外来人○○はゲスな人間だった。
外界にいた時から私利私欲のために他人をだまし続けていた。
それは幻想入りした後も変わらなかった。
彼にとって妖怪は恐怖の対象ではなかった。
むしろ、精神に左右されるその存在は騙しやすい対象に思えた。
しかし、失敗した時のリスクが高かった為に、騙すのは控えていた。
文明レベル的には低く、外界に興味を持つ人里の人間達でも十分なカモだった。
しかし、騙しやすいからと調子に乗っていた彼はミスを犯した。
人里の守護者である慧音に彼の企みは暴かれ、人里を追われるこことなった。
そのタイミングで○○は自分の認識不足を痛感した。
幻想郷では、人里で問題を起こしてしてしまった場合、外界のようにどこか遠い街で活動を再開するというようなことが不可能だった。
人里へ戻り捕まるか、人里の外で野垂れ死ぬかだ。それでも○○は何とか地底の旧都に潜り今日を生き抜くだけの稼ぎを手に入れていた。
しかし、嘘を嫌う鬼の住まう旧都で○○が長く生活することできなかった。
旧都を追われその奥に進んでしまった○○。
これ以上はさすがに普通の人間には進めないと戻るしかないかと考えていた彼の前に現れたのは空だった。
○○はすぐに彼女が騙されやすい人種であることを理解した。
○○は間抜けで頼りない外来人を装い、人里を理不尽に追われたので保護してもらえないかと頼んだ。
空はあっさりと騙され○○を自分の家に連れて行ってくれるといった。
「ほら、あそこが私たちの家、
地霊殿だよ」
「へー、大きいですね。凄いです!」
「そうでしょー」
発言やその表情とは裏腹に○○は内心ほくそえんでいた。
でかい建物だ。ある程度の財産を期待できるだろう。
その財産をだまし取り、外界帰還の為の博麗神社への御布施とする。同時に地上にも連れてかせる。
それがここでの最終目標だと決めた。
ただ、空がここの主ではないことはなんとなく想像がついた。もし、主が疑い深い人物であろうとも当分の隠れ蓑には最低でもしなければならない。
だが、ここでも○○の予想外な事態が起きた。
それは空が紹介したここ地霊殿の主、
さとりの発言だった。
「はじめまして、○○さん。私はここ地霊殿の主、古明地さとりです。能力は心を読む程度の能力です。」
「…あ?」
幻想郷の力を持つものがなんかしらの能力を持つことはすでに知っていた。
覚妖怪の存在は外界にいたころから聞いたことがあった。
だが、まさか、このタイミングで「心を読む者」と遭遇するとは思わなかった。
(クソ、万事休すかよ…)
殺されると思った。しかし、恐怖はなかった。あるのはミスを犯し、この状況を作った自分に対する不甲斐ないという想い。
「どうしたんです?そんなところに突っ立ていないでどうぞ中へ」
「ちょっと待て、どういうことだおい?」
さとりは中へ入ることを進めてきた。
心が読めると言いながら自分のことを見逃すというのか?
それとも、心が読めるというのははったりか?
「ここを隠れ蓑にするのではなかったのですか?」
「…!」
いや、読まれている。確実に。
ならどうして自分を招き入れるのか、それがわからなかたった。
だが、ここに入る以外道がないのも事実。自力では旧都に帰ることすら困難な道のりを空のお蔭で越えてきた。
「行くしかねえか」
背を向けて前を進み、表情を窺えないさとりと、急な○○の態度の変化に首をかしげる空に続く。
その後、自室をあてがわれ、夕食の席にも呼ばれた。
そこで空とは別のペット(そもそも空がペットであることに驚いた)である火焔猫燐、妹である古明地こいしを紹介された。
そして現在、食後のティータイムに呼ばれさとりと同じ席に着く。ちなみにお茶を入れたのはさとり自身だ。せっかくなので飲んでみたが味は悪くない。
「オメェ…何が目的だ?」
「あら、間抜けで頼りない外来人キャラはもうやめてしまったんですか?」
「…」
「騙すならお空にする?たしかにあの子なら簡単に騙せるでしょう。
でも…たしかに地霊殿にはある程度の財がありますが、あの子はその置き場所を既に忘れてしまっていると思いますよ?」
「読んだ内容を次から次にベラベラと。覚妖怪が嫌われている理由がよくわかったぜ」
「それでもあなたは私たちを怖がってはいないようですね。さすがにその生き方の関係上、心を読まれることは嫌っているようですが。
…それでも気おくれなく話してくれてますね」
「精神に依存するよう妖怪共は基本カモだ。恐怖なんざ感じねえ。まぁ、例外は存在するし、バレた時がやばいがな。
だが、てめえは俺の心を読んでおきながら何故見逃した?騙そうとしたことに対する怒りはねえのか?」
「そもそも、絶対に騙されない以上、騙そうとしたことに対する怒りが湧いたりはしませんよ?
