座っている状態から、距離的に助走もほぼ付けれないはずなのだが。
彼の体は、景気よく吹っ飛んで行ってしまった。
吹っ飛んだ彼は、扉にぶつかっても勢いが衰える事は全く無く。逆に扉を押しのけて、外に飛び出てしまった。
地面に打ち付けられ、ゴロゴロと転がりながら遠ざかって行ってしまったが。悲鳴だけは遠ざかりながらでも、はっきりと残された者の鼓膜に焼き付けられていた。

「え?ちょっと、慧音、何が!?」
「えぶっ!」
「輝夜さん!?ちょっと、妹紅さん、何をやってるんですか!?」
狼狽を通り越して、混乱する○○。そこに、彼と○○のどちらに向かうか一瞬戸惑った輝夜を、妹紅は思いっきり地面に叩き付けた。

「行くな、○○!」
顔面から叩き付けられた輝夜は、頓狂な声を出す。それを心配して、そして妹紅に何事か文句を言いに向かおうとするが。
「駄目だ、○○!私と逃げるぞ!今なら間に合う!!」
輝夜と妹紅の方に向かおうとする○○を、慧音から離れようとする○○を慧音は必死に押し留めようとした。
「痛い!は、放して!」
○○の悲鳴を、薄れ気味の意識の中で聞いた輝夜は。彼には悪いが、ここは○○を優先しようと決めた。
相当な勢いで転がったはずだが、平地を転がるぐらいなら死ぬほどの怪我はまずない。

「寝てろ、つーか死ね輝夜!!」
しかし、輝夜の意識の覚醒を妹紅は目ざとく見つけて。顔面を地面に押し付けて、無防備になった輝夜の後頭部に。
妹紅は渾身の力で握り拳を振り下ろした。

「うわあああ!!?」
渾身の力で殴られた輝夜の後頭部は、水風船に穴でも開いたかのように鮮血が噴出した。
だが、血など見慣れていない○○と違って。妹紅と付き合う慧音はそれなりに分かっているし、妹紅に関してはこれは最早いつもの事だった。
狼狽に狼狽を重ね、ついに平常心を完全に失ってしまった○○と違って。慧音と妹紅は、○○の目から見れば驚くほど冷静だった。
慧音に至ってはむしろ、笑みすらこぼれていた。煩い連中の中で、最も強いはずの輝夜が静かになったのだから。

「え……うわ、ああ!?」
殺しの現場のど真ん中で。驚くほど冷静で静かで、笑みすらある慧音を間近にして。○○は後ずさる。
後ずさる途中、血だまりを踏んづけてしまい。ぬめっとした、今まで味わった事のない感触に驚いて尻餅をついてしまった。
「○○、大丈夫か?」
無論、慧音は尻餅をついてしまった○○抱き起そうと近寄り、優しく手を差し伸べようとするが。
「○○、立てるか?」
「来るなぁ!!お前、何でそんなに冷静で……笑えてるんだ!?」
近付いた際にかけられ○○からの暴言に慧音は、表情も思考も呼吸も、全ての動きが一時の間止まってしまったが。
本能にまで遡る部分では、後ずさって間合いを開けられる○○の姿を見て。握り拳が自然と固くなっていた。


慧音が動きを止めたとは反対に、輝夜の頭はほんの少しだけ息を吹き返した。これはもう、リザレクションしかないなと決断した。
自決からのリザレクションを選んでしまうのに、輝夜はもう一切の躊躇を持たなかった。
最早躊躇するなどと言う、まだ何とかなるかもしれないと言う足場は、完全に崩れ去ってしまったのだから。
最後の力で頭を持ち上げたが、残念ながら血が目に入って今の状況は見えなかった。しかし幸いな事に、妹紅からの追い打ちも無かった。
同じ蓬莱人の妹紅は、次の一撃で輝夜のリザレクションを誘発させるのを恐れたのだろう。
しかし、殴らないのはともかくとして。取り押さえすらしないのは、妹紅にとっては致命的な失策だった。

覚悟なさい。そう思いながら、輝夜は地面に向かって、自分の頭を思いっきり叩き付けた。


「……ッ!?慧音、あんた!とうとうやらかしたわね!!」
「あ……ああ……」
リザレクションで息を吹き返した輝夜の目に一番最初に入ってきたのは。白目をむいて意識を失っている○○を抱きかかえる、慧音の姿だった。

意識を失う○○の額には、うっすらとだが一筋の血の跡が流れていた。
そして○○を抱きかかえる慧音の拳には、一点の鮮血の跡が。
「お前達が悪いんだ!!お前達のせいで、私は○○を殴ってしまったんだ!!」
「責任転嫁も甚だしいわ!」
輝夜から叱責される慧音は、全ての責任を自分達意外に押し付けた。

