輝夜と妹紅が殴り合ったりしているうちに、事態は意外な方向に動いてくれた。
輝夜は、逸った二人に対して無茶するわねと言ったが、良い方向に動いてくれた事は間違いないし。
何よりも、この二人も想像以上に事態の収拾に焦りを感じてくれてた事が嬉しかった。
なので小言などは何も言うつもりが無かった。

最も、「何を企んでいるんだ!」等と噛みついてくる妹紅の対応に忙殺されていたからと言うのも。理由の半分くらいにはなっていたが。
余りにも暴れる物だから、仕方なくもう一度殴り飛ばしたりして大人しくさせようかと思ったが。

「ちょっと待ってくれないか、お姫様?妹紅と話がしたいのだが」
輝夜が妹紅に馬乗りになって、いよいよ豪打を開始しようかと言う折に。後ろから慧音の声が聞こえてきた。
おまけに肩に乗せられた慧音の手が、輝夜の心拍数を跳ね上げた。不味い所を見られたなとは感じた。
そして肩に乗せられた慧音の手が、爪を立ててくるかもしれないと思うと。心拍数の割に、冷たい汗が流れてくる。

形勢逆転の機を感じたのか、馬乗りにされているのに妹紅はとても不遜な笑顔を見せていた。
「お姫様、悪いが少し席を外してくれないか?」
肩に込められた力が少しばかり強くなった。まだ痛くもなんとも無かったが、輝夜の恐怖を煽るには十分だった。
「ええ・・…分かったわ」体勢が余りにも悪すぎる。ここは大人しく引き下がるしかなかった。
すごすごと引き下がる輝夜に見せる妹紅の笑顔が、余りにも憎たらしかったが。ここで怒ってしまえば、それは妹紅の思惑通りだろう。


姿は見えるが、会話は聞こえない。そんな半端な距離で輝夜は慧音と妹紅を見ていた。
妹紅は輝夜の姿が見える事に、いささか不満気だったが。慧音は気にせずに妹紅に何かを伝えた。
「ちょっと待て!慧音、正気か!?」
慧音が何かを伝えると同時に叫ぶような声と共に、妹紅の顔が悲壮感に満ち溢れた。
「あんな、何を考えているか分からない奴らと!?」
妹紅の叫びで、慧音が伝えた話の中身は大体予想がついた。
どうにも、悪くは無さそうだ。妹紅の様子が心配なので、間に入ろうと思ったが……少し迷ってしまう。
慧音は分からないが、輝夜が近づけば妹紅は間違いなく暴れ出すだろう。

そんな事を考えて、二の足を踏んでいると。
妹紅が泡を吹いて倒れた。
「……そんなに嫌なの?」
無理も無いかなと思いつつも、妹紅が見せた潔癖に近い反応に輝夜は思わずため息が出た。
さっきまで二の足を踏んでいたが、これは流石に間に入らざるを得なかった。

結局その日は、輝夜が妹紅を自宅まで運んでやった。
扉が蝶番(ちょうつがい)事外れてたので、ついでに治す所までも含めて。やってやった。


「妹紅~いる~?」
あれから数日が経った。天狗の新聞が煽るような文面を乗せていたり、彼と木こりの様子を見る限り。悪くは無いようだった。
里の外れも外れで暮らしている木こりはともかく、彼は非常に疲れた様子なのが気がかりだったが。
実際、帰らなければならないとは分かっているようだったが。帰りたくないと何度もぼやいていた。
子供達には会っているようだが、夜は木こりの小屋や。酷い時は、二人そろってわざわざ永遠亭にまで来た。
あの様子だと、自宅では寝ていないようだ。

