「あのー咲夜さん……」
「はい、なんでしょうか○○様」
「……俺なんか咲夜さんを怒らすようなことしましたっけ?
あれですか?逃げだした件ですか?」
「いえ、特に怒っていませんが」
「敬語を使うほどに、距離をとりたくなるほど怒っているわけではないんですか?」
「そのようなことはないですが……。
もしかして、昨日のことを覚えていないんですか?」
「え?昨日ですか……」
「まさか本当に覚えていないんじゃ……」
「覚えてますよ!覚えていますとも!!」
正直まったく覚えていない○○だったが、覚えてないといえる空気ではなかったのでシラをきった。
同時に咲夜に聞くことは叶わない空気だった。
とはいえ状況は知りたい。それとなーく聞けないだろうかと考えていたが……。
「はぁ……」
咲夜がため息をつきながらあきれ果てた表情でこちらを見て来ていた。
(あれ?これ覚えてないことバレてね?)
「それで今日も執事服を……。お嬢様は自室にいらっしゃいますよ?」
「え……あ、はい!」
やはり
レミリアが無関係ではないようなので、レミリアの元にも行って様子を見てみることにした。
咲夜がついてきたのでふたりでレミリアの部屋に赴く。
「お嬢様、失礼します」
「あら、おはよう○○。そんな呼び方じゃなくて名前で呼んで頂戴」
「え?」
「私たちはもう夫婦なんだから。敬語も必要ないわ」
「え?」
「まさか、あなたからあんな熱い告白をしてくるなんて思わなかったわ」
「ええー!?」
まったく覚えていない昨晩のことだが、今のレミリアとの会話でだいたいの状況は把握できたのだが……。
(え?なんで俺お嬢様に告白してんの?
いや、確かにお嬢様は魅力的な方とは思ってるけど俺執事だぞ!
てか……え?え?お嬢様OKしたの?なんで?どうしてこうなった!?酒こわい……)
「ねぇ……」
「レミリア……お嬢様……?」
「まさか、まさかだけど。酒のせいで覚えていないなんて言わないわよね?
私に告白しておいて、私がOKしたのにも関わらず、今から訂正する気なんてないわよね?」
「ひっ!?」
今のレミリアがはなっている威圧感と視線の鋭さは、初めてあった時と同等以上だった。
そして背後から咲夜がレミリアに聞こえない声で○○に囁く。それは今朝以前の○○へ対する口調だった。
「乙女心は傷つけるものじゃないわよ?」
「……」
酔っていて覚えていないとはいえ、自分から告白したのだ。
それにレミリアは異性として魅力的な相手だ。
○○は責任をとる覚悟を決めた。
「もちろん覚えてま……覚えてるよレミリア」
「そうよね!式まで挙げたんだものね」
「式まで!?」
式まで挙げて夫婦という関係になったことで軟禁の命令は解除されたらしい。
とにもかくにも、状況の把握はできたと一息つく○○だった。
不自然じゃないように内心ドキドキしながら言われた通り呼び捨てにしたが特に問題はないようだ。
「てか、なんで今日も執事服?休日とかに着ていた私服持ってたわよね?」
「え、いや……なんとなく」
今のやりとりをしている間、咲夜はやれやれといった表情で○○を見ていた。
先程の囁きと合わせて、実は昨晩の記憶がないことが咲夜にはバレているということがわかった。
とはいえ、咲夜はそのことをばらす気は皆無の様であった。
「じゃあ、行こうかしら○○」
「え?行くってどこにです?」
「フランのとこよ。昨晩あなたが言ったんじゃない。
お互い対等な夫婦になるんだから、紅魔館から出ないっていう私のお願いを聞くかわりに、フランを出してくれって」
「あー。そうそう言いました言いました」
咲夜の呆れたような視線を背中に感じながらも○○はレミリアについて行き移動する。
結局昨日のことは自分では思い出すことができない○○だったが。
話を聞いた限りは、結果よければ全てよしということで昨日の自分を褒めたい気分だった。
フランを解放したこともそうだが、告白を成功させたことも。
そんなことを歩きながら考えていたら、ふと思い出したかのようにレミリアが振り返った。
