寂れた小屋の中で一人の男が壁に寄りかかっていた。
その表情は暗く、目尻には涙が浮かんでいた。
何故なら数時間前に恋人に別れを告げたばかりだからだ。
「仕方なかったんだ。こうするしか……」
こうするしかなかった。そう何度も呟いては嘆息する。
自分はただの人間で、彼女は不老。
終焉は必ず訪れる。逃れる術などない。
今は楽しくとも長引けば長引く程に別れが辛くなる。
ならばいっそと、別れ話を切り出し彼女の元から去った。
その時の彼女の顔が脳裏に焼き付いて離れない。
恐らく――いや絶対に――忘れられないだろう。
「愛してた……。違う。今でも愛してるんだ」
何度も呼んだその名を口にする。
「紫」
――ええ、私もよ。
彼女の声が聞こえた、気がした。
いや、実際に聞こえたのだ。紫の声が。
どうやら返事は幻聴ではなかったらしい。
その証拠に、突如背後からズルリと腕が生えてきて、優しく男の体を包んだ。
「見つけたわぁ、こんな所に居たのね」
探したんだから、そう続ける彼女はとても嬉しそうだった。
地の底から響くような声に男は身を竦ませながらも必死に声を絞り出す。
「紫、もう俺達は終わったんだ!」
「終わった……? ふふ、なんのことかしら」
ズルズルと腕に続き、紫の顔が○○の顔を覗き込む。
「貴方と私は永遠に愛し合うの。いつまでも一緒なんだから」
「そんなこと、不可能だ!」
だから自ら断ち切ったというのに。全て終わらせたつもりだったのに。
「心配しないで」
子供をあやすように優しく頭を撫でられる。
そして次に紫が告げた言葉は――
「貴方も私と同じになりましょう?」
同じとは、そこまで言いかけて○○は自分の置かれている状況に気付いた。
だがもう遅かった。既に体は半分程スキマに引き込まれていて、身動きがとれない。
「ゆか、り」
「さぁ行きましょう○○。素敵な世界が貴方をマッテルワヨ」
ほどなくして、二人の体はスキマの中へ消えていった。
最終更新:2014年11月02日 01:57