「そう……有難う。一応、言う事だけは言っておいてくれたのね」
「ええ……結構な速さで飛んで行ってしまいましたけど。多分、聞こえてはいるはずです」
蓬莱山輝夜は自室で、鈴仙から背中を揉んでもらいながら。鈴仙が今日、妹紅と会った時の事を聞いていた。

「所で。今日の指圧に、鈴仙が来たって事は。永琳はまだ上白沢慧音の所に掛かり切りなの?」
「はい。件の○○さんが、慧音さんと同室にいるのですが。もしもが怖いので、隣室に張り付いてます」

「まぁ、そうでしょうね。それは良いのよ永琳に任せれば……私は妹紅の方に気を配るべきね、それならば」
「姫様が、そこまで無粋ではないと言う事は。だいぶ強調して言ったつもりなんですがね」
「分かってても、納得できるかどうかよ。仮に来なくても、貴女のせいじゃないわ。もしもの時は私が連れてくるわ」
鈴仙からの報告を受ける輝夜は、どうにも不機嫌な面持ちだった。
別に、鈴仙の揉み方が悪い訳ではない。永琳が、自分が忙しい時の代わりとして。鈴仙に輝夜の指圧をやらせるだけはあって。
その技術は、十分以上の腕前であった。しかし、その指圧の気持ち良さよりも。妹紅の頑なさに腹が立って仕方がないのである。

「たっく……こういう時じゃなかったら。今すぐ飛び出して、ちょっかいかけに行ってたわ」
「姫様が、妹紅さんに。見舞いに来いとは……姫様が直接言ったら、余計に逆効果か」
「ええ、そうよ。なまじ両方とも、長生きできるから。無駄に時間をかけれて。まどろっこしいのよね」
本当に、機嫌が悪いらしい。枕に顎を預けて、本を読みながらだと言うのに。輝夜の妹紅に対する文句は苦々しさに溢れていた。
しかし、そこに毒々しさは無かった。こう言う所が、鈴仙の言う。そこまで無粋ではないと言う事の証でもあった。


「妹紅は……上白沢慧音がそれなりに生きれる存在だって事に、少しばかり甘えてるのよね」
「最期があるかどうかは分からないけど……最後の最期まで一緒に入れるのは私だけなんだから」
「私以外に、執着する人物を作っちゃったら……いつかは苦しむわよ……いやもう既に、かな?」
妹紅の事を考えていると、輝夜は本を読む気力を無くしたのか。ポイッと放り投げて、枕に顔を埋めてしまった。

「やっぱり姫様、妹紅さんの事は。大切に思っているんですね」
「そう思ってるから、殺すのよ。アイツと私は、未来永劫殺しあうのよ」
「そうですか」と、鈴仙は簡単に返事をしたが。蓬莱人と言うのは、よく分からないなと。
そして、この感想も。何度目か分からないなと、その両方の感情を抱いていた。

蓬莱人と言うのは、生病老死の。生以外の三つから解放された存在だから。
なまじ、死なないが為に。たまに訳の分からない死生観を呟くが。
その死生観は、蓬莱人では無い鈴仙には多分一生かけても理解出来ないだろうし。その必要も無いと思っていた。
だから、簡単に流す程度の受け答えしかしなかった。
そして輝夜も、蓬莱人では無い鈴仙に理解して貰おう等とは。思ってもいなかった。
だから、一見素っ気なさが際立って。冷たい印象が傍から見れば漂うが。二人にとっては、これが最良の状態なのだ。


「ねぇ、鈴仙。妹紅、来ると思う?」
しばらくの間。指圧を受ける輝夜の唸る声だけが部屋に漂っていたが。
不意に、妹紅が来るかどうかを輝夜は鈴仙に問いかけた。
「そうですねぇ……」
鈴仙は頭の中で、あり得そうな展開をいくつか思い浮かべる。
思い浮かべる際、視線が少し上の方を向いたが、指圧の手は緩めなかった。だから永琳は鈴仙を自分の代わりに寄越すのだ。

