からかわれているのだろうか。
妙に昂ぶって、高揚した鈴仙とてゐの姿を思い出しながら。○○は里の中を歩き回っていた。
最終的には二人は喜び勇みながら、永遠亭の奥へと消えていったが。

何故あんなにも喜んでいたのか。永琳や輝夜に何を話す気なのか。そして何をする気なのか。
半ば自暴自棄に陥っている今の○○では、余り良い想像をすることは出来なかった。

浮かない顔とは裏腹に、○○が進める歩みは割りと早い物となっていた。早く目的地に辿り着きたかったからだ。
基本的に、○○はタバコを吸う場所は一箇所に決めていた。
永遠亭と言う、幻想郷でも最高の医療を提供する場所で過ごして。○○自身も医療に従事して給金を稼いでいるだけあって。
タバコと言う物が、健康にとって余り良い物ではないと言う事は、十二分にわかっていた。
だから永遠亭では絶対に吸わなかった。里の、ある場所でのみで吸うと決めていた。

その場所とは。天狗がやっている、新聞の販売所兼休憩所。と言った趣の小屋であった。
休憩所も兼ねているだけあって、飲み物や軽食の類もそれなりに充実していたし。最近覚えたタバコも売っていた。
こんな事態になるまでは興味が全く沸かなかったタバコだが。いざ見てみるとかなり沢山の種類があることに驚いた。
いっその事全種類制覇してみるかと、しょうも無い事を考えてしまったが。
始めてみると、これが中々楽しかった。
その為、最近では件の販売所兼休憩所に行くのが、少しどころではなく結構楽しみになっていた。
完全にタバコの魔力に捕らわれてしまった事は、一応自覚はしていた。

そうして、件の場所までやってきた。永遠亭を出て、里に入ってもまだ表情が浮かなかった○○であったが。
この場所が近づくにつれて、その表情は徐々に柔らかい物になってきた。
そうして、この場所が目の前にやってきた時には。○○の表情はもう随分柔らかい。
いつも通りのそれと、殆ど違わない物にまで軟化していた。

今の○○は、ここでタバコを吸いながら、適当な新聞を読むのがほぼ唯一の楽しみになっていた。
天狗が書く新聞に関する風聞や、その信憑性に対しての評判は勿論○○も知っている。
永琳に至っては、不定期にやってくる新聞紙の事を。薪と一緒にくべる、良い焚き付けとまで言っていた。
新聞を書く天狗は1人ではないので。新聞によって傾向は多少違うが。
それでも扱う話題は随分と下世話なものが多く。中身の情報に対する信頼性も似たり寄ったりだそうだ。

なので、もし読む事があっても。暇つぶし以上の役割は見込んではいけないと、永遠亭では考えていた。
まぁ確かに、実際その通りなのだろうなと言う思いは、ここで新聞を読み始めてから強くなっていた。
それでも、十分に良い暇つぶしにはなってくれている。タバコや軽食の類も置いてあるだけあって、居心地は中々良かったから。

「すいません、この新聞を一部と。あと上段右から二番目のタバコも」
最初は気付かなかったが。この休憩所は遊郭関係の人間も数多く利用している気配があった。
そして今回も、○○が新聞とタバコを買い終えて、振り向くと。明らかに人の数が少なくなっていた。

何回も通ううちに、どういう類の人間が遊郭関係の人間かも、おおよその判断までつけれるようになってきた。
小奇麗で、地味ながらも質の良さそうな衣服を着て、複数で来ている客。こういうのは大体そうだった。
まだ、と言うよりこの先ずっと。○○は要注意人物としてその一挙一足を見られるのか。
幸い、そう思われているのはまだ遊郭と言う組織からだけで。里との関係は全く問題はなかった。
それでも、やはり。○○の中に鬱屈とした、消化しきれないもやもやした物が蠢く事に、変わりは無かった。

……席を探す手間が省けて良いけどな。
鬱屈とした思いを、目先の利益で無理矢理誤魔化すしかなかった。
席へ楽に座れるのは良いが、それでも軽いイライラは収まらない。
席に座る動作も、タバコの封を破り、一本取り出して火をつける動作も。何となく雑な物になっていた。


