最後の猟師シリーズ これが最後、河岸を変えます
ウロウロとしている小振りな猪に照準を定め引き金を引く。
哀れな、道に迷った猪は頭に風穴を空けられ、どうと倒れた。
近くの貯水池に引きずっていき、解体し肉を捌いていく。
住んだ透明度の高い水に、赤い血の筋がいくつも流れていく様は生命が散っていくようだ。
そんな感慨を思いながら、内臓を洗い、切り分けた肉を容器に詰める。
皮は骨などと一緒に地面に置いておく。皮は生臭いと同居者が嫌うからだ。
ふと、池を離れる前に振り向く。先ほど骨やら皮を山積みにした場所をだ。
そこは大きく陥没し、その上を植物の渦がズルズルと覆っていた。
まるで、獲物を森そのものが飲み込むように。
(いや、違うな。それそのとおりだ)
数分で森と林を抜け、野菜畑を通過する。
ここは別荘とは違う本邸。同居者が一番気に入っている太陽の畑。
季節が夏に差し掛かっていることもあり、今彼はここに居た。
「あら、おかえりなさい。猪、とれたのね」
「ああ、ただいま。数日は肉料理が楽しめそうだよ」
「そうなの大漁ね。桜のチップを用意しておくわ。燻製にするんでしょ?」
畑仕事に精を出していた同居者が猟師に駆け寄り、軽く口付けを交わしてきた。
そのほっそりとした肢体を抱きしめて口づけを愉しんだ後、彼女はチップを取りに行くため倉庫へと歩いて行った。
肉を塩漬けにして燻製の準備をしながら、猟師の◯◯は遠くを見やった。
それは、環状の緑だった。緑の壁だった。
太陽の丘を囲むように、環状の森が形成されている。
この即席の森は、季節ごとに移動し郷の各地に出現するのだ。
風見幽香と、その連れ合いである◯◯が住まう場所に応じてである。
移動は◯◯が寝ている間に行われる為、◯◯は此処数年、この環の中でしか生活した事がない。
◯◯は彼女から全てを与えられていた。
大妖怪たる彼女の加護を。彼女の領地と住まいで生きる権利を。
彼女の領地に引きこまれた獲物で猟をする楽しみを。
自由と外界に戻る権利以外の全てを、風見幽香に保証され生きていた。
満たされた鳥籠の中で、彼は不満だったのか?
「◯◯、ご飯、出来たわよ」
「ああ、解った。直ぐ行くよ」
頷いた後、先程の作業で近くに生えていた草が傷ついていた事に◯◯は気づいた。
いけない、こんな無思慮なことでは彼女に怒られるなと、◯◯は軽く草木を撫でる。
撫でられた後の草が「元通り」になっている事に満足すると◯◯は食堂へと歩いて行った。
不満などあるはずもない。
既に、◯◯は風見幽香が彼を囲うために作り出した世界の一部なのだから。
最終更新:2014年10月29日 20:38