「来るとは思いますよ。ただ、踏ん切りがつかなくて永遠亭に入らず帰ったり」
「ありえるわねぇ……」
輝夜の脳裏には、そんな様子の妹紅がありありと浮かんでいるのだろう。ため息交じりに呟いていた。
「あとは、塀をよじ登ったりして。私たちに気付かれずに入ってきたり」
「多分、それが一番マシな展開だと思う。最悪なのは、さっき言ってた引き返す方ね」
そう言うと、輝夜はおもむろに立ち上がった。
「姫様?まだ指圧はもう少し続きますよ?」
「残りは後でね……今あなたの言った前者の方。妹紅が引き返しそうだから、首根っこ掴んでくる」
「え!?」
立ち上がり、立ち去ろうとする輝夜に対する、疑問符の付いた顔が一変。鈴仙は驚き交じりに、庭先に顔を向けた。
「まだ入ってきていないわ。塀の向こう側で、行ったり来たり……」
「分かるんですか?」
鈴仙には、何かが近づいている気配など全く感じなかったが。輝夜は、当然よと言った顔で庭先を見つめていた。

「伊達に、何十年も。ここから庭先を一日中眺めてるわけじゃないわよ」
「竹林が風で揺れる音と、足で踏み鳴らす音。聞き比べるくらい、訳ないわよ」
「……」
鈴仙は何も言わず、得意げな顔の輝夜を仰ぎ見ていたが……心中では割と不遜な事を考えていた。
それが妙な無言となって現れたのだが。
「今、仕事してないだけじゃなかったんだって。そう思ったでしょ?」
二重の意味で、これは当然の話なのだった。伊達に永遠亭の首魁を張る輝夜には、鈴仙の作った妙な無言。気づかれぬはずが無かったのだ。


クククと、袖で口元を隠しながら笑う輝夜の姿を見て。
「あ……」
鈴仙が見せるのは、これまたバツの悪そうな顔。真面目で能力はそれなり以上にある鈴仙だが。
こう言う所で、彼女の立ち回りの下手さが祟る。
少なくとも、こういう場をはぐらかす技術では。てゐの方が、遥かに上だった。伊達に悪戯ウサギ等とは言われていない。

しかし、言い逃れが出来なさそうな。そんなバツの悪い顔を見ても、輝夜は怒らなかった。
反対に、クククククと。さっきよりも勢いよく、不敵に笑っていた。
「良いのよ、鈴仙。だって私は姫だから。そう思われるのが、貴族の仕事の内の一つだから」
多分許されてはいるのだが、何だか釈然としない。輝夜はそんな表情の鈴仙を見ながら、そして相変わらずクククと笑いながら。
塀の向こうに見える竹林へと飛び去って、姿を消していった。




妹紅は、何度も永遠亭のすぐ近くまでやって来ていた。しかし近づいている場所は普段の出入りに使う、正門では無かった。
妹紅が近づいていた永遠亭の場所は。永遠亭の敷地の境界を示す、塀であった。
妹紅はそこをよじ登って、永遠亭に入ろうと。そう画策していたのだったが。中々踏ん切りがつかないのが現実だった。

「クソ……」
塀のすぐ傍までは来るが、一思いに飛び越えれる程度の高さなのに。最後の一歩が踏み出せずに。
クルリと、背を向けて。トボトボと塀から遠ざかる。
「…………何のためにここまで来たんだろう」
しかし、このまま何もせずに帰るのは。それが一番癪な事だから。またクルリと、方向を塀の方に戻して、歩いていく。
しかし、中にいる人物。特に、輝夜に見るかった時の事を考えると。足が止まってしまう。
それの繰り返しだった。もう何度繰り返したのか、皆目見当がつかなかった。


