「留守か……」
薄々予想はついていたし、覚悟は決めていたつもりなのだが。実際に誰もいない自宅を見ると、やはり落胆は避けれなかった。
机の上に書置きすらなかったが、虫の報せと言う奴か今日は帰ってこないだろうと言うのが直感で分かった。
木こりの住んでいる小さな小屋と比べてしまえば、この自宅だって広い部類に入るのだが。今はあの小屋の方が良かった。

家に帰って来たのに、外にいる時よりも疲れる感覚に襲われて。溜息と一緒に座り込んだのだが。
「おっとう」
息子が声をかけるので、見やればチャンバラに使えそうな棒切れを持っている。娘はお手玉を抱えながら黙ってこっちを見ている。
そう、子供たちの手前最低でも今日ぐらいは一緒にいるべきなのだが。残念ながら、気力が湧かなかったのだ。

「一緒に遊んで」
ヤケクソ気味に子供達と遊べば、そのうち空元気ぐらいは回せたかもしれないが。
残念ながら、まず一歩目を歩き出すヤケクソ気味の行動を起こせるほど彼はもう若くは無かった。
しかし、子供達とは一緒に痛い。これもまた事実だ。
「近くで見てやるから……それで勘弁してくれないか?」




「ぷはぁ!てーゐー!れいせぇーん!おつまみじゃんじゃん持って来てぇ!」
「姫様、お猪口が空に。お酌しますね」
先の満月も黙っていてくれて。そして慧音とはそれなりに話せるようになって。輝夜は上機嫌だった。
上機嫌すぎて、まだ晩酌には少し早いと言うのに酒瓶を何本も持ち出して、酒盛りを始めていた。
慧音の様子がマシになったと輝夜から聞かされて。塞ぎ込みがちだった永琳も、少し回復してくれた。

「ふへへへ。永琳はお酌上手いわよねぇ~」
今永琳は、輝夜にばかり働かせてしまった分を少しでも埋めるように動き回っている。
お酌をしたり、小皿におつまみを取ったり。とにかく甲斐甲斐しく輝夜の世話を焼いている。

「何よ、鈴仙。何見てるのよぉ~」
「い、いや。別に何も無いのですが」
相手が輝夜なので、立場上別に不思議ではないのだが。暮れと正月以外で永琳が酌をする姿が余程珍しいのか、鈴仙は時折ぼけっとした顔で永琳を見ていた。
そこを輝夜に目を付けられて、グリグリとされたりするのが何度も繰り広げられていた。

てゐは賢しいので、必死で永琳と輝夜の二人の事を視界に収めないように、黙々と作業に没頭していた。
輝夜は妹紅ほど酒に呑まれる性格ではないが。それを加味しても所詮は酔っ払い、平時より面倒くさい事に変わりは無い。

「ひゃひゃひゃ!!」
「姫様、小皿が開いているので大皿から取り分けますね。何かご所望は?」
呑んで、食べて、呑んで呑んで呑んで。少し食べたと思ったら、呑む呑む呑む呑む呑む。
今までが今までだから、輝夜の機嫌はすこぶる良かった。





「ッ!?」
呑みまくったせいで、いつ眠ったかも全く覚えていなかった。気が付けば輝夜は自室で布団に寝かしつけられていた。
「最悪……」
寝覚めは最悪だった。ただしその理由は、二日酔いでは無い。足音だ、全速力で自室に向かってくる足音で目が覚めたから、最悪なのだ。
勿論機嫌を悪くした理由は、足音で安眠を妨害されたからでは無い。足音の質で、何かあった事ぐらいは簡単に把握出来てしまったからだ。

輝夜が自室からの出入り口に顔を向けるのと殆ど変らないぐらいの時間に、てゐはふすまを勢い良く開けた。
てゐは「姫様!」とか「ヤバいウさ!」等とも言わずに、ただただ顔を強張らせているだけだった。
何かあったのは感づいていたが、てゐの顔でその何かが想像以上にとんでも無い事を教えられた。

そしててゐは入って来た時と同じく無言のまま、新聞の見開きを輝夜の前に広げた。
衝撃で喋れないだけではない。話すよりも、見開きを見せた方がずっとずっと早いし。
何より、喋らずにいれば、不用意に騒がずに済むからである。
てゐの見せてきた、新聞の見開きに仰々しく映し出されていたのは。


里人たちが、あの木こりを殺している姿だった。




「あれ?」
おかしい感覚に襲われた。輝夜は確かに、先ほど目を覚ましたはずだ。
なのに何故、自分はまだ横になっているのだろう。それに鼻にツンと突き刺さる、この生臭い匂いは何だ?
それに先ほどのおかしな感覚の中に、顔面蒼白となったてゐがいたような気がした。

「おかしなゆ―― 」夢では無かった。
起き上がると、声を押し殺して大粒の涙をボロボロとこぼすてゐの姿が見えた。
それを見ると、絶対に先の感覚が夢だったと否定できなかった。
夢では無かった。あの悪夢は、間違いなく現実だ。

