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薬で眠った慧音を丁寧に寝台に寝かしなおして、寒くないようにしっかりと布団を被せた。
ここまでやれば、もう部屋を出ても大丈夫だ。輝夜が妹紅に○○、それとあと一人。この三人を連れて行った部屋に向かえる。
そこで、○○に慧音の所に戻った方が良いと○○に伝えれば。きっと○○はここに戻ってくるだろう。
そのお膳立ては、輝夜がやっているだろうし。妹紅だってこの状況では、輝夜の後押しをそれとなく続けているはずだ。
だから薬の力でそうなっているとは言え、慧音がすやすやと寝息を立てている所までこぎつけた今は。
後はもう、早く○○をここに連れてくるだけだった。極端な事を言えば、永琳がここにいる意味はもう無かったのだが。
だまし討ちをするように、慧音に薬を飲ませた事が。しかも眠りに落ちる寸前に何かを察した慧音の、事情を知りたいと嘆願する言葉。
これらが永琳の頭にこびり付いてしまい、一思いに部屋を後にする事が出来なかった。
逃げるように部屋を後にしなかったのは、これが永琳が持っている責任感と言う奴かもしれない。

しかしずっとここで、○○が自然に戻ってくるまで待つ訳にもいかない。
今頃は、輝夜が時間稼ぎの為に色々と手を回しているはずだが。それにだって、きっと限界はある。
これ以上、ここで時間を潰しているだけでは。折角気を回して、現状では一番動き回っているはずの姫様に申し訳が立たない。
「ごめんなさいね、慧音。回復して、空腹も抱えていない万全の状態になったら……今日の事を教えるから」
ああ、そう言えば。何で私は慧音に用意した食事を……蓋付の入れ物に入れたのだろう。しかも二人分。
どぷやら私は無意識のうちに、慧音に薬を盛る事を決めていて。○○をここに、なるべく早く返そうとしていたらしい。


後ろ髪を引かれる思いで、戸を閉める最後の最後まで未練がましく。永琳は、慧音の姿を視界から外す事が出来なかった。
「はぁ……」重い溜息が、自然と出てきてしまうが。ここまで来たら、立ち止まっている訳には行かない。
折角意を決して、外に出た意味が無くなる。相変わらず後ろ髪を引かれるような感情は止むことが無いが。
しかし、そんな感情のせいで重い足取りだろうと。鞭を打ってでも速く回さなければいけないような事態が降って湧いた。


「何を言っているの、妹紅!あんな悲劇的な結末、貴女は望んでるの?」
悲鳴にも似た、輝夜の叫び声であった。
この声が聞こえたと、ほぼ同時に永琳は走り出していた。
永琳は走りながら、輝夜がポツリと呟いたある種の弱音を思い出していた。

「いっその事、慧音が子供たちと○○を連れて何処か遠くに。それが一番の特効薬だったりして」
この言葉が脳裏に反響するのと一緒に、あの時の妹紅の態度が何度も思い返されていた。
考えてみれば……勝気な妹紅の性格を考えれば。ほんの少しでも、あの発想に対する反発や拒否感があれば。
きっと妹紅は口を滑らせた輝夜に対して、殊の外噛みついてくれたはずだ。
多少面倒くさい事にはなるだろうが……長い目で見れば、妹紅が悲観的になっていない事の何よりの証明だ。

つまりは……妹紅が何も反応を見せなかったことは。
妹紅が、もう諦めていると言う事ではないか……悲観的になり過ぎて、悲劇的な結末をある種の救いとまで捉えているのではないか。

そう、ハーメルンの笛吹き男のように。あんな悲劇的な結末が、ある種の救いだと……
笛吹き男を上白沢慧音に置き換えて、かの者が連れ去った子供たちを寺子屋の生徒に変えて。
そこに、○○を一人足す……確かに上白沢慧音に対する、理不尽な悪意を持たない。おそらく、唯一の集団が出来上がる。

そこまで考えれば、後は慧音がやらかしてしまう姿を想像するのは。そんなに難しい事では無かった。
先頭で笛を吹く慧音、虚ろな目で付き従う子供たちと○○。きっと、妹紅はその周辺で子供たちを取り返そうとする者達の相手をしているだろう。

そこまで考えて、永琳は背筋が凍った。
人を惑わし操作する術さえ手に入れれば。どちらか一人でも十分なのに慧音と妹紅程の者が手を組んでしまえば。
この二人の組み合わせを、里の者達の一体誰がこれを止めれる。


「藤原妹紅!何を言った!?」
四人がいる部屋に辿り着いた永琳は、輝夜や○○や後一人の事よりも。藤原妹紅を注視していた。
妹紅が何か言ったのは、輝夜の悲鳴のような叫びからも間違いないし。流石に、まだ○○がいる席でそこまでの事をやるとは思っていなかったが。
実力行使などと言った、荒事はさすがに起こっていなかったが。もう半歩ほどで荒事までに発展しそうな雰囲気は、妹紅と輝夜の間には存在していた。
多分、○○がいなかったら。どちらかが掴みかかっていたのでは無いか……それぐらいの危なっかしい空気だった。


