「今日は後、何をやればいい……」
和洋折衷と言った、導師服に似た、少々奇妙な服装の青年は頭を掻き毟りながら縁側を足早に歩いていた。
「香霖さんに頼んだ、お札用の白紙は……先週の頭に頼んだから、もう出来上がってるはず
手元の手帳をピリピリとした雰囲気で、少々乱暴にめくったり。
「洗濯は、ああもうやったな」
すぐに済ませねばならない事柄に至っては、手のひらに走り書きがなされていた。
「紫様の冬眠なさるための準備……急ぐ必要はないが、そろそろ小道具の材料を香霖に頼まないと」
「大変そうだな、相変わらず」
男性の声が脇から、それは青年の事を慮る声だったが。
「ああ、そうだ!九代目の旦那さんが頼んできた、資料!届けないと……」
よほど忙しいのだろう。脇からの声にも、まったく気づいていなかった。
「でも……女の人と会うのは、藍が嫌がる……いや、そうだ!旦那さんに手渡せばいいんだ!それなら藍も嫌がらない!」
「お団子、食べるか?甘い物食べて、少し落ち着こうや」
埒が明かないと思ったのか、男は青年の目の前に、団子の乗った皿を突き出してきた。
だがその声は相変わらず、穏やかで、青年の事を慮るものだった。
最も、そうでなければ団子を与えようとはしないだろう。

「あ、ああ!?え、あ?」
「やっと気づいてくれたか。ほら、食べろ。ああ、それとも。あんこよりも、きな粉の方が良かったか?」
ようやく自分の事に気づいてくれた青年の、鳩が豆鉄砲を食らったような顔を、男はにこやかに見ていた。

そのにこやかな顔をした男も、やっぱり妙な服装だった。
色彩の基調は、紫で。さすがにヒラヒラした装飾はないが、どちらかと言えば少女趣味を想起させるような服装だった。しかもその男、無精なのかお洒落のつもりなのかは分からないが。無精髭があった。
街中でこのような、少しばかり少女趣味な服装の、しかも無精髭の男を見れば。
悪くすれば、誰かしらに呼び止められてしまい。あらぬ疑いをかけられそうだった。
そんな事がなくとも、すれ違った者達から変人の評価を受ける事はまぬかれないだろう。
まかり間違っても、食物を勧められても。受け取る事は、無いであろう。

「あ、ありがとうございます……」
しかし青年は。そんな奇妙な姿の男に呼び止められても妙な顔はしないし、与えられた団子も躊躇せずに口を付けた。

「もう一本いるか?」
それを見た男は、満足そうに。もう片方の手で持っている、団子のたくさん入った箱を差し出した。
「では……次はきな粉を」
「向こうで、茶を入れてくつろいでたんだ。新しく入れるから、お前も少し……休んでいけ。その方がいい」

「はぁ……」
あんこときな粉の団子を、一本ずつ食して。間に入れたてのお茶をすすり。
忙しそうに動いて、ピリピリした顔を浮かべていた青年の顔から。ようやく、落ち着いた表情と感情が戻ってきた。


「藍さんの仕事の手伝いは、やっぱり大変か?」
「大変ですね」
男からの質問に、青年は迷うことなく答えた。

「幻想郷は、結界と言う壁に囲われた、外よりもずっと狭い箱庭とは言え。それでも、並の大きさではありませんから」
「その維持を本業としている藍の手伝いだから……一口に手伝いと言っても、こなさなければならない事は、大いし難しいです」
そう言いながら、青年は湯呑に残った茶を一気に飲み干す。
「あぁ……」
喉の奥から、仕事をこなして疲れている事を表すかのような。そんな息遣いが漏れる。
酒も煽っていないのに、こんな声を出せるのである。


「でも、そちらこそ。紫様とのお付き合いは……」
「まぁ……な」
次に、青年から男への質問。男はその答えを、多少濁していたが並の付き合いではない事は、濁している以上は明らかである。

「幻想郷で上から数えた方が早い所か、5本の指に入りそうなぐらいの強さと権力を持っているけれど」
「それでも、ああ見えて心配性なんだ。この服も、どちらかと言えば紫の趣味だ」
そう言いながら、男は服の襟をクイッと引っ張りながら答えた。

「でしょうね」
「そう思わない方が、それが解らない方がどうかしている……」
とは男は言うが。その表情からは、嫌そうだとか、拒否感があるだとか。そう言う後ろ向きな感情は、一切見えてこない。
そんな表情を見た青年も、男が見せる爽やかな笑顔を見て。一緒になって笑っていた。

