妖々夢編 西行寺幽々子

    障子越しに射し込む柔らかな冥界の明かり、畳の青臭い香り、そしてこの八畳間に自分と○○だけ……彼女はこの瞬間を愛していた。
    手ずから茶を立てて振る舞う。
    ○○は知るよしもないが、これは親友の紫にも滅多にしない。
    見よう見まねの拙い作法で○○はそれを頂いた。
    「結構なお手前で」
    「あら、ありがとう。でも、ほんとうに分かっていらっしゃるの?」
    これは自分が茶を立てることの意味を言っている。
    当然○○にはそうとは伝わるまい。
    ただ茶の味や作法のことだと思っているだろう。
    しかし、幽々子はそうと分かって言葉遊びを楽しんでいるのだった。
    そう、今はこれで良い。
    この柔らかで風流な時間の果てにいつしかこの気持ちに気付いて、対面している今の姿勢から背を預け温もりを感じながら共に庭を見るようになれれば。

    その為には少しずつ、少しずつ、ヒントをあげましようね

    幽々子はやがて来ると疑わぬ幸福な未来を夢想してたおやかに微笑んだ。

    しかし

    「実は、お伝えしたいことがあるのです」

    ○○は意を決したような、男がここ一番という場でしか出さない声色で幽々子へと改めて膝を向けた。

    新たに茶を立てていた幽々子の手が止まる。
    俯いた幽々子の顔は前髪に隠れ○○からは見えないが、その表情たるやなんと表していいものか。
    頬は染まり、引き結んだ唇は笑みを形作るのを無理やり止めた為歪に波打ち、潤んだ瞳はじっと一点を見つめながらも何も見ていない。

    もう、いやだわ。いやだわ……どうしてもう、もうっ○○ったらいけずだわ……こんな急に?
    駄目よもうっこういうのはもっともおおっと焦らして楽しむものよ?
    そんなになの?今なの?……もう、せっかちねぇ○○ったら

    幽々子の頭にはただひとつの未来しか想像できなかった。
    可愛い○○、愛しい○○からの告白。
    その瞬間が来たのだと。

    「実は……」
    「…………」

    「実は妖夢さんと、交際をさせていただいています」

    「…………え?」

    「実は先日……」

    続けて話す○○の声は、幽々子の耳に届かなかった。
    今自分の身に何が起こったのか、それを処理することに全身全霊を囚われ、彼女の心は断絶せれていた。

    「もう! ○○ったら冗談がすぎるわよぉ」

    数秒の間に無数の否定と受容を繰り返した結果、彼女が導き出した答えがこれだった。
    笑っている。
    笑顔でそう、冗談でしょ?と問うている。
    しかし彼女の瞳に何も映ってはー、

    「いいえ、幽々子さん。私は真剣に妖夢を愛しく想って」
    「それもう・そ。ね?」

    幽々子の笑みが深くなった。

    それから○○は、彼なりに真剣に自分が如何に妖夢を愛しく想っているか、はたまた妖夢が自分を慕ってくれているかを幽々子に説いた。
    ○○は生真面目だった。

    いつしか、○○の周りに蝶が舞い込んでいた。
    それは最初は一匹。やがて二匹三匹……
    察しの悪い○○が、自分が喋る度に増えていくことに気が付いた時には茶室に無数の蝶が舞っており、例えばこれに触れずに動くなど不可能なほどであった。

    「ゆ、幽々子さん?」
    「はぁい、なにかしら?」

    彼女の立てている茶器からまた一匹蝶が舞った。

    「ねえ、○○?貴方は……私のこと好き?」
    「えっ!?……それは、勿論好きですが」
    幽々子らしからぬ直接的な言葉に○○は息を飲んだ。
    と、幽々子が膝を着いたまま、ずいっと○○と膝がぶつかるほど接近してきた。
    幽々子の白魚のようななよやかな指がぎちっと○○の服を掴む。

    「ようむより?」
    「……それは」
    「妖夢なんかよりっ?」

    かっと見開いた目であった。
    鼻先がふれあうほどの距離で○○を見上げた幽々子の目はすがるような形をしながらも、その実深く深く奈落のようにただ深く、最早○○すら写してはいなかった。

    「幽々子さん、私は妖夢と……むぶっ!?」
    「ん、……んふっふぅ」

    ○○の唇が幽々子の桜色のそれで塞がれた。
    目を白黒させる○○を置いて、ぎっちりと彼の服を掴んでいた手がまるで地獄の底から這い上がる亡者めいて○○の体を力強く、おぞましく掴み這い上がり、やがては彼の服を割って押し倒した。

    「ぷぁ、ふふ……結構なお手前です。ふふ、ふふふ……」

    「ゆ、幽々子さん!何をっやめ」
    「嫌」
    「幽々子さ」
    「嫌!」

    「ねえ、○○。私ね、生まれて初めてなの。だからね、自信はあまりないのだけれど……」
    「帯を……や、やめるんだ幽々子さん!」
    「嫌」

    ○○に股がったまま、幽々子は自ら帯に手を伸ばした。
    衣擦れの音がしゅる、る、と官能的に響く。が、それは○○にとって、恐ろしいもの以外のなんでもなかった。
    愛した女がいるのだ。
    何より愛しい女が。いたいけな少女だが、深く自分を慕ってくれる、心を交わした女が。

    ふるん、と幽々子の豊満な乳房が揺れた。
    帯はどこかへと投げたのか消えている。
    「さあ、ここからは殿方の御勤めよ?」
    幽々子の手が万力のような力で○○の手を掴むと、自らの乳房へと導いていく。
    豊満な胸が期待からか、僅かに揺れる。
    「さあ、○○」

    「や、やめるんだ幽々子さん!」
    「さ、怖がらないで」
    「幽々子さん!」
    「私を怖がらないで?ね?」
    「やめ……」
    「さ、いっしょになりましょう?」
    「やめるん……だ、やめ……



    妖夢ーーっ!!」


    ーー迷津慈航斬!!

    ○○が愛した女を呼ぶのと剣閃がひらめくのは殆んど同時であった。
    妖夢の必殺剣が障子ごと、いや茶室ごと、愛する男を護るために放たれた。


    そして暫く、妖夢とその斬撃を避けた幽々子は向かい合いなにごとかを口にした。
    静かに。それは確かに決別の意思確認立ったのだろう。
    そして。一陣の風が吹いたその時、二人の女は、嘗ての主従は、お互いに宣戦を布告したのだった。

    「この剣で天へと帰れ、冥界の蝶!」
    「邪魔よ。朽ちて積もれ灰色の枝!」


    幽々子編、終り

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最終更新:2015年02月03日 11:57