あなたになにか害を為す気はありませんから、安心してください」
「…」
「人を騙してきたあなたですが、あなた自身人を信じられないのですね。…子供の時から」
「…本当に嫌な能力してやがるぜ、てめぇは」
トラウマと呼べるような記憶すら引っ張り出してくるその能力と性格を本当に厄介だと感じる○○。
だが、それだけだ。そんなことはどうでもいい。問題はさとり以外、空などをどう騙して目標を達成するかだ。
そんなことを思考する○○とは裏腹に、さとりはやけにニコニコしている。
「空とそれに
こいしまであなたになついてしまって。こんなに賑やかなのは本当に久々です」
「一部例外もいるがな」
火焔猫燐は唯一最初から○○を敵視していた。
まぁ、無条件になついてくる能天気ふたりや、その内心を看破しながら放置する奴がいる現状では、ひとりぐらい敵意を向けてくれる方が○○は心地よかった。
噂をすればなんとやらお燐が部屋に入ってきた。
「○○。今誰も風呂に入ってないから、今入って。居候が好きな時間に入ろうとか思わないでね」
「わかったよ」
○○は風呂に入る為、席を外した。
それから何週間か経過した。
相変わらず空とこいしは○○になついており、暇を見つけては遊ぶように頼んでくる。
燐も相変わらず敵意を向けた視線で時折睨んでおり、言外に出て行けと言われている気分だった。
そんな燐だが、当番なのか毎日風呂に入る時間の指示を行ってきた。
○○も女性ばかりの環境の為、風呂に入るタイミングはその指示に従っていた。
さとりの様子も相変わらずで時々○○の建てる計画に意見を出しくることさえあった。
○○はさとりの前でもおかまいなしに地霊殿の住人達を騙す手を考えていた。
どうせさとりの眼の届かぬ場所で計画を立てても、後々第3の眼で見られれば、計画を立てていたということを読み取られるので意味はなかったので開き直ってティータイムの間にも計画を立てていた。
さとりの能力上、すでに積んでいる気もしたが、そのことは考えず、空達がからんでこない限りは常になんかしら出し抜く方法を計画していた。
余談だが、空は○○と出会った際の○○の初期の間抜けキャラのことは完全に忘れ去っていた。
「○○ー!あーそーぼー!!」
空がからんできた。一番騙しやすい空の好感度を上げておいて損はないといつも付き合ってやる。だが、今日は趣向を変えてみることにした。
人里を追われ、ほぼ全てを失った○○だが常に持ち歩いていた物は所持している。
対戦型のカードゲームを取り出す。本来3人以上で遊ぶことが望ましく、ふたりだとグダることもあるが空相手なら問題ないだろう。
「なにそれ!?面白そう!」
空が興味を持った。
○○はほくそ笑む。
「おい、空。せっかくだから賭けをしようぜ?」
「えー?普通にやろうよー」
「そういうな。夕飯のオカズを賭けよう。勝てれば食べれるオカズが増えるぜ?」
「本当!?やるやる!!」
(勝てればだけどな)
どうせ空のことだ、ルールを教えても最後に数字以外のカードを残すなどの反則負けをするだろうと○○は予測していた。
「面白そう!あたしもやる!!」
「こいしか…」
気が付くと隣の席にいつのまにかこいしが座っていた。今の今まで無意識状態だったのだろう。
やけに無意識状態を解除するときに○○の近くにいるのは○○の気のせいだろうか。
イレギュラーな存在が登場したが、まだオカズを奪う自信がある○○だったが…
「あら、面白そうですね。私も混ぜてください」
「こっちくんな能力使える覚妖怪」
「別にいいじゃん。私はお姉ちゃんに心読まれないし」
「俺が良くねぇんだよ」
「うにゅ?」
ある程度、カードの引き、戦略に左右されるとはいえ心を読める奴の参戦はイレギュラーすぎる。
だが、さとりはやる気の様だ。○○は、少し考えた末、対戦型カードゲームをしまい、代わりにトランプを取り出す。
神経衰弱なら手札もないから問題はない…と考えたがこちらの覚えているペアを呼ばれる危険性がある。
運任せの豚の尻尾ならどうだろうか?今度は運任せすぎて○○自身が実力を発揮できない。
「こういったものは、基本最初の手札で決まりますし、私も手加減しますからやりましょうよ、○○さん」
「お前、それで楽しめんのか?」
「ええ」
「ちっ。わかったよ」
「お燐、あなたもそんなところで見ていないで参加したらどう?」
いつのまにいたのか、遠目から見ていた燐も参加することとなった。
気が付けばすでに夕飯前。オカズの賭けもうやむやになってしまっていた。
(俺としたことが、こいつらとの遊びにマジになりすぎたな)
手加減するといいつつもさとりが○○が勝つかどうかのギリギリのタイミングの時に限って能力を使って勝利をかすめ取っていくので、ムキになってしまい○○も時間を忘れてしまっていた。
「あら、もうこんな時間。楽しかったですね○○さん。あなたも熱中してたみたいですし」
「…もう飯の用意をしねえと遅れちまうぞ?」
「そうですね。今日はここまでにしましょう」
熱中してしまったのも事実の為反論できなかった。
その日の夕食後、自室で○○は思考を巡らしていた。
今日のこと。いや、この数週間のことを。
今日のように、みんなで何らかのゲームに興じるのは初めてではなかった。
(すっかり馴れあっちまっているな)
財産をだまし取る方法を確立できないまま今日まで空とこいしの遊びの相手やさとりのティータイムの相手をしてきた。
目的を達成するまでの間に騙す対象との友情ごっこを今までもしたことはあったが、今回はここまででなんの進展もない。
空は財宝の場所を忘れており燐は敵意を持っており聞き出すのはむずかしい。さとりは論外。
こいしはこいしで頭が悪いのとはまた違った厄介さを持った性格をしており、そもそも知らないのか教える気がないのかが話していてもよくわからない。
とはいえ、財宝に関してはこいしから聞き出すのが今のところ一番の現実的か。だが、こいしはその能力でちょいちょい姿を消す。
楽しかったですね○○さん。あなたも熱中してたみたいですし
先程のさとりの言葉が思い出される。
そしてあることを考えてしまう。○○の最大の武器は相手を騙す技術。
しかし、さとりが心を読む能力程度の能力を持っている以上、さとりに対してはまるで意味をなさない。
これでは牙を抜かれた獣も同然。そして○○の悪意を知ってもさとりは○○を地霊殿に置いている。
(牙を抜いてそばに置く…まるでペットだな)
そんなことを悶々と考えているとあることを思いついた。
財産を諦めてここから出てしまうか。
さとりが○○を地霊殿に匿い続けているのには、必ず目的があるはずだ。
現在、隠れ蓑が欲しい○○の目的と一致しており○○はここにいる。だが、もう隠れ蓑がここである必要はないのではないだろうか?