「まぁ、でも。安心しました。結界の維持の為に割かなければならない労力は、相変わらず多いですが」
「それでも、貴方と紫様の関係が良好であればあるほど。結界の維持に頭を悩ます頻度が少なく、毎日の保守点検の範疇に収まるのですよ」
「保守点検ねぇ……」
青年の言葉の使い方に、男は少しだけ引っかかっているようだった。

「いやいや!これでも、随分違っているんですよ!」
「何せ気にするべき事柄から、紫様の心理状態と言う部分が無くなりましたから!」
余程伝えておきたいのだろうか、青年はクワっと、顔つきすら変えて。少々前のめりになりながら、矢継ぎ早に言葉を紡いできた。

「確かに、相変わらず気にすべきことは、多いと言えば多いですよ!」
「星の流れ、地脈気脈、風水や陰陽道。その上、八雲家が結界の維持に使っている術は、古今東西の術を組み合わせた……言わば八雲流ですから」
「それでも!今上げたすべての事は、大体の流れを、事前に察知する事が出来ます。察知できなくとも、起きた事象を細かく紐解けば、後の事を知るのは可能です」
「そ……そのようだな」
前のめりになり、食い気味に話しているせいで。男は青年の希薄と言う奴に、少々どころでは無く気圧されていた。

「でも……紫様の心理状態は。体調の方は、紫様ですから気にしなくても大丈夫にしても……心理状態、これだけはいくら紐解いても理解できないのです!」
「そもそも……藍がその理解を半ば放棄している時点で。私が、しかも手伝いの身分を抜けていない私が、理解できるはずは無いでしょう」
半ば投げやりな答えで結論付けながら。喋っていると少し空腹感を覚えたからなのか、箱からまた団子を取って頬張った。

「……そう言えば、この団子」
三本目を食みながら、青年は何かを確認するために箱の装丁を気にした。
「ああ、やっぱり!あそこの団子か」
「ああ。紫が好きだから、基本的にあそこでしか……と言うか、酒は紫が酒好きだから常に備蓄してあるし、肴も同様だから」
男は少し逡巡した後、自嘲的に笑った。
「正確に言うならば、あそこでしか金を使わない。かな?」
とは言うが、自嘲的でこそはあるが。男の表情に、声色に。それら感情を表す事柄全てに、拒否の感情は見受ける事は無かった。

そして何故だか。その感情を目の当たりにした青年もまた。何処か自嘲的な表情を浮かべていた。
「それより。俺はあんたが心配だ……この屋敷にいる時はしょっちゅう見かけるが。大体仕事で、しかもキリキリ舞いじゃないか」
「ああ……そこは大丈夫ですよ。ちゃんと休んでますよ。藍も、ちゃんと休めと口を酸っぱくして言ってくれてますし」

「ただ単に。香霖堂で買った本を読んだりで自室に籠ってますから。そうでなくても藍と一緒に酒を飲んだりするのに、第三者は誘いませんし」
「見かける時がキリキリ舞いなのは、それが理由ですよ」

「出歩かないのか?出歩けるような金は無いのか?」
「意地悪な質問ですね」
とは言うが、意地悪な質問をした男も。意地悪な質問を投げかけられた青年も。お互いに笑っていた。

「ちゃんと相場よりも多い金を貰ってますよ。出歩く場所が極端に少ないのは……貴方と同じです。私と貴方は、似た者どうしでしょう?」
「……ぐうの音も出ない」
青年からの答に、男はそう言う他は無かった。
そのせいで次の言葉に詰まってしまい、少々長めの間が出来上がる。ただし、居心地の悪い物では無い。
しかしそうだとしても、青年はニヤ付いていられるが。男の方は、少々バツが悪い。

バツの悪さを隠すように、男は食べかけの団子を手に取り口に運ぼうとしたが。
「いただきまーす」
この場には、青年と男の2人しかいないのに。横合いから女性の声が聞こえて来たかと思えば、男の持っていた団子を女性がパクリと食べてしまった。


「紫!?」
「うん、美味しい。やっぱりあそこの団子屋ね。高いだけの事はあるわよね」
「たくさん買ってきたから、食べかけじゃなくて箱から取ればいいのに……」
「あなたの持ってたのが良いのー」
一瞬、青年はギョッとしたが。それは、いきなり女性の声が聞こえてきた事にのみの驚きだった。
今目の前で、男から紫と呼ばれた女性が、空間に突如として現れた裂け目から上半身を出している事などは。
これに対しては、何も思う所は無かった。

