柄も悪ければ学も無く頭も悪いと自嘲している彼と木こりだったが。
輝夜から手渡された金平糖は、噛み砕く事も無く。二人とも下の上で大人しく転がして、静かに溶かしながら味わっていた。
しかしその動きはとても気を使った動きだった。二人からすれば金平糖のように小さな砂糖菓子はバリバリボリボリと音を鳴らして食べるのが常なのだが。
今の二人は本当に静かに、行儀よく輝夜から与えられた金平糖を食べている。常に何かを気にしながら。

その何かに対する心当たり、輝夜の脳裏にはすぐに算段が付いていた。さっきの自分の様子が二人の頭に色濃くこびり付いているからだろう。
冷静になれた今の頭で思い出してみても、多分どころでなく間違いなく酷い有様だった。
奥歯に挟まって固くなって残っている金平糖の塊が舌先に触れる度に、フラフラと夢遊病患者のように歩く自分の姿が思い起こされる。

奥歯に残った塊も、自分が金平糖を噛み砕きながら食べていたと言う何よりの証拠だろう。
そりゃ確かにふら付きながら歩いてたと思ったら、金平糖をバリバリと貪り食い始める姿を見たら。
そんなのと同じようにはなりたくないと思うだろう。多分誰だってそう思う。


「……そろそろ行きましょうか」
二人の様子を見ていると、頭を抱えたくなってきた。あの時の自分の暴走っぷりが思い起こされてしまって。
多分、この大失態をうじうじと考えていると。また酷くなってしまいそうだった。本当に酷くなる前に、さっさと切り上げてしまう事にした。
やっぱり永琳の存在は、永遠亭にとってだけでは無く。輝夜自身にとっても、物凄く大きな存在だったのだなと。
分かっていたはずだったのだが、心身ともに不調が表れてこうなってしまうと言う事は。本当の所は今やっと理解できたと言う事か。


本当はあまり時間をかけたくは無かったのだが。ゆっくり歩かないと、足がもつれてすっ転んでしまいそうだった。
息遣いも正直な所、平常とは程遠かった。無駄に大きく吸ったり吐いたりを繰り返していた。
それでもゆっくりと歩いて体に負担をかけずにいて。深呼吸を大袈裟に繰り返す事で、酸素を頭に回して行っているうちにさっきよりはマシになった。
「ごめんなさいね……」
少なくとも、後ろを付いて来てくれている二人に対して。幾ばくかの謝罪の言葉をかけれるぐらいには。
「いや……気にする必要はないよ姫さん」
常識的に考えて、そう言う類の言葉しか出てこないのは分かっていたが。そしてそう言う言葉をかけられると、却って罪悪感が増す。随分身勝手な話だった。
でも言わなければ言わないで、やっぱり罪悪感が増すのもまた事実。立派な悪循環が出来上がっていた。


結局、三人とも黙りこくったままで歩を進める事になった。
悪循環を断ち切れた訳では無かったが、下手に喋るよりはいくらかはマシな気分だった。
でも、こんなお通夜みたいな雰囲気で○○の部屋に乗り込む訳には行かなかった。
なので気持ちを整えるために、間を作ったが。
「……はぁー」
歩みを止めた瞬間、手持無沙汰になってしまい。気の抜けた溜息が輝夜から漏れ出てしまった。
それも今まで無理にせき止めていたせいで、盛大な溜息だった。聞く側だってこんなもの、間違いなく良い気はしない。

「ああ、くそ……」
場の空気がと言う話以前に自分自身の心中が悪くなってしまうから。溜息などは絶対にしないでおこうと思ったのに。
歩みを止めて、やる事が無くなってしまった途端にせき止めていた物が流れ出てしまった。
「いや、気にする事は無いと思うぞ姫さん……どう考えても溜息の一つぐらい付きたくなるはずだ」
「……有難う」
気遣う言葉は素直に嬉しいが、やっぱり何処かにあるはずの傷に塩が塗りこめられる感覚は拭えなかった。
本当に、自分は残念な性格をしている。そうとしか言いようが無かった。


