目覚めは最悪の一言だった。と言うより、○○は自分が一体いつ眠ったのかそれが全く分からなかった。
大分寝ていたようだったが、体はだるかった……と言うより痛い。
寝ればこういう不調はそれなりに回復するはずなのに、今なお鮮やかなだるさと痛みが○○の体を駆け巡っていた。
そう言えば。そもそも自分は何でこんなにも強烈な体の不調に襲われているのだろうか。
それを考えてからようやく。おそらくは、昨日の事を色々と思い出す事が出来てきた。
身体的にだるくて重い体が、これを思い出してしまった事で精神的な意味でも荷重が増えてしまった。
溜息の一つでも付きたかったが、胸が痛くて苦しくて。ピューと言う間抜けな音しか出なかった。
輝夜の声が聞こえたり、ウサギ耳を頭上に携えた女の子に運ばれたのは一応覚えている。
運ばれた先で木こりと彼を見たのも、おぼろげな記憶を辿っていくと思い出す事が出来た。
ただ何を喋ったのかまでは思い出せなかった。何かを喋ろうとしたのは、多分確かだとは思うのだが。
まぁそれでも。息も絶え絶えになっていたあの状況で、まともな事を喋れるとは到底思えなかった。
自嘲気味に笑いながら辺りを見回すと、○○の寝床の傍らに座椅子と肘掛を使って、座ったままで器用に眠る輝夜の姿があった。
器用な物だと関心はしたが。それでも横にならずに寝ているのは楽ではないらしく、眠っている割には辛そうな顔だった。
その辛そうな様子を見ていると、やはり居た堪れなくなってくるのは事実だった。
こうやって輝夜がここにいてくれるのは、間違いなく自分を心配しての事だろうし……それにしても何で横にならないかは理解しがたいが。
それでも、横にならない事の是非はともかくとして。辛そうに眠る姿をこのまま見ているだけと言うのは胸が痛む。
とりあえず、自分が起き上がれば輝夜も起きるだろうと思い。だるくて痛い体に鞭を打って起き上がろうと思ったのだが。
「うぐがぁ……!?」
起き上がろうと体に力を入れた、まさにその時だった。強烈な痛みが○○の全身を駆け巡ったのだ。
「ううう……」
一度駆け巡った強烈な痛みはすぐには治まってはくれなかった。痛みが駆け巡った後には、鈍痛を残してなおも○○の体を痛めつけた。
「○○、起きたの!?どうしたの痛むの?」
静かに起きて優しく起こすはずだったのに。予期せぬ痛みのせいで、うるさく起きて乱暴に起こしてしまった。
まさか全身の傷が、ここまで酷いとは。寝かしつけられて安静にしていた○○は、そこまで思い浮かべる事が出来なかった。
でもここまで強烈な痛みに襲われたのならば。目覚めに尋常では無いだるさと痛みを感じたのも、却って納得がいった。
「○○、無理しちゃだめよ。折れてないとは思うけど、それでも捻ったりぐねったりで大変事になってるはずだから」
そう言って輝夜は、○○が痛みで跳ねた時に崩れた掛布団を綺麗に戻してくれた。
こうやって丁寧に甲斐甲斐しく世話をされると、全く動けない事に対する無力感がつのり嫌になってくる。
更にもう一つ、○○の無力感を増す存在があった。
「……輝夜さん。慧音先生は?」
言わなきゃいいと言うのは分かっている、○○が触れなければ多分輝夜も触れずにいただろう。
しかしそれでも触れざるを得なかった。触れない方が後々嫌な余韻を○○自身の中に残して行きそうだったから。
「……そうよね。そりゃ、聞くわよね」
輝夜は○○からの問いかけに対して、妙な間があった。
正直な話、○○としても輝夜から事の次第を聞くのは怖かったが。
「輝夜さん……教えてください……知らない方がよりキツイんです」
「うん……まぁ、それも真なりよね」
記憶が正しければ、狂乱状態の慧音から○○を救ってくれたのは輝夜だ。と言う事は、一部始終をしっているはず。
事の次第を全て知っている輝夜が言葉に詰まる。やはりよっぽど酷いのだろうか。そう思って○○は恐々とする。