だって彼女は、八雲紫は、青年の恋人である八雲藍の主人に当たる存在なのだから。知らない訳が無い。
「ああ紫様、お帰りなさい。それじゃあ、私はそろそろ仕事に戻ります。お団子、ご馳走様でした」
「いやいや、この程度……と言うか“これぐらいしか出来ない”」
少しばかり含みのある言葉だった。しかしその含みに対して、青年は後を追うような真似はしなかった。
追いかけた所で、男はすっとぼけるだろう。それ以前に、お互いの為にならない。
ただ、その含みに対して。微笑を浮かべる。この青年と男の間では、それだけで十分な返答となるのだ。

「おーい?何処にいるんだぁ?」
そうこうしていると。この屋敷のもう一人の住人が、誰かを探す声が聞こえてきた。その声、先ほど八雲紫が男の持っていた団子を食べたのと同じで。
何処か、甘ったるい物だった。

「あら、藍が片割れを探しに来たわね。まぁ、私はもうつかまえたけどねぇ」
そう言って紫が男の腕に絡みつくのにも、青年に茶々を入れる様な声を出したが。
「藍!こっちだ!」
青年はそれよりも恋人が、八雲藍が自分を探す声の方。こちらへの反応を最優先にした。

そしてその反応、そこに見えるのは八雲藍が今まさにこの青年を探す、どこか甘ったるい声に似あった。
何処か締まりの少ない顔だった。とてもではないが、先ほどまで溜まった仕事の段取りを考えてキリキリ舞いだった物と同じ顔とは考えにくかった。


「ああ、ここにいたのか。ああ、紫様もお帰りだったようで」
「仲が良さそうで、何よりだわぁ」
とは紫は言うが。私達の方が、その上を言ってるのよと言わんばかりに男の方に、今まさに腕を絡めているのだから、体までしな垂れ掛けてきている。

「ええ、そりゃあ。もちろんですよ」
対する藍は。紫は自分の主人なのだから、別に何を言う事も無い。含みのある言い方もしない。
だがその行動は、どんな言葉よりも雄弁であった。
「私達の仲が、深くて濃い物だと言う事は、紫様も十分すぎるほどに知っているはずでしょう」
そう言って、藍は青年の肩を抱きかかえ。自らの方に、はっきり言って過剰なほどに自分の方に抱き寄せた。

そして藍は。そうだろう?と言う様な眼を、青年の方に向けた。言葉にも、表情にも出していないが。今まさに、紫と藍は対抗意識を盛んに燃やしている。

「……甲乙つけがたい、と言うのは確かですよね」
八雲紫と数え切れないほどの日数を共にして、八雲姓まで与えられている藍ならばともかく。
あの八雲藍と恋人同士の間柄とは言え、さすがにこの青年が八雲紫に生意気な口は叩く事が出来ない。その気を考えるだけで、身震いすら覚えると言う物だ。


「まぁ、そうだよな。確かにそうだよな」
青年が困っているのを男は如実に感じ取り、助け船を出してきた。
「間違いが無いのは、お互いが幸せだって事…………だよな?」
頼む、この話題はここで終わってくれ。男の作ってしまった、言葉と言葉の間に出来た隙間から、そんな感情が透けて見えた。

紫は眼をぱちぱちとさせながら、男をジッと見つめる。
そしてたまに、藍と青年の方を横目で見やった。
「まぁ、そうよね。それに関しては、反論の余地は無いわ」
紫が矛を収めた。
「幸せとは、多分に主観的な物ですから。当人同士がそれで良いと思っているなら、他人にこれと言った迷惑をかけていないなら、それで十分でしょう」
藍もまた、その語勢を弱めてくれた。
男と青年から、体の力が抜けた。大丈夫だとは思っていても、大妖怪同士のさや当ては、人間の身には堪えると言う物だ。

「紫、一緒に散歩に行かないか?この団子を持って、景色の良い所に行きたいな」
「所で、藍。急に帰ってきて、何かあったの?」
折角、紫と藍がお互いに矛を収めて語勢を弱めてくれたのだ。この機、逃す訳には行かない。
男と青年は共に、真横にいる最愛の人の方だけを向く事にした。