「ねぇ、○○。関係が変わったばかりで馴れないかもしれないけれど……できるだけ敬語はやめてね?」
先程の会話では、そういえば途中から敬語に戻っていたなと言われて気づく○○だった。
「うん。わかったよレミリア」
そう答えて、気をつけなきゃなと思った。
それほどまでに、振り返ってお願いしてきた時のレミリアの上目づかいは強烈だった。
それから2週間が経った。
紅魔館の廊下を走る、ひとりの少女がいた。
フランドール・スカーレットだ。
フランは姉であるレミリア・スカーレットの部屋の前まで来ると一息つき、直後にドアを思いっきり開ける。
「○○ー!あーそーぼー!!」
「ああ、フランちゃん?いいよ」
「わーい!」
○○から遊びの快諾を受け、はしゃぐフラン。
そんなフランに同室にしたレミリアが声をかける。
「ちょっとフラン!わかっているでしょうね!?○○にケガさせたら承知しないわよ!?」
「お姉様しつこい!○○のお蔭で出てきて以来、痣ひとつ作ってないでしょ!今だってちゃんと止まってから離しかけたもん!」
「以前に痣を作ってるのが問題なのよ」
軽く姉妹喧嘩を始める。2週間前にフランが解放されてから、フランが○○に遊んでほしいとせがんでくるたびの光景だ。
それを見ていた○○はレミリアを宥める。
「大丈夫だよ、レミリア。この2週間、レミリアが監禁をやめた時のいいつけをフランちゃんは守ってるんだから。
遊ぶだけなら問題ないって」
「○○がそういうなら……」
フランは以前のように勢いをつけて抱き着いてくるようなことはなくなっていた。
それでも、監禁したり会わせなかったりはしないものの、未だに心配なようだ。
フラン関連ではなく、○○の身を必要以上に、病的なまでに案ずるというのは従者と主という関係から夫と妻という関係になってからやや悪化しているようにも思えた。
今では可能な限りレミリアのほうから○○の側にいるようになっていた。
紅魔館外への外出は現在も禁止ではあるが、運動不足解消のために紅魔館敷地内の庭をレミリアを連れ立って歩くぐらいはあった。
また、○○の趣味の買い物・外界の物収集に関してもある程度の解決策ができていた。
「ただいま、戻りました」
「あ、咲夜さんお帰りなさい」
「○○様、こちらが新しく入荷していた外界の品のリストです」
「ああ、どうも。どれどれ……あ、これとこれは欲しいですね」
「かしこまりました。では、購入してまいります」
「いつも往復させてしまってすいません」
「いえ、かまいません。それと、前も言いましたが、私のことは呼び捨てで構いませんよ」
「何故か咲夜さんに対しては話し方変えられないんですよねー。直属の部下だったからかな?」
以前から咲夜は呼び方と話し方について、それとなく変えるように言われている。
とはいえ、レミリアの親友の
パチュリーに対しては今も敬語で様づけであり、フランも以前から子供に対する口調で接している。
美鈴・
小悪魔も元から呼び捨てでタメ口だったので話し方、呼び方が変わったのはレミリアだけなのだが。
若干不満そうな顔をする咲夜。
その表情に気付いたレミリアが咲夜に言う。
「咲夜、○○はあなたの主である私の夫よ。わかってるわよね?」
「承知しております。ですから、呼び捨てで構わないと進言していたのです。他意はありません」
「なら、いいけど」
「ねー、お姉様!もういいでしょ!○○借りるよ。行こう、○○。おままごとしよう!」
「ちょっとフラン?おままごとだとしても○○と夫婦になるのは許さないからね!」
○○を連れ立って自分の部屋に向かうために、レミリアの部屋を出ながらレミリアに声をかけるフランにレミリアが注意を促す。
「レミリア、おままごとの中でぐらいいいんじゃない?」
「嫌よ」
「……そうか」
夫となってからは男女関連で嫉妬する様な面も見せ始めたレミリア。こちらの方面でも中々に強情だった。
○○がフランと遊んだり、パチュリーの元へ読書しに行くことを禁止したりはしなかったが。
