「うおー!出てこーい!!」
「ヘタレ姫ー!早く出て来ーい」
酒の力とは恐ろしい物だった。引きこもる輝夜を外に出すのが、事態の収拾に重要と言うのは、言えば誰もが理解できるだろう。
だが、酒に酔った今の鈴仙とてゐでは。その方法に大きな問題があった。
輝夜の部屋の前にやってきた二人は、何を思ったのか。いきなり固く閉ざされた扉をガンガンと殴り続けていた。
獣のように吠えながら、手足だけではなく、ほうきやバケツ何かも戸に叩きつけながら。
輝夜に対して、しきりに部屋から出てくるように怒鳴り散らしている。

「ちょっと……何よこれ。二人ともどうしちゃったのよ……」
平時ならば絶対に見せないような二人の豹変に、室内に篭る輝夜も怯えを隠し切れずにいた。

てゐと鈴仙は、足りない勇気を酒の力を借りて。ちょっと背中を押して貰うつもりで、適量を飲んだつもりなのだが。
いざと言う時に、勇気を出しきれないかも。と言う不安を打ち消す為に、適量と思われる量を遥かに超える量を、一気に飲み干してしまった。
酒の回りを穏やかにする肴も無ければ、和らぎ水も無しに。一気に全身へと駆け巡った酒は、二人から冷静な判断能力を完全に奪ってしまい。
「うおー!出て来ーい!!」
「扉ぶち破るぞー!ヘタレ姫ぇ!!」
今ではすっかり、たちの悪い酔っ払いに成り果ててしまっていた。

獣のように吠えに吠えまくる物だから。姿は見えずとも、二人が乱心したと言う情報は。数多くのイナバ達の知る所となった。
勿論、二人が吠える声は。永琳の耳にだって届いていた。


「鈴仙、やっぱぶち破ろう。それこそ中の姫様ごとやっちゃう勢いで」
「そうね。それが一番手っ取り早いわ」
頑として戸を開けない輝夜に、酔っ払い達は更なる強硬手段に打って出る事に決めた。
この物騒な会話は、篭城を続ける輝夜の耳にも。聞きたくなくとも当然聞こえてくるわけで。
ひいい。と言う短い悲鳴が上がったが。
酒の力に完全に飲まれてしまった二人の高笑いに、完全にかき消されてしまっていた。

「おっしゃー!じゃあてゐ、私がぶち破るわねぇ!!」
「おー!なら拘束は任せ―
高らかな宣言を終える前に、何か強力な力によって、てゐの体が横合いにすっ飛んでいった。
「あれ、てゐ?どこに―
酒に飲まれて、過剰なまでの自信に満ちた鈴仙は。本能まで酩酊状態に陥ってしまい、次にやられるのが自分だと気付けなかった。
鈴仙もまた、てゐと同じく。何か強力な力が頭にぶつかった事によって。横合いへとすっ飛んでいった。
最も、酒の量を控えて気付けるくらいの冷静さが残っていても。彼女相手では気付く前にやられていただろうが。


「頭ぎゃあああ!!!」
「割れるううう!!!」
すっ飛んでいった先で、鈴仙とてゐは仲良く耐え難い苦痛にもんどりうっていた。
傍らには鏑矢が二本、地面に転がっていた。
「誰よ!私たちの邪魔をするのはぁ!!」
「そーだ!そーだ!!」
激痛に身を蝕まれ、頭を抑えながらも。怒りに満ちた声の鈴仙、そしててゐの同調する声が響く……が。

「申し開きなら……聞いてあげないことも無いわよ。ただし……」
奥から、自分達の頭に激痛を走らせた張本人がやってきた。
まだ痛みで視界がぶれて、涙も合わさって顔は判別できないが。
この声を、鈴仙とてゐの二人が聞き間違うはずが無かった。
「言えたらの話ね。言える位の余裕があるのなら、聞いてあげる」
自分達の師匠、八意永琳以外の誰がいる。



「おぎゃあああ!!!」
「師匠!話を聞くウサ!これはひいては永遠亭のためにびゃあああ!!!」
しかし、二人は恐れおののくどころか。永琳に対して食って掛かっていった。
勿論、言いたい事の半分も言い切る前に。永琳からの痛い一撃を何発も貰って、もんどりうつばかりであった。
素面ならば、下手に騒げば永琳がすぐに飛んでくる事に気づいたはずだ。
酔いは普段の判断能力所か、基本的な力の差の認識まで何処かにすっ飛ばしてしまっていた。
なので、二人とも心のどこかで。来ても良いや、最終的には二人とも説得するんだし。
と、楽観的な予測しか立てていなかった。