無論、それも気になる。しかしそれと同じく気に掛かるのが、妹紅の出方だった。
妹紅は輝夜の中で最大の懸案事項だった。彼女の世話と相手は全部輝夜が受け持つことにした。
「妹紅~?入るわよぉ」
確実に成果は出ているのを感じているから。輝夜は比較的上機嫌な面持ちで妹紅の家に入ろうとしたが。
まるで勝手知ったると言う風に、鍵を開けようとしたが。鍵穴が埋められて、鍵が入らなかった。これでは入れない。
泡まで吹いたくせにこう言う所だけはまだ頭が回るし、動けるのか。
妹紅には嫌われていると自覚しているが、こうやって見せつけられると気分が重くなる。折角の上機嫌が何処かに行ってしまった。
仕方ないので、鍵は壊した。後でまた新しい鍵を用立てなければならない。

「妹紅?起きてるなら返事ぐらいしなさいよ。どうせ碌な物食べてないでしょうから、色々持って来たわよ」
無理矢理壊したせいで、扉がしっかりと閉まらずキィキィと言う音が鳴っているが。
家主の妹紅は布団も使わずに、打ち捨てられたかのような雰囲気で、仰向けになって地面に転がっていた。
口元がずっと動いて何かを呟いているようだが、残念ながら耳を近づけても判別がつかなかった。

呆けた顔で天井を見つめ、ブツブツと言葉のような物を呟く妹紅の姿。
しかも周りには酒瓶すら転がっていない。まさか飲まず食わずで、ずっとこんな事を続けていたのだろうか。
酒に呑まれやすい妹紅が、酒すら飲まないで放心状態になっている。
重症だな、と輝夜は思いつつ。
「ほぉら、貴女の好きそうな物も持って来たわよぉ」
それでも何とか復活してくれるように。茶化したり、神経を逆なでる感じで。妹紅の好物を鼻先にチラつかせるが、まるで反応が無かった。
蓬莱人だから死んでいると言う心配は無いが。心の傷は体と違って、リザレクションでも治ってはくれない。

「……あんたねぇ。そんなに慧音が里の人間と仲良くするのが嫌なの?」
少し迷ったが、輝夜は妹紅の一番嫌がりそうな話題を持って来た。
それでも妹紅は起き上がってくれなかった。重症だとは思っていたが、想像以上だった。
唯一の変化は、ブツブツと呟いている言葉が少しばかり大きくなった程度か。しかし期待していた反応とは程遠い。
輝夜の中では、それこそ泣き叫びながら輝夜に殴り掛かってくる。
そんな直情的な反応でも良いから、激しい変化が欲しかった。だから一番嫌がりそうな話題を出したのだが。
「……つ………の………げつ」
それでも、導き出す事の出来た変化はこの程度が限界であった。
虚ろな目で独り言を呟き続ける友人の姿は、見るに堪えない。


「妹紅ぉ~何喋ってるのよ」
輝夜はグラグラと妹紅の体を揺らすが、それでも彼女は一向に起き上がってくれない。
「……全く」
勢いをつけて、妹紅の体をすっ飛ばしてやろうかとも思ったが。多分そこまでやっても妹紅は何も反応しないだろう。
直感的にそう思えたから、これ以上の事は止めておくことにした。
今でさえ痛々しさが半端じゃないのに、これ以上やっても同じならと思うと。それだけで胸が痛くなりそうだった。

「妹紅。全くさっきから……ブツブツと。そんなんじゃ私に聞かれちゃうわよ」
妹紅を怒らせるのは諦めて、輝夜は妹紅の口元に耳を近づけた。
「悪いけど、聞かせてもらうわよ」
うわ言のように呟く内容如きで、どこまで彼女の心中が計れるかは疑問だったが。何もしないで帰るのも癪だった。
その程度の考えでそば耳を立てていたのだったが……
「満月……次の満月まで……辛抱すれば……次の満月」
意外なほどに、妹紅が不穏な事を考えているのがありありと見て取る事が出来た。

妹紅の呟くうわ言の内容に固まる輝夜は。体を固まらせながらも、頭ではしっかりと暦を計算していた。
「不味い……二週間を切ってるじゃない」
そして時間の少なさに輝夜は立ち上がり、妹紅の居宅を出ようとした。
出ようとした瞬間、相変わらず仰向けに転がって、ぶつくさと呟いている妹紅が気にかかったが。
輝夜があそこまでやって、何も反応しないなら。多分次の満月まではあの調子だろう。
それに今はまだ日が高い。何かをやるのには少しばかり都合が悪いか。

