その日、○○が目を覚ますとすでに午後になっていた。

夜中、何度か悪夢を見てしまい、その度に起きてしまい普通に寝ることができたのは日が昇ってからだった。
完全に妖怪になってしまい、人里の知り合いを喰らい、霊夢や、慧音に退治される夢だった。


阿求の家に泊まってから数日、自身の妖怪化に関する調査は中々進んでいなかった。

「平気な気でいたけど、結構妖怪化に恐怖してんのかな、俺」


悪夢を見て気分がよくないせいか、今日は調査で外を歩き回る気にはならなかった。
というか、すでに大体の知り合いの元を訪れておりこれ以上頼れる人物はいない。

ちなみに元同僚が口を滑らしたらしく、人里の守護者の慧音を訪れた際には黙って外界に帰ろうとしたことのお仕置きとして頭突きをくらった。
また、映姫もどこで知ったのか知らないが、その情報を掴んでおり、お説教をくらった。
チラッと聞いた話によると特別なアイテムで帰ろうとしたところを見たとかなんとか。
そのアイテムで犯人がわからないかと聞いたが裁判でもないのに使うわけにはいかないらしい。

「え?映姫様、じゃあなんで俺が帰ろうとしたとこみて…」
「なにか文句でも?」
「なんでもないです!」

すごい目で睨まれたのでそれ以上突っ込むんで聞くことができなかった。
さらに映姫からは

「妖怪になって仕事がなくなってしまったら、私の助手として働くといいでしょう。
というか、今すぐ助手になりなさい。それがあなたにできる善行です」

というお言葉をいただいた。
もしかしたら、映姫は犯人を知っているけれど、自分を外界に行かせたくないから黙っているんじゃないかなぁと思ってしまった○○。


「それにしても…」

阿求のもとで調べた資料によると妖力は中途半端に体内にある場合は勝手に少しずつ抜けるらしい。
あれから体内の妖力は抜けていっているのだろうか?それとも何者かによって現在進行形でちゃくちゃくと溜まっているのだろうか?

「そういや、初日以来調べていないな」

○○の体内の妖力を調べたのは霊夢と阿求ぐらいか。
もしかしたら、ずっとついてきて来ていた文も増減にはきづいているかもしれない。

「はぁ…」

増えていたらどうしようと不安になる。
妖力が増えるようなことはしていないが、そもそもなぜたまってしまったかの心当たりがない。
一番有力なのは妖怪に妖力を流し込まれていたという方法だが、この方法はほぼ1日中一緒にいるぐらいじゃないと効果がないらしい。
例えば、最近よく日中行動を共にしている文が常に妖力を流していたとしてもあまり体内にはたまらず、別れて朝までには抜けてしまうらしい。
食べ物系でたまってしまった場合はやけに体内に残ってしまうらしいが。


「ああ、怠い。気分がすぐれない。歩きたくない。でも、妖怪化はやだ。外界に帰りたい。寝たい」
「あやや!なにを愚痴っているんですか」
「びっくりした!文か」
「お邪魔しますよ」
「え?今俺愚痴を口に出してた?」
「ええ。玄関の外からも聞こえてましたよ。玄関先からじゃ気付いてもらえないと思い、勝手に入らせてもらいました」

気が付くと文が家に入ってきていた。
とりあえず○○は布団を片づける。片づけ終わって落ち着いてみてみると、文が一升瓶を持っていることに気が付いた。

「いつもの奴?」
「ええ。久々にパーっとやりましょう。なんか鬱憤溜まってるみたいですしね」

以前からちょいちょい○○と文はふたりで酒を飲むことがあった。
いつ頃からか、文が文曰く天狗が作った人間用の酒を持ってくるようになった。
人間用というだけあって○○が酔いつぶれずに飲めるうえ、天狗が作っただけあって美味い。
さらに文がただで提供してくれるだけあって定期的に持ってくるのを楽しみにしていた。

(帰るつもりだったから、もう飲まないつもりだったが…ああ、でも外界のメーカーの缶ビールもそれはそれでなつかしいなぁ…これはこれで美酒だから今回もいただくが)


そんなことを考えつつ、文が台所から食器を持ってきている間そんなことを茫然と考えていた○○だがふと、なにかが気になった。

「うん?」

脳裏に何かがちらつく。その正体について考えているうちにいくつかのキーワードが思いつく。
ほとんどが最近の調査で得た知識だった。


酒。
定期的。
食物により妖力の体内残留。

(いや、まさか…)

否定しようとしても、一度脳裏をよぎった疑惑は消えることはなかった。

(まてまて…確証がないじゃねえか。あくまで可能性の一つだ。てか、今日ちょっと我慢すりゃ違うってことを確かめられる)

「はい、お待たせしました~」

文が食器を持ってきた。
一升瓶の中の酒を注ぐ。

「あのさ、文」
「なんですか?」
「悪いけどさ、俺飲まないでおくわ」
「は?妖力のせいでおかしくなりましたか?酒好きの○○がそんなことを言うなんて」
「最近の飲み過ぎたからな。肝臓とかマジでやばい」
「人間用だから大丈夫ですよ?」
「いや、普通に人間の酒も飲み過ぎたら肝臓やばいからね?送迎会とか貯蔵してた酒の始末とかで結構飲んだんだよ最近」
「私の酒が飲めないっていうんですかこの野郎!」
「おやじかお前は」
「そんなこといって飲みたいくせに」