「輝夜さんもう一度言います。知らされない方が、辛いんです」
「……ねぇ、○○」
多分輝夜は全く違う質問をしてくるのだろうな。言葉を聞きながら何故だか○○はそう思った。
「……慧音の事、好き?」
「好きですよ、ええ勿論。大好きだと言っても良いでしょうね」
おずおずと出した輝夜の質問に。○○は質問者である輝夜が驚くほど素直に答えてくれた。
輝夜の顔が、豆鉄砲を食らったような顔になったが。すぐに何かを観念した様な顔つきになった。
「分かった、分かったわ。話すわ………………」
一時の無言と言う間があった。輝夜の目は○○の方では無く、あさっての方向を向いている。何かを思いっきり考えて良そうな目だった。
「輝夜さん?あの、どうしましたか?」
心配になる○○の問いかけの後、輝夜はブンブンと頭を振った。○○の声が聞こえているのか聞こえていないのか、よく分からない反応だった。
「ごめん……ちょっと考え事してた」
何を考えていたのか○○には判断付かなかったが。ものの一分程度の思考で、輝夜はげんなりとしていた。
「輝夜さん?」
「分かってる、放す。でも、言葉は多少選ばせて。だからちょっと遅いわよ」
ちゃんと喋ってくれるのかどうかと不安そうな○○を制するように、輝夜は話をする事に決めた。
最も輝夜の言うとおり、言葉は選ぶが。あの二人の為に。
そうなのだ。一瞬輝夜はもういっその事、真実をぶちまけてしまおうかなと言う欲求に駆られたのだった。
こんな状態でも慧音の事が好きだと即答出来るのだから。多分にう、慧音に対する感情は揺るがないだろう。
だったらもう、別に良いかなと。ほんの少しの間とは言え、かなり本気で考えてしまった。それが無言と言う間となって現れたのだが。
すぐにその考えは頭を思いっきり振って忘れる事にした。○○の目前で、○○の目に奇異な物として映るのもいとわずに。
「まぁそうね……とりあえず。慧音は里の守護者だから、滅茶苦茶敬われてるのは知ってるわよね?」
必死で言葉を選びながら、輝夜の脳裏に浮かんでいたのは。もちろん最も大きく映っていたのは慧音の事だったが。
その大きな存在にかき消されないぐらいの大きさで、件の二人も映っていた。
「うん、だから……」
「慧音はある種では……畏れ敬われているのよ。○○も、厳かな場所で暴れようなんて罰当たりな事は思わないでしょう?」
たどたどしく、回りくどい言い方をしながら、輝夜は重要な事に改めて気づかされてしまった。
守りたいと思う対象が、増えてしまったなと。
「その……まぁ実際守護者だから。崇拝に近い行為も多分にあるのよ……神様に手を合わせるみたいな」
「ここは幻想郷だから……外よりもずっと、神に祈るって行為が切実な物になるのよね……ご利益も目に見える形であるから」
言葉のたどたどしさは徐々に酷くなっていった。三方全てを立てなければいけないのだから、無理は無いのだが。
それでも下準備も無しのぶっつけ本番である事を考えたら、そこそこやっている方ではある。
大きな空白を作らない輝夜は十分以上の働きではあるのだ。少なくとも、話の内容に目をつむって口数だけを吟味した場合は。
輝夜の危惧した通り。○○の表情は輝夜の言っている言葉達に対して、どこか的を得る事が出来ないなと言う。
何か、掴み所を図りかねているような顔つきをしていた。
それでも、輝夜の言いたい事を理解しようとして神妙な顔つきだけは維持していた。いくら聞いても、本質は隠されているのに。
「うん、まぁ。上手くは言えないんだけど……大体こんな感じだと思う」
○○の顔に浮かぶ神妙な様子を見ていると。輝夜はどんどん居た堪れなくなって、罪悪感が噴出してくる。
「ごめんね……何か、説明が下手くそで」
そして遂には、溢れ出た罪悪感に耐える事が出来なくなってしまい。口数が完全に無くなってしまった。
