「……どうする、永琳にぐらいは会わせる?何を考えているか知っておいた方が、まぁ色々と」
「……私は、反対だ。と言うか生理的に嫌だ。こんなのに引っ掻き回されるのは」
「だからって……永琳をここに連れてくる訳にもいかないわ」
木こりの前に立ち塞がるように、輝夜と妹紅は互いに意見を言い合っていた。輝夜はまだ冷静だが、妹紅はかなり感情的だった。
「てゐと鈴仙も、消火の為に出張ってるから。永琳を連れて来たら、何かあった時にどうにか出来る存在がいなくなるわ」
はぁ、と息を吐き出しながら。輝夜は周りを見渡す。
鬱蒼と茂る、迷いの竹林。その生い茂る竹達により、この場所は日中でもかなり薄暗い。はずだった。
そのはずだったのだが、輝夜と妹紅の周りに限っては。少しばかり様子が違っていた。二人の周りだけは、妙に開けていたのだった。
焦げた臭いとむせかえる煙の臭いが充満して。それらをかき分けるように、イナバ達が動き回っていた。
そのイナバ達の数も、一人や二人では無く何十人もの数だった。
それら何十人のイナバ達が、てゐと鈴仙の指示の下で。懸命になって、周りに水をまきまくっている。
この状況下で、動きが少ないのは輝夜と妹紅と……件の木こりだけだった。
正直な話、輝夜も妹紅も。消火の為に駆けずり回っているイナバの群れは、もう完全に見慣れた光景だった。
だから、周りの騒動など気にも留めていなかった。だから、存外落ち着いて木こりの相手をしているのだ。
妹紅はギリギリと、歯を鳴らしながら木こりを睨みつけて。
一方輝夜は、激昂寸前の妹紅が馬鹿をやらかさないように見守りつつ。木こりの真意を見定めようと、その表情を覗きこむために。
輝夜の視線は、妹紅と木こりの間を行ったり来たりしていた。
「裏の裏を読むのは、私達なんかよりも永琳の方がずっと得意だってのは分かるでしょう?」
「……ああ、不本意だがあれの実力は本物だからな」
妹紅は輝夜の言葉に返答こそしてくれるが、視線は全く自分の方を向いてくれてなかった。
「当然よ。本気になったら、私より強いんだから」理由が明確とは言え。全くこっちを見てくれない相手に喋るのは、案外疲れる物だった。
それは良いとして……輝夜がそう一言溜息混じりに呟きながら、視線を妹紅から木こりに移した。
視線を移した輝夜は妹紅に向けていた時の、心配しているような。そんな渋くて、複雑な表情ではなく。
眼の奥の奥まで、覗き込んでくるような。そして、いつかの貴族相手とは違って敵意などと言った棘は一切隠さない。
そんな呼吸も出来なくなるような重圧感を容赦なくまといながら、木こりの真意を探ろうとしていた。
無論、妹紅だって同種の重圧感をまとって木こりを睨んでいた。輝夜が妹紅を気にしているときもずっと。
慧音絡みの事だから当然だが、相当な執念だ。まとう重圧感の強さでなら、もしかしたら妹紅の方が上かもしれない。
「……」
「……」
「……」
三人とも、言葉を紡ぐ事は無かった。紡がない理由に関しては、三者三様だったが。
輝夜は紡ぐ必要性が感じられなくて。妹紅は紡いで会話などしたくなくて。木こりは重圧に耐えるのが精一杯で、紡ぐ余裕が無くて。
「何考えてるかは知らないけど……二人掛かりで睨まれて、視線を外さないのは大したものね」
「おい輝夜……」少し軟化した輝夜の口ぶりに、正気か?と言うような表情で、初めて妹紅が輝夜に視線を移した。
評価と言うよりは、呆れの感情に近かったが。決心を認めるような輝夜の発言に、妹紅は苛立ち漏らしていた。
「何ほんの少し、認める様な事を言っているんだ。所詮、保身で走ってるだけろう」
「違う!!」
利己的な思考で行動しているだけだ。そう断言されて、木こりは思わず弁明の言葉を口走った。
「ああ!?」
「……!!」
弁明の叫び。その余韻をかき消すように、妹紅はドスの効いた声と表情で凄んだ。
だが、木こりの方は凄みを増す妹紅の表情と声に圧倒されこそはしたが。視線だけは、絶対に外す事は無かった。
無論輝夜はその一部始終を見ていて、そして気になった。この木こりが見せる、この覚悟。
この覚悟の大きさは、尋常ではない。
親兄弟でも、質に取られているのか?親兄弟所か、里全体から絶縁されているのに?今さら向こうが関わりを持とうとするか?
