天狗と人間2
俺は元々外では新聞記者でな。
それが幻想郷で新聞を作っている妻である文と交流を持つきっかけとなった。
外の新聞について聞かれたり、文の新聞について意見を言ったりな。
そんな仕事の話を何度もした。そのうち酒を飲みながら話すようになった。
ある時からはプライベートで酒を飲んだりするようになった。
まぁ、当時は人間と言うこともあって舐められていたがな。
そうそう。天狗のもう一人の友人、はたてと知り合ったのも酒を文と一緒に飲むようになってからだな。
天狗の酒を飲ましてやるとか言われて、連れてかれた文の家に遊びに来ていたんだ。
それ以来、ちょくちょく3人で飲むようになったな。
集まって飲んでいるうちに文は段々と俺を男性として意識し出していたそうだ。これは後から聞いた話だが。
俺の方は顔は可愛いなとは思ってたがいちいち天狗であることを鼻にかけられるし、価値観の相違などから種族間での恋愛はありえないかなと思っていた。
種族が違えば寿命とか肉体的なとこも違うしな。
そんなある日。前兆と言うか、もう本番というか。それは起こった。
朝、自宅で目覚めると文の奴が台所で調理していたんだ。
俺はなんで他人の家に勝手に上がり込んだうえ台所を使用してんのかと聞いたんだ。
文は「何怒ってるんですか?」と気にも留めなかったがな。
以前も一緒に酒盛りしようとして家に来て、俺がまだ仕事から帰ってないからって家で勝手に待ってるなんてことはあった。だから、その日も深くは考えなかったな。
それに、天狗である文にとっては、人間の家に勝手にあがりこむことは何も気にすることはない。
天狗がいたいと思うところにいることを人間に咎めるなんてありえないという思考回路をするというのを解ってたから追い出すのは無理だとあきらめていた。
何故、台所を使っているのかということを真に気にしなければならない事象だったんだが、それも深く気にしなかった。
文は、俺の朝食を作ってくれていたらしい。食材を持ち込んでな。
俺は、食費が浮いただの朝食を作る手間が省けたぐらいにしか考えなかった。
傲慢な天狗が人間に対して料理を振る舞うってのかどういうことかの意味を考えなかったんだ。
酒を自慢したいとかいろいろな理由で既に酒を振る舞われていたので感覚が鈍っていたのか、天狗の人間に対する認識を完全には理解できていなかったのかもしれない。
とにもかくにも俺は文に朝食を用意してもらった。
先に言っとくと味は中々良かった。伊達に天狗の寿命で一人暮らしをしてきただけのことはあった。
え?人間の口に合う物を妖怪が作れるのかって?人間と同じような物を食べてる妖怪も多いぞ。
それでな、文は「美味しいですか?」と食べてる俺に聞いてきた。俺は正直に「うまいぞ」って答えてその後は黙々と文の作った朝食を食べていた。
実際に美味かったし、素材も高価だったから、かなり箸が進んでいたと思う。
文はそんな俺の様子を頬杖つきながら見ていた。
……俺が外界にいた時に女性関係がもう少し豊富だったら、もうちょっと察しが良かったら、種族間での恋愛はあり得ないっていう先入観がなかったら。
その文の表情からその時点で文の気持ちに気付いてやれたかもしれんな。
その時は深く考えたりせずに仕事に向かった。
だが、夕方になって帰って来ても文は俺の家にいた。
「お帰りなさい」とか言って当たり前の様にな。そう言いながら俺の部屋の掃除をしていた。
そこまでは良かったんだ。ただ、嫌な予感がして調べてみたら寝室に隠してあった春画が見当たらなかったな。
今になってみたら比較的どうでもいいことではあったんだが、当時の俺はだいぶ不機嫌になって文を問い詰めたんだ。
その時の文の態度は、またしても意に介さない感じだった。
「私がいるんだから必要ないでしょう?処分しておきましたよ」って言い返してきた。
俺はその後不貞寝したな。次の日は大事な用事があって早く寝たかったってのもあったが。
文の「おやすみなさい」っていう言葉も無視した。
翌日、文はまた朝食を作っていた。そこそこ値のはる春画を処分されたというのはイラついたが。所詮は春画。
一晩寝た俺は会話しながら一緒に朝食を食うぐらいには機嫌は直っていた。
文は自分が作った朝食を俺がパクパク食うのをニコニコしながら見てきていたな。
食べ終わった俺は、ある用事の為に出かける支度をした。
それを見た文は、「あれ?お出かけのですか?今日は仕事は休みですよね?」って聞いてきた。そこそこ長い付き合いだから、俺の仕事の休みの曜日くらいは知ってたからな。
俺は「ちょっと用事がってな」と答えた。文の奴は「用事ですか?聞いていないですよ」とちょっとご機嫌斜めな様子だったな。
俺は、なんで文に関係ない用事を一々文に話さなくてはならいんだよって呆れながら家を出た。
正直、文が家にずっと居座り続けることは気になったが、その日の重要な用事に集中するために一度忘れることにした。
え?その用事が何かって?
