妖夢は可愛い貴方の侍
……最初は、別になんとも思ってなかった。
紫さまから預かった外来人、○○さんは一言で言えば気の良いおじさんで、剣が使えるわけでも、弾幕が撃てるわけでもない普通の男のひとでした。
「……ん」
髪の毛越しに感じる体温がじんわりと私を溶かしていく。
○○さんの手。
なんとも思って無かった筈の手。
○○さんは、何故か良く私のことを見ていてくれました。そして、いつも大袈裟に労ってきました。
凄いな妖夢さん
偉いぞ妖夢さん
お疲れさま妖夢さん
そういって笑っていました。
そう………最初はなんだか馬鹿にされているようで、むしろ不愉快でした。
不愉快………ううん、今なら分かる。
あのときからすでに、私は嬉しかった。
嬉しかったのに、それを感じる、なんだろうか、器官が体のなかで育ってなかった。そう思う。
だって、このひとが伸ばした手を私は切り落とそうとはしなかった。
女性の髪においそれと触れるなど言語道断!……とでも理由を付けては剣を抜く、私はそんな女だったように思う。
「あぁ……」
良かった……切り落とさないで。
なんて幸せなんだろう。
彼の言葉が、体温がゆっくりと私を侵していく。
いつもありがとう、妖夢さん
今日の夕食も本当に美味しかった
えらいな、妖夢さんは
「……うん………」
うん、だって。
言ってから驚いた。
ぽんぽん、と軽く2回弾ませる。いつもの終わりの合図だ。
だめ、もっと!
「………」
彼の手を取って、私の頬に導く。
髪の毛越しでない、直の体温。
ふしくれだった手、固いかさを通して確かな温もりが私の皮膚をすべる。頬擦りなんて、生まれてはじめて。
素敵。
こうして目を閉じていると、よりハッキリと感じる。
まるで自分が一匹の人魂となって、そのよるべを求めてさ迷うような感覚。でも、よるべは、その陽の気は付かず離れず私の側に居る。居るんだ。
妖夢さん、今日は随分甘えん坊だ。
少し驚いた声。
そうですね、こうして貴方の手をとるのは初めてですもの。
でも、もうだめです。妖夢はダメになってしまいました。
この温もり、逆らえません。手放せません。ダメになってしまったんです妖夢は
「……妖夢は、妖夢は……」
妖夢は……なんと言えば良いのだろう。どうすればこの想いのひと欠片でも伝えられるだろうか。
お慕い申しております、とでも言えれば良かったのか。
でも、この矮躯では真に受けて貰えないかもしれない。
平坦な胸、華奢なししおき、身の丈もせめてあと二寸は欲しい。
こんな体、でも、こんな体でも、貴方が喜んでくれるなら私は、私は……
「あっ」
頬とは別に頭にも温もりが。
何か悩みかな妖夢さん。急がなくて良い。落ち着いて。なに、妖夢さんはがんばり屋だ。きっと善くなる。
瞼の向こう、暗闇の中からそういう貴方の気遣わしげな声。
がんばり屋、ふふ、ふふふ、ねえ、○○さん?頑張っていいのですか?
妖夢は今、如何にすれば貴方をろうらく出来るか、もっと言えば貴方を独り占め出来るかを浅ましくも思案しているのですよ?
もはや誰にも渡せません。この温もり、貴方の声、まだ知らない貴方他の部分全てを
「妖夢を……妖夢を、可愛がって下さい」
きゅっと頬に添えられていた手を握りしめ、囁くように出した声は自分でも信じられないほど媚びた色をしていた。
私の掌の中で○○さんの手がビクリとこわばるのが分かりました。
だめです。逃がしてあげません。
こんな小さい手ですけど、剣士の手ですよ?
どうやら、私の意は正確に伝わったようで、絡めた指と合わせた掌から彼の動揺がまさに手に取るようにわかります。
その慌てよう、脈があると自惚れて良いんですか?
もし、もしその声で私を貴方のモノにする旨宣じていただけるなら、私は私の全てを本日只今より貴方に捧げて構いません。構わない?いいえ、いいえ妖夢はそうなりたいのです。
貴方だけが私を労ってくれる。
貴方だけが私を認めてくれる。
例えこの先、そうした人がほかに現れたとしても、もう要りません。
妖夢は半霊半身を懸けて、貴方だけに尽くします。
邪魔するものも、貴方を苦しめるものも、前に立つものはこの剣が拓いて見せます。
だから、だからどうか
「お願いです。妖夢を、可愛がって下さい○○さん」
最終更新:2015年02月03日 11:47