何時しか輝夜の表情は、威圧感をまとった物と言うよりは。興味深そうに、見定めるかのような表情をしていた。
「ふぅ~ん……妹紅に凄まれても、まだ崩れない」
「輝夜。こいつもう、追いだそう」
「ちょっと待って。こいつ、少し気になるのよ」
実力行使に出ようとする妹紅の肩を掴みながら、輝夜はなおも見定めようとしていた。
見定めれているような視線に気づいた木こりも、嘆願するような視線を輝夜に送り返していた。
「まぁ……必死なのは分かるけど。これだけで心中は推し量れないか」
「そうだろう!だから、今すぐ追いだそう!!」
輝夜と妹紅の会話も、いよいよ噛み合わなくなってきた。死闘の際の方が、もう少し自然な会話をしている。
いよいよ不味いか。そう思った輝夜は、肩を掴むでは無く妹紅の前に無理やり割って入った。
「まぁ……その必死さだけは認めてあげる。真意は、これから図らせてもらうわ…………永琳になら、会わせてあげる」
「おい!輝夜、何を考えているんだ!?引っ掻き回す取っ掛かりを作るのか!?」
「ここで門前払いしても、多分諦めないわ。退院した後の○○になら、接触は容易よ」
妹紅が輝夜を押しのけて、いよいよ掴みかかろうとしても。木こりは怯えこそするが、逃げようとはしないし視線もこちらを向いたままだ。
ここまでの度胸を見せる人物が、そう簡単に諦めるとも思えない。
「だったら……何を考えているか。洗いざらい吐いてもらうわ……大丈夫よ、妹紅。会わせるのは永琳だけだから」
木こりの決心の強さには、危機感を覚えてはいるが。永遠亭に近づける。
すなわち、慧音と○○の近くに寄らせる事には。こちらに対しては、全く納得はしていない様子だった。
「今永琳を、永遠亭から離す訳には行かないの。上白沢慧音が錯乱したとき、止めれる存在がいなくなる」
「……ああ、もう!!妙な事したら、即たたき出すからなぁ!!」
道案内、と言うよりは誘導。誘導と言うよりは、連行に近かった。
前を妹紅が歩き、後ろを輝夜が歩いて。その間に挟む形で、木こりを歩かせていた。この形ならば、例えどっちが妙な事をしでかしてもすぐに止めれる。
妹紅は後ろから付いてくる二人には全く気にかけずに。振り切りそうなぐらいの速さで、道中を歩いていた。
別に輝夜は置いてしまっても、永遠亭に住まう彼女にとってはこの竹林は半ば彼女の庭だし。
木こりに至っては、はぐれてくたばってしまっても。全く問題は無かった。
「はい、そのまま真っ直ぐ。妹紅の動きは半分は貴方を騙すためにあるから」
おまけに、わざと左右に揺れ動いたり、普通は使わない道を使ったり、遠回りしたりして。木こりが道を間違うように図っているのだが。道を間違いそうになる度に、輝夜からの修正が入っていた。
その為、妹紅にとっては真に忌々しい事ではあるが。三人とも無事に、永遠亭に辿り着いてしまった。
「そこで待ってなさい。一歩も動いちゃだめよ?」
「糞が……はぐれれば良かったのに」
輝夜は柔らかい口調で、木こりの肩に不自然に手をかけて。ありったけの力で握りしめ、妖力も少し流して牽制をして。
妹紅は、木こりの周りをうろついて威嚇し続けていた。
最も、妖力を流した際。やっぱりただの人間だからか、脈拍が肩越しでも早くなったのを感じて。
通り過ぎる際、横目でも苦しそうなのが分かったが……知ったこっちゃなかった。
少なくとも動く気力は大分削げたようだから、そっちの方が重要だった。死ななきゃ、多少苦しそうでも構わなかった。
「永琳ー!!ちょっと来てぇ!!話があるの!!」
そして玄関扉を少しくぐったかと思ったら、輝夜は大音量で自身の従者の名前を呼んだ。
その声の張り上げ方は、長年付き合った物なら分かる。そう言う、緊迫感を隠した声の張り上げ方だった。
何も知らない……そう、○○のような人間ならば。横着な人だなぁと思われるかもしれない、そんな声だった。
もしかしたら、慧音には何か感ずる物を与えてしまうかもしれないが。問題は無い、病床から起き上がるよりも○○の傍にいたがるはず。