「ああ……永琳。丁度良かったわ……貴方、ハーメルンの笛吹き男の話、知ってるわよね」
「え……ええ、まぁ。筋ぐらいは、そらんじれますが」
悪い予感と言うのは、往々にして当たってしまう物だ。
「私、あの物語嫌いなのよ……妹紅は好きみたいだけど」
そう言い放つ輝夜は、声もぶっきら棒だし表情も素の顔だった。
輝夜は妹紅の方を見る前にチラリと、一目だけ○○の顔を見た。少し困ったような顔だった。
実際、かなり困っているのだろう。そんな輝夜の思惑に、妹紅は気づかないはずが無い。
妹紅の表情は“来いよ?”とでも言いたげに挑発的な眼をしていた。輝夜には重大な懸念があるから、来るはずもないが。

ならば、今の自分にできる事は。
「○○……慧音の部屋に行ったけど、寝てたわ。行ってあげたら?お腹が空いてると思うから、そう長くは寝ないと思うの」
輝夜の抱いている懸念を、取り払ってやる事だろう。八意永琳は考えた末に、そう言う答えを導き出した。

存外、○○は素直に永琳の言う通りにしてくれた。半分は、慧音の傍にいてやりたいからだろうけど。
多分もう半分は。このきな臭い雰囲気が立ち込めだしたこの空間から逃げ出したい。
そんな腹の底が見える様な、固い愛想笑いを○○は浮かべていた。

「じゃあ……お茶とお菓子、ごちそうさまでした」
「あの、○○さん!少し待ってくれませんか、一言だけお聞きしたい事が!」
振る舞われた品の礼を言いながら、そそくさと部屋を後にしようとするが。
その背中に対して、忘れかけていたあいつが。そう、件の木こりが○○に向けて声をかけてきた。
永琳はどうするかと思いながら、輝夜の方を見ると。輝夜は妹紅の肩を思いっきり掴んで、その動きを封じていた。
意外だとは……思わなかった。多分、妹紅は諦めてしまったのだ。
諦めていない輝夜から見れば、そんな自棄を起こしたかのような妹紅の存在は。これぐらいやってでも、止めたい相手だろう。

「何でしょうか?」
だから、何も口は挟まなかった。姫様が、輝夜がそうしたいと言うのだ。それに従うのが、八意永琳にとっての存在証明に等しいのだから。

「あの、○○さん。何か……お困りの事はありますか?寺子屋でやっていくのに関して」
「寺子屋で……ですか?そうですね」
少し小首を傾げながら、思い当たる節を探そうとする○○。その為輝夜と妹紅の姿が、一瞬視界の外に行ったのを感じた二人は。
それを良い事に、ほんの少しの間しか無いと言うのに。物凄く怖い顔で睨み合っていた。
戯れ半分で儀礼的になりかけている、今の死闘なんぞよりも。ずっとずっと、敵意やらがこもった眼をしていた。
多分これが大昔の、死闘を始めた頃の……いや、下手に仲良くなっている分それよりも感情的かもしれない。


「あ、そうだ。一個あった」
「何でしょう!」
色めく木こりに、妹紅の頬の端に妙な力が入った。
「恥ずかしい話なのですが、子供たちの体力に付いて行けなくて」
「ああ……あれぐらいの年だと、気力体力が空になるまで暴れまわれますからね」
「そうなんですよ。だから……体育や運動の時間と言うのが、あまり取れなくて。その後の授業に差支えそうで」
「なら、私がやりましょう!学はありませんが、体力はあるつもりですから!」
木こりは即答で、自分が子供たちの体育の面倒を見ると言ってくれた。
「……良いんですか?」○○は、嬉しそうではあるが。どこか悪いなと言うような感情が顔に表れていた。
「良いんですよ!どうせ、1人ですから。○○さんが思うほど、負担にはなりませんって!」
「うーん……なら、慧音先生にも少し話してみますね」
「え、ええ。お願いします」
慧音の名前を出されたら、木こりは一言だけ言葉に詰まった。今は一言で済んでいるが……そろそろ、潮時だろう。
これ以上取り繕うのは、三人とも限界に近かったから。

「○○。順番が逆かもしれないけど、部屋に二人分の食事を置いておいたわ。慧音と一緒に食べたら?」
取り繕うのが限界に達してきて、輝夜と妹紅の節々からも何やら不穏な空気が漂い始めた。
表情こそは笑顔だったが、はっきり言って固そうだった。その固い笑顔が、嫌な空気を加速させているのだろう。

「大丈夫ですよね?」
「気にしているのなら、貴方のせいじゃないわ○○。この二人は、こんなのなのよ」
流石に、気づかれたが。今すぐ部屋を後にさせれば、まだ何とかなる。
だから永琳は、○○の背中に手を回して。色々と気にしているであろう○○の、その歩を進める手助けをした。



