朝一番に、妹紅は慧音の家にやってきた。
片手には新聞を、もう片方の手には首根っこを引っ掴まれた射命丸の姿があった。
そんな乱暴な扱われ方をしてもわき腹に抱えた新聞紙の束を絶対に落とさない辺りは流石だった。

「慧音!」
乱暴に連れてこられてヒィヒィ言っている射命丸など、妹紅は意にも介さずに慧音の名前を呼んだ。

「妹紅?朝一に一体なんだ?何があったんだ?」
しかも更にひどい事に、慧音ですら妹紅が首根っこを掴んでいる射命丸には、殆ど関心を示さなかった。
天狗の行動は、普段が普段だから。しかも射命丸はその天狗の中でも特にと言う部類だから。自業自得ではあるのだが。
それを射命丸もある程度は理解していたし。友人以外は歯牙にもかけない慧音の姿を見ると、首根っこを掴まれていてもそれほど不満は無かった。
この後の荒れようを考えれば、間違いなくそれは良い記事になるはず。上手く行けば、独占できるかもしれない。
こんな考え方が出来るから、彼女は天狗なのだ。

「慧音、これを見てくれ」
「ぐぇっ」と、地面に捨てられて鳴いた射命丸には気にもかけずに、妹紅は今朝の朝刊を慧音に見せた。
「…………」
慧音から言葉は一つも漏れる事が無かった。言葉を漏らす余裕も無くすほどに、衝撃を受けていたのだ。


「慧音。まぁ、これは多分。そう言う事だと思って良いんじゃないかな?」
しかし妹紅は、そんな言葉もだせずにいる慧音を前にしても。余り慮る事もせずに、新聞をめくって、中身を見せてきた。
「妹紅さん、少し声が上ずってますよ?もしかして嬉しいんですか?」
「黙ってろ!」
「ぎゃん!?」
脇に打ち捨てられていた射命丸が思った通りの事を口にするが。その言葉が妹紅をいたずらに怒らせてしまい、拳骨を脳天に食らってしまった。

目の前で妹紅と文が小競り合いを続けていたが、相変わらず慧音は静かだった。
しかし表情の方は、片側の頬を吊り上げてピクピクと震わせ続けていた。
「慧音。これでもまだ、あんな奴らと付き合うつもりなのか?やるなら付き合うぞ。何なら今すぐでも全く構わない」
慧音の心の乱調を見て取った妹紅は、彼女の肩を持って思いっきり迫った。
「笛はある、満月じゃなくても私がいる。ただの人間なら、私一人でも十分だ」
そして、一気にたたみ掛けるように言葉を浴びせた。言葉を浴びせながら、顔は更に慧音に近づけてきた。
勿論目線は慧音の目だけを見ていた。有無を言わせないような、それでいて慧音の事を親身に考えているその態度に。
慧音の心は、いとも容易く妹紅の方に傾いた。
そしてその様子を、文は抜け目なく観察していた。だからこそ彼女は天狗なのだ。


「あのぉ~妹紅さん。所で私は、何で連れてこられたのでしょうか?」
慧音の見せていた、表情の痙攣が治まりつつあって。それと共に妹紅の表情に安堵感と言う物が見え始めた辺りで、文はそれとなく話を切り出した。
正直な所、文は早く新聞のネタになりそうな事柄を聞き出したかった。そうでなければ早く帰りたかった。
彼女にはやらなければならない事があったのだった。
「私は、この花果子念報を早く配りたいのですが。はたてが一生懸命に作った新聞ですからね」脇に抱えた新聞の束を、文はパンパンと叩いた。
何もネタが無さそうなら、文は自身の友人であるはたての為に仕事に戻りたかった。


「帰せるわけないだろ。お前は多分私よりも里の事を知っている。慧音に奴らの悪辣さを伝えてやってくれないか」
「だったらその代わりに、少し取材させてくださいな!」
天狗であるから当たり前なのだが。文は妹紅と慧音の事など、全く考えていなかった。
ただ新聞の記事に成り得るか得ないかだけの、自分の利益しか考えていなかった。

そんな他者を慮らない、自己中心的な発想。当然ながら表情にも表れていた。
「えーっと、まずは○○さんとのなれ初めを慧音さんの口から詳しく。ヤッちまいましたのなら、その事も出来れば」
筆記用具を出して、勝手に取材を進める文の表情は。とても爛々と輝いていた。
妹紅は勿論だが、それは慧音も一緒でイラッと来てしまう輝いた表情だった。

「その新聞の束、お前のじゃないよな?」イライラを押し殺しながら、妹紅は新聞の束を指さして話題を変えた。
射命丸文の作る、“文文。新聞”以外の新聞を持っているのが少し不思議だったから。
「へ?ああ、花果子念報の事ですか?もしかして、一部欲しいのですか!有難うございます、は縦が喜びますよ」
妹紅の質問を曲解した文は、嬉しそうに新聞を一部取り出して渡してきた。
人の話を聞かない射命丸に、指した指を降ろす事も忘れて呆れるしかなかった。

しかし、あの射命丸文が。他人の新聞を配り渡るのに、むしろ喜んでやっているのは。
脅しの材料としては、極上の物だった。
「さぁさ。受け取ってくださいな。取材をさせてくれるので、この一部はタダで差し上げますよ」
いつのまにか慧音が取材を受ける事にされていたので、妹紅には躊躇も無かった。
「……はっ」
手元に突きつけられた新聞紙を、妹紅は鼻で笑って燃やした。

