この席で初めて、素直に笑ったまでは良かったのだが。
「…………」
「……あの?」
また不可解な間を作ってしまった。
笑顔を張り付かせたままで黙りこくる所か。○○から訝しげに声をかけられても、何の反応も無かったのがより不味かった。
ちょっと話の展開を急ぎ過ぎたかなと。今この段階であの二人の事を話題に出すのは時期尚早だったのではないか。
少しばかり輝夜は後悔していた。

「ねぇ、○○」しかし黙りこくったままではいられない。
ちょっと不穏な感覚を覚えてしまった○○の緊張をほぐすために、無理に名前を呼んだ。
何を喋るかは、今から考えていた。我ながらこの計画性の無さ、どうかしているとしか言いようが無かった。
ただの暇つぶしにまで成り下がった、妹紅との死闘ですらもう少し考えてから向かっている。今の状態はそれぐらい酷かった。

「二人に会う気、ある?」
そんな急に、場を繋ぐのに良さそうな話題が見つかる訳も無し。急場でこしらえれそうな話題といったら、件の二人に向かうのは必然と言っても過言ではないだろう。
今しがた、話の展開が早すぎるのではと後悔した癖に。同じ過ちを繰り返してしまった。

「今ですか?」
「ええ、勿論」
言った瞬間、輝夜は自分で自分をぶん殴りたかった。行き当たりばったりにも程があるのではないかと。
無論。件の二人と○○、この三人が仲良くなると言う既成事実を作るのは輝夜の考えの内ではある。
辿らねばならない道であるのは確かだが、今急いでそこに向かうべきなのかと言う話なのだ。
少なくとも、あの二人が知らない間に輝夜は話を進めてしまっている。それはどう考えても、良くは無いであろう。

「……そうですね、会いたいです。体の方は全然ですけど、幸い頭の方はまだ回っているんで。寝てばかりいるのも何ですから」
しかも、その場しのぎに近い輝夜の言葉を○○は全面的に受け止めてくれてしまった。
悪くは無い、決して悪くは無いのだ。その言葉はとても嬉しい。しかし今この時に貰いたくは無かった。

しかし、ここまで直接的な言葉で問いかけてしまった以上。責と言う物は輝夜にあった。
その言葉を今さら反故にする事など出来ない。○○からの信頼に関わってしまう。
いくら気まぐれな姫と言う役柄を、多少意識的に演じているとは言え。今その気まぐれを見せる時では無い事ぐらいは分かっている。

「そう……そうよね、寝てばかりじゃ単純につまらないわよね。話し相手でも増やして、少しは建設的にしましょうか」
内心では頭を抱えているのだが、輝夜はそんな事はおくびにも出さなかった。
「じゃあ、あの二人を呼んでくるわ。○○、悪いけどしばらく寝て待っててね。その様子だとまだ二、三日は動いちゃ駄目だから」
そう言って部屋を出ようとした輝夜だが。念を押すようにもう一度振り返った。
「動いちゃ駄目よ。無理に動いたら、治る物も治らなくなってしまうわ」
そもそも、起きようとしても無理だったあの苦しそうな様子を見れば。そう好きに動ける状態では無いのだが。

そもそも、一番の懸案事項である慧音も。○○が寝ている間に更に強い結界を作った。
例え満月の慧音でも易々とは破れないと言う自負があるぐらいに、周到に作られた一品だった。
当然。ただの人間は近づこうと思っても、たどり着けない不思議な力も加味してある。
そこまでやっているのだから。○○が多少動けたとしても、そう心配する必要は無いはずなのだが。
それでもやっぱり怖かったのだ。永琳の心が折れて頼りに出来ないと言う事実が、徐々に輝夜の平常心を奪っていたのだった。



気ままである以上に、気丈さと気位の高さを持つ輝夜が。今この時に限っては、彼女らしくも無い重くて粘度の高い溜息を連発していた。
この溜息のせいで、見ただけで分かる気丈さや気位と言うのが激減していた。

「ごめん……話題の操作と整理が全然上手く行かなかったわ」
「いや姫さん、そんなに謝らないでくれよ」
「そうだよ……学のある輝夜さんでそれなんだから。俺たちがやったら多分もっと酷い」
そんな柄にも無い溜息と一緒に。話題の操縦が上手く行かなかった事を、気落ちしながら謝る輝夜だったが。
二人は輝夜に無理なら俺達にも無理だと言って、慰めてくれた。
何故だかこの場にはいないはずのてゐの声で。「実際その通りだよね」と憎まれ口を叩いてくる幻聴が聞こえた気がした。