「表に出なさい……妹紅」
「ああ……ここじゃ不味いからな……○○にバレる」
○○が部屋を後にさせられて。○○の視界に、自分たちが写り込む心配が完全に無くなると。
途端に二人は、相手を眼力だけで射殺さんとばかりの。そう言う怖い表情に、一気に変化した。
言いたいことを言えて、しかも存外良い返事をもらえた木こりは。油断して、何の気構えも無しに振り向いてしまったから。
多分、彼の一生の中で初めて見るであろう。敵意と敵意がぶつかり合った、本当の敵対と言うのを見てしまった物だから。
思わず、喉の奥から太い叫び声を上げそうだったが。その動きは、いつの間にか戻った永琳に口元を押さえつけられる事で封じ込められた。
ただし、声と一緒に息も封じられたので、ジタバタと暴れていたが。
そんな木こりの様子など、歯牙にもかけずに。驚くほど静かな足取りで、輝夜と妹紅は部屋を後にした。





流石に、三度寝は。この経験は、○○にしても初めての物だった。
来客用の椅子は、あるにはあるが。それに座って慧音の様子を見るよりは、寝台に座っていた方が楽だし。
それよりもっと、横になっていた方が楽であるのだから。
そして横になると言う行為は、人が寝るのに適した体勢で……おまけに横になっている場所は寝る為の場所。
意識して、目を開けようと努力していても。○○の瞼は自然と重くなって、そして気づけば…………
外の明るさは、明らかに朝のそれでは無かった。

「……大寝坊だぞ、私が言えた義理ではないが」
それよりも、慧音先生に三度寝と言う、かなりの醜態を見られてしまった。こっちの方が、○○にとっては辛かった。







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「待て、寝直すな」
一種の現実逃避として、○○は再び瞼を閉じて眠りの世界に……四度寝に突入しようとしたが。
潜り込もうとする布団をはがされて、眠りの世界から無理やり引きずり出されたのだが。
「どうせその様子じゃ、今日一日まともに食べていないのだろう?」
多少なりとも、体の調子と気力が戻ってきているらしく。三度寝を目撃されたり、布団を引っぺがされた恥ずかしさや、慧音に三度寝を見られた恥ずかしさ。
それら何ぞよりも、寝ぼけた姿を茶化される方が何倍も嬉しかった。少なくとも、冗談を言える気力は戻ってきているのだから。

「……いや、それも私のせいか」布団を引っぺがそうとする慧音の手が急に衰える。
それと同時に、先程まで明るさを取り戻していた慧音の語勢も、つられる形で一緒にしぼんでしまった。
どうやら“また”らしい。
昨日今日のあれやこれやで、躁鬱の気でも患ってしまったのか。
意識していなければ先ほどのように、冗談や茶目っ気交じりに○○と相対する事が出来ていたが。
どうやら、件の大騒動を一瞬でも思い出してしまうと……こうなってしまうようになったらしい。

豹変した慧音にギョッとしながら、顔だけを向けて様子を確認すると。
ちょっと前に起き上がってきた時と同じで、体の震えが本当に酷かった。
その上、先ほどと違ってより近い場所で慧音の恐慌を見る事になってしまったから。粟立つ肌やめまぐるしく動く瞳。そう言えば、呼吸の様子もおかしい。
それらの細かい動きの一部始終を観察できていた。これを見ていると、○○の方も上記の症状に苛まれそうだった。

「慧音先生!」
肌が粟立ち、息をするのにもいくらかの困難があったのは○○も慧音と同様だったのだが。
ここで自分が倒れたら、誰が慧音を落ち着かせる事が出来るのだろうか。
間の悪い事に、八意先生はいないし。何より、峠を越えた感があっただけにあの人も多少の油断がある。
多分、すぐには来れない。今この事態に対応できるのは、○○だけであった。

「ヒッ!?」
被っていた布団を跳ね飛ばして、説得の為に○○は詰め寄るが。
「いや……違う……その、すまない少し驚いただけだ……お前の事を嫌っているとかそういう意味じゃない!」
「……ええ、ええ。まぁ……急に詰め寄った私も悪かったです……今のは」
○○が布団を跳ね飛ばして、慧音の名前を叫んだ瞬間。○○以上の瞬発力で、慧音は後ずさってしまった。
「さっきと同じですからね……考えが足りなかったです」
そう、先程と全く同じだ。話をする為に近寄っても、」慧音の方が間違いや失敗を異常に恐れてしまい。
そのせいで、過敏な反応を取ってしまい。その過敏な反応のせいで、皮肉にも○○を傷つけてしまう。
この慧音の大袈裟な動きが、昨日からの高熱による前後不覚や暴走。
それを、平静になった今頃になって、やっと思い返す事が出来たから。慧音は自らを殊の外恥じてしまって。
そして、再び間違いを犯しそうで怖いから。そう言った種々の思いから、慧音は時折こういった動きを見せる。
○○だって、慧音のこの動きが自分を嫌ったりしている訳では無く。頭ではそういう事なのだろうと思えるし、何より今のが初めてじゃなかったから……
最も、色々と察する事が出来て。しかも二回目であると言う事実を鑑みても。
「その……お気になさらずに……」
それでもやっぱり、傷つく事には変わりなかった。多少強がって、気になんてしてませんからねと言う風な笑顔を作っては見せるが。
そうやって慧音の事を慮って、どんなに頑張ってみても。誤魔化しようがないくらいに、固い笑顔しか作り出せなかった。