大丈夫だ。俺と文との結婚に関係ある事柄だからな。これから話す。
実を言うとその用事は後のことを考えると文が家に居座り始めていることを真剣に考えなきゃならなかったんだがな。
その日、俺は人里のある娘さんとお見合いをしたんだ。
当時の俺は幻想郷に残ることを決めた頃で、まだ独身だった。
里の守護者の慧音さんが、幻想郷に永住するなら身を固めた方が良いってことでセッティングしてくれたんだ。
人里の人たちからしても外の血を入れるっていうのは大事なことだったらしい。
ん?そうそう、血が濃くなり過ぎないようにとかなんとか。そんな話を聞いたな。
そんなわけで慧音さんの家でお見合いをその日していた。
服は慧音さんに借りた。お見合い用のいい服なんかこっちの家には持ってなかったからな。
慧音さんの家は貸し出し用の冠婚葬祭の服を用意しているらしい。
お見合いの内容だが……ことが起こるまでのお見合いの内容は省略する。今となっては過去の話だ。この話の本筋にも関係ない。
お見合いの最中にある事件が起こったんだ。
文がな……お見合いの会場に乗り込んできたんだ。
後から聞いた話だと、俺の用事がなんなのかどんどん気になってきて、居てもたってもいられなくなって俺を探して、お見合いをしているとこを発見したらしい。
俺も見合い相手の娘も、その場に居合わせていた慧音さんもポカーンとしていたな。
対して、文の表情はそれまでに見たことが程の怒気に染まっていた。
確か、最初に口に出した言葉は「この裏切り者!」だったと思う。
机をひっくり返して、お見合い相手の娘に怪我をさせ、止めようとした慧音さんへも攻撃した。
文は風を巻き起こして、部屋中めちゃくちゃだったな。
俺は、文の妖怪としての力をここまで本格的に見たのは初めてだった。
とはいえ、種族が違うとはいえ酒をよく飲む中だったのもあってか恐怖はなかった。
俺には攻撃してこなかったのも恐怖を感じなかったひとつの理由だろう。
それよりもいきなり現れてお見合いをメチャクチャにしたことに腹が立った。
俺はどうしてこんなことをしたのかと文に問い詰めた。
文は俺が浮気をしているのだから妻として怒るのは当然だと主張したんだ。
ん?ああ、お前が誤解している訳でも、俺がいわゆる言葉のトリックを使ったわけでもない。
この時点で俺は文と夫婦どころか恋仲ではない。独身で、それゆえのお見舞いだった。不倫でもなんでもなかった。
少なくとも俺はそう思っていたし、他の人間でも俺の環境を独身だというだろう。
まぁ、外界だとなぁなぁで恋人になるようなケースもあったけどな。
俺はやはり、誰とも付き合っている気はなかったし。少なくとも誰とも独身だった。
……前置きが少し長くなったな。
文が何故こんなことを言っていたか、問答の末にわかったことなんだがな。
当時の文曰く。
天狗の文が人間である俺を異性とした愛したその時点で、無条件で俺は文の伴侶だったらしい。
意味がわからないって?大丈夫だ、俺もそうだった。
百歩譲って宣言するならともかく、自分の中で当然だから相手も当然だと判断して家に住み着いていたからな。
まぁ、あきれ果てたね。それで、改めてムカついた。
この私と言う奥さんがいながらとか叫んでいる文に「俺はお前の夫でもなんでもない、今すぐ目の前から消えろ」と叫んだ。
文はそう言われるとビクッ体を震わせて信じられない様なものを見る目で俺を見て来たな。
その表情は心理的ダメージをかなり受けている状態だなと、一目でわかったが全部当時の文の自業自得だった。
