「お受けいたします」

そう、白蓮はいった。
俯いて、恥ずかしげにちらちらと○○を覗く視線は小動物めいて、愛らしい。
彼女は待った。
そして、それは直ぐに訪れる。
○○の腕が延び、自身の背に回されると白蓮は幸せなため息と共に○○の胸に飛び込んだ。
ずっと、ずっと愛しく思っていた。
この日が来るのを、蜘蛛の糸より短い可能性と思い、何よりもーーーの身である自身にはーーだと思って。
○○の腕が白蓮の黒い僧衣にかかる。
紅潮した頬で、○○を見詰める。
しかし、それだけで僅かな拒否すらしない。
どころか、その細い肩をすぼめ、いじらしく○○のすることを手伝った。
聖、と○○が呼んだ。

「……どうか、白蓮、と呼び捨てて下さい」

同時に、最後の衣服が彼女の肩を滑り、腰を抜けて、彼女は何一つその肢体を隠すことなく晒した。
ああ、
ああ……、今から、自分はこの人のものになるのだ。
嬉しい! 嬉しい!!
こんな、こんな幸せが我が身に訪れるなんて!
僧籍のみでありながら、いいんだろうか。


「駄目だよ」


えっ
と、白蓮は紅潮していた頬、火照っていた肌が一瞬で冷たく、重く、なるのを感じた。
熱く潤んでいたものも、今はただの冷めた液体で、虫が這うように不快な感触を太ももに残すだけだった。
それに、……なんて冷たい声であろうか。
これが、あの○○の声? あの優しい、私に暖かな声を掛けてくれる○○の?
聖白蓮ははっとして顔をあげると、そこには○○の姿は無かった。
かわりに居たのは

「御免なさい……気持ちは嬉しいのですが、ほら、あのように私は未熟者ですから、駄目なのですよ。
ごめんなさいね、○○」

聖白蓮、自身であった。

「ね、だから諦めて下さい。彼女もそう申しておりますし」

言ってない! 言ってないわそんなことっ!

「ね、この様なのですよ。……そうですね、折角ですから申し上げますと、本当は邪魔なのです。
貴方のその想い。
私は僧籍に身をおく者ですよ? それを色欲に誘うなんて……迷惑なのです」

言ってない! 思ってませんっ! そんな事私一度も!! 信じてください、信じて……

「見下げ果てた女ですこと」

吐き捨てるように白蓮は言った。

「私のいうこと、何か間違っているでしょうか? いいえ、間違っていません。
私は正しい判断をしたのですよ」

立派です、と付け足すと白蓮は、切った爪のような形の笑みを浮かべた。
○○は何か言ったかと思うと伽藍を出ていった。
恐らくはあのときと同じことを言っていたのだろう。
白蓮の体は消滅した。
手もなく、足もなく、ただ見ているだけしか出来ない。
一輪を手伝い、雲山と少し大人びた顔で話す○○
他愛ないいたずらした村紗。わざと捕まった彼女を少し乱暴に撫でる○○を。
寅丸と視線を交わす○○
同じタイミングで微笑む二人
幸せそうなみんな。
幸せそうな二人。
やめて!
お願いやめて!
○○は、○○は私の、私を!

「立派ですよ、白蓮」


やめてええええっ!!!

やめない。
夢から覚めても、それが変わらぬ日常であることが、すかさず意識を刺す。
夢だ、良かった……そう、では現実をどうぞ、と。

白蓮の悲鳴を聞き届けるものは独りしかいなかった。

ーー最近、星と○○の距離が近いような気がする。
朝食の準備のときや、お勤めのときなど、何かにつけ○○のそばにいるような……

いや、そうだろうか?

