天狗と人間
椛は自身の上司である文の家を訪れていた。
現在文の家は妖怪の山よりも人里近くにたっている。
文が外来人の人間と結婚した直後に新築に引っ越したのである。
「急にどうしたんです?椛」
「今日は御二人にご相談があって来ました」
「え?俺も?」
交流のある上司の夫として顔見知りである○○が椛の対面、文の隣に座る。
椛はこのふたりを見ていると羨ましかった。自分も、自分達もああなりたいなと心からそう思えた。
それ程前にふたりは幸せそうな夫婦だった。
文は正直以前からだいぶ変わったと思う。
天狗らしく人間を下に見ていたかつての面影はもうない。
日本の古風な妻の様に人間である夫を立て、支える女となっていた。
自分も彼女を見ならなければならないと椛は考えていた。
その為に文の話を聞きたかった。
それだけではなくその夫である○○も含めてこの夫妻に相談がしたかった。
というより人間の知り合いである彼にある問題を何とかしてほしかった。
今のある状況を打開したかった。椛は焦っていた。
「ふぅ~ん私たちに」
「俺もかぁ……ってことは」
「まぁ、そういうことですよね」
文と○○は隣り合って座っている至近距離から顔を横に向けて見つめ合い、得心したかのように笑いあって視線をこちらに戻してきた。
お互いの思っていることがわかるとでもいうのだろうか。
「あなた、好きな男性ができましたね?」
「しかもその人は俺と同じ人間なんだろ?椛ちゃん」
「うっ……」
ずばりふたりに当てられて椛は顔を真っ赤にしてしまった。
「へぇ~。堅物の椛がねぇ。へぇ~。ふぅ~ん」
「おい、文。あまりからかってやるなよ。椛ちゃん顔真っ赤じゃないか」
「すみません、あなた。それで椛、人間と天狗の夫婦である私たちに種族間の恋愛に関する相談に来たわけですね」
「大変だよな、種族間。いやぁ、俺らも色々あったからなぁ……」
「それは言わないでください……まぁ、とにかくまずひとつ言えることは。
いくら相手が愛おしいからといって無理やり攫ったりしないことですね」
「ははは。昔の文じゃないんだからそんなことするわけが……あれ?椛ちゃん?」
昔は色々あったが、現在は和解しラブラブな文と○○は冗談交じりで発言したのだが。
攫うなといった直後から真っ赤だった椛の顔は真っ青になり文とも○○とも目を合わせなくなった。
「あれ?椛……あなたもしかして……」
「あのですね……それが、もう攫おうとしてしまって……未遂には終わったんですが……」
「えっと、相手は……」
「私の顔なんてもう見たくないと……」
「椛とその彼に共通の友人とかいたりします?」
「い、いいえ」
「椛」
「はい」
「その彼のことは諦めなさい」
「嫌です!なんでそんなこと言うんですか!」
「まぁ、諦めないのは勝手ですが。私たちに相談してもどうにもなりませんよ?」
「そんな……なんとかなりませんか?」
「図々しいですね。どうしろって言うんですか」
「普通の知人くらいの仲にはなりたいんです、いや……せめて、せめて謝る機会が欲しいです」
「そうは言いましてもねぇ……」
椛の自業自得による状況のむずかしさもあって文は乗り気になれなかった。
夫を面倒に巻き込みたくないというのもあった。
椛は恐らく、天狗である自分と良好な仲である○○に自分と彼の仲を取り持ってほしいと考えていることが推測できた。
椛は文が乗り気じゃない様子ことでさらに焦りを募らせた。
妻である文が反対し、必死で説得すれば人が良い○○も協力してくれないかもしれない。
椛は意中の彼を諦める気はなかった。そんなことは考えもしなかった。
もし、恋仲になれないとしても。文たちに言った通り、せめて会話できる程度の仲になるチャンスが欲しかった。
このまま一生口を聞けないだろうということは耐えられなかった。