だったら、さとりを出し抜く形で地霊殿から出てしまうか。
人里を追い出されてから数週間。
これだけ経てば、人里の中はともかく、人里から多少はずれた場所なら潜伏は十分に可能だろう。
人里から多少離れた場所に住んでいる連中がいることは調査済みだ。落ち着いた今ならばそいつらと会うだけなら問題ないだろう。
そいつらを騙して隠れ蓑を確保し、帰還資金をなんとか地上で稼ぐという方法の方が見込みがあるか。
もちろんうまく行かなければ今度こそ捕まるが。
謎のさとりの目的に協力してやるぐらいなら、いつまでもここで飼われ続けるぐらいなら、賭けに出てみるのもいいかもしれないと考えた。
そうと決まれば迅速に行動しなければならない。さとりの第3の眼で視られた瞬間に計画はバレる。そろそろいつも一緒に茶を飲む時間になる為、行かないだけで怪しまれるかもしれない。
さとりが気付いた時にはすでに地上にいるというのが望ましい。
さとりは論外。こいしはいるかどうか微妙。燐も敵視はしているが、さとりの意志を尊重しており地上に連れてってはくれないだろう。
そういうわけで○○は安心と実績の空を騙すことにした。
適当に用事ができたといい、地上に連れてかせ、隙を見て姿を消せばいいだろう。
空の部屋を訪れる○○。
「おい、空いるか?」
「うにゅ?○○の方から私のところに来るなんて珍しいね」
「ああ、お前に頼みたいことがあってな」
「なにー?」
「ちょっと地上の方に用事ができてな。ちょっと連れてってくれよ」
「…さとり様がいいって言ってないから駄目」
○○は空のこの発言に少し驚く。
ふたつ返事でOKすると思っていたからだ。さすがにさとりも空に地上にに連れてかないようにぐらいの指示を与えていたということだろうか?
(そんな指示あったとしても忘れてそうだけどなこいつは…さとりの指示だってんなら…)
「ああ、それならさとりの許可はきちんともらっている」
「それが本当なら今ここにさとり様を連れて来てよ」
「あいつ今忙しいらしい。すぐ終わる用事だ。少しだけだからいいだろ?」
「連れてこなきゃダメ」
いつもの素直になんでも信じる空からは信じられないことだが、まったく騙されない。
「イヤだからね」
そして、だんだんある変化が起こっていることに○○は気づいた。
「さとり様が○○を見て、それでも大丈夫って言わなきゃイヤ」
"駄目"言っていた部分が"イヤ"に代わっていた。まるで、禁止されているというより空自身が行かせたくないように思える。
「そういうな。俺とお前の仲だろ?だからさっさと…」
「イヤだって言ってるでしょ!!」
「なっ…」
突然空が叫ぶ。
空を中心に光がほとばしり…そして、部屋の温度が急上昇した。
空が光に包まれると同時に、○○は部屋を脱出していた。
回避の為、転がった体勢になっている。
空の部屋を見ると壁が所々融けて中を覗うことができた。
「はぁ…はぁ…」
空が肩を揺らしながら息をしている。光は既に収まっており融けた室内の物質のみで高温を保っていた。
「おい、この鳥頭!殺す気か!?」
「え…あ、ごめん!違うの、○○を傷つける気はなかったの…大丈夫?」
「お蔭で死にかけたぞ」
「ごめんね…」
「…悪いと思ってんなら、今すぐ地上に連れてけ」
「それは…ヤダ…」
(こいつは無理だな。今は諦めるか…)
どこまでも頑なに断る空を見て、○○は地上へ行くのに今の現状で空に頼むのは不可能と判断した。
というか、ここら辺でこちらが折れておかないと今度こそ死ぬ。
「まったく、力持ってんならきちんと制御しやがれ」
死にかけた直後は怒りがあったが、今では呆れたという感情が強かった。
興奮して自分の部屋を融かすとか、間抜けのすることだと思った。
まぁ、今回は無理だったが、というかその間抜け具合のせいで死にかけたが、人を騙す○○にとっては間抜けの方が都合がいいのだが。
「うにゅ…気を付ける」
「俺は部屋に戻る。今は地上行きは諦めるよ、またな」
「あ、○○!」
「あ?」
去ろうとする○○を空が静止してきた。
「あの…ありがとね」
「…なにがだ?」
何について礼を言われたのかさっぱりわからなかった。
ペット状態にされている自分。
何故か騙されかった空。
謎の礼。
ひとりで考えたいことがたくさんあった。
「すっぽかすか」
既に、いつもならさとりと茶を飲んでいる時間だが、もともとすっぽかすつもりだったのと、脱出が失敗した直後ということも合わせてさとりと顔を会わす気にはならなかった。
○○はその足で空に宣言した通り自室に向かった。
自室に戻ると先客がいた。
「お前、なにしてんだ?」
「うわぁ!?」
「確か、火焔猫燐だよな。人様の部屋でなにしてんだよ?」
普段、他の地霊殿の住人と違いあまり話すことのない燐。
さとり達はあだ名で呼ぶので正直覚えている名前があっているか○○には自信がなかった。
「長い名前は好きじゃないのよ。私のことはお燐って呼んで」
「わかったわかった。で、燐。ここでなにして…」
「お燐」
「いや、おの分長くなるじゃねえか」