その固い笑顔を見て、やっぱりと言うべきか。
只でさえ酷かった慧音の狼狽は更に酷くなった。酷くなる前からして、さっきの一回目よりも遥かに……なのにである。
多分、数を重ねるごとに。二人の間に流れる寒風と言うか、溝のような物。そして慧音が見せてしまう狼狽。
これはどんどん酷くなっていくばかりであろう。
それは分かっている。分かっているからこそ、○○はどうにかしようと、抗する手段を模索しているのだが。
「いや……その……すまない、○○……だから、私の事を嫌わないでくれ……」
その抗する手段なのだが、何も思いつかないのだ、いくら考えても。本当に残念な事だが、これが現実だった。
慧音はワナワナと全身を震わせながら。その手を、○○に縋り付くように近付けこそはするのだが。
そう、近づけさせる事は出来るのだが。ある程度まで近寄った所で、ピタリと。見えない壁にでも阻まれるかのように、前に向かうと言う動きがすっかり止まってしまうのだ。
見えない壁に阻まれた後は、ただただ震えるだけ。
一寸たりともその場を動かずに、ワナワナと小刻みに震える慧音のその姿は。本当に、酷い物だった。
○○が一番よく知っている、いつもの理知的な姿。そんな物、何処にも無かった。
慧音自身も、自分が酷く醜い姿を晒しているのは分かっていた。
その姿のせいで嫌われてしまわないか……ただでさえ、昨日の事があるのに。
それらの事を考えると、慧音の中に根を張った不安感はまた成長を続けて。慧音の心をキリキリと蝕んで。
見えない筈の心の傷。それを現すかのように、慧音が見せる狼狽の姿はより一層ひどくなる。
そう言った悪循環に、今の慧音は陥っていた。


確かに、今の慧音の姿は“酷い”としか形容する事が出来なかった。
だからと言って、○○は慧音に対する評価を下方に改める事は無かった。
慧音に対する評価が上がりこそすれ、下がるなどと言う事。そんなことは、絶対になかった。
それが○○の良い所なのだ……そう言う人間だからこそ、慧音は○○を気に入ったのだ。
だから、今のこの状態でも……○○は思案を続けていた。

「…………はぁー」
幾ばくかの間の後、○○は決心したように大きな溜息を付いた。
付いた○○の方に、深い意味は無かった。ただ次の一手を打つにあたって、少し感情の整理を下に過ぎなかった。

「あ……ああ…………」
「……不味った」
だが慧音は……今の酷い心中では、余計な深読みと裏読みがはかどって仕方が無かった。
○○は、昨日から見せる自分の姿に、とうとう幻滅したのではないか。慧音はそう考えてしまい、目尻から涙がボロボロと零れ落ちていた。
その姿を見て、○○はただでさえ渋い顔つきがより一層渋くなる。
今の弱り切った心の慧音が、どっちにも取れる事柄を目にしたら。間違いなく、悪い方に結論付けてしまう。
一回目の時に、気づくべきだろうと。二回目を見る今、自己嫌悪の感情が溢れ出る。

「ああ、もう!慧音先生!!」
顔は渋いままだったが、それを穏やかな物に繕う時間がもったいなかった。
○○は一呼吸程度の間も使わずに、慧音が中空に置き去りにしている、ワナワナと小刻みに震わせる手を。
それを一思いに、両手でしっかりと握りしめた。
「慧音先生、私の話を聞いてください!」
「え……あ…………はい」
そして慧音が驚いたりする前に。
何よりも、根拠も無く悪い想像を巡らせたりする前に、○○は慧音に向かって話を聞けと強く言い聞かせた。

押してダメなら引いてみろ……と言うよりは、いつも引き気味の○○が珍しく、思いっきり押したものだから。
その勢いに圧倒されたように、慧音は多少狼狽から回復してくれた。
小刻みに震えていた体も、随分マシになって。○○はようやく、少しだけ穏やかな顔を自然と浮かべる事が出来た。

「やっぱり……時間をかけずに来た方が良かったのか……」
「え……?」
「いや、こっちの話ですよ……慧音先生、少し話を聞いてください」
多分大丈夫だとは思うが、○○は慧音の手をギュッと握りしめて、話ができる体勢を固めていた。
「あ……」
ギュッと、力強く手を握りしめてくれる○○の姿を見て。慧音は少し、照れたような顔を見せた。