「永遠亭以前に、貴女達。姫様に何しようとしてるのよ!」
当然、二人とも永琳にぶちのめされる意外の未来など、存在しようがなかった。
「違うんです、師匠!押して駄目なら引いてみろ、いっその事当たって砕けぎゃあああ!!」
砕けたら駄目じゃない!イラついた永琳が思わず指摘してしまうぐらいに滅茶苦茶だった。
慣用句までまともに使えていないのだから、申し開きの場を与えてもらった所で、理解してもらえるかどうかは怪しかったが。

「永琳……?終わったの?ねぇ、この二人どうしちゃったのよ」
戸をガンガンと叩く音が鳴り止んで。代わりに永琳が二人を折檻する声が聞こえてきて、ようやく輝夜は外に出る踏ん切りがついた。
「ああ、姫様。まだお部屋にいて下さい、この二人明らかに酔ってますから、話は通じないかと」
「○○を思う気持ち!今の姫様にだったら、余裕で勝てるウサ!」
「ひっ!?」
話が通じないと言う部分に食って掛かるように、てゐが輝夜に対して飛び掛ってくるが。
永琳は、視線は輝夜の方を振り向いたまま。的確に飛び掛ってくるてゐの顔面に拳をめり込ませていた。
「ヘタレー!ヘタレー!おぎゃ!!」
顔面の痛みにもんどりうちながらも、輝夜の悪口雑言を止めないてゐに。追い討ちの一発が降り注いだ。
「へ、ヘタレとは何よ!!」
「実際そうじゃないですか!○○さんは何度も接触しようとしてくれてるんですよ!!」
てゐからのヘタレ認定に噛み付く輝夜であったが。同じような評価は鈴仙も下していた。
鈴仙からの指摘に、多少なりとも図星だと言う事を否定できなかった。その為何も言い返せないでいた。
てゐの方は、ヘタレを連呼する事をやめようとしないので。永琳からの折檻がまだ続いていた。

「だ……って。○○が……あんなの見せちゃった後で、普通に相手してくれるなんて」
「しようと努力してる事ぐらいは、分かるでしょう!姫様!!」
「ヘタレー!改心しろおぎゃ!?」
てゐは持ち前の反骨心に火がついたのか。どんなに永琳からの折檻を食らおうが、ヘタレの連呼を絶対にやめなかった。
ただし、そのお陰で。鈴仙が輝夜に対して、言いたい事を言えるだけの時間が与えられていた。

「さぁ、姫様!○○さんの所に行きましょう!!無駄に長引かせた張本人が迎えに行くべきです」
「ま、待って!まだ……」
鈴仙が強引に輝夜の手を引っ張り、連れて行こうとするが。その手は永琳によって、無言のまま強引に振りほどかれてしまった。

「痛ったぁ……姫様まだとは何ですか、もう遅いくらいですよ。それから、師匠だって無駄にこじらせた一因だって私は思ってますからね」
「ヘタレになっちゃってるから、○○がやさぐれてるんだぐぇ!!」
いつの間にか起き上がってきたてゐだが。また転がされてしまった。
いい加減数え切れない回数、てゐはヘタレを連呼してその度に痛い目を見ている。
しかし、痛い目を見れば見るほど。てゐの中の何かが引く事を許さなかった。転がされた先でも、と言うか転がりながらでも。
てゐはヘタレを連呼していた。

「でも……私の方が、今までどおり……」
「出来ないでしょうね。私も、蓬莱人の死生観とか、自分の命に対する認識の軽さ。これに慣れるまで時間が掛かりましたから」
チクリどころか、輝夜の心の急所に深々と刃物をつき立てる様な鈴仙の言葉だった。
思いもよらぬ、鈴仙からの荒々しい言葉に、輝夜の目じりには自然と涙が浮かんだ。

「でもね、姫様。○○さんは、まだ慣れてはいないかもしれませんが。嫌だとは思っていないはずですよ」
「本気で引いているなら、自分から接触しようとなんてしませんよ」

「……鈴仙はあんまり来てくれなかったじゃない。今だって」
「名前を貰ったとは言え、一介の月ウサギじゃどうしても気後れはしますよ。○○さんは姫様の恋人だから気後れが無いんです」
追い詰めているのだか。それとも荒療治で輝夜を奮い立たせようとしているのか。
口調や声色は相変わらずきつかったが、その文面は優しいような気がしないでもなかった。
その奇妙な問答に、輝夜も目じりに涙を浮かべる以上の涙腺の決壊は無かった。

「ああ、でも。姫様の事を、めんどくさい人だなとは思ってます。今も昔も」
「……酷い」
輝夜はめんどくさい。ある意味鈴仙が全イナバの胸中を代弁した格好となったが。
今ここで言われては、輝夜もまた塞ぎこむような形になるしかなかった。言い返すような元気が出てこなかった。