「妹紅!その食べ物、全部置いて行くから。煮るなり焼くなりして好きに食べて構わないから」
持って来た食べ物は全て妹紅の傍に放置して、輝夜は里へと駆けた。



「もっと腰入れて、全部の体重使って縄を締めるんだ!」
「はい!」
里に……と言うよりは寺子屋に到着した輝夜は。寺子屋の庭で元気よく何かの作業をしている木こりと○○を見た。

「おや、姫さん……何かあったのか?」
木こりと○○は、作業に夢中で気付かなかったが。代わりに近くにいた彼が気づいてくれた。
急いでここまで来たので、意気の上がる輝夜の姿に。彼は何がしかの不穏な空気を感じ取ってしまった。

「まだ何かあると決まった訳じゃ無いけど……慧音はいる?」
「……」緊張した面持ちで、彼は指を指した。
指の方向では、窓から軽く身を乗り出して庭先の作業の様子を見る慧音の姿があった。
少し遠いので、今の機嫌をはっきりと伺い知る事は出来なかった。

「俺も、行った方が良いか?」
「いえ……私だけで行くわ」
「すまん……」
「良いのよ」
流れるような会話だった。妹紅ともこのような感じで会話が出来ればと……今考えてもどうしようもない事を考えてしまう。


「はろぉ?ご機嫌いかがかしら?」
「…………」
慧音からは物凄く訝しげな眼で返されたが、輝夜は特にへこたれると言う事は無かった。
「鬱陶しい?」
「かなりな。本題に入ってくれないか?それともただ様子を見に来ただけか?」
「訳ありよ。お望み通り、普通に話すわ……妹紅が次の満月、次の満月煩かったから」
次の満月と言う言葉を聞いて、慧音は何か合点が行ったような顔をして。
「あれか。そうだな、次の満月までは待ってくれと確かに言ったよ」
やはり、何かをしようと考えているのか?そう思うと、胸の鼓動が跳ねるのが分かった。

「お姫様が思うほど剣呑でもない……あれは妹紅を少し大人しくするための方便に近いからな」
跳ね上がった鼓動は、輝夜の表情にも表れたようで。慧音は輝夜に誤解であると言う旨を伝えてきたが。
輝夜だって、出来ればこの言葉を信じたい。だが素直に信じる事も出来ないのが実情だった。

「信じて良いの?次の満月に、何もやらないのよね?」
しかし、信じたいと言う気持ちが。慧音から確証を聞きたいと言う行動に変わった。
「……一応な」
「一応……か」
輝夜は“一応”と言う濁した表現に少し肩を落としたが、すぐに頭を振った。
「まぁ……たとえ一応でも、何もしない風には考えてはくれてるのよね」
今までで一番良い状態の筈だ。輝夜は自身にそう言い聞かせて、精一杯の笑顔を作った。
「……そうだな」
そんな無理矢理作った気丈な様子。慧音には鼻で笑われたような気がするが、それでも良かった。

「ところで、○○達は何を作ってるの?」
「サッカーに使うゴールだそうだ」
「さっかぁ?ごぉる?」
「外の世界の球技だ。ゴールに球を入れると、点が入るそうだ。球は一つで良いがゴールは相手と自分の二個必要らしい」
サッカーなる球技に、輝夜は残念ながら当たりを付ける事は出来なかったが。
目の敵にしていたはずの存在と○○が、こうやって手を携えて何かを作ろうとしている。
その様子を見ても、慧音は妹紅のように激昂する事は無かった。
それ所か、多少なりとも微笑ましく思う事が出来ているようだった。それは表情を見れば分かった。