「でも、慧音の容態なら。別に……あのウサギが言ってるとおり、多分大丈夫なんだろうな」
そもそも何故、正門では無く塀をよじ登って行こうなどと。そんなやたらと面倒くさい方法を妹紅は実行しようとしたのか。
その理由は。輝夜の存在、やはりこれが大きかった。
しかし、だからと言って。塀によじ登る方法でも、輝夜の知る所となる危険性は完全には無くならない。
永遠亭の敷地に入る以上は、遅かれ早かれ知る所となると。そう思う方が正しいのかもしれない。

「いくら正門からじゃないとは言っても……中に入れば、見つかるよな」
夜半を過ぎて、活動が大分停滞したとは言え。永遠亭の中には、まだ明かりが煌々と輝いているし。
人の動いている気配も時折感じ取られる。
誰にも合わないように行くのは、少しばかり無理な話だった。
それも相まって、段々と妹紅の思考の中身は。慧音のお見舞いは諦めようと。体がよくなって、自宅に戻った時で良いやと。
そう言う、次善策。今考えている行動を、無理やり次善策だと自分を納得させながら。妹紅の体は、クルリと。永遠亭に向かって背を向けてしまった。


クルクルと、体を回転させるのは。先程まで何度もあったことだが。今回は趣が大分違っていた。
背を向けた後の、歩みの進め方。これがどうしようかと言うような迷った歩みでは無く。力の籠った、逃げ去るような形だった。
「まぁ……死にはしないだろう。そう言う状況なら、あのウサギが言ってるはずだし」
自分に言い訳をしながら、妹紅の歩みはまた早くなる。
早歩き程度だった足も段々と。走ると形容した方が良い所まで、早さを得ていた。

ここまで早くなってしまっては。もうたった一人の意志の力では、止める事は出来なかった。
「妹紅!!」
少なくとも、第三者の手を借りない限りは。止めようが無かったのだが。
「来なさい!上白沢慧音のお見舞いに来たんでしょう!?」
幸いな事に、妹紅には。自らこの第三者となってくれる人間が、存在した。
「輝夜ッ!?お前、私を笑いに来たのか!?」
「はいはい。私に対する恨み言なら、いくらでも聞いてあげるから、今は中に入りなさい。アンタなら面会謝絶でも会えるわよ」
その第三者こと、蓬莱山輝夜は。ジタバタする妹紅の腕をしっかりと握り、恨み言を聞き流しながら。永遠亭の敷地に、無理やり押し込んで行ったのだった。





「起きるとすれば、多分そろそろだから……大丈夫だとは思うけど。今日はずっと隣の部屋にいるから。何かあったら大声で呼んで」
○○にはそう言い残して、八意永琳は隣室に伏せた。
何か異様な物音が断続的に発生でもしたら、即座に乗り込んで来てくれるのだろうけど。
そこまで気をかけてくれるのは、有難い事ではあるが。しかし、出来れば使いたくはない最終手段ではあった。


今○○は、八意永琳が危惧している事と全く同じ。今朝の大騒動がまた再来してしまわないかを、心配していた。
どうにかこうにか、寝かしつけて。今はこうやって、寝台で横にさせてはいるが。
八意永琳がそろそろと言ったように。静かに、そして規則的に立てていた寝息も徐々にではあるが、寝言やうわ言のようなものが混じり始めた。
薬から覚め始めている、何よりの証拠だろう。


薬から覚めた際。○○の姿がすぐに見受けられなかったら、また暴れてしまうのではないかと。
解熱剤を定期的に投与して、丸一日以上寝かしているから。
頭をどうにかする高熱も、随分マシにはなっていると思いたかったが。
永琳も○○も。引いては、永遠亭全体が、次に上白沢慧音が起きる時に怯えていた。

もしも、起きた瞬間。まだどうにかなっている状態でも、○○が近くにいれば多少は穏やかなものになるのでは。
そう言う考えから。寝台一つ分しか置く事を想定していなかったこの部屋に。簡易的なものとはいえ、無理やりもう一つ備え付けてしまった。
夜も更けた事なので。この慧音の横に据え付けられた、簡易寝台に○○は体を横にして預けているのだが。
今朝がた、あんな事があったものだから。やはり、あまり眠る気にはなれなかったし。
そこから更に。不意に聞こえてくる、慧音の寝言のようなうわ言のような。そんな不明瞭な物を発する姿に、ビクッとするばかりで。
体こそ横にしているが、眠気と言う物は全く○○の身には降り立ってはくれなかった。
代わりに、深い溜息のような物。それが幾度となく出てくるだけであった。