「わかった、そういった恋愛的関係じゃないのにするわ」
フランもやれやれといった感じで従う。
○○の体に傷をつけないことには理解を示している。
やや不満はあるが、夫である○○とままごとのなかですら男女の関係になることを嫌っているのもわかる。
それでも、○○に遊びをせがみに行くたびに、毎回にレミリアに小言を言われるのは気がめいっていた。
そして……
「じゃあ、行こうかフランちゃん」
「うん!」
「あ、待ちなさい!私もついて行くわ!」
「え~また?」
禁止こそしなかったが、毎回のようにレミリアは○○についてきていた。
「見てるだけよ。邪魔はしないわ」
「う~。は~い」
しぶしぶといった感じで自分の部屋に向かうフランとそれについて行く○○とレミリア。
それを見送ると咲夜は、再び店に向かった。
フランと遊び終わった○○。
現在はレミリアの部屋、夫婦の部屋へと戻っている途中だった。
レミリアは現在○○におぶられている。
フランやパチュリーの元に○○が行った後は、決まっていつもより体を密着させてのスキンシップを求めるのだった。
「ゴホッ」
「○○大丈夫?」
○○が咳をすると、レミリアは慌てたように彼の背からおりた。
「ごめんなさい、私のせいで!!どうしよう……」
「いや、ちょっと咳こんだだけだよ」
「本当?私をおぶったせいだっていうなら、正直に言って」
「私のせいでってそういうこと?レミリアのせいじゃないよ」
「そう?……病気だったりしないわよね?死んだりしない?」
「大丈夫大丈夫。以前から俺の生命力舐めすぎだって」
「咲夜にいって永遠亭の最新の薬を取りにいかせなきゃ」
「落ち着いて!てか3日前にくしゃみした時に咲夜さんに買いに行ってもらった風邪薬がまだ残ってるよ」
「だって……」
以前見た狼狽ほどではないが、若干レミリアが取り乱し始めていた。
そういった面を見始めた当初は、関係が従者と主ということもあり茫然とすることしかできない○○だったが今は違う。
「レミリア……大丈夫だよ。いなくなったりしないから」
「○○……」
○○はレミリアを抱きしめながらやさしく宥める。
レミリアはそれだけでだいぶ落ち着きを取り戻していた。
「ねぇ、○○」
「ん?なんだいレミリア」
「その……紅魔館に閉じ込めて、ごめんなさいね」
「なにをいまさらって感じだよ。今はもう気にしていない。
もうこの生活にも慣れたしね。俺はレミリアがいて、フランちゃんや咲夜さん達がいて、それで十分だよ。
自分で品物を物色することはできないけど、咲夜さんが商品を見て来て買ってきてくれるし」
「そう行ってくれると嬉しいわ。○○を危険な目に会わせたくはないけど、外出禁止にした時だいぶショックを受けていたみたいだから」
「レミリアこそ気にしないで。妖怪は精神的生き物なんだろ?」
「ありがとう」
「それにさ、俺の代わりに咲夜さんが品物を見に行ってもらって、俺が欲しいのを買ってきてもらうっていうのを提案してくれたのはレミリアだろ?
お蔭で外出できないストレスはゼロなんだよ。さて、咲夜さんはもう帰ってるだろうからね。今日は、映画のDVDを買ってもらいに行ってるだよ」
「映画って、前に話してくれた外界の奴よね。確か、恋人同士が見に行ったりもするのよね」
「そうそう。前に買ったDVDデッキとテレビを使えば見ることができるよ。一緒に見よう」
「うん」
執事だった○○はひょんなことから主であるレミリアと夫婦になった。
いつの間にか失いたくない存在になっていた○○をレミリアは夫婦になった後、より深く愛した。
○○も素敵な女性ぐらいにしか結婚以前は思っていなかったが、夫婦になって初めて見せるレミリアの色々な面を見て、今ではレミリアを唯一無二の終生の伴侶だと思っていた。
多少というか必要以上に心配性で過保護な面があるが、○○はそんな一面も全て受け入れていた。
ふたりは今日も紅魔館で、他の家族たちと共に暮らしている。
<了>
最終更新:2014年07月21日 14:10