「慧音先生。確かに……まぁ、昨日は色々とありました」
非常に可愛らしかったし、もう少しこの照れた顔を見ていたかったが。今はそれ所では無い……とにかく、自分の思いを聞いて欲しかった。
「でも、私は気になんてしていませんから。それだけは、信じてください」
「あ……それは……本当か?」
「決まってるじゃないですか!本当の事です!」
恐る恐る確認する慧音に対して。その不安を打ち消したくて、出来る限りに○○は大きな声で答えた。
それと同時に、握りしめる手の力をまた少し強くした。


徐々に強くなる手の力に、慧音は安堵感のような物を感じていた。
「慧音先生……その……信じてくれますか?」
しかし、強くなる手の力とは裏腹に。○○の顔は、何処となく不安そうな面持ちを慧音に対して浮かべていた。
「いや……信じるさ!信じるとも……そうか……良かった、考え過ぎだったか」
その不安そうな顔を見て、今までの自分が酷い考え違いを起こしていたのを。ようやく、自覚する事が出来た。
「良かった……信じてもらえなかったら、どうしようかと……」
酷い考え違いを自覚できた慧音は、ようやく全身の震えが止まって顔色もだいぶ元の調子に戻った。
その姿を見て○○は、今まで感じた事のない疲れに襲われて、肩どころか全身の力がガクンと抜けるようだった。
ただしそれでも、すがるように両手で握った、慧音の手だけは放さなかった。
どんなに全身の力が抜けようが、それだけは放す気になれなかったのだ。折角良くなった事態が、これを放したらまた悪くなりそうで。


そして慧音も、○○と同様にこの手を離したくは無かった。
だから、脇に置かれたままだったもう片方の手で。上から蓋をするように、そっと被せた。
だが、慧音がこの手を放したくない理由は……○○のように事態がまた悪くなるかもしれないと言う不安感では無かった。

(守らなければ……何としてでも、絶対に……今の子供たちが私の知っている大人になり切る前に……○○も一緒に……助けなければ)
○○が、見た目の上では元に戻った慧音を見て抱いていたのは、穏やかな心とそこに植わる安堵の感情だったが。
(○○……一緒にいよう……今の子供たちが、子供を持ったなら、その子供達の教師もやろう……どこか、ここじゃない場所で)
安堵したように、穏やかな表情を浮かべる○○を見て抱く、慧音の感情は。
闘志と、酷いぐらいの独占欲だった。







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的外れな使命感と、それを糧に成長を続ける 闘志。それらのせいで気付けずにいる、酷い独占欲なのだが。
「○○……出来る限りで良いんだが……出来るだけ私と一緒にいてくれないか?理想を言えばお早うからお休みまでずっとなのだが」
最も今の慧音が、自らの内部に孕んだこの独占欲に対して随分とひん曲がった物である事を客観視出来たとしても。
果たしてその事に対して、恥じ入ると言う感情を持つ事が出来るのか。
あり得たとしても恐らくは。そう言う思考をする事しか出来ない事に対して、責任転嫁をするのみであろう。
「それからだ……出来るだけ早く、寺子屋に戻ろう」その責任転嫁は留まる所を知らなかった。
今自分たちの首に回った真綿、これを必死に解きほぐそうと悪戦苦闘する物に対しても行われていた。
“慧音にとって幸い”だったのが。この最後にボソリと呟いた言葉に、○○の方が深刻な意味を感じ取れなかったことだ。
それが内心では的外れな使命感に燃える慧音にとって、どれ程幸いだったが。


知らぬが仏とはよく言ったもので、○○の意識は慧音の口走った最後の呟きよりも。その直前の告白じみた文句の方にあった。
「お早うからお休みまで……ですか。随分大きく出ますね」
そうは言う○○ではあるが、その顔は決して嫌な物では無かった。そもそも○○は慧音に対して一定以上の好意を抱いている。
その発露としていわゆる照れた顔と言う奴を。今度は○○から慧音に対して見せていた。
そんな顔を見れば、慧音だって嬉しくないはずが無い。
ただ、悲しいかな。慧音が嬉しくなればなるほどに、○○の首に巡っている真綿は少しずつ締まって行っているのだ。
「そうですね……まぁ、出来るだけで良いなら。お早うからお休みは、ちょっと恥ずかしいので」
そしてまた。○○は自分の首を少しだけ締めてしまった。


○○は慧音に対して照れ顔を晒すばかりであった。
照れ顔を晒すと言う事は。そしてお早うからお休みまで一緒にいてくれなどと言う戯言に対しての、前向きな発言も加味すれば。
○○から慧音に対する好意の量。これがそれなり以上である事は、簡単に察する事が出来る。
無論。慧音から○○に対する好意の量などは、言わずもがな。酷い独占欲を抱くぐらいなのだから、筆舌に尽くすまでも無かった。