新聞を広げていても、ろくに読んでいるわけでもなし。内容など、殆ど頭に入っていなかった。
広げた新聞は、目隠しと擬態の意味ぐらいしかなかった。
頭によぎる考えは、これからどうするかと。今更里で暮らせるような下地はないし、永遠亭で暮らし続けるのが最も上策。
からからわれているのかもしれないが、幸い嫌われているような要素は……輝夜意外には多分無いはず。
騙し騙しやっていくだけの要素は、まだ残っていたが。居心地に関しては微妙としか言いようが無かった。

それにここ最近は、同じ布団で、共に夜を明かすことも無かった。
欲求不満は、溜まるばかりであった。


目の前に新聞があるのに、文字を追う事もせずに。たまに加えたタバコを触るぐらいで、それ以外は殆ど上の空状態であったが。
新聞から漏れ見ることの出来る、視界の横ら辺に、ちょろちょろもぞもぞと動く男の人影を見つけた。
ああ、またこいつか。

「いやぁ、○○さん。また会いましたね」
そして、先ほど視界の端に動いていた人物は、○○に声をかけてきた。
「こちらこそ、よく会いますね。お暇なんですか?」
この色の濃い丸いメガネをかけた男。こいつは○○がこの休憩所を利用している時によく見かける人物だった。
もしかしたら最初から、○○がここを利用し始めた時から監視していたのかもしれないが、今となってはそれを確認するすべは無い。

「これは、手厳しい……」
一呼吸作られた間から、それはこっちの台詞ですよと言う言葉が聞こえた気がしたが。
「相変わらず、欲求不満な表情をしている○○さんにも言えることですがね」
男は相変わらずパッと見は人当たりの良さそうな、ニマニマした表情を崩さずに。
友好的な雰囲気を維持したまま、○○に喋り続けていた。

「私は、ここなら人が多くて、色々と捗るからよくここにいるだけですよ」
この男の身なりは、先ほど出て行った遊郭関係と思わしき集団と同じく。
小奇麗で、質の良さそうな服を着ていた。
違いと言えば、服は無地の地味な物ではなく、小さいがきらびやかな刺繍が飾りのように何箇所かにあったぐらいか。
そして刺繍違いの服が何着もあるのか。前回と今回で、刺繍の位置も模様も違っていた。
それ以外は、遊郭街の関係者と、同じ匂いがした。そこに対して○○は強い懸念を抱いていた。

「……どうです?欲求不満なら、私の話に―
「金貸しなら、お断りですよ。儲け話も興味がありません」
「あいやー、しっかりしてらっしゃる!」
機先を制したつもりだが、男はわざとらしい調子で反応して、これまた演技がかった所作で自分の頭をぴしゃりと叩いた。
一目見たときから気付いてはいるが。こいつは間違いなく普通の里人、いわゆるカタギではない。

「そういう突っ込んだ話をするのは……初めてですね」
カタギではないし、性格的に面倒くさそうな奴であることは間違いなかった。
なので「ご職業は?」などと言った突っ込んだ話は絶対にせずに、ずっと相槌を打つだけだったが。
遂に業を煮やしたのか、こいつは自分の方から突っ込んできた。
「たはは……、あぁご想像の通り。わたくしはカタギではございませんから、○○さんが少し警戒するのも無理はありませんよ」
少し所ではないのだが。こいつに自分の名前を教えてしまったのは、もしかしたら失敗だったかもしれない。

「私、女衒(ぜげん。この場合は、客に遊女を斡旋する仲介人として使用)をやっております」
「と、言っても。私の場合は、遊郭街には属さない、野良の女衒でございますが」
やっぱりじゃないか!実際に怒鳴りこそしなかったが、心の中では大きな声でいた。
金貸しや、怪しい儲け話を紹介してくる輩の次くらいに厄介な人間としか思えなかった。