そう判断して、輝夜は声を上げていた。
しばらくして、ドタドタと言う床板を踏み鳴らす音が近づいてきた。
勿論、その音の発生源は八意永琳だった。永琳は、自身の主からの緊迫した呼び声に一目散に走り寄っていた。
「永琳。ごめんね、こんな呼び出し方で」
「いえお気になさらずに……これは確かに、この呼び出し方を選ぶはずです」
永琳は、玄関先の光景で大よそを理解してくれた。なるほど、これは確かに……輝夜が上がろうとしない筈だ。
「まぁ……見てくれたら分かるとは思うわ永琳。逃げ出しちゃうくらいの敵意をぶつけてたけど、逃げなかったのよ」
「姫様だけでなく、藤原妹紅から睨まれても……ですか?」
「そう……おまけに、視線も外さなかったわ。大した度胸と……決心の強さよ」
輝夜と永琳の会話も、二人が顔を見合う事は無かった。ただただ、木こりの表情をじっと観察して。
その心中の一部でも良いから、見定めようとしていた。
「なるほど、確かに……私たち三人から睨まれていても。一歩も引こうとはしませんね」
「蛇に睨まれた蛙……と言うわけでも無さそうと言うのは、表情で分かるしね」
「……ふん。決心の理由次第じゃ、ただじゃおかないからな」
三つの視線を受けながらでも、木こりは震えこそすれ逃げ出すようなことはしなかったし。その素振りすら、一切なかった。
「へぇ……」
「気になるでしょう、永琳?」
「ええ……監視が必要ですね。無論、腹の底で考えている内容も把握しておきたい」
「なぁ……こいつを入れるのか?中に」
どうやら、木こりに対する尋問が始まりそうだった。それはそれで別に構わないのだが。妹紅には一つ懸念があった。
その懸念とは、木こりを中に入れるかどうか。もし中に入れたら、不意に慧音か○○のどちらか。下手をすれば両方と一気に会うかもしれない。
そうなったら、また面倒くさい事になる。それを危惧して、妹紅は口を挟んだのだが。
「まさか」
そんな妹紅の懸念に対しての回答は、永琳から出た短い言葉とせせら笑う表情だけだったが。その二つでもう十分だった。
むしろ表情だけでも妹紅に対して意を伝えるには、全く差し障り無かっただろう。
「何か合っても、ここなら即帰ってもらえるから」
「なら良いんだ……個人的には今すぐにでも帰ってもらいたいが」
「最低限でも、上白沢慧音と○○に合いたい理由ぐらいは聞き出さないと」
永琳と妹紅が話している間でも、輝夜は見張るように見つめ続けていた。誰かが必ず、監視している状態だった。
ここにいる限り、木こりはこの矢のような視線から逃れられないだろう。
しかし、木こりの決心に濁りや迷いは。矢のような視線が最大三つに増えた今でも、見受けられなかった。
まるで揺らぐ事の無いその様子に、輝夜は敵意や苛立ちよりも別の感情。
興味深いと言う、そんな感情が増していた。
「ねぇ、貴方って。里とはほとんど交流を持っていないのよね?」
「ああ、そうだ。それだけで、俺の全部を信じてくれとは言わないが。俺が他の人間と違うと言う点だけは知っておいて欲しいんだ」
妹紅はその言葉に“どうだかな”と言う感情を身振りで表していたが。輝夜は、“俺は違う”と言うその言葉。そこだけは、そこそこ信じていた。
最も、違うからと言って自分たちにとっての味方と断じる事は無かったが。敵の敵も、やっぱり分かりあう事のない敵かもしれないから。
「そう。まぁ、そこだけは信じてあげるわ。そこだけは」
一瞬目の奥に光が宿りかけたが、強く念を押すような輝夜の言葉に、肩が落ちた。これぐらいしないと、妹紅が煩い。
「案の定だけど……里も一枚岩じゃないのねぇ」
ほんの少しでも木こりに同調したせいか。妹紅からのジットリとした目つきが痛い。頭をガリガリと掻く振りをして、視界からさえぎった。
「それでも、慧音に対する理不尽な憎悪だけは一枚岩なんだよな?」
「違う!少なくとも俺は違う!!」
ケラケラと笑いながら、妹紅が木こりに顔を近づけて嫌味たらしく煽る。必死の弁明をする木こりの目尻には、涙すら浮かんでいた。
「はいはい。気持ちは分かるけど、あんまり挑発しないの」