それよりもだ。今さら確認するまでも無い慧音の○○に対する思い。それよりも、好意に波及して育つ感情。
慧音は今この感情に、ありていに言ってしまえば劣情に身を任せたくて仕方が無かった。
しかし。多少なりとも理知的な姿を取り戻した慧音は、この劣情に身を任せてしまうのを躊躇していた。
病み上がりと言う条件と、それ以上に教師である事の矜持。この二つが無ければ多分もっと直接的に求めていたかもしれない。
ただし直接的に求めなかっただけで、間接的には慧音は○○に対して幾ばくかの色香を出し始めていた。

「ふふ……ふ。思ったよりいい答えが聞けた……有難う、○○」
慧音らしくない、間延びした口調と笑い方だった。そして、らしくないのは口調だけでは無かった。
○○が両手で固く握り続けている慧音の片手……その上から被せるように、慧音はもう片方の手を添えているのだが。
らしくない動きを見せるのは、このもう片方の手の方だった。

ツツツと言う風に、被せているだけの手が徐々に。○○の手から腕、そして肩を少し撫でたかと思ったら、ついには頬にまで到達した。
この一連の動作が、勿体付ける様な速度で行われて。とにかく、酷く艶めかしいのだ。

初めの方は○○も、何事かよく分かっていなかったが。
慧音から発せられる、言い逃れる事の出来ない艶めかしさに気付くと。
「あっ……」慧音の手が○○の頬に向かった折に。○○は照れ顔では無く、赤面したような面持ちで少しばかり距離を取ろうとしたが。
今まで○○の方から握りしめていた手が、今度は慧音の方から強く握りしめてきた。
そのせいで、○○は慧音と繋がっている手を解く事が出来ずに。少しばかり体をのけ反らせるぐらいの事しか出来なかった。
これで稼げた距離など、慧音が少し前かがみになれば相殺される程度でしかなかった。

「ふふ……ふ、ふふふ」
ただ、今の慧音が○○の頬を触るぐらいで満足は出来なかった。
慧音は前かがみになった体勢を維持することを、割と簡単に放棄してしまった。
ここまでやって、どこが間接的だと。永琳あたりでなくとも、大体の人物が頭を抱えて呆れそうだったが。
行く所まで行かなければ、今の慧音の中では十分間接的だった。


「慧、音、せんせぇ!?」
締まりのない上気した笑みの慧音が、自分の方向に突っ込んでくる様子と言うのは。○○にとってはかなりの衝撃だった。
結局○○は迫ってくる慧音に対して、これと言った抵抗を見せる事も出来ずに。素直に慧音の体の下敷きになってしまった。

慧音の下敷きとなった後も、○○は何も行動を取る事が出来なかった。
ただただ今の状況に対して、とにかくまとまりの無い様々な思考が○○の中で流れているだけだった。
たとえば頭の端では、慧音に押し倒された今の状況に幾ばくかの劣情や情欲が降り積もっているが。
もう片方の端っこでは驚くほど冷静な思考で、慧音の体調を気遣う所か。
抱きつかれている今の状況を利用して、呼吸はどうか体温に異常はないか?脈拍はむしろ自分の方が上だな……等々。
それらの慧音の体調に関わりそうな事柄を抜け目なく確認出来たのは大した物だったが。
抜け目なく確認してしまったが為に、○○はより一層の混乱に陥っているのだ。

体温に呼吸そして脈拍。体の調子を見るのによく計られるそれら全ての項目において、むしろ観測者である○○自身の方が平常値を大幅に上回っているぐらいだった。
病み上がりだからと言う事情を鑑みたとしても、今の慧音は体調に関しては大分元に戻っている。
少なくとも傍目には、思考回路をかき乱すような高熱などと言った特段の何かは全く見受けられない。
つまり、慧音が○○を押し倒している今の状況は。
慧音自身がある程度望んで、こういう状況を作り出した。裏を知らない○○からすれば信じられない事だが、そう結論付けるのが一番自然なのだ。

実際問題、慧音は○○が全く抵抗しないのを良い事に。
「ふふ……ははは、ふへははは。放さないぞ、○○」等と締まりのない笑い声を上げながら、グリグリと自分の体を押し付けてくる。もちろん、両腕ではしっかりと○○の体を掴んでいた。
いわゆる羽交い絞めの状態だった。そのせいで○○の方はこの状況から脱出するのがかなり困難になっているのだが。
ちょっと前までの慧音のように姿形に現す事は無かったが、心中での狼狽っぷりは慧音のそれと大差が無かった。

むしろ憧れの慧音先生から、かなり一方的でこそはあるが好意をモロにぶつけられている。
それが分かるだけにこのままでいいかなぁ……。等とかなり安楽な発想がジワジワと○○の脳内を蝕んでいた。
しかもよくよく考えてみれば。このまま何もしないでいたって、そんなに悪い話に転がりようがないのも事実だった。
○○は慧音に一定以上の感情を……少なくとも、1人の女性として意識することが多々あったし。
慧音だってそれは同じどころか。ついさっき、○○を1人の男性として見ると言う意思がより強固な物になった。
つまり、何も不都合が無かったのである。例えこの場で行く所まで行ったと仮定しても、やっぱり不都合な部分は見つからなかった。



