永遠亭からは離れた妹紅の自宅、輝夜はそこまで妹紅を連れ去った。
ここならばどんなに大声が出たとしても○○に聞こえる事はない。だから安心して、妹紅に続きの責め苦を与える事ができる。
移動中もジタバタと鬱陶しいので、道中では妹紅の首を絞め続けていた。
それでもリザレクションされたら困るので、絶命しないギリギリの力加減で、意識だけを落としていた。
いつかの時期に、死なないギリギリを見極める戯れに興じていたのが、こんな所で役に立つとは。
意識が戻り、輝夜が続きの舞台に妹紅の自宅を選んだ事を知って、露骨に嫌な顔を見せた。
自害に火を使えば、家が燃えて無くなってしまう。別の方法では血飛沫やらでまた汚してしまう。
「折角綺麗にしたからなぁ……」そんな類の事をぶつくさと言っていた。
妹紅に責め苦を与えている間、いつもなら笑っていただろうけど、今の輝夜は笑っていなかった。笑う気にもなれなかった。
「どうしたよ、輝夜。あんまり愉しそうじゃないな、調子でも悪いのか?リザレクションするか?」
首を絞められて、意識を落とされ続けたと言うのに。長時間酸素が正常に頭に行き渡らなかったから、判断能力も衰えているはずなのに。
相変わらずジタバタと、鬱陶しい事この上なかった。
なので真っ先に、四肢を潰した。
それなのに。四肢を潰されていると言うのに、妹紅の減らず口と憎まれ口は全く留まる所を知らなかった。
ニヤニヤ、ニタニタと。本当にねちっこく、癪を逆なでにしてくる。
そんなに煩いのならば、舌を引っこ抜いてやるのが一番手っ取り早いのだが。
四肢を潰される事には大した感慨も無いくせに、喋れなくしようとする時だけは狂ったように暴れ回る。
口内に指を突っ込もうにも、歯をガチガチと鳴らして指を噛み千切ろうとして来る。
舌を引っこ抜くのに丁度良さそうな道具も見当たらないし、かと言って無理に手で作業を行えば大きな怪我をしてしまう。
○○に化物じみた場面をこれ以上見せたくない、その片鱗すら感じさせたくない輝夜としては。
例え○○の見えない場所であろうと。リザレクションによる“死に治し”は論外中の論外だった。
妹紅の顔や言葉を見ていると、何度仕留めてしまおうかと思ったか。
しかし、強く思うだけで実行には絶対移さなかった。
ここで妹紅を完全に仕留めてしまえば、またリザレクションする。そうしたら今以上に憎たらしくなる。
折角、部屋を汚すのが嫌で。自分からリザレクションを選ばないこの好機を。自分から不意にしてしまう。
これ以上の攻めは、いよいよ妹紅にリザレクションの機会を与えてしまいそうだった。
妹紅の体力云々よりも、自分が力加減を間違えてしまいそうで。
それにどうにも楽しくない。早く○○の所に戻りたくて仕方が無かった。
それよりも先に、全身にこびりついたこの血の臭いを、リザレクション以外でどうにかしたかった。
輝夜は妹紅を放ったらかしにして、炊事場に向った。
炊事場に着いた輝夜は、真っ先に手を洗った。
手だけではない、バサバサと着ている物を脱ぎ散らかし。全身を、頭の先からつま先まで、狂ったように水を被り続けた。
とにかく気になるのだ。全身から、血の臭いがしているような気がして。今のままでは○○に会えないような気がして。
○○の事を気にしだしてからも、妹紅との死闘は度々行われた。
その時は。そこまで気にならなかったのに、○○と相思相愛になった今では、気になってしょうがなかった。
とにかく、不安で仕方が無かった。
妹紅を殴りつける場面を見せてしまった事で、不安感で押しつぶされそうだった。
「おー輝夜ー何してるんだぁ?汚れが気になるのか?」
不安の種を洗い流す事が最優先で、輝夜は妹紅の相手などする気は無かったが。あの妹紅が輝夜を放っておくはずがない。
四肢を潰されていてもなお動きを止めず、ズリズリと這いながらでも妹紅は輝夜に拘り続けた。
「リザレクションすりゃ良いだろう。蓬莱人なのにそんな事も忘れたのかぁ?」
そんな事、分かり切っている。でも、それだけは絶対に嫌なのだ。可能な限り、それだけは避けたい。