「輝夜、お前はどっちの味方なんだ!」
妹紅は自分を少し遠ざけようとする輝夜に対して、噛みついてきた。
「上白沢慧音の味方よ。少なくとも、アンタの鬱憤晴らしに付き合うつもりはないわ」
「ああ……なら良いんだ」
やはり、慧音の名前を出すと妹紅は弱かった。それに、前置きも無しに即答したのが効いたらしい。慧音の名前が出た途端、一気にしおらしくなった。
「いっその事、慧音が子供たちと○○を連れて何処か遠くに。それが一番の特効薬だったりして」
疲れ気味の輝夜が、つい口を出してしまったある種の弱音。妹紅の前で言ったのは不味かったかと、少し後悔したが。
「そうですね……対症療法での根治は、まず望めませんからね」
「ちょっと永琳?冗談よ、今のは。本気にしないでよね?」
妹紅を諌めるのが、きっと骨だろうなと覚悟していたら。輝夜は思わぬ所から不意打ちを食らってしまった。
これならば、妹紅が反応してくれた方が良かった。永琳が弱音に乗っかってくるのは、余りにも想定外だった。
おまけに、一番反応を見せてくれそうな妹紅が。この時に限って静かに黙りこくっている。
「ちょっと、妹紅も何か言いなさいよ。何で無言なのよ」
余りにも静かだから、それが不気味で挑発気味に迫ってみても。バツが悪そうな顔をしながら、顔を背けるだけで。
明らかに、何かを考えている顔と反応だった。そしてきっとその考えとは、どう見てもろくでもない事柄。
先に輝夜が口走らせてしまった弱音と、密接に関係するものであろう。
「はは……」
「力無く笑ってないで!あんたも少しは反論と弁明をしなさいよ!!」
恐らくは。人間側では、最も今の事態の収拾と根本的解決を望んでいるきこりでさえも。
焦燥感にやられた感じで力無く笑う物だから。輝夜の焦りは一層濃くなっていた。
取りあえずは。永琳に対しては、先の言葉が冗談である事。妹紅には馬鹿な考えを起こすなと。木こりに対しては、簡単に諦めるなと。
きつく、とにかくきつく。もし諦めたり本気に取ったり、馬鹿な真似を起こしたら。本気で怒ると。とにかく強く言い聞かせた。
これならば、性質の悪い冗談だと怒られた方がマシだった。
冗談であると言い聞かせる。
これに存外、時間をかけてしまい。一通り言い聞かせた後も、妙な沈黙が流れるばかりで。木こりに対する尋問が疎かになってしまった。
そんな折だった。ある一つの声が、この気だるい場面を静かに切り裂いた。
「あの、皆さん。どうされたんですか?」
その声は、○○の声だった。
四人とも一言も喋らずに。ただただ、何もせずに立ち尽くしていたものだから。
取りあえず、今は最も避けたかった。木こりと○○の接近……これを許してしまった。
少なくとも、今は一番不味かった。
木こりの真意を探り切れていないし……何より、今の慧音の心理状態に良い影響を与えるとは思えないのだ。木こりの存在が。
最終的に、会う会わせないは別としても。今は一番不味いはずだ。
○○の声を耳にした途端。玄関を背にしていた永琳の顔は、しまったと言う慙愧の念で顔を歪ませて。
妹紅は、無表情で木こりの肩を掴んで。色めき立つ木こりが、一歩も動けないように箍(たが)をかけた。
多分掴まれた肩はかなり痛いはずだ。もしかしたら彼女の能力の一端でもあれば、痛みと同時に熱さもあったはずだ。
輝夜はと言うと、頭の中身が真っ白になってしまっていた。
先の言葉が冗談であると。それを言い聞かせるために、体力をかなり使ってしまったからだ。
「あ……木こりさん」
無論、四人の心中がしっちゃかめっちゃかな事など。○○は知る由もないし、知る必要も無かったから。
「もしかして、慧音先生のお見舞いに来てくれたんですか?」
どうかそのままでいてくれと言う。そんな人の良さそうな表情と声で、○○は玄関先から出てきてくれた。
「ええ、ええ!そうなんですよ!」
但し、今は別だった。その人の良さそうな、付けこみやすそうな雰囲気は。今は何処かに行ってほしかった。
最終更新:2014年03月18日 10:28