「お り ん」
「わかったよ。お燐。だからそんな親の仇みたいに睨んでくるんじゃねえよ」
経験上、言ううこときいておかないと面倒なことになる目をしていた。
しかし、本名で呼んで怒られ、あだ名を強要されるというのは初めての経験だ。
「で。お燐。お前は俺の部屋で何をしていたんだ?」
部屋の中は、タンスの中の物が色々と出ているわ寝具はグチャグチャになっているわ中々にひどい状況だ。
いや、寝具のグチャグチャ具合はもともと○○のせいであんなもんだった気がしてきた。
驚いたせいか、その頬は少し紅潮していた。
「あ…あれさ。なんか企んでいるらしいあんたが危険物を持ち込んだり作っていないか調べてたのさ」
「持ち込んだところでお前らに効くのか?危険物」
妖怪にとっては、爆発物とかよりも封印の札的なものを言うのか?などと思考を巡らしているとお燐が先程とは違う、訝しげな目で睨んできていることに○○は気が付いた。
「あんた…この時間はさとり様とティータイムじゃないの?」
「すっぽかした」
「は?」
「ひとりで考えたいことがあったんだよ…そうだな、さとりの奴ならともかく、お前になら聞いてみてもいいかもな」
「なにをよ?」
「空の奴って簡単に騙させ奴だよな?」
「あんたと違って人をそんな目でみたりはしないからなんともいえないけど、まぁ、そんなに頭が良いほうじゃないしね」
「ああ、だがさっき…」
○○はお燐に、空が地上へ連れて行かせようとして騙されなかったこと、謎の礼をしてきたことを話した。
「なるほどね…」
「心当たりあんのか?」
「礼に関しては憶測だけどね。ねぇ○○。お空が暴走した時、あんた怖かった?」
「いや別に?怒ったり呆れたりはしたけどな」
「それが嬉しかったんだと思うよ」
「あ?妖怪ってやつは恐れられてなんぼじゃないのか?」
「お空の場合、それが騙されなかったことと関係してくるんだけどね。
お空には昔付き合っていた人がいたのよ」
「へぇ、あのお空にな」
「その人も外来人でね。最初はお空のことを怖がらずに接していて、お空との仲を深めていたのよ。
そんなある日、お空はその人を地霊殿に招待したの。自分の仕事ぶりを見てもらって褒めてもらいたかったらしいわ。
さとり様の能力に畏怖を感じてお空の彼氏があまりお空の部屋から出てこなかったりしたけど、来た当初はお空との仲は険悪じゃなかった。
彼の様子がおかしくなったのは、お空の仕事ぶりを見てから…そういえば○○は知ってる?」
「何をだ?」
「お空はね、山の神様から力をもらっていてね。力だけでいえばさとり様よりも上なの」
「へぇ…そりゃますます力の制御に気を付けてもらいたいものだな」
「お空の彼はね、お空の力を目のあたりにしてから、お空に対して恐怖感を覚えるようになったの。
その恐怖感は段々と増していってたってさとり様は言ってた。そしてお空にとってトラウマとなることが起きたの。
まだ、地霊殿から地上に帰る予定の日になっていないのに、お空の彼が一度地上に行きたいって行ったの。すぐに戻るからって」
「あん…?」
「そう頼まれたお空は彼を地上に、博麗神社の近くに連れってた。お空が戻って来るまで私とさとり様はそんなことになっているって知らなかった。
そして、戻ってきたのはお空一人だけだった。地上についた後、ちょっと目を離した隙に彼は姿を消したんだって。
探したんだけど、どうしても見つけられなかったって言ってた。後で調べたらその彼は博麗神社から外界に帰ってた。
いつでも帰還できるだけの資金は持っていたらしいわ。一応お空と付き合っていたから帰らなかっただけで。
それからお空は決めたんだと思う。連れてくるのならともかく、地上に返す際はさとり様に心を読んでもらってどこかに消えてしまう気がないか調べてもらってからにしようって。
記憶力のないお空でも心に傷を負って手にした教訓は忘れなかったのね」
「じゃあ…」
「あんたはお空のトラウマである出来事とまったく同じことをしようとしたってわけ。そりゃ警戒もされるよ」
「だが、俺は別にあいつの彼氏じゃねえぞ?」
「お空にとって、もうあんたは友達以上に好きな人に、失いたくない人になってるってことよ。
あと、彼がいなくなった原因は恐怖したからってさとり様に後々聞いたお空にとって力の暴走を見ても怖がらなかったのは嬉しかったんでしょうね」
「なるほどな…」
理由を聞けたのはよかったが、○○にとってその理由がよろしくなかった。
理由によってはその理由をついてなんとかしようと思っていたがこんなことがあったのが理由だったとは。
財産を奪うどころか、地上に帰ることすら難しくなった気がする。
「それにしても…」
「あ?」
「○○、勝手に帰ろうとしたんだ」
「別にお前は俺のこと邪魔者って思ってるからいいだろ?」
いつのまにかお燐は○○の側まで来ていた。
そして腕をその細い腕でつかむ。
だが、細いといってもお燐は妖怪。その力を強く。痛みが走る。
捕まれた力だけならそこまでまだ痛くはないが、お燐は同時に爪を喰いこませていた。○○の肌を血がにじむ。