「何と言うか……有難がられ過ぎているんですか?何と言うか、無駄に過ぎるぐらいの勢いで」
本質は隠されているし、輝夜の口数は完全に無くなってしまったし。おまけに○○は馬鹿みたいに人が良い。
見えない所で陰口を囁かれているなど、考えた事も無いぐらいだ。
それ故に、放っては置けなくなってしまったのだが。慧音が気に入った訳が良く分かる。
だからこそ、今の妹紅には任せておけない。
「…………そうね。そう言う認識で良い筈よ」
結局、今の間は何だったのだ。たっぷり間を取った癖に、結局○○に完全な嘘を答えてしまったではないか。
笑顔とは裏腹に、輝夜は胸や胃に感じる痛みがギリギリと増して行った。心労だけでリザレクションしてしまいそうな気分だった。
「その……無駄に有難がられてるのって、いつ頃から始まったんですか?」
「……そうね。慧音が、里に住みだしたのと守護者としての活動は。大体同じ時期だから……ずっとかしら」
初めに付いてしまった嘘と矛盾しないように言葉を選ぶと。どうしても、嘘に嘘を塗り重ねてしまう。
奴らが有難味を感じた事など、多分一度も無いはずなのに。
「ずっと……ですか」
それでも殊勝な事に。○○は輝夜の付いた嘘に対して、素直に絶句していた。
嘘を言う事に罪悪感は積もるが、真実を知った時の落胆を見るのも怖かった。何よりも、慧音との関係性にヒビが入ってしまわないか。それが一番怖かった。
なるほど、慧音はこんな思いをずっと抱えていたのか。それも、一番好きな人の前で。
「昨日は乱暴な方法で止めちゃったけど……正直な話、慧音がちょっとおかしくなるのも理解できるのよ」
少なくとも、今のこの言葉だけは真実だなと思った。それ故に、他の言葉と違って、重みが少しばかり違っていた。
「慧音が半分妖怪なのは……一応知ってるでしょ?だから、ちょっとばかし長生きできちゃうのよねぇ……」
「ええ……話程度には」
「その様子だと……私が降らないと思い出さなかったわね。大丈夫これは嫌味とか皮肉じゃ柳井から……そこが貴方の良い所よ」
つまりは気にしていない。だからこそ、今の仲なのだろうなと微笑ましく思った。そこが○○の良い所なのだと。
「別に子供達からは……そこまでの物は感じないのですがね」
「それはまだ子供だからよ……年を取るに連れて、慧音の“人里における重さ”ってのが分かり過ぎちゃうのよ」
「“重さ”、ですか」
随分と抽象的な。どうとでも取れる言い回しだなと、自分で自分を嘲りたかった。
「ああ……そう言えば子供の頃、仏壇のおりんを玩具にして怒られたのを思い出した。重さってのはそういう意味ですか?」
案の定○○と輝夜の間では、“重さ”と言う言葉に対する認識が全くの正反対であった。
「…………そうね、その通りよ」
そうなるように、そんな風に思ってしまうような言葉を意図して選んだくせに。いざ○○が状況に対して、錯誤を覚えてしまっているのを見ると。
やはり、胸がキュウと締まる音が聞こえた気がした。
「…………まぁ、その認識はすぐには変える事は出来ないでしょうね。一部の一部に例外はあるっちゃあるけど」
一生無理だよ。その一部だって、もう二度と現れないぐらいの物かもしれないし。
自分で言っておきながら、間髪入れずに心の声が自分で自分に突っ込みを入れていた。
無論、無視する以外に方法は無いのだが。
「例外、ですか?それってもしかして……」
○○の顔を見ていると。一部の例外と言う単語に、何らかの察しがついたようだった。
疲れるので、今はその事だけを喜ぶ事にした。罪悪感とかの付かれる原因は、○○のいない場所で襲われる事にした。
後に回せば後に回すだけ、威力が増してしまいかねなかったが。仕方が無かった。
「あのお二人の事ですか?木こりさんともう一人の彼」
「そうよ。気づいてくれて助かるわ○○」
この席で初めて、輝夜は素直に笑う事が出来た。
最終更新:2014年03月18日 10:48