実際文の言った通り酒好きの○○にしてみればこの我慢は辛かったが。そうした場合の文の反応を見たかった。
そして、この酒を飲まなかった場合の数日後の自分の体内の妖力の変化を。


「飲まないっつーの」
「まぁ、そう言わずに」
「そういう気分じゃないんだよ」
「いいから、まず一杯どうです」
「いーらーなーいー」
「タダ酒ですよ?」

○○は文の言動に違和感を感じた。
さすがに少し、しつこ過ぎる気がする。まるで○○がこの酒を飲まないことでなにか文に不都合なことがあるかのように。

「だいたい、健康に気をつけて酒をやめるようなタマじゃないでしょう、あなたは。
どうしたんです?この酒を飲まない理由なんてないでしょう?」
「う…まぁ、そうなんだが…あ!そうだ、願掛けだよ。願掛け」
「願掛けですか?」
「そうそう。調査に進展ないし、気分もぐだってたからな。自分を追い込むためにも。俺は酒を絶つ。禁酒だ。
今度酒を飲むのは外界に帰った先での缶ビールだ!」
「…」
「文?」
「いいから、飲みなさいよ!いつもみたいに…」
「なんで素になってんのお前?」

やっぱり、酒を飲まないと言ってからの文はどうもおかしい。
○○は、自分の疑惑が、嫌な予感が当たってしまったのではないかと不安になっていった。


「落ち着けって。逆にさ、お前がこの酒を俺に飲ませる理由もないわけじゃん。だからさ…」
「ああ、そういうことですか」
「なんだよ」
「○○って馬鹿ですけど、頭の回転はそこまで遅くないですもんね」
「褒めてんの?けなしてんの?」
「この際、はっきり言わせてもらうわね」

文が敬語ではない素の口調になる。

「あなたに妖力を溜めさせて外界に帰れないようにしたのは私よ」
「…!!」

疑惑はあった。それはだんだんと確証となっていた。
それでも、本人からこんなにもあっさりと言われたことで○○は言葉を失ってしまった。

「この酒を飲まなかった時点で薄々気づいていると思うけど、方法はこの酒。
人間用の酒なんて嘘をついたけれど、本当は人間を天狗にする為の酒なのよ。
期間をあけて飲酒としての適量を飲むだけだったから、天狗になりきらず妖力だけ溜まっている状態になっているの」
「なんでだよ…なんでだよ文!?」
「疑問に思うのも無理ないわよね。話すわ。ただ、順を追って話すからね。
ねぇ、○○。この世で一番素敵なことは何だと思う?」

かなり話がそれた気がしたが、順を追って話すということだったので○○は止めなかった。
素の状態の文は、自分の言いたいことをはっきりと言うのではぐらかしたり、嘘をついたりしているわけじゃないことは今までの付き合いからわかっていた。
ただ、この突然の質問に答えることはできなかった。
文は、回答を求めていたわけではなかったらしくすぐに続けた。

「私は、好きな人、愛おしい人の笑顔、姿を見ていくことができることだと思うの。
私個人の考えであって、押し付ける気はないけどね。…ううん、こうなった以上、押し付けているようなものなのかもね。
とにかく好きな人の姿を見ていくことが私は幸せなことだと思う。
笑顔が一番だけど、働いたりして必死に生きていたり、なんの目的もなくフラフラとぶらついている姿でもいい。愛おしい人を見てるだけで他はなにもいらないって思える。
まぁ、その人と一緒になれるなら、それが本当に一番なんだけどね」
「いや、ちょっと待て。その話の流れだと…」
「そう。私は○○のことが好き」
「ま、マジっすか…」
(あなたのことを好きなのは私だけじゃないけどね。この鈍感)ボソッ
「え?なんか言った?」
「なんでもないわ。とにかく私はあなたのことを見ているのが好きだった。
だけど、あなたは普段からよく言っていたわよね。いつか外界に帰るって。それは嫌だっただから…」
「だからってお前、こんな方法…」
「酷い手だという自覚あるわ。
ただ、言わせてもらうと私も時間をかけて説得する気ではいたのよ。帰るって言い出したらなんとか理由を付けて滞在を伸ばさせつつ。
この酒は、保険のつもりだったのよ。普通に美味しい酒を一緒に飲みたいっていう気持ちもあったしね。
そうしたら、あなた誰にも言わずに帰ろうとしたじゃない」
「あ、あれは…」
「帰るときは言ってくれると思ってた。でも、あなたからは言ってくれなかった。
私は普段から、遠くからあなたのことを私は見て、見つめていたの。
そうしたらあの日、あなたは普段行くことのない博麗神社に向かった。外界に帰る為に。
この時から、正攻法の説得を諦めたわ。見送りのせいで帰りたくなくならないように誰にも言わないで帰ろうとするほど帰りたいのだと思ったから。
だから帰るという情報を嗅ぎつけたから見送りというていで合流させてもらった。どうせ体内の妖力のせいで帰れないから」
「文…お前…」