眠気もやってこない、はっきりとした頭で。状況が状況だから、ボーっとする事も出来なくて。
寝台に仰向けになりながら、まんじりともせずに、天井を意味も無く眺めていると。
今いる部屋のだいぶ向こう側から、何か物音と人が言い争うような声が聞こえた気がした。
別にそれだけで終わっていたら。○○だって何とも思わず、気にもせずに天井を眺め続けているのだが。
聞こえた気がするという感覚が、先の一回では終わらずに。言い争う声や廊下の板を乱暴に踏む音など。
それらの騒々しい音達が、もはや気のせい等では無いと言い切れるようにまで、大きくなってくるのだ。
明らかに、近づいてきている。

「……気のせいじゃない」
寝台から起きた○○だが。その視界には、真っ先に横たわる慧音の姿が目に入る。
その姿が目に入らねば、多分○○は外の様子を見に出たであろう。
しかし、○○の視界に真っ先に慧音の姿が飛び込んだことで。その勢いは、すっかりと削がれてしまった。

「○○、部屋にいたままで良いから」
その削がれた勢いに、駄目押しをするかのように。部屋の外から、永琳がこのままでいるように言葉をかけてきた。
そのかけてきた言葉は、少し強く言い聞かすような。そんな圧力を持っていた。
今この段階で、一番怖いのは。慧音が起きた時に、また暴れ出す事だったから。
仮にまた、そうなりかけても。○○の姿をすぐに見れば、多少はどうにかなるかもしれなかったから。
安全弁を備えると言う意味では、○○には動き回って欲しくなかったのだ。


外で起こっている騒動は、自分に任せろ。永琳は暗にそう言ってきたのだった。その証拠に、永琳の物と思われる足音が。騒々しい音がする方向に向かった。
流石は、と言うべきなのだろう。永琳がその方向に向かってすぐに、騒がしくなってきた外の空気がまた静かになった。
代わりに、戻ってくる音が。しかし、その音は一つでは無かった。
二つか三つ。とにかく、永琳が一人で行ったはずなのに、戻って来た時は永琳一人では無かった。



多分、この音は。部屋の前を通り過ぎるだろうな。特に当てもなく。当てずっぽうにそう思っていたのだったが……
「ほら、妹紅!さっさと入りなさい!!」
「姫様、お静かに。ここは病室です」
自分たちがいる扉を、黒髪で長髪の女性が勢い良く開けてきたかと思うと。
「うわ、押すなよ!」
それとは真逆の色をした、銀髪で長髪の女性が押し込まれてきた。
「藤原妹紅、ここは病室よ。患者の体に障るわ、静かに」
二人とも、ギャーギャーと騒いでいたが。その騒ぎを、永琳が押さえ込んでいた。


「では、姫様。私たちは向こうに行きましょう……多分、姫様がここにいたままだと、静かになりませんから」
「そうね」
永琳は、姫様と呼ぶ黒髪で長髪の女性に。向こうに行こうと促す。
促された方は、素直に聞いていたが。銀髪で長髪の女性を見つめたまま、どこかに行ってしまった。

対して、銀髪長髪の……先ほど、永琳から藤原妹紅と呼ばれた彼女は。
少しだけ、姫様と永琳が読んだ彼女を睨んだが。忌々しい物を、これ以上見たくないと言わんばかりに。扉を乱暴に閉めて。
「慧音……」
慧音に対しては悲しそうな表情に。
「……お前が、○○だな?」
そして○○にはその感情の上から、何かの感情を混ぜた。複雑な表情で、○○の事を見やってきたのだった。

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最終更新:2013年10月23日 03:08