「いって、お前何しやがる!離せ!!」
「…」
開いている方の手で引き離そうとする○○。
だが、お燐の手は全く離れそうにない。
彼女の方が体格のない少女のように見えるが、種族の違いからくる力の違いが発揮されていた。
「ねぇ、○○。さとり様のところにちゃんと行ってあげて」
「だから今日はそんな気分じゃねえんだよ」
「…行かないなら、今の3倍の力を入れるから」
「……わかったよ。行けばいいんだろ?ほら、離してくれ」
お燐が手を離す。
「俺が返ってくるころには部屋かたしとけよ?」
○○はお燐の爪によってできた手を傷を確認しつつ、部屋を出ていく。
お燐が部屋の入り口から顔を出すと、廊下の向こう、さとりと○○がいつもティータイムを行う方向へ移動しているようだ。
○○が廊下の曲がり角を曲がったのを確認するとお燐は部屋の中に戻る。そしてそのままベットの上に倒れこむ。
○○のベットの上で横になっているお燐。
「びっくりした…さとり様放置してこっちくるなっての…バレなかっただけいいか」
そう言い、○○の部屋の、彼が普段使用する寝具に顔を埋め大きく鼻から息を吸う。
○○の匂いを堪能する。
そして爪についた○○の血を舐めとる。
お燐にとって○○は嫌な奴だ。
初めから自分たちを騙す目的で地霊殿に来ている。
前にさとりから聞き出した話によると、地霊殿の財産をだまし取ってトンズラするのが最終目的らしい。
明確な敵だ。そのはずだ。
しかし、○○は、以前空が連れてきた彼女の元彼や地上の連中などと違い、地霊殿の住人を恐れなかった。
そして、騙すための下準備、騙すために距離を縮める為なのか…
とにもかくにも対等に話してくれているように感じる。いや、心の中ではどう思っているかわからない…
いや、さとりが心を許しているということは心の中でも…?
わからない。○○のことが。
ただ、最低でも、慕う主のさとりやその妹のこいしにとっては接していて心地よい相手の様だ。
だから自分も追い出さないでやっている…はずだ。
地霊殿の人語を話す者の中で、自分が一番○○と話すことが少ない自覚はある。
自分は敵である○○を警戒しているのだから当たり前だ。
それでも、ふとした時に弾んだ会話の内容をいつも後々頭の中で反芻している自分がいた。
今だって、ここ数日の中で一番多く話せたことが、嬉しい。
ただ話の内容は空のことだった。空の…他の女の子の話で盛り上がった…そう思うとモヤモヤした。これは嫉妬なのだろうか?
わからないのは、○○に対する自分の気持ちだと気付く。
さっきは長いフルネームは論外として、下の名前のみよりも、さとり達家族が読んでいる「お燐」という呼び方を○○に強要してしまっていた。
嫌っているはずなのに、少しでも多く話したいと思っている。
地上に、ひいては外界に帰ろうとしたと聞いて怒りの感情に支配された。
自分は本当に○○という男を嫌っているのか?
普段から少しでも話そうとするが素直になれない。そうして焦れったさを感じているうちに、いつのまにか○○の匂いを嗅ぐのが日課になっていた。
さとりと○○が茶を飲んでいる時に○○の部屋の物を。
お燐の指示によって最後に風呂に入ることになる○○は、最後であることを利用して長風呂するので、その隙に、洗濯するという名目で運び出した洗濯物の中から○○の衣服を。
隙があるときはそうした物の匂いを嗅がなければいられなくなっていた。
変態的な行動だと自覚はある。バレたらやばいことであり、今は危なかった。
しかし、自分はこの行動をやめられないということはなんとなくわかってします。
少し素直になって考えてみた。
○○に愛の言葉を囁いてほしい。そして、できれば心の底から愛してほしい。
そんな願望が自分の中にあった。
「○○…」
匂いを嗅ぎながらその匂いの元である人物の名を口にする。
その声は、持ち主のいない部屋の中に虚しくとけていった。
空は今だ自分の部屋でつったっていた。
部屋の修復が必要なことをさとりに報告する必要があるが、今はそれどころではなかった。
○○のことを危険な目に会わせわせてしまった自責の念で頭がいっぱいだった。
地上へ連れて行けと言われ際、かつての恋人のことを思い出した。
大好きだったのに、空を騙し、永遠に目の前から消えてしまったかつての恋人。
もう会えないと知った時、空は悲しく、まるで心の中に穴が開いてしまったような気がした。
さとりやお燐、こいしのことも大好きだが、彼女たちがいなくなることを想像してもこの気分にはならない。
もちろんとても悲しいことは言うまでもない。ただ、種類が違うというか、異常にせつなく感じるのだ。
同じ気持ちを○○がいなくなる想像をした際にもなる。
今開いている心の穴がひろがり空自身よくわからないドス黒いなにかが中から溢れだしてくるような気がする。
空は○○のことが大好きになっていた。いなくなるのを想像するだけでせつなくなるほどに。