「大丈夫だって。あの○○って男の見てない所なら。まだ、ただの人間なんだろう?気付きっこないさ」
その言葉に、輝夜は反射的に近くにあった酒瓶を手に取った。○○を馬鹿にされるような発言は、とにかく癪に障るのだ。
そのまま何の躊躇も無く。まだ中身が沢山入った酒瓶を、鈍器代わりに。
勢いよく、妹紅の頭に振り下ろした。
酒瓶なら、居間に合った戸棚にも見えたはずなのに、何故炊事場にもあるのだろうか。そんな事に考えを向わせる余裕など無かった。
勢いよく妹紅の頭に振り下ろされた酒瓶は、綺麗に割れた。
ガラス瓶は特徴的な落下音を立てながら、中身の酒諸共。どちらも辺りに散乱した。
一部のガラス片は床に落ちることなく、そのまま妹紅の頭に突き刺さった。
突き刺さった先から、勢いよく血液が流れ出ていた。
妹紅の頭にガラス片が刺さる瞬間。当然の事ながら、勢いの良い血しぶきも、辺りかまわす飛び散った。
その血しぶきの一部は、勿論輝夜の体にも。全身を洗う為に衣服を脱ぎ捨てた、輝夜の裸体に。
妹紅の血が、輝夜の裸体に点々と、赤い斑点を作った。
「いやあああ!!!」
「お前なぁ……これ美味いのに……これ飲みながら家事するのが……まだ半分も飲んでないのに」
血をダラダラと頭から流しながらも。妹紅はお気に入りの一本を台無しにされた事に、恨み言を呟くが。
輝夜の耳には、自身の悲鳴の方が遥かに大きく響いており、妹紅の恨み言はその片鱗すら届いていなかった。
「このぉ、下賎な!地上人がぁ!!!」
遂に、輝夜の妹紅への怒りが針を完全に振り切った。
床に突っ伏したまま、頭にガラス片を突き刺したままの妹紅の頭に。輝夜は渾身の力で蹴りを入れた。
しかし、それはただの一発で終わった。
「痛ったぁ!!」
輝夜が蹴った妹紅の頭には。先の酒瓶での一撃で突き刺さった、ガラス片が何本も突き出している。
激情に我を忘れて。注意を怠り、渾身の力で蹴った物だから。
輝夜の足裏に容赦なく。妹紅の頭に刺さっているガラス片の反対側で、深々と切り傷を作ってしまった。
足裏を深く傷つけられた痛みで。妹紅の頭を蹴る為に、片足立ちの輝夜の平衡感覚は大きく乱れて。
そのまま床に尻餅をつけてしまったのだが。
「うぎゃああ!!!」
間の悪い事に。輝夜が尻餅を付いた場所にも、散乱したガラス片の一部が床に転がっていた。
怪我の程度で見れば、妹紅の方がずっと重症で命にも関わりかねない物だった。
なのに精神的な部分では。先ほどの永遠亭での事も含めても、終始妹紅が圧倒しっぱなしだった。
「その、○○も……地上人、だろう?」
相変わらず妹紅は床に突っ伏したままだった。止血もされずにいる物だから、床には大きな大きな血だまりが出来上がりつつあった。
そんなに血液を失っているのだから。頭も朦朧としてくるはずなのだが……
執念の成せる業なのか。舌が上手く回らず、しどろもどろになりながらも。
それでもなお、輝夜に対する憎まれ口だけは止まらなかった。
「あっ……!?」
妹紅からの指摘に、輝夜の顔は一気に青ざめていった。怒りと激情に任せて口をついた言葉だったが。
その言葉は、妹紅をそしる為の言葉だったはずなのだが。今の言葉尻では、そしる相手は妹紅だけには留める事が出来なかった。
「お前の、本性……見たり、かな?腹の底では、○○って奴の事も……うげぇ!!」
「黙れ!黙れ!黙れぇ!!」
足裏に刺さったガラス片、臀部に刺さったガラス片。
その痛みと出血に苦しみながらも、輝夜は憎まれ口を垂れ流す妹紅を放っておく事ができなかった。
これ以上放っておけば、また妹紅は○○を馬鹿にしたような発言を繰り返すだろうから。
ガラス片の刺さっていないもう片方の足で、今度は妹紅の首辺りを執拗に。蹴りを入れたりかかとを振り落としたりしていた。
「けっ……親馬鹿なら、救いはあるが。愛玩動物を馬鹿にされて、ムキになるのは……救えな、げはぉ!!」
「煩い!五月蝿い!もういい加減黙れ!!○○はそんなのじゃ無い!そんな事の為に、一緒にいるんじゃない!!」