「……表情を作りましょうか」
三人が歩みを止めてしまって、どれぐらいの時間が経っただろうか。
流石に一時間や二時間と言う程は経っていないが、ただ呼んで帰ってくるにしては妙に長い時間をかけた事は分かっていた。
それでもだ。その部分は確かに気になるが、これ以上の時間を使ってでも解決しておきたい事実があった。

「こんなお通夜みたいな顔……晒せる訳がないわ」
時間をかけ過ぎたなと分かっていても、こんな顔で○○の前に出る訳には行かないのは重々承知していた。
だから三人とも、少しばかり諦めていた。少なくとも時間がかかってしまうと言う部分に関しては。
○○の部屋の少し前で突っ立ったままで、両手で顔を引っ張ったりしてお通夜の席で出す様な表情を柔らかくしていた。
輝夜は我ながら、奇異な様相だなと思っていた。



慧音は暴れるのにも疲れ果ててしまったのか。三角座りの姿勢で微動だにしなかった。
最初の方は、何をやっても開く事のない扉に対して睨みつけてもいたが。それすら行う気力が無くなったのか、顔が三角座りの膝に埋もれていた。

時折、慧音の前方の方向でコトンと言う音がした。目線を移動させると、器に盛られた食事が置かれていた。
腹が減り過ぎて見えた幻覚幻聴などでは無く、確かに本物の食事が慧音の目の前には置かれていた。
盛られた内容は、何も巻いていないおにぎりと数切れの漬物。しかしそれだけでも、腹の減った身には十分すぎる内容だ。

慧音は器に盛られた食事を見ながら思う。
何者かが出入りした気配などは感じられなかったし、それ以前に固く閉ざされた扉が開いた気配すら無いのにだ。
しかしどうやったのかは分からないが、別に不思議とは思わなかった。
恐らく、今もこうやって微動だにしない様子をてゐや鈴仙辺りが、輝夜からの言いつけで見張っているのだろう。
つまりは、この目の前に置かれた食事。これを食べる様子も、当然誰かが見ていると思って間違いは無い。

腹が減っているのは事実だったので、少しばかり手を伸ばしかけたが。誰かに見られていると言う部分に考えが及ぶとすぐにその手は止まった。
「いらん!」そしてしばしの沈黙の後
確かに、腹は減っているが。施しなどを受ける気は毛頭なかった。

「ふん……」
食事の盛られた器を吹っ飛ばして、慧音はまた膝に顔を埋もれさせた。
強がって器を吹っ飛ばしたは良いが、空腹感はやっぱり誤魔化す事は出来なかった。
それに、吹っ飛ばした器の中身を視界に収めたままでは。間違いを犯してしまうかもしれない。
必要ないと言って、自分の手で吹っ飛ばした物を。のそのそと動いて取りに行く様子など、滑稽以外の何物でもないだろう。
そんな間違いを犯す恐れを出来る限り下げたくて、慧音は吹っ飛ばした物を視界に収めたくは無かった。

しばらくすると器を動かす音と、誰かの溜息のような息遣いが聞こえた。
少しだけ顔を上げると、器もおにぎりも漬物も。全部が綺麗になくなっていた。やはり誰かが見ていたようだった。
その綺麗に片づけられた様子を見て、間違いを犯さずに済んだことを安心すると共に。
見られていると言う事実のせいで、慧音の心中はますます頑なな物になってしまった。


その後も懲りる事無く何度も、食事時になると誰かが裸のおにぎりと漬物数切れを器に盛って置いて行った。
無論慧音はその度に「いらん!」と言う荒い息遣いと言葉で器ごと中身を手で吹っ飛ばしていた。
吹っ飛ばしてしばらくすると残念そうな息遣いが聞こえて、それと共に吹っ飛ばした物が全て綺麗に無くなっていた。
時間が経つと共に、慧音の空腹具合も酷くなるが。器を吹っ飛ばす度に片づけられる事で、見られていると言う事を毎回意識してしまい。その頑なさも合わせて酷くなっていた。