「ひ、めざ……ま。し、しょうには……伝えで、な……づだえれ……なか。ごれじっでるの、まだ私達らげ……」
永琳は勿論、誰にも伝えずに真っ先にここに来たのは最高の働きだった。てゐの機転にはいくら感謝してもしきれなかった。
それでもきっとわんわんと泣きたいのだろう。でも声を出してはいけないと思っているのか、てゐは声を押し殺す事を止めなかった。
無理に押し留めているので、てゐの顔はグシャグシャで、呼吸も全くさだまっておらず苦しそうだった。

「てゐ、真っ先に私の所に来てくれてありがとう。とても助かったわ」
まずはてゐの事を落ち着かせるために、輝夜はてゐの頭を優しくなでてやった。
そこで気付いた。寝巻の袖口が、真っ赤に染まっている事を。
直感的に、これを見せたら不味いと思って。てゐの体を胸元に抱き寄せ、チラリと輝夜は自分の後ろを見やる。

すると、やっぱりだった。
輝夜の後ろ側には、赤い線が伸びていて。その線はとても血生臭くて、一番奥の障子まで汚していた。
そうかと輝夜は1人納得して。
「ひめざま……あの時、悲鳴を出しかけたと思っだら……自分で顔を……」そしててゐの呟きで完全に思い出せた

輝夜はあの時、新聞の見開きの余りの衝撃に悲鳴を上げそうになった。全てが瓦解していく音が聞こえた気がしたから。
でも、最後の最後で、輝夜は諦めなかった。でもその時には、もう悲鳴を押し留める部分は通り過ぎていた。
だから輝夜は、自分で自分の顔を殴り飛ばした。リザレクションしなければならない程の勢いで。




てゐが完全に落ち着くまで輝夜は優しく抱きしめ続けた。
落ち着いて疲労が噴出したのか、糸が切れたようにてゐは眠ってしまった。
そんなてゐを輝夜は部屋まで運んで、優しく寝かしつけた。

「……さて」
てゐの部屋を出ると、輝夜は表情が無くなってしまった。
しかし表情こそは無いが、確かに怒りを感じていた。静かに怒りを燃やしながら、次の事を考えていた。
「…………里に乗り込もう」
返答次第では、死なない程度に痛めつけると心に決めながら。着替えもせず、寝巻のままで、輝夜は永遠亭から外に出た。




「待っていた」
里の正門に辿り着くと、彼がたった一人で立ちすくんでいた。
そして輝夜の姿を見受けると、彼は何も言わずに新聞の見開きを輝夜に向かって見せた。
「はっ……」その内容に、思わず鼻で笑ってしまった。
「やはり、嘘なんだな?」
「当然でしょ?だってあの木こりは、私の上げた特上のお札を持っているんだから」
彼が輝夜に見せてきた、“人間用”の新聞の見開きは……
件の木こりが、木っ端妖怪に食われて死んだと言う記事だった。



「他の人達は、何て言ってるの?少しは聞き取りをしたでしょ?」
「この記事の内容と同じさ。何を聞いても“この度は不幸な事故が”なんてのたまってるんだぞ!!」
「あっはっはっは!!!」
怒鳴る彼には悪いが、輝夜はこの期に及んでもシラを切り通す人里の愚かしさに笑いが込み上げてきた。
「あっは……あっはっはっは…………馬鹿じゃないのあいつら!!?」
誰か、聞いてるでしょ!!今なら片手の骨ぐらいで勘弁してあげるから!!誰か来て、真実を話しなさいよ!!」
輝夜の怒声に、辺りの空気がビリビリと震える。里全体までは届かなくても、誰かしらに聞こえているはずだ。
しかし、彼は澄ました顔だった。まるで変化など起きるわけがないと、確信しているかのようだった。

「どうしたの……?貴方も何か言えばいいじゃない?」
「無駄だよ」
「えっ?」無駄だと流暢に、そして眉根一つ動かさずに即答する彼の姿に。輝夜は最悪の底が抜けてしまった気がした。

「どういう事?無駄だって、何で分かるのよ?」
「……」
輝夜からの問いかけに彼は何も言わずに、正門の柱に隠れている場所から大きな荷物を取出し、それを輝夜の前に投げ出した。

「これがその証拠だ。俺がここに立ちっぱなしで、姫さんが来るのを待つって言ったら、要求もしていないのに寄越してきやがった」
吐き捨てるように言い切った荷物の中身は。
酒や、食べ物や、調度品。更には大量のお金。金の量は数え切れず、酒や食べ物に調度品の数々も、見ただけで上等と分かる品ばかりだった。

「これと同じぐらいの量が入った荷物がまだいくつか……これ以上の大きさの物もあるぞ!見るか、姫さん!?」
「…………必要ないわ。これ以上は、本気で怒っちゃって・・…死人を出しちゃいそう」
もう彼は涙すら枯れ果てたのだろう、ヤケッパチに笑うばかりだった。
そして輝夜は、ヤケッパチに笑う気力すら無くした。

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最終更新:2014年03月18日 10:58