「そもそも、俺達が○○と仲良くなるのは絶対に乗り越えなきゃならない事だ。遅いか早いかの違いだよ、姫さん」
驚く素振りこそ見せ長ったが。幻聴が聞こえた事に少なからず動揺した輝夜は、彼からの言葉を半分以上聞いていなかった。

しかし。今となっては、憎らしいとはいえ平常運転のてゐが見せるその憎らしさが堪らなく恋しかった。
てゐが真面目にならずに憎らしいと言う事は、日常が戻っていると言う事だから。

当然、輝夜が思い描くそんな日常。まだまだ取り戻せるわけがないし、そもそもてゐが今はこの場にいないのだ。
なのに輝夜の耳には、てゐの声が聞こえて来るような感覚があった。
一応、この感覚が幻覚幻聴の類である事は自覚していたので。振り向いたり、言葉を返す事は無かったが。
ただ、幻覚幻聴の類を覚えてしまったと言う事実は。輝夜に少なからずの心労を与えていた。
「大丈夫か、姫さん?何か俺、変な事言ってたか?」
少なくとも、彼の目に映る輝夜がちょっと心配だなと思ってしまうぐらいには弱る事になった。

「ああ、ごめんなさい。ちょっと疲れてるみたい……○○がいないから、少し気が抜けたわ……かと言って横になる時間も無いのよね」
こんな事なら、座椅子と肘掛なんか使わずに。普通に横になるべきだったと今更ながらそぼをかんだ。


○○の部屋に二人を連れて行く際に。そう言えばいつだか永琳が言っていた。
疲労には糖分が効きますよ。休む訳にも行かない状況なら、迷わず摂取するべきです。と言っていたのを思い出した。

「金平糖が……確か炊事場の戸棚に…………」
傍から見ていた二人はギョッとした。しかめっ面の輝夜が、ブツブツと呟きながら進行方向○○の部屋からいきなり変えたのだ。
咄嗟の事で驚いてしまい、言葉をかけるのも躊躇している間に輝夜はズンズンと。最初の目的地とは別の場所である、炊事場に辿り着いてしまった。

二人は声をかけるのが一番の行動であるのは分かってはいるのだが。
フラフラとしてブツブツ呟いている輝夜を見ていると、迂闊に声をかけれない近寄りがたい雰囲気を感じていた。
てゐ辺りなら「おーい姫ー?」とでも言えたのだろうけど。彼らでは無理だった。


「あ、あった。金平糖」
抹茶でも入っていそうな小さな壺状の入れ物から、輝夜はザラザラと金平糖を手に乗せて。そのまま全部、一気に頬張ってしまった。
「うーん、甘ーい。体に沁み渡るわぁ~」
「……姫さん!大丈夫か!?」
甘い金平糖を一気に頬張ったことで、多少生気が戻って明るくなったのを見て。彼はようやく声をかける事が出来た。
ようやく声をかけれた彼の声は、泣く一歩手前くらいの酷い物だった。


「あっ…………」
彼からの泣きそうな呼びかけに、輝夜はようやく自分が奇行に及んでいた事を自覚できた。
「……ごめんなさい。どうかしてた」
素直に謝る以外の言葉が出なかった。二人の様子もまともに見れなかった。
彼は泣きそうだったし、木こりは顔面蒼白だった。
「砂糖が……甘い物が疲労に効くってのを思い出して……それにしたって、もう少しやり方ってのがあるわよね」
「いや……現実逃避じゃなけりゃ良いんだ。てっきり、とうとう姫さんが前も後ろも分からなくなっちまったのかと…………」
「良かった……輝夜さんが駄目になったら……誰を頼れば良いのか」
「……金平糖、食べる?そうでなくても、少しはお腹に何か入れないと」
「……有難う姫さん。そうだな俺達も……昨日の事で多少以上に疲れているからな」
その疲れのいくらかは昨日だけでなく、今しがた輝夜が与えてしまった物なのだが。彼は敢えて、そこは絶対に触れなかった。

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最終更新:2014年03月18日 10:49