以前からこんな感じだったようにも思える。
……以前から?
そう、そうだ。
星は優秀だが、少し抜けているところがある。
それをかつてはナズーリンが、今は○○が、よく補佐していた。
宝塔をなくしては○○と探しに出かけ、備品を壊しては○○に後始末を手伝ってもらい、よく自信を無くしては○○に慰められていました。
本人は隠していた積もりでも、その憔悴した顔は誰がどうみても内罰的になっている時の星でした。

しかし、それを立ち直らせるのは私では駄目なのだそうです。
彼女の場合、それは逆効果だとかつてナズーリンに言われてしまった。
ご主人の場合、それは却って自分を惨めに感じるのだ、と。
そのてん、○○はよくやってくれていた。
天性、なのか。はたまた経験なのか、彼はそういったことが得意です。
彼の言葉には嫌味がなく、繊細な時でもその言葉を恐れる必要が全く無かった。
別に強い訳でも、殊更に清廉な訳でもありませんが、しかし、染みてくるように彼の声は体の中にとくとくと満ちていく。
星はそれを受け、狡いなんども立ち上がって来たようです。
境内の裏手で俯く星の手をとり、優しく声をかけている○○をおっかなびっくり見上げては自分の姿を認めてもらう星は狡い自信を取り戻し、やがてその本来の優秀さを発揮して狡い。

そうです。
別に最近のことではなく、かねてから星
は○○と近くて狡いのでした。
いけません。
私としたことが、あのようなことがあったから、神経が過剰になっているのかもしれません。
○○が私の事を好いている、その事は気付いていました。
しかし、ああするより他はありませんでした。
私は、聖白蓮は僧侶です。
仏教を以て人妖平等の世を作るのです。
だから、ごめんなさい○○……

でも、分かってくれていますよね?

一途で生真面目なあなたのことです。
きっと私の真意、伝わって居てくれると信じています。
貴方は私を支え続けてくれる。
男女の仲にはなれませんが、きっとそれ以上の博愛で、私の側で私を愛してくれている。そう、博愛! 博愛なら問題ありません。
あの狡い寅丸星にしたようにううんそれよりもっと深い博愛が私と貴方の間にはあるのですもの。
あの星よりも深いのですもの!
だって貴方は私を好きなのでしょう? 私聞きましたもの。

ああ良かった……私に○○が居てくれて。


「あの日」から数えておよそ2ヶ月。
毎夜悪夢にうなされ続けた聖白蓮は、日に日に口数が少なくなっていった。
代わりに、○○をじいっと見詰める事が増えた。
すると自然、寅丸を見詰めることも増えた。
○○と寅丸の距離は近いからだ。

村紗水蜜が○○とじゃれると、いつの間にか聖がそばにいた。
初めはやんわりと○○の修行を邪魔してはいけませんよ? と説いていた聖は、ほどなくして無言で○○の手を引いて何処かに連れていくようになった。
勿論、村紗は面白くなかったが、それでも隙を見ては○○は村紗を構っていた。
それで、村紗はなんとか満足を得ていた。
しかし、
会いたいときに会えない。
触れ合いたいときに触れあえない。
それが、村紗の心情にある変化をもたらした。
たまの○○とのじゃれあいに、今まで感じていなかった熱い物を、己の中に感じるようになっていた。
初めは針の先のような小さなもの。
それが肌を刺した針先から血がぷっくりのと膨らみ湧き出るようにあらわれ、
赤く、熱をもったものが少しづつ少しづつ……
村紗はそれが膨らむ度に、無邪気さを失い、代わりに恥じらいを覚えていった。
○○への想い、それが嘗てのとは違っていることに気付いてはいない。
今はまだ。

寅丸はと言えば、逆に○○との交際を隠すことに注意を払わなくなってきていた。
人前で口付けをするだとか、抱き合うだとかこそしないものの、○○との距離が
兎に角近い。
しかし喋らず、ただ○○と視線を交わしては微笑むのだ。
本当に幸せそうに。

その度、白蓮の視線は○○を捉え、意識は虚空へと飛んだ。
その何もない空間へ、何かを探しにいくように。

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最終更新:2015年06月11日 22:58