにそれ病気?永遠亭の薬師に薬でも処方してもらうのね」
    「永遠亭?なにそれ病院?これは薬じゃあ治んねえよ」

    お互いがお互いの知識をまったく考慮しない会話が行われた。
    ただ、今では一日中TVを見ている影響か、だいぶこちらの知識を得ているようだ。

    「特にこのTVは素晴らしいわ。これさえあれば、本なんていらないじゃない。パチェ涙目ね」
    「いや、文字には文字の良さがあるから。こっちにも普通に図書館とかあるからな?」

    レミリア曰く魔女だという友人をディスってたのでとりあえずフォローしておく。

    「ところで○○」
    「どうした?」
    「そろそろ私もあれが欲しいわ」

    といってTV画面を指さすんで見てみると、携帯電話のCMをやっていた。

    「いや、お前携帯電話持っても相手がいないだろ」
    「あなたが大学とやらに行ってる間もメールで会話できるじゃない」
    「大学に行ってる間までお前と話したくはねぇなー」
    「なによ、私と話をしたくないって言うの?」
    「うっ」

    こんなことで殺意を向けないでいただきたい。
    現代日本の一般人の殺意に対する耐性はゼロなのだ。
    多分、本気の殺意ではないのだろうがキツイものはキツイ。
    最近この吸血鬼、何かをねだる際に殺意を放ってくるようになった。やめてほしい。

    ピンポーン。
    と、ここインターホンがなる。助かった。

    「はーいはい、誰ですかー」
    レミリアの視線から逃げるようにして玄関に行く。

    「やっほー○○」
    「あれ?先輩じゃないですか。うち来るのは久々ですね」


    そこには大学の先輩がいた。
    美人で俺みたいなやつとも気さくに付き合ってくれるいい人で、バイト先の
    コンビニが近くにあるせいか、前はバイト前などにちょいちょい俺の家に遊びに来ていた。

    「久々だね。今、あがっても大丈夫?」
    「えっ?今っすか!?」
    「なにー?エロゲでもしてんの?どれどれー…なにこの幼女?」
     
    あっというまにリビングに侵入してレミリアとの邂逅をはたつ先輩。

    「いや、先輩そいつは従妹で今預かっててさ」
    「いや、どうみても外国の血が混ざってるよねこの子」
    「えっと・・・」
    「もしもし警察ですか?」
    「先輩違うんです!!」
    「あはは、冗談だよ。でも、私じゃなかったらマジで通報されてたかもね」
    「○○、誰よ。そいつ」
    「この人は大学の先輩だよ。で、先輩、こっちがレミリア」
    「ふぅん」
    「こんにちはレミリアちゃん」

    先輩に対してレミリアは興味がなさげた。
    先輩はバイト前に立ち寄ったようだ。お腹が減ったと主張されたので
    夕飯のレミリアの分を通常の子供用の量に減らしてその分を先輩に出した。
    レミリアには食事中恨めし気に睨まれてしまった。後で血でも与えるので勘弁してほしい。
    先輩はバイトの時間まで時間を潰すとバイトに向かっていった。週末に深夜帯のコンビニで働いているらしい。

    「デレデレしちゃって。みっともないったらありゃしない」
    「いや、先輩美人だしやっぱり話せるのは嬉しいんだよねー」
    「…そう。あなた、あの小娘と付き合いたいわけ?」
    「小娘って…まぁお前の実年齢からみたらそうなんだろうけど…」
    「で、どうなのよ」
    「なんだよ。やけに気にするな。まぁ、家にきたりとかそこそこ仲良くしてもらってるし
     いつかは機を見て告白したいと思ってたんだけど、今回のでなぁ…。
     最近は先輩来ないから安心してたが、まさかレミリアを見られるとは。家に幼女かぁ…
     …内心引いててもおかしくないよな~。月曜に話しかけても反応なかったらどうしよう」
    「…あなたには私がいるじゃない。安心しなさい」
    「いやー俺幼女はちょっと。幼女の妖女はちょっと。俺先輩みたいな大人の女がタイプだから」
    「…ふぅん。あ、ところで○○。この話したからしら?うちの門番がね、昼間なのに昼寝して…」
    「悪いレミリア。やっぱ先輩の携帯に弁明のメールにしたいからその文面考えたい。
     お前にかまっている暇は今はない」
    「……わかったわ。私はもう寝るわ。おやすみなさい」
    「ん?ああ、おやすみー」