なので天狗と交流がある、それでどころか夫婦となっている○○に仲を取り持ってほしかった。
そして、文に人間と良好に付き合う方法、以前と変わった文と同様に自分も変わりたいと思い、その心構えを文に聞きたかった。
なので椛はあるカードをきることにした。
「文さん」
「なんですか椛」
「文さんと○○さんの赤ちゃんプレイって……文さんが赤ちゃんなんですね」
文は最初、椛が何をいっているのかわからなかった。
だが、それが文と○○の夜の夫婦の営みにおけるアブノーマルなプレイだと気付いた。
現在、あらゆることにおいて夫である○○を優先し尽くしている文。
それでも、自身の欲望として○○に甘えたい時がある。
○○も別に甘えたければ甘えればよいと思っている。
それでも普段はできる限り我慢している文だが、その我慢が限界をむかえるときがある。
その際は我慢した反動からまるで赤子の様に○○に甘えてしまっていた。
○○は普段我慢しているのを知っているのでそれに応えている。
はたから見れば異常は光景ではあるもののそれは夫婦の夜の営み。
誰にも知られることのない、夫婦間のみで完結する事象のはずだったのだが。
「椛……あなたどうして……そうか……能力で覗いていたんですね……」
現在幼児退行していない文は○○以外に自身の痴態を見られていたことに酷く動揺した。
しかし、椛はさらに追い打ちをかける。
「今回の件、協力していただけないのであれば……誰か新聞を作成している天狗に知らせてしまいますよ?」
そんなことになったら恥ずかしすぎる。
さらに夫婦の営みが新聞に載ってしまえば○○にも迷惑がかかる。
そう思った瞬間文の中で何かがきれた。
「○○さん、安心してください。今すぐにこの犬っコロを始末しますから……」
「待って、落ちつけ文!」
新聞に営みが載るのは避けたいが、それ以上に文に殺人の罪を負って欲しくない○○が文を後ろから羽交い絞めにする。
種族の差から力は○○の方があきらかに下のはずだが、○○に痣をつけたり痛い思いをさせたくない文は○○のなすがままに止められる。
(あの真面目な椛ちゃんが弱みを握って脅してくるなんて……このどんな手を使ってもっていう気迫を見てると昔の文を思い出すな)
そんな風に考える○○。
最終的に文と○○は椛に協力することとなった。
「だが、椛ちゃん。俺たちが協力するのは謝罪する機会を作るまでだ。
許してもらえるか、この後も交友できるかは椛ちゃん次第だ」
「はい」
○○の質問に椛は真面目な表情で答えた。
「あと、その人がすでにトラウマとかになっていてどうしても嫌だという場合など。
俺は基本的にはその相手の人間の意志を尊重するから。本人が何があっても会わないといい続ける様なら諦めてもらうよ。
たとえ、新聞に載って大恥をかこうとも。文もそれでいいか?」
「無論です。私はどこまでもあなたに従っていきます」
「なぁ、文」
「なんでしょう」
「前々から思ってたんだけどさ。以前みたいに俺の意見完全無視とかじゃなければ、少しは文の意志を出してもいいんだぞ?
嫌なら嫌っていってくれれば……」
「あなたに従うのが私の自身の意志です」
「そうか……。そうだ文。
椛ちゃんがまた同じ失敗をしないように、人と有効に付き合っていく心構えを教えてあげてやってくれ。それを聞きにもきたんだろう、椛ちゃん?
その間に、俺は相手の男性と交渉してくる」
「お任せください、あなた」
「お願いします文さん!」
「まず、今回いきなりその彼を攫ったことは大いに反省してください。いいですね」
「はい!」
「それと、いいですか、椛!天狗が人間より優れている、人間は下等という考えは捨てなさい!!」
「人間と天狗を対等に考えろということでしょうか?」
「愛する男性と種族が同じ他の人間はそれで良いです!しかし、肝心な最愛の彼に対してもっとその先を行きなさい!