先に、皆に言わないで黙って帰ろうとしたのは○○だ。いや、時系列的には酒の方が先なのか?
ともかく、そういう意味では○○はみんなを、文を裏切ったといえるだろう。
それでも、自分勝手だという自覚はあるけれど○○は文の行動に怒りを覚えてしまった。
裏切ったしまったという自覚がある手前、叫んで糾弾したりはしなかったが○○は文に聞いた。

「こんなことして、バレて俺に嫌われるとは考えなかったのか?
俺の性格上、少しは自分の体について調べるかだろうことは予想できたろう?できたよな?
バレた時のリスクを考えずにこんなことしたのかよ?なぁ?」

妖力が体内に溜まっていなかったら勝手に帰っていたことを考えるとリスクを侵してでもやる意味はあるのではないか?内心はそういう考えがあるのはわかっていた。
妖怪化するのが目的ではく、勝手に帰らないための保険としてある程度の妖力を溜めさせるのが目的なのも理解しているつもりだ。
しかし、それでも友人に騙されて自分にとっては未知な力を体内に溜めさせられていたショックで聞き方がだいぶ棘のあるものになってしまっていた。

「別に嫌われてもよかったのよ」
「…その考えは理解できねえよ」
「確かに、一番の理想はあなたが妖力の謎の解析を諦めて幻想郷への永住を決めて、私と添い遂げてくれること。
監視の意味もあったけど、着いて行って手伝ったのは好感度をあげたかったっていうのもあるのよね。我ながら卑怯ね。
少しは罪の意識もあったからっていうのもあったけれど、だから情報をまとめる手伝いはしっかりやったけれど…いや、これは言い訳になるわね。
情報をまとめても選択肢が多いから真相にたどり着きはしないと思ったんだけど、あなたのことをなめてたのかもね。
でも、バレて嫌われてしまってもよかったから手伝えたのかもね」
「だから、それはなんでなんだよ」
「理想はともかく、優先順位的にはあなたを見つめていきたいというのが一番だったのよ。
たとえ、嫌われようとも、一生口を聞いてくれなくなっても…目の届く範囲に、幻想郷にあなたがいることが重要だった。
正直、どこかに監禁とかされなければあなたが誰かと世帯を持って、子供とか育てていくのを遠くから見てるのでもいいのよ。
例え、私の事なんかを忘れていても幸せそうなあなたを見ているだけで私も幸せになれるから。あなたが天寿を全うするのを、あなたの人生を見つめていたかった。
だから、バレたら嫌われようと絶交されるリスクがあろうと、あなたが勝手帰らない為の保険として妖力を溜めさせたの。
…散々以外だったとか言ったけれど、あなたなら言わないで帰ろうとすることがわかっていたのかもね」

ここで文は大きくため息をつく。

「見つめていければいいとはいっても、あなたに私の知らない女性の知り合いがいたと聞いて驚いてしまったり、他の女を心配することが妬ましかったり未練タラタラだったけどね。
…ねぇ、○○。逆に聞いてもいかしら?」
「…なんだ?」
「ことの真相を知って、あなたはこれからどうするつもり?」
「俺は…」


今まで結構いい加減に生きて来て、その場その場で都合のいい嘘をついたりしてきたことも多い○○。
だが今は、阿求の時の様に事前に誓うこともせず、正直に自分の想いを言うべきだと思った。だから、本心を口にする。

「妖力が溜まっていたのがこの酒が原因だっていうのならもう飲まない。
定期的に追加で摂取しないならそのうち妖力が抜けるらしいから、抜けたら外界に帰る。それだけだ」
「そう…今度は本当のことを言ってくれてありがとうね」
「もしかして、以前の取材で都合のいい嘘をついたっての根に持ってる…?ってうわ!」

いきなり文に押し倒され馬乗りにされた。

「待て、取材で嘘をついたことは謝る!」
「それを謝るぐらいなら勝手に帰ろうとしたことを謝ってほしいけれど、そんなこと言える立場じゃないわね」
「なんだよ、どうしたんだよ?」
「言ったでしょ。幻想郷からあなたがいなくなるのが嫌なの。あなたに嫌われようと恨まれようとそれだけは阻止させてもらうわ。
それにはどうしたらいいかわかる?」

文の手には例の一升瓶があった。

「…!!まさか」
「そう。まずはこの一升瓶。それが終わったら私の家に連れて行って貯蔵してあるこの酒を飲んでもらうわ。無理やりにでも」
「文…やめ…」

○○の口の中に無理やり酒が流し込まれる。

「○○。許してくれなんていわないわ。だけど、これだけは言わせて」

無理やり酒を飲まされ、パニックに襲われてなんとか文の下から逃げようともがく○○。しかし妖怪と人間の力の差かそれは叶わない。
そんなパニック状態の○○の耳にも文の言葉は思いのほか鮮明に聞こえていた。


「ごめんなさい」



<続く>

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最終更新:2014年07月21日 13:46