「……悪くないと思っても良いの?」
「ああ……良いんじゃないか?私の口から断言はまだできないが、暫くは見てやっても良いとは思っている」
「……十分すぎる言葉よ」
「次の満月……多分、妹紅が煩いと思う……頼んでも良いか?」
少なくとも、次の満月には何もしない。そう言う言葉を輝夜は貰う事が出来た。
こっちをまるで見てくれずに、○○の方ばかりを慧音は見ていたが。この言葉の内容は、輝夜が胸をなで下ろすには十分な内容だった。

「どうした、お姫様。今さら妹紅とやりあうのが怖いと言う訳でもないだろうに?」
「ああ……ごめんなさい。嬉しすぎて思考が飛んでたわ」
「私はまだ心の底からお前達を見てやるつもりはないぞ?」
「いずれ見たくなるようにしてやるわ」
「楽しみにしているよ」
最後の楽しみにしていると言う言葉は、かなり皮肉めいた響きを感じたが。残念ながら、輝夜には全く効かなかった。
来た時とは見違えるような、晴れ晴れとした笑顔で今の輝夜は立っている事が出来た。



「姫さん……その様子だと……」外に出ると、彼が待っていた。中の様子が気になっていたようだが、輝夜の顔を見て少し柔らかい顔になった。
「ええ、悪くは無いわ。次の満月何かやらかしそうで怖かったけど。杞憂だったわ」
「そうか……まだしばらく、何とかする時間がありそうなんだな?」
「ええ」
彼の元気を引っ張り上げるように、輝夜は出来るだけ力強くうなずいた。
目上の者からこういう風に、大丈夫だと言葉と態度で示されれば。大概は安心できる。
彼も、その例に漏れる事は無かったが。
心配そうな表情は、全部が消える事は無かった。

「どうしたの?何かまだ不安な事でもあるの?」
「……木こりだ。あいつ、大分焦ってる」
「……前はその焦りで、慧音から良い返事をもらえたけど。毎回毎回、上手く行くとは限らないわよ」
「ああ、分かってる……」
彼は輝夜の言葉に頷いたが、彼が分かっていても焦りを募らせる木こりも分かるとは限らない。
「俺は年単位で何とかやろうと言ってるんだが……」
「私も同じ意見よ」
「だが……・あいつの焦りが予想以上なんだ……なまじ、前回上手く行ったせいで次も上手く行くと変な自信があるみたいで」
妹紅ほどではないが……また一つ、気にしなければならない事案が芽吹いた瞬間だった。
まるでイタチゴッコ。輝夜は心の中で毒づいた。




満月が綺麗だった。学が無いので風流も風情も殆ど解さない木こりであったが、満月が綺麗な事ぐらいは分かっている。
出来れば、この満月。静かに眺めた方が良いと言う事も、今しがた教えられた所だ。

木こりの住まいは、小高い丘にあるせいだからなのか。時折竹林の方から、色々な物が爆ぜる音が聞こえてくる。
「あの姫さんと、上白沢慧音の友達の藤原妹紅。その二人が戦ってる音だろう」
今日も家に帰りたがらない。いや、帰れなくて木こりの小屋に留まる彼が説明してくれた。聞けば、あのお姫様はやらかしてしまおうと考えている藤原妹紅と言う存在を押し留めてくれているようだ。

「俺達……何も出来なくていいのかな?」
「おい、木こりよ」
焦りを口にすると、彼が少しばかり強い口調で割って入ってきた。
「俺らは、空が飛べるか?光る弾を出す事が出来るか?どっちも出来ないだろう?」
強い口調だったが、彼は木こりに対して懇々と諭すように言葉を続けていた。
「俺達は、戦力と言う点ではむしろ足手まといなんだ。居た堪れないかもしれないが、荒事は全部姫さんに任せよう」
「なぁ、俺達は。里の方を受け持とうや」
「……そうだな」
木こりのその一言に、彼は分かってくれたと思って安心した様な笑みを浮かべた。
だが彼は気づいていなかった。里の方を受け持とうと言う彼の言葉を、木こりが拡大解釈してしまった事を。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年03月18日 10:56