「はぁ……」
ぶっ飛ばされた器とそこに盛られた中身を回収して、鈴仙は溜息を付いた。
慧音が普通の人間では無いからなのか。どうやらこの息遣いも、鈴仙の能力で隠しても多少は聞こえているらしくて。毎回自分のいる方向に睨みが飛んでいた。
毎回ビクッとはするが、空腹である事は間違いないらしく飛び掛かったりする気力は無いようだ。

鈴仙はそそくさと吹っ飛んだ器と中身を回収して、外に出た。
「はぁぁ~……」
外に出て、慧音に聞こえる心配が無くなると。今まで溜め込んでいた分を吐き出すように、盛大な溜息が口をついて出た。
この溜息も、回を増すごとに大きくて粘っこい物に変わっていった。

二回目に吹っ飛ばされた時ぐらいから、食事を持っていくのは正直な話もう嫌だなと思っていた。
でも、だからと言って。食事を持っていくのを止めて、監視するだけにしてしまったら。
間違いなく、自分に命令を出した輝夜に思いっきり怒られるだろう。そりゃもう、とんでもない勢いで。

だから半ば無駄だと思いつつも、器に盛った食事を出すのを止める事は出来なかった。
かと言って、てゐが輝夜から命じられた。妹紅の動向を探ると言う仕事の方は、これと比べてより大変だと言う事ぐらいは分かっている。
捨てられる為に食事を作るのも辛いが、肉体的に負傷の危険性がある妹紅の監視に比べればまだこちらの方が……
そう自分に言い聞かせて監視の役と、食事時に差し入れをする仕事を続ける事にしていた。



「やっほ、鈴仙。そっちも大変みたいだね」
何度目かの深い溜息を付いていると、後ろからてゐが声をかけてきた。
口調こそはいつも通りで小憎らしい様だったが、やはり向こうも疲れているらしい。表情は生気が著しく損なわれていて、目元には隈も見える。
「そう……そっちもやっぱり大変みたいね」
いつもならてゐのこの小憎らしい売り言葉に、鈴仙もいくらかの買い言葉で応戦してやるのだが。
流石にこの様相を見ると、そんな喧嘩腰にもなれない。自然と相手を慮る言葉が出てくる。


「その食器。ぐちゃぐちゃのおにぎりを見る感じだと、出しても食べてくれないみたいだね」
てゐは鈴仙の持っている器と、その中身を気にした。まぁ確かに普通では無いから、気にするのも当然か。
「そうなの……でも姫様には食べなくても出せって言われてるから」
「出さなきゃ駄目だよねぇ……限界超えて死ぬまで我慢しそうで怖いから、準備はした方が良いと思う」
準備とは、無理やり胃に食事を流し込む準備だろうか。確か輝夜の前で指示を出された時も、てゐは同じ事を輝夜に言っていた。

相変わらず口が減らないと思いつつも。そう言う耳障りに良くない意見を出してくるてゐの事を、輝夜はそこそこ評価しているらしく。
「やっぱり必要……?絶対○○に会いたがってるはずだから、そこまで我慢しないと思うけど」
と、苦い顔をしつつも会話が成り立っていた。
「幽霊になって、○○を呪うかもよ?無理心中図りそうな雰囲気はあると思うんだけどな」
輝夜も無理心中と言う単語を聞いて、更にはそれは無いと否定する事も出来なくて。苦い顔がまた一層苦くなっていた。

結局てゐは輝夜の口から「最終手段として……頭に残しといてね二人とも」と言わせてしまった。
いつもなら多少勝ち誇るのだろうが、あの時のてゐは苦笑するだけだった。
流石のてゐも、そこまでふてぶてしくなれなかったらしい。


「そうね……私も、折角作って出した物が即ぐちゃぐちゃにされて、即回収するって作業。いい加減嫌になったし」
疲れたように呟く鈴仙の言葉に、てゐも憎まれ口を叩くことなく。
「ははは……」と力なく笑っていた。

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最終更新:2014年03月18日 10:50