そもそもこの話し合いに、今では何の意味があるのか。形骸化も甚だしい物があった。
皆、言いだしっぺになってしまうのを事の外。最早異常とも言えるくらいに、嫌がっていた。
それでも、日ごとに行われるこの集まりだけは、潔癖とも言えるくらいに正確な時間に行われて、寸分の狂い無く、定刻には終えていた。
誰もがうつむき加減で、ただただ定刻に至るまでの間中無言で過ごし。時間が早く過ぎ去ってくれと。
こんな無意味な集まりなのに。殆どの者が欠ける事無く、毎度席を同じくしていた。
全く持って意味が無い事は分かっている。こんな物に参加するために、仕事を放り出している物も大勢いる。
それでも。皆参加し続けていた。
それは何故か?
意味が無いからといって、輪から外れてしまえば。即、残った者からの集中砲火を。
日常生活に支障をきたす所まで、追い詰められてしまうからだ。
それが、一度輪に入ってしまった者が、和を乱す事の出来ない最大の理由だった。
追い出されたはまた別として、最初からこの輪に入らない人間は、余程の変わり者。ただ、そんな変わり者はまずいない。同世代に1人いるかどうか。
大抵の場合、その輪に入らない存在と言うのは……
よそ者か、化物。殆どはこの二つのどちらかだ。
ただし、化物の場合は入らないと言うよりは。ハナから入れない、そういう輪が存在する事をハナっから教えないと言った方がより正しいか。
それで何とかなってきた。挨拶や買い物の時だけのような、上辺だけ取り付くっていれば。
向こうは向こうの輪に、最終的には戻っていく。
ただし、いつの世にも例外と言うのは必ず存在した。
それが、上白沢慧音だった。
妖怪と言うのは、妖怪どうし。または、博麗霊夢や十六夜咲夜のように、それに匹敵する存在との付き合いが主だった。
度々人里に降りてくると言っても。買い物に来たり、天狗ならば噂を嗅ぎまわったり、または甘味所や酒などに舌鼓を打ったり。
そういう一時的な付き合いしかなかった。
そう、あり続けて欲しかった。
だが、上白沢慧音は違った。
あれはこちらが一線を敷いて。頑なにその一線を踏み越えないような付き合いをしていたのにも拘わらず。
生来のお人よしと言うべきか。とかく、他者を疑わないらしく。
お節介にも、文字の読み書きや算術、幻想郷の歴史を教え始め。
ついには寺子屋を営み。里の子供たちの世話を本格的に焼き始めた。
里の者達は、皆恐れおののいた。
残念な事に、あの化け物が嗜む教師の真似事。大人達が思う以上に、子供達には好評だった。
子供たちは知らない。自分たち大人が、このような繊細な均衡と線引きをもってして化物と付き合っていることを。
子供のうちは、それで良いのだ。酸いや甘い、清濁を併せ呑む事の意味を分かっていない子供に下手に教え込めば。
大人がやるに比べて、非常に不器用で不可解な付き合い方になってしまう。
それは相手に疑念を抱かせてしまうには十分だろう。
疑念を抱かせてしまえば、最終的にどうなってしまうか。
考えるだけで、身震いがしてたまらなかった。
そんな危うい場所に、かつては通っていたと考えると……生きた心地がしなかったと大人になってからは思っていた。
子供の頃に感じていた上白沢慧音に対する、ある種の母性のような感情。
それはいつの間にか、消え果てしまっていた。
自分の親や祖父母達は、こんな針のむしろのような気分を常に味わっていたかと思うと。
本当に、脱帽してしまう。
最も、今は自分たちが。その親や祖父母達と同じ境遇に立たされてしまっているのだが。
だからと言って。何もしない、指をくわえて見ているままではいたくなかった。それが、親心と言う物だろう。
そして、いつの頃からか。この集まりが催されるようにはなったのだが。
根本的に、里の人間は上白沢慧音を信用していないの前に。
彼女の存在を、事の外恐れていた。それはもう、過剰な程に。
最初の方こそ、使える使えないは別として、いくらかの意見は出ては来ていた。
だが、必要以上に彼女のことを恐れている者達から、突っ込んだ意見が。
大きな行動を伴うような具体的な案が出てくるはずも無く。意見や言葉が枯渇するまで、そう大きな時間は掛からなかった。