「うわあああ!!」
妹紅は、火の粉をほんの一粒ほど飛ばしただけなのだが。相手が新聞紙なので、よく燃えてくれた。
しかし文は、燃えた新聞紙を空中に放り投げる事もせずに。地面にバンバンと叩いて必死に火を消そうとした。

しかし、只でさえよく燃える新聞紙に。立った一粒とは言え、妹紅の力が混じった火の粉がぶつかったのだ。
「酷い!酷すぎますよ!妹紅さん!!」
文はどうする事も出来ずに、花果子念報は一部完全に燃え尽きてしまった。文は涙目で拳を振り上げながら、懸命に抗議するが。

「煩い!」
気の立っている妹紅は。涙目の文に向かって、手を出した。
文はてっきり、自分が掴みかかられるのかと思って身を構えるが。
「あ!ちょ、ちょっと、それだけは!!」
妹紅は文の方など見向きもせずに、迷わず文が抱えている花果子念報と言う新聞の束を掴んだ。

「お願いします、離してください!妹紅さんの相手ならいくらでもしますから、これだけは!」
文は懸命に妹紅の手を花果子念報から振りほどこうとするが。爪がしっかりと食い込んだ状態から無理をすれば、新聞が破れてしまう。
それを嫌って、文は殆ど抵抗する事が出来ていなかった。文のその様子を見て妹紅は勝ちを確信した。

「これを燃やされたくなかったら、今すぐ里の悪辣さを慧音に話せ!勿論取材も無しだ。ちゃんと話してくれたら、返してやるよ」
そう言って妹紅は花果子念報の束を文から奪い取るが。
文は「あわわ……はたての新聞が」とうわ言のように呟くだけで。新聞の身を案じて何も出来ずにいた。




「何でお前が泣いてるんだよ……」
「お願いします。それは大事な物ですから……これ以上乱暴に扱わないでください。もう私が知ってる事は、全部話しましたから」
花果子念報と言う新聞を人質に取られて、文は妹紅が驚くほど殊勝な態度だった。
特に抵抗など見せずに、つらつらと里についての事を慧音に話してくれた。
足を引っ張り合う為だけの無意味な集まりや、慧音が倒れた時に起こった里内部のグダグダなゴタゴタ。それら全部を、しっかりと話してくれた。

慧音はその話を聞きながら憤った表情を見せたり、嘲笑を浮かべたり、悔しそうに涙を流していたが。
最後の方には、諦めてしまってもう何も感じる事が無くなったのか。無表情なままで残りの話を聞いていた。
妹紅はそんな慧音の様子に心を痛めるばかりであった。そして文も同様に涙を溜め込んでいたが。
それは時折妹紅が、新聞に対して乱暴な扱いをする素振りを見せて、文を急かしたからでしかなかった。
文にとっては、妹紅に質に取られている新聞紙の方がよほど重大な問題だったのだ。


「お願いしますから……話はこれで終わりですから、どうか花果子念報を返してください……」
「……ほらよ」
慧音よりも新聞の方が大事だと言う文には、憤りを通り越して呆れを感じるが。全て話してくれたのは事実だった。
「ほらよ」だから約束通り、妹紅は文に花果子念報の束を返してやった。
ただし、天狗の新聞にさほど価値を見出していない妹紅はそれを投げて返したのだった。

「ああああ!!」
最後の最後に乱暴に扱われてしまって、文は遂に泣き出してしまった。
しかし泣きながらでも、文は散乱した花果子念報を必死に拾い集めた。
そして集め終わったら、捨て台詞を残す事も無く。泣きながら外に飛び出して、何処かに飛び去ってしまった。




「うわあああん!」
「あれって……天狗の射命丸文よね?」
その泣きながら飛び去って行く文の姿は、慧音の家に向かう輝夜の目にも留まる事になった。

「飛んで来た方向は、慧音の家からよね……」
これが普段ならば。輝夜ほどの人物が、妹紅の友人である慧音の家に向かう所を射命丸に見られでもしたら。喜んで降りてきて、勝手に取材を始めてしまうのだったが。
今日の彼女は、泣き喚いて逃げるように飛んでいくだけで。地上の様子などには、全く気を配っていなかった。

あの射命丸が、前後不覚になるほどに泣き喚いて飛び去るしかない。
そんな状況を見てしまえば、息苦しさを感じる心臓の高鳴りと共に悪い予感が一気に鎌首をもたげてくる。
慧音が今どうなっているのか、悪い予感ばかりが駆け巡ってしまい。輝夜は走り出した。


「あっ……」
慧音の家に辿り着いて、真っ先に目についたのは。家主の慧音では無く、よりにもよって妹紅の姿だった。
そして手には、あの悪名高き“文文。新聞”。もちろんそれはてゐが今朝見せてくれた物と同じだった。
つまり、慧音ももう知ってしまったと言う事だ。よりにもよって事態を何倍も悪くするであろう、妹紅の口から。

とても不味い事になってしまった、彼は連れてこなくて正解だったな、これはもうどうにか出来るのだろうか?妹紅の顔が怖い、後ろにいる慧音はもっと怖い。
種々の思考が頭の中で洪水のように氾濫して、輝夜の意識はそれらに流されてしまった。
感情の洪水に、輝夜は意識を流されてしまったせいで。
輝夜は、顔面に妹紅からの拳骨を。何も出来ずに、モロにめり込ませてしまうしかなかった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2014年03月18日 10:58