「いや、野良の女衒と申しましてもね。これが中々大変なのですよ、○○さん」
そして女衒であると、自らの正体をばらしたこの男は、聞いてもいないのに身の上話を始めてきた。

「遊郭街に、そこの上の方の、旦那達に儲けの中抜きをされないのは非常に良いのですがね」
「まぁ、事を始める為の、安全な場所を用意するのがこれまた難しくて」
「ああ、ご安心を。遊女に関しては、半端なのはいませんから。遊女の方にも、私同様、大きい組織を嫌う跳ね返りが多い物で」
ぺらぺら、べらべらと。こいつは楽しそうに自分の身の上話を、どうやって逃げようかなと必死に考えている○○に聞かせていた。

こいつが、遊郭街と関わりを持たない、野良の女衒であると聞かされてやっと納得できた。
○○の人相書きやら何やらは、かつて遊郭街に入った時の対応から、上から下まで広く知られていると考えてよかった。
なのに何故、遊郭関係者と同じ匂いを発するこの男が。気さくに話しかけることが出来るのか、ずっと謎だった。
その理由は簡単だった。それは単純な話で何も知らないのだ、遊郭街に籍を置いていないから、そういう重要な情報が回ってこないのだ。

「どうですどうです、旦那?これが私が扱っている遊女の人相書きなのですがね」
まだ買うとも言っていないのに。
この男は勝手に、色々な女性の絵が書かれた人相書きを机の上に広げていった。
気付けば、休憩所の中には更に人が少なくなっていた。これでは助けも求めれない、半ば見捨てられたような形だった。

「見た目はともかく……趣味に合うような性格がいるか……」
「そこら辺はご心配なく!皆色々とできますよ、何ならお客さんを虐める事もできますよ」
「意外だな……そういうのもあるのか」
ほんの小さな声だった。普通の集会所ならば、絶対に聞こえないようなくらいの小さな声。
しかし、真横でべらべらと喋るこいつには……しっかりと聞こえてしまっていた。

「ほう!いや、旦那。中々通好みの趣味をお持ちで」
なら、この手合いなんかお好みに合うと思いますが。そんな感じの事をまくしたてながら、また新しい人相書きを広げていった。一体こいつは何枚持ち歩いているんだ。
そう辟易とはしたが、広げられる紙に描かれた女性の顔は、どれも中々の別嬪だった。

「あぁ……意外と……」
この男の、飄々とした雰囲気と、軽い話し方、最後に別嬪の絵をばら撒く。○○は見事にその術中にはまりつつあった。
「なるほど、ここら辺が旦那の好みでいらっしゃるのですね」
また、この男も大概なようで。ヘラヘラと笑いながらも、要点はしっかりと見定めているようで。
○○の視線の動きから、○○がどのような女性に好みを示すのかを、しっかりと見定めていた。

「へっへっへ。ここら辺は、お察しの通り野良遊女の中でも別嬪でして」
「客を取られるってんで、遊郭街の方も色々とやきもきしてましてね……」
「だったら……この遊女が、旦那には良さそうでありやすね」
人相書きに描かれた遊女が、中々の別嬪ぞろいだったから。思わずまじまじと見てしまっていたが。
話を決着させようとする、男の姿に。ようやく○○は正気を取り戻した。

人相書きの女性達は、間違いなく別嬪なので多少名残惜しさは残るが。
これに関わる続ける事の方が、余りにも危険すぎる。
これ以上こいつの話を聞き続けていたら。一体いくらぼられるか、分かった物ではない。
「すまないが……値段も聞いていないのに、こんな危ない橋は渡りたくない」
新聞を急いで畳んで、まだ半分も吸っていないタバコを灰皿にこすり付けて。早々に席を立とうとした。