○○の口の端がにへらと、だらしなく歪んだ。
今のこの状況。憧れの慧音先生に押し倒されているこの状況と言うのが、とてつもなく甘美な物だと思ってしまったから。
それは同時に常日頃から抱えこそすれ、必死で表に出さないようにしていた慧音に対する諸々の情欲や劣情。
これらの全肯定にまで繋がった。

「少し、体に走っていた緊張感が解けたようだな……嬉しいぞ○○」
状況を受け入れてしまおうとする心の内が及ぼした影響は、○○の表情だけでなく全身に及んでいたようだった。
それは慧音が○○をより一層抱きしめやすくなる方向に……つまりは○○が慧音を受け入れ始めた事に他ならなかった。
「ふふ……○○もうこの際だ、言ってしまう。私はおまえの事が好きだ。勿論1人の男としてだ」
慧音のその言葉で、○○の顔に浮かび上がっているだらしのない笑みがまた強くなった。
ここに来てついに○○の方も動きを見せたが、その動きと言えば特に大袈裟な物ではない。
ただそっと慧音の頭部に、○○の手を置いただけだった。
慧音の柔らかい髪が○○の手に触れるとまた笑みが強くなって、緊張感から強張っていた体も柔らかくなった。

「ああ、そうだ……ここは永遠亭だった」○○がボソリと呟く。
自分たちが今永遠亭にいる事を思い出して行く所まで行かないのは、まだ○○もそれなりに箍(たが)が残っていたと言う事なのだろう。
しかし○○からは見えなかったが、慧音はその言葉を聞いて。
「ああ……そうだったな。今思い出した」声の調子をいくらか落とした感じで……明らかに落胆していた。
どうやら慧音は忘れていたらしい、自分が今どこにいるかを。



そのまま、どれくらいの時間が経過しただろうか。二人はすっかりと、時間の感覚を失ってしまっていた。
ただ幸か不幸か今日は何もない、だから出来るだけ長い時間このままでいたいなとは二人ともが思っていた。
「○○、慧音。い……・る、みたいだけど取り込み中ね」
そんな上せた状態なのだから。普段通りにやってきた永琳の気配に気付けなかったのは、それは仕方の無い事なのだろう。


「えっ!?あ……八意先生……ちょっと待って!逃げないで!」
不味い時に来たなぁ……と言う顔をしながら戸を閉めようとする永琳に対して、○○は必死の形相で呼び止めていた。
ここで呼び止めるのが果たして良いのかどうかは、○○からしても大いに疑問符が付く行動ではあるのだが。
かと言って、あの不味い時に来たなぁ……と言う顔を見ながら、何もしないと言うのも非常に後味の悪い物があった。
だったら後味の悪さを感じるよりは、これで良かったのかなと頭をひねる方がまだマシだった。

「えーっと……良い入っても?ちょっと慧音と話がしたいんだけど」
「あ、それって私は席を外した方が?」
「出来れば」
慧音と二人っきりで話がしたいと言う永琳に対して「分かりました、じゃあ」と言う風に○○は身を起こそうとするが。
「あの、慧音先生。解いて、この両腕を解いてください」どうやら慧音は○○に行ってほしくないようだった。
ちょっとジタバタとする○○に対して慧音は、見た目からして明らかに力一杯○○を抱きかかえていた。
「羽交い絞めじゃないの、これ」その様子を見て永琳が……少し深刻そうに呟く。



「痛い痛い痛い!ちゃんと戻ってきますから!遠くには行きませんから!隣の部屋にいますから!」
そう○○はもがき叫ぶが。
「慧音先生?慧音先生!?返事をしてください!痛い、痛いんです!」
○○の叫びに対して慧音は一切返事をせずに、ただただ両腕に込める力を強力なまま維持していた。

「ちょっと慧音、気持ちは分かるけど○○さんが痛がって……」
どうしようかなと、しばらく様子を見ていた永琳だったが。
○○の痛がり方が洒落にならない程度にまで緊迫してきて、おまけに慧音が全く返事をしてくれないと来たものだ。
間に入らないと不味そうだなと思い、慧音の肩に手をかけて○○から引き離そうとするが。
「……邪魔をしないでくれ」永琳が慧音の肩に手をかけた瞬間だった。舌打ち交じりの声が聞こえてきたのは。


慧音は永琳に対して、顔を半分しか覗かせてはくれなかったが。
舌打ち交じりだけでも十分なのに……顔半分だけでも分かる、明らかに不機嫌そうな表情。
もしこの場に○○がいなかったら、きっと慧音はもっと露骨に永琳に対して敵意を向けていただろう。
慧音に羽交い絞めにされた光景を始めに見た時……永琳は少し深刻そうかもしれないと思ったが。
どうやら……少しどころでは無さそうだった。