とうとうやらかした、慧音と。それを一切反省せずに、責任転嫁をする姿に。輝夜は立ち上がろうとしたが。
「慧音、逃げろお!!」
そうだった、まだ妹紅がいたのだった。舌打ちをしながら、輝夜は妹紅にまた組み付かれてしまった。
「慧音、逃げろ!あそこで待っていてくれ!!すぐに行くから!」
「あそこって、何処よ!?私にも、教えなさい!」
どうやら慧音と妹紅の間では、もう色々と段取りが出来上がっているらしい。
だから妹紅の口走った“あそこ”などと言う、抽象的にすぎる言葉でも。慧音は迷わず○○を抱いたまま立ち上がって、外に駆けだしてしまった。


一度組み付かれて、上に乗りかかられてしまったら、しかも背中側に。ここまでやられたら、そう簡単には解く事は出来なかった。
しかも今の妹紅には、輝夜に対して積極的にかつ理由が無かった。
ただ輝夜の足止めを少しばかりやって、慧音が待っているはずのあそこに向かえばいい。
出血を伴うような拳を何発か食らったが、残念ながらリザレクションするにまでは至らない程度だった。
リザレクションしてしまえば、死に治りでどうにか出来る機会があったかもしれないのだが。同じ蓬莱人の妹紅がそんな機会を輝夜には与えてはくれなかった。


「う、ううう……」
血がダラダラと流れ出て、起き上がるのも一苦労だが。それでもまだ、リザレクションが必要ない程度の傷だ。
恐らく、意識もいくらかは失っていたはずだが、残念ながらリザレクションはならなかった。見事な寸止めに腹が立ってくる。

だが過ぎてしまった事は悔いるだけ時間の無駄だろう。
「彼は……」
他に気になる事は山ほどあるが、とりあえずは一番近くで転がっているはずの彼の安否が心配だった。


ふらふらの体で外に出て、辺りを見回すと。てゐに介抱されている彼の姿が目に映った。
腕の骨がどうかしたのだろうか……巻かれている包帯が痛々しい。

最も、一番痛々しい姿をしているのは輝夜なのだが。
輝夜の姿を見るや、彼は後は自分で巻けると言って。てゐも迷わず輝夜の方に来てくれた。
おかしな話だが、血が流れて体力も奪われている事実に。誰かから気遣われることによって、やっと気づけた。
気づいた後はもう脆い物だった。輝夜は膝から力をなくして、地面に崩れ落ちるだけだった。


「ひ、姫様ぁ!?」
てゐに担がれて帰ってきた輝夜を見て、永琳は悲鳴を上げた。
「師匠、姫様の治療は私とてゐが行いますので。どうか、部屋でお待ちを」
わぁわぁと騒ぐ永琳に、流石の鈴仙もいよいよ駄目な部分に入ったと分かったらしく。彼女にしては珍しく、目上で尊敬の対象である永琳を強く押し留めていた。
ただ、目上で尊敬の対象と言うのがあるからだろう。本気では押さえれずに、ずるずると引っ張られていた。

「姫様、姫様!」
「永琳……」
少し煩いと言いたかったが。ついに心を粉砕されてしまった永琳の事を考えると、あまり強い事は言えなかった。
「部屋で休んでて。良いから、大丈夫だから」
肩に手を置いて、優しく言葉をかけたつもりなのだが、それでも輝夜はしくじってしまったらしい。
永琳は“大丈夫”と“必要ない”を混同してしまったらしく。酷く悲壮感に満ち溢れた表情に変わってしまった。
しくじったなと顔が歪んでしまうが、不味い事にそれすらも永琳の心には毒だった。表情がまた変わってしまった。

生気を無くして、青ざめた顔の永琳は。鈴仙にズルズルと、なすがままに引きずられて行ってしまった。
曲がり角を曲がって完全に姿が見えなくなると、輝夜はがっくりと頭を垂れた。
「どうすりゃ良かったのよ……何が正解なのよ」
「姫ぇ……気にする必要ないと思うよ。多分誰も正解出来ないと思うから」
てゐの慰めの通りなのかもしれないが、中心人物の1人である輝夜にとっては、そう割り切る事は出来なかった。
輝夜が横を見ると、彼も苦虫を噛んだような表情だった。輝夜も同じ気分だった。
結局、自分たちは、最終的には何も出来なかったのだから。

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最終更新:2014年03月18日 11:00