○○に地上へ連れて行けと言われ際、かつての恋人のことを思い出すと共に、その時と同じように○○がいなくなってしまうと思った。
かつてとまったく同じ状況は、そのいなくなる想像を、普段よりも現実的なものに感じさせた。
その結果、心の中に開いた穴がひろがり、ついにドス黒いその何かがあふれ出た気がした。
なんとなくそんな印象を受ける比喩というだけで空は自分が実際はどうなっているのかよくわからない。
ただ、結果として能力の暴走を引き起こしてしまった。
○○にはいなくなって欲しくないのに、それを想像しただけで苦しいのに、自分から会えなくしてしまうところだった。
気を付けなければならない。
でも、最近ふと○○がいなくなってしまう想像をしてしまう。どこかに行ってしまうのではないか。
また、人間の○○と自分の寿命が違う、つまり地霊殿にずっと暮らしてくれても、先に○○がいなくなってしまうというもなんとなく理解できた。
結果、せつない気分になり、悲しく、気持ちが高ぶって能力が暴走しかける。
そうだとしても、もう2度と今日のように実際に暴走させて大好きな○○を危険な目にあわせることがないようにしようと誓う。
この誓いは忘れるわけにはいかない。
誓うのは良いが、先程のことを思い出すと、もし○○がうまく逃げれなかった場合のことを考えてしまい悲しい気持ちになった。
かつての恋人と言えば、いなくなってしまった他に、自分の仕事ぶりを見せてから見せるようになった自分へ対する畏怖のこもった様な目も悲しかった。
そういうのが○○にはなくて嬉しい。危険な目に合わせてしまったさっきでさえ、そういった目をしていなかった。きっと○○はこれからも同じように接してくれると思う。
○○と一緒にいる時には、開いてしまった心の穴がふさがっているような気がする。○○がふさいでくれているんだと空は考えている。
これ以上暴走してしまわないよう、気持ちの高ぶりを抑えるためにも、空は明日は何をして○○と遊ぶか。
そんな楽しいことを考えることにした。
○○はあれからいくつか曲がり角を曲がったがまだ目的地についていない。地霊殿はなんだかんだで広い。
自分の部屋にいられなくなったといえ移動中の今は一人だ。考え事をしながら歩く○○。
そんな折、ふと体が重くなっていることに気付く。
「…人の背中でなにしてんだ?こいし」
どうやらいつの間に無意識状態で○○の背中に抱き付いていたこいしの無意識状態が解除されたらしい。
「そんなこと聞かれても無意識でやったことだし」
「そうか。てか、さっさと降りろよ。今はお前の重さは意識してんだから」
言われてこいしはやっと○○の背中から降りる。
「もうそんなに怒んなくてもいいじゃん!無意識の行動なんだからさ」
「いや、無意識の行動だからってなんでもかんでも許されると思うなよ?この前俺の夕飯のオカズを食いやがったことは絶対に忘れない」
「意外に根に持つね…○○だって今日お空からオカズ取ろうとしてたじゃない」
「あれは正式な契約に乗っ取ってぶんどろうとしてたからいいんだよ」
「よくわからない…」
「じゃあ俺はさとりの奴と茶飲んでくるから、じゃあな」
「なんかつれないねー。怒ってんの?いい加減許してよー。ワザとじゃないんだしー」
「なんだろう、お前っていつもニコニコしていて感情が読みにくいせいか反省してるように見えないんだよな」
「う~ん。あ!じゃあさお詫びに良いことを教えてあげる」
「なにをだよ?俺今日色々あって疲れてんだよ」
「地霊殿のお金をどこに置いてあるか教えたげる」
「なにっ?本当か!?」
「わー、○○って現金~」
「うるせぇ。てか、本当に教える気あるのか?」
「あるよ。でも、そうだね。これを最初に言っておこうかな」
「なんだよ。もったいぶるな」
「お金の場所を教える気はあるけど、地上に連れてってあげる気は私にはないよ」
「…それじゃあ意味ないだろう」
○○は空の過去話を聞いた時点で地上に連れて行かせるのは、こいしあたりにやらせようと考えていた。
しかし、そのこいしから連れて行かせないと先にはっきりと言われてしまった。
お燐やさとりでさえはっきりと言わなかったそのことを言われたことである程度動揺してしまう○○。
そんな○○の心中を知ってか知らずか、こいしは○○に質問をぶつける。
「意味ないの?」
「そりゃあ、意味ないだろ。地上に行けないというか、ここから出られいんじゃな。使えないだろここじゃ」
「何に使うの?」
「そりゃあ、まずは食ううための物をだな…」
「地霊殿に入ればお金使わなくてもご飯を食べれるじゃん」
「…外界に帰る為に博麗神社に渡す金として使う」
「外界にどうしても帰らなきゃダメなの?」
「あ…?」
考えてみればそこまで外界に思い入れはない。ただ単に今は、幻想郷の人里で問題を起こし、外へ帰った方がいいと思っただけだ。
それがなければ、騙しやすい幻想郷の方が良い場所とさえ思えた。
「そもそもなんで騙すの?」
「俺が、生きるための金を得るためだ」
「地霊殿ならそんなことしなくても生きていけるよ?それでもここから出ようとするの?
