浅い眠りから覚めると、見覚えのない場所だった。
夕べは何をしていたのだったか、いまいち思い出せない。
首をひねりながら、体を起こすと、すすり泣く声が聞こえる。
何事かと辺りを見回せば、うずくまって泣いている慧音がいた。
……これは一体どうなっているんだ?
呆然と慧音を眺めているとふと、目が合う。
途端に目を見開き、俺を睨み付ける慧音。
「……お前が、まさかこんなことをする奴だったとはな」
一晩中そのままだったのか、泣き腫らした目は真っ赤に血走り、その迫力に思わず怯んでしまう。
「慧……」
「近寄るな! 一刻も早く出ていけ!
さもなくば私は、お前を殺す!」
その剣幕に圧された瞬間、
「……あ」
夕べのことがまざまざと思い出される。
「…あ……ああ」
そうだ、俺は夕べ、色欲に負けて慧音に無理矢理……
……これ以上は思い出したくもない。
「見下げ果てたぞ鬼畜が! お前の姿など見るのも不愉快だ!
さっさと失せろ!」
そう、俺は
「…う」
取り返しのつかないことを
「……ううっ」
彼女に、してしまった。
「……うあああああああああああっ!」
その後のことはあまり覚えていない。
気が付けば自分の部屋の布団に毛布を掛けたまま丸まっていた。
何かから隠れるように。
自分の汚い本性に吐き気がした。
事実、何度か胃液を吐き戻した。
……俺はなんてことを。
ただ自分の浅ましい行いを嘆き、悔やみ、憎み続けていた。
それからの日々は地獄だった。
昼はひたすらに慧音に許しを乞いに出向いた。
玄関で額を擦り付け、血が出るほどに謝り続けたが、許しては貰えなかった。
「許すと思うのか? お前がしたことは、謝ったところで許されるものではない」
「私はお前を許さない。死ぬまで、いや死んでからもあの世で、私に詫び続けろ」
「さっさと出ていけ。お前の自己満足に付き合う程、私も暇ではない」
等ときつい言葉を浴び、とぼとぼと帰路に着く。
当然のことだ。許して貰おうなど、おこがましい。
夜は夜で、あの夜が悪夢として再現される。
泣き叫ぶ慧音を見て、昂っていた自分がいる。
快楽に酔いしれていた自分がいる。
それを自覚する度に罪の意識に強く強く苛まれた。
もはや慧音に謝り続けるしかない。
たとえ許されなくても、そうでないと壊れてしまいそうだった。
ただ俺は謝り続けた。
慧音に許しを乞い続けた。
俺は里人に囲まれていた。
皆一様に怒り狂った目で俺を見つめていた。
一ヶ月前、慧音を穢した夜から今日まで、俺は毎夜慧音をむさぼり続けていた。
……何故こんなことをしたのか……
非難を恐れずに言えば、開き直り、だったんだろう。
どちらにしても、里の知恵者である慧音の心に深い傷を負わせた俺は、間違いなく悪人だ。
このまま私刑にかけられるか、村八分に会うか、どう転んでもまともに生きて行けはしまい。
しかし、そんな俺の窮地を救ったのは、被害者であるはずの慧音だった。
「このような外道でも、彼は里の者だ。もう一度だけチャンスをやりたい。私の元で生活し、更正させてみせる」
渋る里人を慧音は説き伏せる。
「もしこの期に及んで間違いを犯すならば、こいつはそれまでの人間だ。
その時は、煮るなり焼くなり好きにするがいい。
しかし、どんな者にもやり直すチャンスを与えてやることが、優しさだと私は思う」
自分が泣いていたことに、気が付かなかった。
ただ頭を深々と下げて、感謝の言葉を言い続けていた。
そんな俺を慧音は抱き締めてくれた。
「見ろ、○○もここまで反省している。他者の罪を許し、自らの罪を忘れない。
それが善き世の中を作っていくと、私は信じたい」
……女神
そう形容するに十分だった。
俺はこの女性の期待に応える。
この女性のために生きる。
その決意が俺の中に芽生えた。
そう、俺はこの日「生まれ変わった」のだ。
目を覚ますと見慣れた寝室だった。
隣には慧音がいて、俺は彼女にしっかりと抱きついていた。
「おはよう、○○。……全く、これじゃあ、私が動けないじゃないか」
彼女は母のように深い愛で、俺を包んでくれる。
おかげでついつい甘えすぎてしまう。
恥ずかしながら、抑えられないのだ。
照れながら腕を緩めようとすると、今度は慧音が抱きついてきた。
「まだ起きるには早い。
もう少しの間なら、甘えてもいいんだぞ」
ああ、彼女は優しく暖かい。
寄る辺ない、里の嫌われ者だった俺を受け入れて、愛と言うものを教えてくれた。
何故そうだったのかは思い出せないが、そんなことは些末なこと。
今は彼女のおかげで里の人たちと親交を持つことが出来た。
そうして、二ヶ月前に籍を入れて、一緒に暮らしている。
慧音は俺の心の支え。
彼女のためならどんなことだって出来る。
例えば、絶対に有り得ないことだが、慧音に死ねと言われれば死ねる。
そのくらいの覚悟をもって言おう。
「俺は慧音を愛している」と。
「ねー、紫」
「何かしら?」
「最近白沢が余計に歴史を弄ってたけど、良かったの?」
「別に幻想郷に害があった訳じゃないしね。一応警告に行ったら、もうしないって言ってたし」
「ふ~ん。それにしても○○か。ちょっと残念だったかしら」
「あら、珍しいわね」
「私だって女ですわ、……とでも言えばいいかしら?」
「ふふ、そうだったわね」
……霊夢は気付いていないだろうけど、○○がこういう風にたくさんの女性に好かれるから、白沢はあんなことをしたのよね。
……彼女も女だったってところかしら?
しかし、うまくやったものね。
歴史改変の矛盾を、○○の精神状態を不安定にして隠すなんて。
強い想いは多少の矛盾なんか吹き飛ばすし、もはや○○が彼女以外に靡くことはありえないでしょう。
そのうち誰かの物にされていたでしょうから、相手があの白沢だったのは幸いだったのかしら。
出来すぎた脚本をクスリと笑うと、紫は霊夢に別れを告げ、スキマヘと消えていった。
どんどん変な方に行ってしまった…
ヤンデレのつもりではあるが、なってるか不安。
最終更新:2011年03月04日 00:52