    なんだろうか。部屋を出ていくレミリアは殺気をだしていなかったが、ゾッとするような瞳をしていた気がする。
    その後俺は先輩にメールを送ってから就寝した。


    バイトが終わったであろう時間になっても先輩からの返信は来なかった。
    弁明とは別に返信するような内容のメールを送ったにもかかわらずだ。
    最初は嫌われたのかと思った。でも違うことを知った。俺がそれを知ったのは月曜ではなく週末中。
    先輩が亡くなったことをTVニュースの報道で知った。
    先輩はバイト先からの帰り道で事件に巻き込まれ亡くなったらしい。


    そのニュースを見た後、俺は一日中ボーとしながらその報道のことを考えていた。
    先輩が亡くなったこともショックだったがそれ以上にあることに対する恐怖と疑念があった。

    この事件には警察を悩ませるふたつの謎があるらしい。

    ひとつは動機。
    先輩は基本的に人柄がよく、恨みを持っているような人物は基本的いない。
    だが、財布などは取られておらず、怨恨・強盗のどちらともいえない状況だという。
    だとすると、単純に人の殺害自体が目的の通り魔に遭遇したということだろうか?

    もうひとつは殺害方法。
    先輩は、包丁よりも太いもので胸を貫通させられていたらしい。
    いや、それどころかその凶器は先輩の背後のビルの壁に深々と穴を穿っていたらしい。
    そして、その凶器は見つかっていないらしい。
    人間を貫通させ、さらに背後のコンクリートにまで穴を開けるなんてこの世のものの所業ではないとして
    すでに都市伝説的な説も囁かれていた。


    だが俺は知っている。先輩を心よく思っていない奴を。
    俺が先輩と話している間、レミリアは拗ねた子供のような顔をしていた。
    先輩へのメールの文面を考えるために、相手をしなかった直後の瞳が思い出される。
    今思うと、一貫してレミリアが先輩に向けていた感情は"邪魔者"に対するそれだった。
    だが、この法治国家でそんな理由で殺人が起きてたまるか。
    いや、そもそもこいつはある意味別世界から来たのだった。

    そして俺は知っている。
    その別世界という意味ではこの世のもののではない存在を。

    そして俺は知っている。
    あの夜。レミリアは外出していた。
    あの日先輩が返った後、レミリアの後に寝た俺だが、ふと目を覚ましてしまっていた。
    ちょうど浅い睡眠だったのか、誰かがベランダを開けた音で起きてしまったのだ。
    レミリアは飛べる。ベランダから外出することは可能だ。

    先輩が殺された夜に先輩を邪魔者と思っているこの世のもののではない存在が外出している。


    この事実が俺の中で疑念を生んだ。
    まさかレミリアが先輩を?
    いや、そんなまさか。あの時俺は寝ぼけていた。ベランダを開けただけで出かけなかったかもしれないし、外出したとしても関係ない場所かもしれない。
    いや、ベランダが開いたこと自体夢じゃないのか?

    そもそもレミリアにこの犯行は可能か?
    あいつは吸血と蝙蝠化と空を飛べて、あとはせいぜい殺気で人を動けなくすることしかできない幼女じゃないか。
    …本当にそうか?それが本当にあいつの力の底か?
    あいつが俺に見せたのが吸血鬼ということを証明することのできる最低限の力だとしたら?
    そもそもあんな殺気を出せる奴があの程度の力しか持ってないなんてあり得るのか?

    自分の中で何回も否定するが疑念は消えない。
    そんな中ふと考えてしまう。
    もし、そうだとして?俺に何ができる?

    警察に言うか?
    信じてくれるわけがない。

    俺が先輩の仇を取る?
    奴が寝たら首を、いや、銀のナイフでも用意して心臓を…
    もし本当にあいつがあの犯行を行うような力を持っていたとして…俺にレミリアをやれるか?

    今回の犯行すらレミリアの力の底ではなかったら?
    仮に警察が信じたとしてこの吸血鬼を日本の警察に捕まえることはできるのか?

    俺は…俺は…

    「どうしたのよ○○。顔色が悪いじゃない」
    「…!」

    気が付いたら目の前にレミリアがいた。
    話しかけられてビクッと反応してしまう。

    「ああ、先輩のこと?気の毒だったわね?」

    何をいけしゃあしゃあと思い睨みつけようとするが駄目だった。
    恐怖からか、体が震え、恐る恐るという感じでしか窺えない。

    「今にも倒れそうじゃない。大丈夫?なにか不安なの?」

    不意に、レミリアに抱き寄せられる。その小さな体からはとても信じられない強い力だった。


    「あなたには私がいるじゃない。安心しなさい」


    今レミリアからは殺気も、冷たい目をしていた時の雰囲気も感じなかった。
    俺は…。俺は、この事件について考えるのをやめた。

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最終更新:2013年10月22日 14:52