生きていくために騙してお金を稼ぐんでしょ?私達と一緒なら必要ないんだよ?」
「だが…金は別に生きていくためじゃねえ…娯楽品をかったりだな…」
○○は自分が歯切れが悪くなっていくのを自覚していた。
「人里で欲しいものがあるんなら私が買ってきてあげるよ?それとも外界の物がいいの?それで帰りたいの?」
「別に。外界の物がなくても満足はできるぜ」
「じゃあ、ここにいよ?」
「いや…そうだな。気分の問題だ」
「なにか不満?」
次から次へと聞いてくるこいしの少し圧倒されながらも○○は自分でも驚くほど正直に、こいしに自分の考えていることを話した。
「俺の生きていくための技術は人を騙す技術だ。
だが…こいしにみたいに何を考えているかわかり辛いから騙しづらいとかじゃなく、さとりはその能力から完全に騙せねえ。
牙を抜かれた獣みたいな状態だ。だが、あいつは悪意を持って近づいた俺を側に置き続けてやがる。これじゃあ、まるでペットだ」
「ペットじゃ嫌?」
「そりゃ嫌だろ。俺にもプライドがある」
「でもお空やお燐もペットだよね。でもみんな仲良く遊んだりしてるし。そういう扱いじゃダメなの?」
「だから、男にはプライドってもんがな…」
確かに、自分がそう思っているだけで特に動物の様な扱いを受けているわけじゃない。
妖怪から見てひ弱な人間なのに、対等に扱われているような気もする。
「だからさー」
「こいし」
まだ何か言おうとするこいしに○○は自身の疑問を投げかけることにした。
「お前…急にどうした?しょうもないことを色々と聞いてきたと思えば、露骨に地霊殿にいろって言ってきてよ」
「急にっていうなら、○○こそさっきここから急にでようとしたじゃない」
「見てたのか…」
「お姉ちゃんはどうかしらないけど、私は○○のことをペットだなんて思ってないよ。
○○のことを思うと心がポカポカするの。私○○のこと大好きだよ?」
「そりゃどうも」
なんとなく、女性に告白されたというよりは小さな子供に大好きと言われたような気分だった。
「だからね、ず~と一緒にいたい。地上にも、外界にも行って欲しくない。ずっと地霊殿に。私の側にいてほしい。○○が生きている限り。
ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと
…ああ、ごめん。ちょっと興奮しちゃった…うふふ」
先程のお空の癇癪とは違い、こいしからは狂気めいたものを感じた。
「…始めてお前に対して恐怖を抱いたよ」
「怖がらせちゃってごめんね。でも普段の私はまったく怖がらないでくれるよね○○は。
ねぇ、これから○○がどうするか知らないけど、お姉ちゃんが最終的に○○をどうするかは知らないけど。
○○には私と一緒にいてもらうから。どんな手を使ってもね」
「お前…って…あ?」
気が付くと、こいしがいなくなっていた。無意識状態に入ったのだろう。
「いや…会話の途中で意識から抜けんな…。まったく、こいしはこいしで扱いづらいな」
どうせ無意識状態で、もう廊下の遠くのほうまでフラフラ歩いているんだろうと思いながら、○○はさとりの元へ歩を進めることにした。
無意識状態のこいしが再び背中に抱き着いていることを彼は知らない。
「あら、遅かったですね」
いつものテーブルで、さとりは○○を待っていた。
「色々あったんだよ」
「そのようですね…お空には後で私からも注意しておきますね。とにかく、無事で何よりです」
お燐やこいしとは違い、地上に逃げようとしたことには特に触れてこなかった。
「本当はこないつもりだったんだけどな。お燐の奴に感謝しな。飼い主想いな猫だよまったく」
「どちらかというと自分の為だと思いますよ?」
「どういうことだよ?」
「それは言えません。誰にだって人に知られたくないことのひとつやふたつあるものですよ?」
「お前の能力って、その知られたくないことが全部わかっちまうんだよな…」
やれやれと思いながら、○○も席に着く。そこであることに気付く。
「おい、これって…」
「今日はいつもより時間も遅いですし、たまにはアルコールを飲みながらお話するのもいいかなと思いまして」
いつもティーセットが置かれているはずのテーブルの上には一目でアルコールと分かるボトルが置かれていた。
普段さとりが淹れる紅茶も悪くはなかったのだが、今宵飲んだこの酒は絶品だった。
(毎回これを出してくれればいいものを)
と思ってしまった程だ。
「いえ、秘蔵のお酒を取り出してきたんですよ。そう毎日味わえるような品物ではありません」
「そうかい。それは残念だな」
その後はしばらく、お互い無言でグラスを傾けた。
本当に地霊殿を出る必要があるのか?