「ああ、ご心配なく。お値段はこれだけで構いませんよ」
そう言って指を使って数字を○○に提示してきた。
「あれ、安い……いや、どうせ後でそこに0を一個増やして、桁を変えるのが手だろう」
「へ……いやいや、相変わらず手厳しいと言うかしっかりしていらっしゃる」
そんな事はありませんよと、前置きをして。今度は懐から小さな帳面を取り出した。
「まぁ、それくらい慎重な方が。色々と助かる場面も多いでしょう」
そしてさらさらと。何かを書きしたためた。
「御代はこれだけです!これならば、私も言い逃れが出来ないでしょう」
男が書きしたためたのは、足し算だけの簡単な式だった。
内訳は男の取り分、遊女の取り分、場代。そしてそれらを全部あわせた数字、もとい金額といった所だった。

ほんの少し、ぐらついた。
男が出してきた金額は、今の○○でも用意に払える金額だっただけに。
それに先ほどから見せられていた遊女達の人相書きも、○○の好みにちゃんと合致していただけに。
それに○○は永遠亭で過ごしているから、火遊び的なものはトンと縁が無かった。
唯一、清水の舞台から飛び降りたつもりで、遊郭街に足を踏み入れた事も一度だけあったが。
それだって、何処からどうやって情報を回しているのか。永遠亭の面々にすぐに知られた上に、火遊びを阻止されてしまっていた。

ある種の無菌状態にいる物だから。そういう、彼女たちの言う不浄な物に対する、憧れとまでは行かないが興味と言う物は大きかった。
「本当に、それだけで良いのか?」
「そりゃあ!信頼は口上手よりもずっと大きな武器になりますから。何せ幻想郷は意外と狭いですから」
確かに、そうだ。人間の生息範囲が極めて限られるこの幻想郷において、誠実は商売に限らず、生きていくうえで重要だった。

「いや、ほんと。遊郭街にしのぎを削られていてね……仕事が少なくって。旦那、私を助けると思って、お願いします」
あれだけ大きな規模を持った組織なのだ。それを維持する為に、組織に属さない人間は確かに厳しい環境に置かれているだろう。
男の目には必死さが確かに見える。下手に騙して事を大きくするのは、男にとって良い点が何も見当たらなかった。

それに、男が提示してきた金額は、確かに安かった。多分遊郭街に行くよりもずっと。
「最低でも……晩御飯の頃合には帰るぞ」
「買っていただけるんですか!?」
「本当に、この値段以上は取らないんだな?」
「もちろん!もちろんでございます!!」首をぶんぶんと上下に揺らし、相変わらず演技がかった動きと言葉の調子だった。


結局、○○は代金を支払い、春を買ってしまった。
永遠亭との面々の仲が良好ならば、絶対に買わなかったであろう。
買ってしまったのは、今の状況が影響していると言う事は……十分にあった。

「おい、お客が御代を支払いになったぞ!案内を頼む」
外に誰か待たせていたのか、男はまた別の人物を呼び出した。
その呼び出した人物は、さっきとは打って変わって、かなり無愛想な男だった。
「おう、こっちの取り分、確かにいただいた。んじゃ行こうか、お客さん」
腰に小さな脇差を帯刀している。武器の存在も相まって、非常にとっつきにくい雰囲気が強かった。
しかし、金を握っているからか。無理にでも笑顔を作ろうとしているのが、また喋りにくさを助長していた。
少しだけ、後悔した。






「……あれを安いと言い切るか」
○○が無愛想な男と立ち去った。姿が見えなくなるまでは、にこやかに見送っていたが、姿が見えなくなると途端に毒づきだした。
「高いタバコ吸ってるから……少し吹っかけてみたが。随分良い懐具合をしてらっしゃる」
灰皿にこすり付けられた吸殻を見下ろしながら、先ほどのにこやかな顔はもう完全に何処かに消えうせていた。

そして、○○達と入れ替わるように。また別の男達が入ってきた。
「対象が、夜鷹(遊郭に属さない遊女)から春を買った。永遠亭に火急の報せだ、行け」
そして男達に対して、強い口調で指示を飛ばした。
指示を聞いて、一人が猛然と走り出した。残った者達も、男にタバコの火をつけてやったりと非常に気を使っていた。

「さぁ行こう。明日の新聞が楽しみだ、多分彼女達は派手に動いてくれるから」

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最終更新:2014年03月18日 11:11