慧音が永琳に向かって敵意に満ち溢れた表情を向けたのは、それ程長い時間では無かった。
精々が二、三秒程。すぐに○○の体に埋めるように顔を戻して、その表情を○○にも永琳にも分からなくした。

「○○。先生と言う呼び方はやめてくれ」
「はい?」
そして永琳の事など無視するかのように、慧音は○○とだけ話し始めた。
「どういう意味で……?」
「二人っきりの時は、先生と言う部分を外して欲しいんだ……慧音と呼び捨てにしてくれ」
「二人っきり……」
永琳がしっかりと見ているのだから、この場はどう考えても二人っきりでは無い。
なのだが「気にしなくて良い……私の事を慧音と呼んでくれ、○○。そうしたら手を放す」
そう言って慧音は○○に対して、呼び捨てにしてくれと求めるだけだった。
どうやら慧音の中では、永琳はいないものとして話が進められているようだった。

○○に顔を埋めるようにしているから、その表情をうかがい知る事などは出来ないが。
永琳は自分自身がここにいるせいで、かなり怒気に満ちた顔でいる事は……想像に難くは無かった。


○○は戸惑いながら何度か永琳に目を合わせる。話をするのは諦めないが、一度立ち去った方が良さそうだった。
目を合わせる○○に対しては「いいから、言ってあげて」と声を出さずに口だけ動かしながら、何度も首を縦に振りながら。
後ずさるようにして、○○と慧音のいる部屋から出ていくしかなかった。



「○○……言ってくれないのか。まさか嫌なのか?」
ガタンと扉のしまる音が聞こえてすぐに、慧音はまた○○に促してきた。その言葉尻に○○は少し涙声のような印象を持った。
「そんな!嫌なはずはない…………慧音!」
多少の気恥ずかしさから言い切るまでに多少の時間を必要としてしまったが。
「もう一度言ってくれ、○○!」
たった一度の呼びかけなのに、本当に嬉しそうな顔でガバッと起き上がられると。
「ああ、慧音。こんなので良いなら何度でも」○○も次の一言が滑らかに紡ぐ事が出来た。

勿論このやり取りは、扉のすぐ前で立ち尽くしている永琳の耳にも届いている。
会話の様子から多分○○はもう慧音の羽交い絞めから解放されたはずだ。
しかし中に入っても良いかと聞く為に、扉を叩く事が出来なかった。
先程永琳は、席を外した方が良いかと聞く○○に対してそうしてくれと言ってしまったし。
下手をすれば慧音の方からして、○○が席を外す事を望むかもしれない……色々言いたい事があるだろうから。


「…………まだ外で待ってるのか?いるのなら入ってきてくれ」
長い沈黙があるなと不安になったら。その沈黙を破ったのは慧音の方だった。
言葉尻こそ多少繕っているが、実際の所は早く入れと命じているに等しかった。
慧音の方から来いと言われる事態に対して、永琳は息が苦しくなるのを感じた。

だからと言って逃げるわけにも行かず。逃げれば事態はもっとわるくなるだけなのだから……永琳には部屋に入ると言う選択肢しかなかった。
「込み入った話か?」
部屋の扉を開けて永琳の姿が見えると同時に、慧音は言葉を投げつけた。
名前すら読んでくれない事に、永琳は落胆するしかなかった。

「ええ……そうね。大分込み入った話ね」
「そうか。まぁ、そうだろうな…………○○、すまないが」
「ああ、じゃあ隣の部屋にいるから。何かあったら呼んで」
「待て○○……」
永琳の横をすり抜けようとした際、不意に慧音が○○を呼び止めた。
「戻ってきてくれるよな……?」
そして愁いを帯びつつ、恐る恐る○○に確認する慧音の表情。
きっとこの表情は、もうこのさきずっと○○にしか見せる事のない表情であろう。
「勿論だよ。当然戻ってきますよ……慧音」
そして慧音と呼ばれた際に見せた、パァっと輝く表情。これも○○にしか見れない表情であろう。




○○が隣室に入るまで十分な間だった。二人とも何も喋らないから、耳を澄ませば隣室の扉が閉まる音も聞く事が出来た。
「…………座れ。そしてこっちを向くんだ」
○○が確かに隣室に入ったのを確認してから、ようやく慧音は口を開いた。
○○がいないからもはや演技の必要が無いから、その声は酷く刺々しい物だった。
永琳はそれにもめげずに慧音の言うとおりに座って、慧音の方を向いた。
「慧音さっきは睡眠薬なんか盛ってごめッ―!?」
そして開口一番。先ほどの騙し討ちのように、睡眠薬を飲ませた事を謝ろうとしたのだが。
その謝罪の言葉を全て言い切る前に。慧音の張り手が永琳の頬を切り裂いた。

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最終更新:2013年11月27日 19:06