当然、今の紫と藍が。最愛の人が自分だけを向いてくれていると言うのに、無視しないはずが無い。
「そうね、じゃあ私少し着替えてくるわ。デートですもの」
「ああ、いや。大したことでは無いが、8番と9番の結界の微調整と補強をしようと思って。お札を取りに来たんだ」

「そうか、じゃあ俺も。もっと良い服に着替えよう」
「まだ使ってないお札は一箱半、作る前の白紙の札だったら倍の数あるかないかだったかな……」
良かった。そう思ったのはほんの少しだけで。男も青年も、もうこの時には最愛の人との会話の方が楽しかった。



「じゃあ、私は着替えてくるわね…………覗いても良いわよ」
軽くウィンクしながら、紫はスキマの中に身を投じた。
藍と青年は、はっきり言って自分達だけの世界に入り込んでしまっている。どうにかなる心配など、するだけ無駄だと紫は解り切っているのだ。

「じゃあ、すまないが。お札は一箱持っていくから、私が結界の補強と微調整をしている間、白紙の札をいつでも使えるように仕上げてくれないか?」
そう言いながら、藍は青年の頬や体を必要以上にさすっていた。見ればお互いの顔の距離も、やっぱり必要以上に近い物であった。

「何か、私にやっておいてほしい事は無いか?何でも言ってくれて構わないぞ、お前は十分に私の為に働いてくれているからな」
その近い顔と顔の距離は、一秒ごとに小さくなる。このままいけば、藍は確実に青年に口づけをする。
無論。男はその光景を、目にしないように横を向いて視線を逸らす程度の配慮する心は持ち合わせていた。


「じゃあ、稗田家の九代目から頼まれた資料がまとまったから、それを届けて欲しいのと。霖之助に頼んだ、白紙のお札が出来上がっている頃だから」
「分かった、阿求に届けるだけでなく霊夢にも会って受け取って置こう」
気を利かせて、男は部屋を後にしようとしたのだが。その途上で、青年の言葉の選び方から面白い事に気づいてしまった。

どうやら、八雲藍の嫉妬心と心配に配慮して。女性の名前は言わない所か、女性に会おうともしていない上に、女性の名前すら呼ぶ事を避けているらしい。
今しがた、青年は稗田阿求の事を。名前ですら呼ばずに、稗田家の九代目としか言わなかったのに。
だと言うのに香霖堂の店主、森近霖之助に対しては。仲が良さそうな事を感じさせる、下の名前。しかも“霖之助”と言う、呼び捨てである。

だが男が最も面白いと思ったのはその後だった。
香霖堂に、白紙のお札を頼んだと言うのは。これは理解できる。あそこには男も、紫と一緒に何度も足を運んでいる。
店主も含めて、香霖堂は変わった店だが。物好きや曲者が気に入りそうな物がたくさん置いてある事は、間違いが無い。事実自分も、あの店は好きだ。

だから。この青年が、白紙のお札を店主である森近霖之助に頼むのは。これは別に、不自然だとは思わない。

だが霖之助に頼んだ物がそろそろと言う青年の言葉を聞いた八雲藍は。
迷うことなく、博麗霊夢の所に行くと言った。
声こそ出さないが、男は立ち止まって笑いを堪えねばならなくなってしまった。

「……よぉ。随分、気を使っているんだな。女の名前を呼ばず、女と会わない為にわざわざ香霖堂を仲介して注文したり」
「ああ……気づかれましたか?ええ、そうなんですよ」
着替えに行かねばならないが。こんな面白い事に気づいてしまっては、声を掛けずにはいられなかった。
大層な事に気付かれたはずなのだが、青年はあっけらかんとしていた。別に、立場を同じくするこの男だから良いと言う訳でも無さそうだった。
「何かあんまり、重大だとは捉えて無さそうだな」
その疑問を、素直に口に出した所。青年は笑った。おかしなことを聞きますね、と言う風に笑っていた。

「では、質問を質問で返して申し訳ないですが。貴方にも、それなりに気を付けている事や配慮している事がおありだと思います」
「ああ……別に天狗のブンヤに知られても構わないなぁ…………」
「ですね。正直な話、今さらとしか言いようがありませんね。貴方も同じ感想でしょう?」
「似た者どうしだものな、俺達は」

これ以上の質問は、野暮と言う物。それを感じた男は「じゃあ、行ってくる」と笑顔で手を振るだけであった。
「はい、行ってらっしゃい」青年もまた、笑顔で手を振る。お互いにとって、もうそれだけで十分なのであった。

終わり

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最終更新:2015年04月21日 20:17