「うん……まあ、ね」
鈴仙がゲンナリとしている傍らで、てゐも言葉少なめだった。
ただ、悪戯気質の強いてゐは減らず口も人並み以上に達者だった。つまりは、相手の嫌な事を聞いて、感想を述べさせるのも好んでいた。
それがあるからなのか、てゐは鈴仙ほど頭がくらくらしている様子は無かった。代わりに、気乗りしないような面持ちで何事かを考えている風であった。

「てゐ。何を考えているの?」
輝夜は別に、てゐが気乗りしない風を気にした訳では無かったが。
悪戯好きのてゐが何かを考えている時は。真面目、不真面目の別に関わらず大抵はあまり耳心地に良くない事。
その内容は、決して的を外れた物では無い。輝夜はその内容が気になったのだ。

「あ、聞くんだ……いや聞きたいなら言うけど」
てゐも、輝夜たちの耳心地に悪い事は自覚しているらしく。聞かれない限りは言わないつもりであったらしい
「減らず口が多いのは、ある意味アンタの良い所よ。それに今のアンタが真面目不真面目の区別ぐらいつくわ……」
それでも、今回わざわざ輝夜がてゐの口を開けさせたのは。てゐの面持ちがそれなりに真面目に物を考えている感じだったからだ。
そもそも不真面目な時だったら、面白がってすぐに減らず口を叩いてくる。それが無いと言うだけでも、今のてゐは一定以上の割合で真面目と言って良かった。

「……あのさぁ」
輝夜から促されて、覚悟を決めたらしくて。てゐは言わずに済ませようとした言葉を紡ぎ出した。
「この二人とそれなりに仲良くなれたのは、まぁ多分ものすごく良い拾い物だと思うけどさぁ……」
核心に進む前にてゐが言葉を少し詰まらせた。
輝夜の耳心地に悪い想像だから、少し物怖じしてしまった。真面目に物を考えているから余計に、詰まってしまうのだ。
「良いから。斜に構えたアンタの意見が聞きたいの」
そんな様子を晒していると、輝夜から更に促されて。諦め半分で、てゐは覚悟を決めた。
「出来ると思ってるの?この二人以外の里人みたいな輩と、そこそこ分かり合えると思ってるの姫様は?」


てゐがそんな感じの意見を持っているだろうなと言うのは。大体想像がついていた。
それでも、いざ目の前ではっきりとそう言われてしまうと。やはり、胸が詰まるような思いになってしまう。

「…………分かってるわよ」たっぷりの間を作って、輝夜がようやく出せた言葉はこれだけだった。
本当は巻き舌で不機嫌そうに言いたい衝動があったが。間を作る際中に、てゐが少し言い過ぎたかなと言う顔をしたので考えを改めた。
そもそも、言えと無理強いしたのは。他ならぬ輝夜自身なのだから。それはちょっとてゐが可愛そうすぎるだろうと。

「まぁ……無理だろうな…………妻にすら厄介な人間と思われて、避けられてるのに」
「俺もそう思う……」
彼と木こりがてゐの言葉に同調すると。てゐは無言のままであったが表情では「だよねぇ……」と言っていた。

「と言うか、今更……あんなのと仲良くやろうと言う発想が無い……」
「今隣にいるこいつとそれなりに分かり合えたのは……こいつが命懸けで動いてるからだ」
更に木こりは同調するだけでは無く。てゐの発言を後押しを始めた。
「厄介事を俺達二人に押し付けて万々歳と思ってるようだから……そんな発想を里ぐるみでするようじゃぁ……」
涙交じり等では無く、木こりは朗々と喋っていた。そこまで諦めれるのは、きっと彼が長年妖怪向けの新聞を読んでいたからだろう。

「上白沢慧音が倒れてから、新聞を勝手に置いていく天狗が凄く嬉しそうなんだよね……何かそれで色々と里は酷いんだろうなって察する事が出来るのよ」
「そうですな。妖怪向けの新聞はこれから暫くの間は、話の種には困らんでしょう」
妖怪向けの新聞と木こりが口走った瞬間。あのてゐですら「えっ!?」と言って木こりの方に顔を向けた。
「知ってるの!?人里についてあんな酷く書かれた物を、人間が読んでるの!?」
「一応……俺もそう言う物があるってのは、つい先日ぐらいに知ったよ」
木こりの方に顔を向けていたてゐだったが、まさか彼の方から知っていると返されるとは思わなくて。
てゐの絶句したような表情は、更に高まる事になってしまった。

「ああ……二人とも知ってるんだ……ああ……いや、変な夢見なくて良いんじゃない……?」
後に残ったのは、てゐの引きつった顔だけだった。それぐらい酷い空気だった。
「妖怪向けの新聞を知ってるのが、姫様だけだったらってのが心配でぇ…………分かったよ鈴仙もう黙るから」
少なくともてゐが話の切り時を間違えてしまうぐらいには、酷い空気だった。




話すだけ話し終えた後は、皆何もする事が無くなってしまった。
まさか件の二人に今日はもう帰れなんて言葉、事情を知ってしまったら言えるはずが無いし。
手近な空き部屋に入って貰う事にした。

「てゐに鈴仙、色々持ち込むの手伝ってあげて。私はちょっと慧音を見てくるわ」
件の二人が入った部屋へ、てゐと鈴仙に布団やらを持ち込むのを頼んだ後。輝夜は慧音の様子を見に行った。
完全に落ちつているとは思えないが、外からの呼びかけにどれぐらいの反応を見せるか計って置きたかったのだが。