「事実でしょう。気まぐれや思い付きで、振り回されるのも疲れますから。でも―」
相変わらず、追い詰めるような口ぶりに近かったが。鈴仙が本当に言いたかったのはこの後に用意していた

「姫様の事を、嫌だとか。気持ち悪いと思った事は、一度もありません。妹紅さんとの付き合い方に引く事はありますけど」
一呼吸ほど間をおいて。鈴仙は、自分が輝夜のことを、異質な存在としては見ていない。
その部分に関しては、声の調子を少し和らげながらも。はっきりと伝えた。
しかし「鈴仙、一言多い。慰めたいの?それとも追い詰めたいの?」最後に付け加えられた部分に輝夜は少しムッとした。

後ろの方で、てゐにもこのやり取りが聞こえているのか。
茶々を入れるように。少しは考え直せたか、ヘタレー。と言う言葉がやられ声混じりに聞こえてきた。


「あんまり優しい言葉をかけすぎても、何か増長させる様な気がしましてね。だって姫様だから」
「あんた、私の事ホントに敬ってるの?」
「四捨五入すれば七割くらいは。少なくとも、てゐよりは敬っているつもりです」
「残りの三割は何だ。いや、それ以前に!四捨五入って言葉が物凄く余計!結局六割程度じゃない!!」
ギリギリの所で。敬っているのだか、馬鹿にしているのだか。そういうよく分からない立ち位置の鈴仙だった。
そんな振舞い方をする物だから。輝夜には、もどかしさが募るばかりであった。

「どういう意味よ、鈴仙!」
いつの間にか、輝夜の目じりからは涙が消えていた。
伏せがちだった目も、生気が戻って来て。まどろっこしい言い方をする鈴仙を睨みつけていた。
その様子に、鈴仙の顔がほころんだ。
「やっぱり姫様はあんまり優しくすると、却って具合悪くする性質なんですね。ほんとめんどくさい」
いつまでたっても一言多かった。
輝夜の中にある何かの線が、一本切れた。
「この口かぁ!!」衝動的に鈴仙の頬をつねり、こねくりまわし。余計な言葉をまともに言えなくしてやっていた。

「おー!ヘタレ姫が復活しぎゃ!?」
「てゐ!アンタもヘタレヘタレ連呼するのやめなさい!本気で腹が立つ」
「さっひまでの様子から言っはら、紛れも無い事実れすよ?」
てゐは永琳からの折檻を受け続けているし。鈴仙はてゐに同調する言葉を輝夜にぶつけるし……
しかし、一つだけ変わった事が合った。
輝夜が、生意気な反応を示すてゐと鈴仙に。言い返すことが出来ている。
その様子に、永琳も。てゐを折檻する顔が、少しばかりほころんでいた。
しかし、自分の主をヘタレ扱いするてゐの事は許せなかったので。折檻の手は絶対に緩めなかった。



「それだけ元気なら、大丈夫ですよ。さぁ姫様行きましょう」
「……大丈夫なのよね?」
鈴仙も今度は強引に引っ張る事はせずに、手を差し伸べるだけであった。
その手を輝夜の方も握りこそはしたが。まだどうにもまごついている感じは残っていた。

「勿論ですよ。確認しましたから」
何を?といぶかしむ輝夜に対して、鈴仙はふふんと鼻を鳴らすように自慢げな顔を作った。
少し強い目に、皮膚へ爪立てるくらいには。癪に障る笑顔だった。

「痛いですよ、姫様……まぁそれだけ回復してると言う事ですから、喜ばしいと言えば喜ばしいんですが」
「で、確認したって何をよ?」
「ちょっと押し倒して、性的興奮がするかどうかを」
「……はぁ?」
報告する鈴仙の表情は、パァッと明るい物だったが。聞かされた輝夜は、一体それがどうしたのだと言う反応だった。

「普通に考えて。○○さんが姫様のことを嫌悪しているなら、私やてゐにだって似たような反応は示すはずです」
頭上のウサギ耳をゆっさゆっさと揺らしながら、鈴仙は嬉々として説明しだすが。
輝夜のほうは相変わらず、何となく分かったような分からない様な。微妙な表情を浮かべている。

「うん……で?」
「そりゃあ私だって○○さんのことは信じてますよ。でも今の姫様の様子じゃ、確証を持ってこないと多分無理だろうなーと思って」
前置きは良いから、早くその確証とやらを話せ。そう言わんばかりに、また鈴仙へと爪立てる力を一層強くした。
「分かった、分かりましたよ、すぐに言いますから。何をやったかって言うと、ちょっと押し倒して股間を揉み―
押し倒したと言う言葉で輝夜のもう片方の拳が握られて、そのまま輝夜の握り拳は鈴仙の顔面に綺麗に吸い込まれた。