「どう、だろうな……何処かで、線引きしているとしか……私には思えないんだが」
「黙れ!!!」
減らない口に、輝夜の頭は完全に爆発してしまった。
妹紅の頭に突き刺さったガラス片を気にして、わざわざ首筋辺りに攻撃を集中させていた考えも、軽く吹き飛んでしまった。
「黙れって、言ってるでしょうがあああ!!!」
「ぎゃあああ!!!」
「……バーカ」
始めは足裏に、そして今回はくるぶしの辺りに。ガラス片が容赦なく輝夜を切り裂いた。
輝夜の悲鳴で、そして頭に感じる感触から。ガラス片の一部が輝夜に突き刺さったのは、妹紅もしっかりと把握していた。
それに対して。いつもなら精一杯、そして大げさに笑ってやったはずなのだが。
流れ出る血液と一緒に、徐々に気力体力も蝕まれたか。
ただ一言、バーカと言ったっきり。それ以上言葉を発さなくなった。
「うあああん……えーりーん!!助けてええぇ!えーりぃーん!!」
妹紅の血で汚れた体、止まらない出血。その両方で酷くなる、体にこびりつく血の臭い。最早輝夜の精神状態はボロボロだった。
遂には大声で泣き出して、自身の従者であり最大の理解者である。
八意永琳に助けを求める所まで追い込まれてしまった。妹紅の意識がはっきりとしていたならば、みっともなくて無様だと評したであろう。
どれぐらいの時間が経っただろうか。
「ああ、もう……やっとリザレクション出来た。結局家の中、また汚しちまったなぁ」
復活して起き上がった妹紅が最初に見たのは。自分の血で出来上がった、大きな血だまりであった。
「えーりん!!ええりーん!!!助けてよぉ!!!」
「うるせえ!」
次に、永琳に助けを求めながら大音響で泣き喚く輝夜の声。
「この!このぉ!!今更いい子ぶるなよ」
部屋が汚れて、ほぼ新品の酒瓶を割られて、瓶のガラス片が掃除を一層困難な物にさせて。
それらの事を考えると。リザレクション後の全快状態でも、妹紅はイライラしてしまった。
輝夜を煽って、挑発した妹紅にもその責任は多分にあるはずなのだが。
全てのイライラの原因を輝夜にぶつけて、それを晴らす様に蹴りを入れた。
「ひっく……えーりん。どこぉ……?」
「ここにはいねえよ。つーかどんだけ泣いても来ねぇよ、ここは私の家だからな」
「この、この!」
しばらく妹紅は輝夜に蹴りを入れていたが。どれだけ蹴っても、泣いて永琳に助けを求めるばかりで。
いつもとは全く違う、弱気な輝夜に。妹紅はすぐに攻めの手を加える事に飽きてしまった。
「面白くねぇな……あー、まだイライラする。戸棚の酒でも飲むか」
そう言って居間に引っ込んでしまった。
「えーりん……えーりぃん……」
大声で泣き続け、さらには大量の出血。体力が奪われたのか、泣き喚く事は無くなった。
しかし、すすり泣きながら永琳に助けを求める声だけは出し続けていた。
「ははは!!お前もこんな殊勝な姿になれるんだな」
そんな輝夜の姿を見ながら、妹紅は酒を飲んでいた。
酒の力を借りているからなのか。
それとも精神的にも肉体的にも憔悴して、無様に這いつくばる輝夜を肴にするのが愉しいからなのか。
とにかく、酒を飲んでいる今の妹紅はよく笑っていた。
「ひゃひゃひゃ!!!」
とにかく、妹紅の酒はよく進んだ。飲めば飲むほど、その笑いは下卑た響きを強くしていき、声も大きくなっていった。
それと反比例して、輝夜の身も縮こまるばかりで、すすり泣く声も小さくなりばかりだが。
「…………えーりぃん」
永琳の名前だけは呼び続けていた。長い時の中で、永琳が輝夜の絶対の忠誠を従うようになったのと同じように。
輝夜もまた永琳に対して、絶対の信頼を寄せていたのだ。
だから多少彼女が馳せ参じるのが遅れたくらいでは、この信頼関係はびくともしない。
「だぁかぁらぁ。永遠亭じゃないから来ないつってるだろぉがあ」
「来たわよ」
え……?と言う疑問の声を呟いたり、声の主を確認する間もなく。
妹紅は何者かによって横方向に吹っ飛ばされてしまい、壁に叩きつけられてしまった。
最終更新:2014年03月18日 11:09