「お隣、よろしいかしら?」

神社にて催される人妖入り乱れる宴会にて。
一人の金髪の少女が、一人の少年の元と歩み寄った。

「……ど、どうぞ」

○○は崩していた足を正座に直し、少し横にずれて彼女の座るスペースを空けた。
しかし、彼女は少年の隣のスペースにスキマを展開し、そこに腰かける。

「………?」

そして、彼女のちょうど手元にあった少年の襟を掴むと、片手で少年の身体を起こした。

「ちょ……え?」

 少女は展開したスキマを少年の尻元まで広げ、手を離し○○にスキマの上へ腰を下ろさせる。
 少女の太ももが密着し、色沙汰に無縁な○○は思わずドキリとした。

 彼女のその表情は、悪意が全く感じられない、イタズラをしたときの子供の笑みそのものだった。

「お手元が空いてるようね?」

 言って、少女はどこからともなく酒瓶を取り出し、空いたグラスを持った○○の手を掴んだ。

「あ……すみません。 僕、未成年なので」

「あらそう?
 でも、この幻想郷にそんなものはありませんわ」

 まだ10代を越えたばかりの○○は断ろうとするも、彼女は○○の態度を気にすることなく、先程まで水割り用の水が入っていたグラスに無理矢理酒を注いだ。

「とっても永い間寝かせた、とっても上品なお酒よ?
 そこまで強くはないから飲んでみなさい?」

 相手が妖怪だけに強く反発することが出来ず、彼女に促されるまま、少年はそのグラスの中身を呷る。
 酒の飲み方を知らないが故に一気に喉に流し込んでしまい、その苦みとアルコールによって思いっきり咽返ってしまった。

「あらあら勿体無い……大切なお酒が……」

「す、すみませ……げほっ、げほっ」

「気にしなくていいのよ」

 彼女は○○の背中を摩りつつ、何本もの狐の尻尾が生えた少女に手招きした。

 2人の元へ歩み寄ってきた狐の尻尾が生えた少女は、手ぬぐいで少年の服に零れた酒をふき取る。

「思い出してみれば、初めてお会いしたときもこんな感じでしたね」

「全くよ。
 お酒どころかお菓子も食べたことのない、至って無垢で健全な坊やだったわ」

「な、何の話ですか?
 ……!?」

 真正面と真横でクスクスと笑う二人の妖怪に恐怖を覚え、少年は思わず立ち上がろうとするも、まるで何かに縛られたかのように身動き一つ取れなかった。

「残念だったわねぇ……折角のクリスマスなのに、幻想郷に迷い込んでしまうなんて」

「……いいえ、どうせ家じゃクリスマスを祝ったりしないので」



 ○○の家は両親共働きで、しかも二人ともワーカーホリックであったため、今日のクリスマスどころか誕生日すらも祝わない。
 そのくせ、成績だけはああだこうだと口出ししてくるため、○○はクリスマスの日すら塾に通う羽目になった。

 その塾帰り、お祭りムードの街中を歩いていた○○は、いつしか幻想郷に迷い込んだ。
 幸運にもすぐに人里へとたどり着き、折角だから外の世界に帰る前に宴会に参加しないかと陽気な二人の鬼に誘われたのだった。
 そして宴会の場にて、カバンの中の筆記具とトランプを用い、自身の特技である手品をありったけ披露した。
 手品は大盛り上がりで、○○は宴会の場のスターとなった。

 数十分後、新たに酒を持ってきた天狗達が現れ、妖怪達の興味が余所を向いたところで○○は一旦宴会場の外れのスペースに避難し、今に至るのである。



「そ、それに、宴会はとっても楽しいですよ。
 僕の手品を、これほど楽しんでくれる人なんて、外の世界じゃ早々いませんから……」

「ふうん……」

 会話をしつつも、○○は少女の元から離れようとするも、○○の身体は何かに縛られたかのように全く動かない。
 恐怖により滝のように汗を流す○○の首筋に、狐の尻尾が生えた少女の掌が触れた。

「汗びっしょりですね。
 良かったら、宴会の後で私たちの家に来てお風呂でも浴びませんか?」

 狐の尻尾が生えた少女は、○○の隣のスペースに腰かけ、○○の胸にしだれかかった。
 熱い吐息が○○の首筋に当たる。

「え、遠慮しておきます。
 そうだ、そろそろ家に帰りたいんですけど……」

「嫌よ。
 折角見つけたんだもの、帰すワケ無いじゃない。
 ねえ、藍?」

「はい。
 今度と言う今度こそ逃がしません。
 無理矢理にでも妖怪に変化させ、今度こそ私達と添い遂げてもらわないと」

 2人の少女は、艶やかに○○の胸元と背中に腕を回す。


―――そうだ、思い出した。
 自分は、昔、それも気が遠くなるほど昔に、彼女達と会ったことがあった――――

「一度目は人間として生きることを貫き、無謀にも鬼に力比べを挑んで命を落とし、
 二度目は、せっかく妖怪に転生したのに、妖力を満足に扱えないまま退魔師に喧嘩を売ってあっさりと滅ぼされ、
 そして三度目が……今、私たちの目の前にいる」

―――そうだ、さっき彼女に渡されたお酒は、
 自分が滅ぼされる三日前に、転生祝いとして鬼から譲り受けたものだ。
 彼女たちは口を付けずに、大切に残しておいたのだ―――

「……そうですね。
 今度は妖怪に転生させた後、私たちの家に閉じ込めてしまいましょうか。
 そうすれば、無謀に走って死ぬことは無いでしょう」

「ええ。
 ……あら? 何をそんな怖そうな顔をしているの?」

 目の前の少女……八雲紫が、○○の太ももをそっとさすった。

「心配しなくて大丈夫よ。
 退屈させないように、私達が面倒をみてあげるから……」

 八雲藍が、○○の小さいお尻をさすった。

「お前のお母さんたちには、私が話を通しておこう。
 だから、お前は何も心配することは無い」

――――思い出した。
――――僕は彼女たちの事を愛していた。

――――彼女たちは、それ以上に、僕の事を愛してくれた。
――――妖怪なんかに恋をしたり、挑発されるがまま鬼や熟練の退魔師に喧嘩を売ったりする、命知らずで、見栄っ張りな、この僕を。

「……母さんたちは、放っておいて大丈夫ですよ。
 どうせ僕が消えたって、あの人たちは悲しみもしませんから。
 でも……閉じ込められるのは、さすがに……」

 ○○は、両脇の彼女を、その小さな腕でぎゅっと抱き寄せる。
 ……2人の妖怪が、嬉しそうに微笑んだ。

「駄目よ、二度も私達を裏切ったのですもの」

「仏の顔も三度と言いますけど、私たちは二度が限界です」

 2人の妖怪は、○○の小さな体を、一層強く強く抱きしめた。


 その後。
 宴会の場から三人が姿を消したが、既に酒が回った人妖達はそれに気づくことは無かった。

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最終更新:2014年11月02日 00:27