どんな時も夫を立てるのです。旦那様は自分より上!椛、あなたは良妻賢母という言葉を知ってますか!?」
すでに文により授業は始まっていた。
椛に関しては文に任せて大丈夫だろうと思い、○○は出かける支度をして玄関に向かう。
すると一旦授業を中断して文が飛んできた。
「あなた、人里まで送りましょうか?」
「大丈夫だよ。それより椛ちゃんをよろしくね」
「はい。あ、あなた!博麗神社で買った護身用の札は持ちましたか?」
「持ってるよ。じゃあ、行ってきます、文」
「いってらっしゃい○○さん」
椛の意中の相手は外来人らしく、そんなに頻繁に外から人は来ない為珍しい彼の居場所は少し人里の知り合いに聞いただけですぐにわかった。
現在地は最近、行く機会がなかったが○○も常連の酒場だった。
彼は、その酒場を行きつけにしているらしく、○○がその酒場を覗いたらすぐに見つかった。
こちらに来て日の浅い彼は、まだ外界の服を身に着けていた。
すぐに○○は彼に話しかけた。
「隣、座っても構わないかい?」
「別に構わないが……」
「良かった。実は……君に話があって来たんだ」
「俺に?あんたは誰だ?」
「先に行っておくと俺もお前と同じ元外来人だ。それで天狗を妻に持つものだ」
「!」
天狗と聞いて彼は立ち上がりかけるが○○は焦って静止する。
「待て、落ち着け!俺は別に君の敵じゃない!」
「天狗に言われて俺を連れてくる為に来たんじゃないのか?あんたの奥さんと俺を攫った天狗は仲間なんだろう?」
「まぁ……間違ってはいないんだよなぁ。とにかくこの度は家内の部下が迷惑をかけたようですまなかった。こっちに来たばっかでこんな目にあって恐かったろう」
深々と頭をさげる○○を見て、彼は警戒を続けながらも席を外さないでいてくれた。
「君を攫った天狗にも反省させている。言い訳に聞こえるが、彼女は君のことを好いていて今回の行動を起こしたんだ。
だからといってそれで許されるとはこちらも思っていない。ただ、彼女は謝罪したいと言っている。
せめて、謝罪の言葉だけでも聞いてくれないだろうか?そしてもし、よければただ知人としてでも関係を始められないか?
それで性格があわなかったり、攫らった相手であることがいつまでも気になるんなら縁を切ってもいい
いや、謝罪の後二度と会いたくないというのならそれでも構わない」
「会ったら、その場でもう一度誘拐するんじゃないだろうな」
「そんなことは俺が、というか俺の家内がさせない。会う場所や時はそちらの意見を尊重するし、俺達夫婦も同席する。
それで彼女がまた暴走するようなら俺の家内が絶対に君を守る。同じ天狗でも家内の方が力は上らしいからな」
「あんたの奥さんも天狗なんだろ?人間である俺の味方をしてくれるとは思えないが……」
「まぁ、あいつも昔はなぁ……俺達も昔は色々あったんだ。君の気持はよくわかる。
ただ、今は彼女は天狗より人間の味方をするよ。正確には俺の味方だが。あ、オヤジ。俺にも酒くれ」
酒場の店主と目があったので、何にも注文しないわけにはいかないと○○は酒を注文した。
○○自身、この酒場にはかなり常連であり、店主と面識があった為か、酒を出しながら店主が助け舟を出してくれた。
「旦那。こちらの元外来人のいうことは本当だぜ?結婚前は確かに色々あったらしいがな。今はそんなことはない。
結婚後、こいつは何度か奥さんを連れてここで一緒に飲んでいたこともあるが、
ありゃ人間にもそうそういない良妻だ。夫のことを一番に考えている。うちの鬼嫁に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
だから、夫が望めば、天狗よりも人間の味方をするだろうよ」
いきつけの酒場の店長にもそう言われ、彼は席に深々と座り、酒を飲みながらどうするか考え始めた。
3杯程酒を飲み干した後、○○のお願い、椛にあって謝罪の言葉を聞くことを了承してくれた。
その後も会うかは謝罪を聞いてから決めるらしい。
ただし、ふたつ○○に対して条件を出してきた。
「条件?どういったものだ?」
「ひとつは、朝まで俺の酒に付き合ってくれ、あんたの奢りでな」
「お安い御用だ。それでもうひとつは?」
「酒の肴に、あんた達夫婦の話を聞かせてくれ。昔色々あったんだろ?」
「俺は構わないが、いいのか?天狗に攫われそうになった君には聞いていて気持ちのいい話じゃないぞ。同じようなことあったし」
「いいんだ。話してくれ。あんた達の出会いや結婚に至った経緯を聞かせてくれ」
「ああ、わかった」
○○は頷くと、今では最愛の妻である文と自分の。天狗と人間の話を彼に語り出した。
<続く>
最終更新:2021年01月02日 01:42