「押し倒したあ!?何そんな馬鹿げた真似やってるのよ!?」
「大丈夫です!がっつり立ってくれましたから!!」
そういう意味じゃない!そんな言葉と共にもう一発、握り拳が降り注いだ。
「○○を押し倒すとか、要するに乱暴な事したって意味でしょう!」
「姫様がヘタレ状態だったからですよ!私だってこんな無理矢理で同意もあったもんじゃないやり方で、楽しくなれるわぎゃ!?」
どうにも永琳はヘタレと言う言葉に反応するようになったのか。
反論を見せる鈴仙の後頭部に、永琳の蹴りが綺麗に吸い込まれていた。

「思ったんだけどさぁ……師匠も自覚してたんじゃないの?自分がヘタレって事」
「だから、ここまで過敏な反応を見せ―
永琳と輝夜にボコボコにされる鈴仙を見ながら、てゐは正直な感想を呟くが。
その呟きにもヘタレと言う単語が。しかも今度は永琳も輝夜同様ヘタレ認定したものだから。
鈴仙に向けていた矛は、瞬時にてゐの方向へと戻っていった。


「あのー……」
四人が見せる阿鼻叫喚の乱闘騒ぎ。そこに無理矢理割って入る事も出来ずに。
さりとて、大事な用があるから無視して帰っていくことも出来ずに。一匹のイナバが小さな声で呼びかけていた。

「……何とかなりませんか。私もこれを伝えないと、色々と厄介事が増える物で」
困り顔のイナバの横には余裕の無さそうな顔をした、永遠亭では見慣れぬ1人の男がいた。
「あの、それじゃあ。ご自分でやってくれませんか……?私達普通のイナバは、○○さんに関われない状況ですから」
下手に関わったらあの四人に殺されかねない。そういう危機感を肌身に感じている物だから、男に対しても非協力的だった。

「……とにかく。私は師匠や姫様の所には案内しましたので」
そう言ってすすすと言う足取りで。イナバは男から離れていった。
残された男は見捨てられたような物である。イナバが遠ざかるにつれて、顔に浮かぶ悲壮感はより一層濃いものに変わっていく。


ぎゃーぎゃーと大音量で。部外者がとてもじゃないが割って入るような雰囲気ではない、乱闘騒ぎだが。
この中に割ってでも入っていかなければ。彼には明日が無いかもしれなかった。
「―あの!!」生きたければ、死中に活を求めよ。そんな色々な物語で使い古されたような文句を実践するしかなかった。

遂に意を決した男は、言い争いを続ける四人に向って大きな声で割って入った。
ただし、それでも前は向けなかった。正座をして、頭を下げたままでなければ、怖くて声も出せなかった。
四人は、自分達以外の人物の声が混じるなどとは考えてもいなかったものだから。その視線は一気に男の方向へ釘付けとなった。

これが、割って入ってきたのがイナバであるならば。多少は険悪な空気は精製されただろうが。
「ねぇ、師匠。この服装って」
「ええ、てゐ。遊女を目立たせる為の、この妙に地味な服装、間違いないわ」
「遊郭街の……」
「……何の用よ」
殺意の混じった空気ではなかったはずだ。
男の立場を一目見て解した四人は。掴みあう手を離して……それこそいつでもこの遊郭関係者の男に飛びかかれる形を作っていた。


「で、何の用でしょうか。薬ならば、里と同様に。希望している数を供給しているはずですが」
取りあえずは、代表して永琳が前へと出て行った。
手を後ろに組んで、物腰も口調も柔らかなものだったが。目の奥だけは、全く笑っていなかった
男は相変わらず頭を下げたままで。永琳の笑っていない目を見てはいないが、そんな表情水とも分かる威圧感であった。

「夜鷹が……○○様に、春を」
本来ならば、こう言う上位の存在と対する場合。喋るにしても本題の前にお決まりの挨拶などありそうなものだったが。
長々とした前置きを許さぬ雰囲気が。男に対して、早く帰れと言う無言の圧力が。頭を下げていてもはっきりと、男は自分の回りにまとわり着くのを感じていた。

「……詳しく話せ。時間が惜しい、歩きながらでやる。早く立て!!」
しかし強力な威圧感は男から滑舌を奪い。
夜鷹、○○、そして春。この三つの単語を言うので精一杯だった。
だが、それで十分だった。不味い事が起きていると、十二分に理解できる単語の並びだった。
永琳の声の調子が一つ落ちたが。表情は……後ろにいる三人も同様で青ざめた物に変って言った。

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最終更新:2014年03月18日 11:11