代替わりを経て、今こうやって辛気臭い顔を付き合わせるこの者達も。
最早この集まりが何の為に存在しているのか、その意義を殆ど見失っていた。誰が言い出してこの集まりが始まったかに至っては、忘却の彼方だった。
それでも、先達にならう様に。毎回毎回、誰一人欠けることなく集まっていた。
そうして、この日も。会の終了を告げる掛け時計の音がなるまで。最初から最後まで、皆無言で通してしまった。
「……音が鳴りましたね。そろそろ子供たちが帰ってくる時間です」
「では、今日は……これで。また次回、宜しくお願いします」
別にこの言葉も、誰が言うかは決まっていなかった。
それでも、事前の取り決めも無く見事な連携で、滑らかにこの言葉を誰かが紡ぎ出していた。
会の終了と共に。皆急ぎ足で、世間話もせずに家路についた。
子供たちが帰ったとき、親である大人たちが殆どいない。そんな事態が訪れれば、子供たちの口からあの化け物に伝わる。
そうなってしまえば、一環の終わりだった。
大人達が家に帰って、しばらくしてから。子供たちが次々と家に帰って来た。
その様子に、今日も何事も無く終わってくれた事に。心の底から安堵するばかりであった。
帰ってきた子供たちは、何故だかネズミの物まねをしている者が多かった。
無事帰ってきてくれたのは嬉しいが。何か変な事を吹き込まれていないか、これもほぼ毎日のように心配する事柄だった。
「ただいまぁ!」
「おっとう、おっとう。○○先生って面白いんだよ」
「あのね、今日はネズミと猫の話があったんだけどね」
父の元に駆け寄る息子と娘。ここ毎日はいつもそうだ、あの男、○○の話をいの一番にする。
最近、件の寺子屋に1人のよそ者が増えた。
名前は○○と言うらしい。最も、殆どの大人たちはその○○の顔はよく知らないのだが。
何の因果かは分からないが、ある日いきなり博麗の巫女が里に連れて来たのだった。
どうやら結界を偶然飛び越えて、幻想郷に来てしまったらしい。
本来そういうのは、野垂れ死ぬか。神社まで辿り着ければ、すぐに外の世界に返すのだが。
その時に限っては、少し事情が違っていた。
「何かが入ってくるのに全く気付けなかった!!結界の何処かがほころんでるわ!それを探さないと!」
すぐに帰さないのか?と問う我々に対して、それが博麗霊夢の出した答えだった。
どうやら、1人の人間のこれからなんぞよりも。結界のほころびを探し出して、修復する方が大事だったようだ。
余りよそ者にいつかれても困るので。博麗の巫女が誰かを連れてきたときは、お布施を割り増しして。
すぐに帰してもらうように便宜を図ってもらうのが先例だったが。
ここ最近は、そういう事も無かったので。お布施の量が大分少なくなっていた。
それに怒ってこのような、押し付けるような真似をしたのでは、と言うのが大よその見解だった。
なので、すぐに金子を集めて。神社に差し出したのだが。
それでもなお、あの男。○○は幻想郷に留まったままだった。
「半分はそうよ。でも、もう半分。結界がほころんでいるのは本当よ、直すのに集中したいから少し待って」
と、我々には事実かどうか確認しようの無い返事を返されてしまったからに他ならなかった。
下手に縁を作ってはならぬと。絶妙な線引きの付き合い方をしていたのだが……
「そのお手玉、貸して見ろ。そう、五個全部だ。何なら増やしてもいいぞ、七個までなら自信がある」
ある日の最中。子供たちが興じていたお手玉にアイツは興味を持った。
そうして、上手い子でも三個が限界のお手玉を。奴は五個六個七個と言う。
子供たちにとっては見たことも無い絶技を、疲労してのけた。
お手玉を女の子の遊びだと言って馬鹿にして、チャンバラに興じる男の子達ですら。その演技に魅了されてしまった。
かくして、たった数分の間に。○○は子供たちの人気者にのし上がってしまった。
それを、上白沢慧音が。放っておくはずはなかった。
「子供たちと相性が良いようだな。やる事がないなら、寺子屋を手伝わないか?貴方なら、子供たちも喜びそうだ」
そうして里人にとっては、ただの通り雨程度の存在だったはずの○○は。
上白沢慧音と同様に。厄介な存在にまで、あっという間にのし上がってしまった。
最終更新:2014年03月18日 10:23