「永琳……貴女、何でまだここにいるの?」
「いや……その、姫様……いえ何もやっていません」
相変わらず慧音を閉じ込めた扉はガンガンと大きく揺れていた。慧音の方は相変わらずらしい所か、興奮に拍車がかかっていそうだった。
多分本当に声はかけていないのだろうけど、部屋の前で動き回っていたと見える。輝夜に声をかけられる前も明らかに落ち着きが無かった。
その気配が慧音にとっては鬱陶しくて、興奮状態に輪をかけてしまったのかもしれない。

「はぁ……」鳴り止まない扉へのぶちかまし音。疲れないのだろうか?それを聞いていると、自然とため息が込みあがる。
今日中に接触を図るのは、多分諦めた方がよさそうだった。

溜息を付くと、永琳の落ち着きの無さがまた酷くなった。
さっきのは、暴れる慧音に対してなのだが。そう言う反応を見せられると、また溜息を付きたくなってしまう。
ただ次の溜息は、今度こそ永琳に対しての物になってしまう。それを聞かれたら、宥めるのが大変そうだったのでグッと堪えた。
そもそも、今でさえ大変なのに。

「戻るわよ……怒らないから、ちゃんと歩いて」言いたい事はあるが、ここで何かを離す雰囲気では無い。
グダグダしている永琳の手を引っ張って、部屋に連れ戻す。これ以上輝夜の心証を悪くしたくないからなのか、存外素直だった。
扉にぶつかる音は、まだ聞こえていた。いつまで続けるつもりなのだろうか……疲れ切った後にするにしても、それがいつ訪れるのやら。



「あの……姫様」
「何?」
扉に慧音がぶつかる轟音が聞こえなくなったくらいの所で、永琳がおずおずと言葉をかけてきた。
戻ろうと言う意思も見えないので、聞いてやる事にした。

「姫様のお考えをですね、その……今何をなされているのか……お聞かせ願えないでしょうか?」
「……そうね、てゐと鈴仙にも教えたから。永琳にだけ教えないってのは、筋が通らないわね」
この事を説明するのは本日二回目だったが、輝夜は懇切丁寧に。一回目と同じぐらいの丁寧さで今の状況を説明した。

まぁ、状況と言っても。件の二人と仲良くなった以上の事は、現状では何もないのだが。
むしろそれ以外の事で、状況は悪くなりつつあると言っても良かったが。それでも輝夜は、あの二人に何がしかの光を見出していた。

ただ、それを聞かされた時の永琳の反応は困惑の一言で言い表す事が出来た。でも、特におかしな反応とは思わなかった。
むしろ敵意と言う物が無いだけ、鈴仙が見せた反応よりは優しいとすら思えた。
鈴仙の反応を思い出しながら喋っていたので、いきなり激昂されたらどうしようかと。実のところはヒヤヒヤだった。

「その、姫様……何かお考えがあっての事なのですか?」
ヒヤヒヤだった心中は、全てを聞き終えた後の永琳から出たこの一言で心底ホッと出来た。
慧音の姿形が見えなくなって、やっぱり多少は頭が冷えたのだろうか。
そもそもあんな状態の慧音の近くに居続けたままで、冷静でいろと言うのが無理な話なのだ。

「ええ、まぁ……既成事実を作ってやろうかなと思ってるの」
「既成事実……ですか?」
どこか合点が行っていない風だった。単語一つでは、まぁそうだろうけど。
「そうよ。幸い○○は人が良いから」
○○の人の良さを思うと、少しばかり輝夜の顔が曇る。
「件の二人に対して、悪い印象は持っていないわ……付け込んでるようでこっちはなんか変な罪悪感あるけど」

「端的に言うと……○○と件の二人。この三人の仲を深めたいのよ……」
「慧音は……心中はともかくとして、頭が冷えれば○○の前では多少は大人しいでしょうから」
言ってて段々と嫌になってくる。輝夜の今の考えは、○○の人の良さに全部乗っかっているからだ。

「思ったより悪くない、と思わせるおつもりなのですか?」
色々と嫌になってきて、言葉が少なくなっている輝夜に対して。永琳が、輝夜の言いたい事を大分察してくれた。
「やっぱり今の貴女……慧音とは直接関わらない方が良いわ。少し頭が回るようになって来たみたいだし」

慧音とは直接関わるなと言われて、永琳がまた狼狽し始めた。
「それのせいよ。その打ちのめされた心が回復するまでは、直接会うのは全部私がやる。止む無い場合の荒事も含めてね」
大人しくさせる為に一服盛ってしまった事を考えれば、永琳がすぐに心を回復させれるとは思っていなかったが。

「大丈夫だと思ったら、私から声をかけるから。今は私に任せて少し寝たりして休む時間を増やしなさい」
そう言って、永琳に戻る事が出来る道を提示しただけに留めた。過度な期待はしていないが、それで本格的に回復してくれたらめっけものだ。
不味い判断をした事は責めなかったし、責める気にもなれなかった。

「伊達に姫じゃないわよ。こういう時の為の、お姫様でしょう?普段好きな事だけやってるんだから、たまには働かないと」
多少自嘲気味に笑っていたが、その顔は確かに力強かった。永琳はその顔を見ていると、明らかに生気のある笑顔を見せた。

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最終更新:2014年03月18日 10:47