こいしの質問について考えたかったと同時にふと気づくと考えてしまいそうになったが、さとりの目の前なので務めて別のことを考えるようにした。
そうしているうちにさとりが口を開いた。
「今日もここから出るための作戦や地上に出た際のふるまい方を色々と考えていますね。
連日、よくそんなにたくさんの、よからぬことを思いつきますね」
「これぐらいしか取り柄がないんでな」
「…あ!その作戦いいですね!」
「あ?」
読まれていることを承知でいつも色々と作戦を考えてきたが、その作戦に対してさとりが反応を示すのは珍しかった。
「私達との誰かと恋仲になって、何でも言うことを聞くレベルに依存させて地上に連れて行かせる…いいじゃないですか!」
「何がいいんだか…」
「まぁ、確かにお空は騙されるかもしれませんが、あの子のトラウマから、失敗した時のリスクが高かったり、イレギュラーに言うことを聞かないかもしれませんね」
「下手したら俺は塵も残らない結果になるな」
「こいしも、姉の私から見ても性格がとらえどころなさすぎますからね。向かないでしょう」
「そいで、さとりは既に作戦読んでやがるし、お燐は警戒してるからな。この作戦はよくねえだろ」
「わかっていても、お燐は騙されてくれるかもしれませんよ。私は騙される予定です。
そのうち本当に依存しちゃうかもしれませんね。私的には私を標的にしてほしいですね」
「いやいや、何を言っているんだお前は」
「今までそういう風に騙したこともあるみたいですね。でしたら、女性が本当に嬉しいような愛の囁きとかできるんでしょう?」
「できねーことはねえが、お前、その言葉が嘘偽りってわかっているじゃねえか」
「いいんですよ。例え嘘偽りでも。
私を怖がっていない人に、私が喜ぶだろうって考えてくれた愛の言葉をいただきたいんです」
「…お前、頭おかしんじゃないのか?」
「ふふふ。そうかもしれませんね」
言った後に、さすがに隠れ蓑にしている場所の主に対して言うセリフじゃないと思ったがさとりは気にした様子もなく、むしろ肯定してきた。
「おかしいですよね。…私は愛に飢えているのかもしれません。誰かに愛してほしいんです。例えそれが虚構な、見せかけだけの愛でも。
特にあなたとは、よく地霊殿から逃げることを考えられながら普通に会話してきましたからね。なれたというか、そんな愛し方をされても違和感がありません」
「いい作戦ってのはお前にとってじゃねえか。俺がその騙し方をするメリットがねえよ」
「そうですねー。では、こういうのはどうでしょう。隠れ蓑としてここに住まわせあげている家賃・食事代として私を愛してください」
「今更家賃要求しだすんじゃねーよ」
「ふふふ。言うこときいてくれないと旧都にポイしますよ?」
「そうしたら空の部屋周辺一帯が焦土と化すと思うぞ?あいつ、俺が出ていくこと異常に嫌がっているみたいだからな」
「ふむ。さすが、色々は人を騙してきただけあって心理戦は強いですね」
「心を読むなんてチート能力持ちが何言っているんだか」
本気で脅してはいないだろうというのはすぐにわかった。なんというか、酔ったゆえの悪乗りだろうか。
と、さとりはここで少し、話題を変えてきた。
「…実際、私のことを怖がらない男性をお空が連れて来た時は、楽しいことになりそうだなって思ったんですよ。
例え、悪意を持って近づいていたとしても、恐怖の感情を向けられなかったのは嬉しかった。
能力に対する嫌悪に関しても、化物を見る目じゃないというか、騙せないから嫌がっているだけで生理的な嫌悪とは違いますよね。
というか、最近は文句を言いながらもちゃっかり馴れちゃってません?心を読まれること」
これが、さとりが○○をこの地霊殿置いた理由…。
さとりに対しての、彼女の能力を含めた、恐怖や嫌悪の感情の他者との違い。
「そんなあなたに愛されたいなと今は思ってます。形だけでも。だから、少し付き合ってもられませんか?
あなた風に言うと恋人ごっこ、ですか?」
「そうだな…」
少し悩んでしまっている時点で馴れあってしまっていると思った。
外界に、地上に、というか地霊殿に来る前の○○だったら悩んだりしなかったはずだ。
この悩んでいる思考を読まれているのを意識すると気恥ずかしかった。
「お願いします。いいじゃないですか、ほら、初めて会ったとき、なかなかいい女だなって評価してくれたじゃないですか」
「ぶっ!」
飲んでいた酒を吹き出してしまった。
「まさか、私の能力が心を読む程度の能力を知った際、私に対する恐怖や嫌悪の念を抱かず、詐欺師としてこの状況を招いた自らを不甲斐ないと思うとは思いませんでした。
そして、それ以上に女性として見られるとは思いませんでしたよ」
確かに、さとりと初めて会った際、実は、自責の念だけではなく、殺されるかのかと思いつつもさとりのことをいい女だなとか冷静に考えている部分が○○にはあった。
ただ、まさか、覚えているうえに、ぶり返されると思っていなかった。○○はむせかえってしまった。
「はぁ…」
むせ返りが落ち着く一息つく。
そして、今一度色々と考えてみる。さとりの前だからとか考えずに色々なことを。
そして、思い至った一つの結論。それを、声に出す必要はないと心の中で思う。
(いいぜ、やってやるよ恋人ごっこ。家賃の代わりにな。ただ、骨抜きして、外界帰ろうとしてるとわかっていても言うことを聞いて地上に連れていくように仕向けてやるよ。
当初のこの作戦通りにな。…せいぜい気をつけな)
それに対してさとりが声を出して答える。
「よろしくお願いします、○○さん。逆に私は、もう地霊殿にずっといてもいいかなって思うほど、いい思い出を作ってあげますね」
最終的に○○が地霊殿を出て、地上に、外界に帰るのか。
それとも、地霊殿の住人となり一生をここで過ごすのか。
それは現時点では誰にも分らなかった。
<了>
最終更新:2024年12月03日 09:46