お見合い相手の娘さんも、止めようとしてくれた慧音さんも文によって怪我をさせられていたからな。
文の勝手な価値観のせいでふたりにも怪我をさせたことを俺は許せなかった。
お見合いは結構うまくいっていて、自分の奥さんになるかと思っていた相手を。
こちらに住み始めてから、色々と世話になった恩のある慧音さんを。
それぞれ傷つけられていたからな。
俺はもう一度ゆっくりと文を睨みながら「消えろ」と伝えた。
すると文は、踵を返して、慧音さんの家が出て、飛んでいった。
お見合いは白紙になった。
相手の娘さんは文乱入の際の怪我で入院したしな。
俺は相手方に謝罪して、次は慧音さんに謝罪しに行った際に、慧音さんからこれからどうするのかと聞かれた。
その時は俺も精神的に疲れていて文のことについて考えたくなかった。心配する慧音さんをよそに、特に回答は返さず、文について何か対策するわけでもなく家に帰った。
家に帰った時点で、そういえば文がここにいるかもしれないと思ったが、いなかったのがわかった時点でそれ以上は考えずにそのまま寝た。
翌日、朝起きて。
文がいないから朝食が出てこないことに気付いたが、作る気にはならなかった。
文が朝食を作り出してそんなに日にちはたっていないから久々だからというわけではなく、精神的疲れから家事をしたくなかった。
俺は外食するために家を出た。
家を出てからすぐ、文が俺の近くに降り立った。
文の表情に怒りはなく、どちらかというとオドオドした様子でこちらの様子を覗っていた。
お見合いの日に俺に拒絶されたのがショックだったらしい。
俺が不倫したことに対する怒り……文にしたらの話だが……よりも俺との関係の修復が大事だったらしい。
文は自分の方から謝罪してきた。
だが、それは価値観がそのままの文が俺に許してもらいたが故だけの態度だった。
謝罪の内容は俺に対するものだけだった。
いきなり乱入して俺に迷惑をかけたと。
とにかく俺に対して自分がしたことを無条件に誤っていた。
それは、未だに俺という人間は自分の夫だという勝手な決めつけがのこっている、あのお見合いは不倫だと未だに思っている文の反省の色が見えない形だけのものだった。
その時点で文に反省の色が見えていたら、慧音さんとお見合い相手に対する謝罪の言葉があったら。
俺の反応は変わっていたかもしれない。いや……変わらなかったかもしれない。
あの時の自分のテンションは自分でもよくわからない。
呆れと怒りが文にあって、でもそれが感情としてまったく湧いてこなくて。
結果、俺は文を無視して素通りして飯屋にむかった。
後から聞いた話だと俺は真顔だったらしい。文からは、自分になんの興味もない目だったと言われたな。
その後もちょくちょく文は俺の目の前に現れた。
「おはようございます」などの挨拶だけしてくることもあればはっきりと「なんで無視するんですか?」と聞いたり「なんか言ってください」と言ってくることもあった。
それに例の、形だけの謝罪をしてくるときもあった。
その全てを俺は無視した。
一応俺の家の中や、仕事中には来ないという、それ以前の文に比べれば場を弁えてはいたが。そんなことはどうだって良かった。
段々と、しつこくはならずとも必死な感じになってていたが、俺は意に介さなかった。ひたすらに無視を続けた。
そんなある日。
家に帰ると、家の扉の前で文が通せんぼしていた。
「どけ」でも、なんでもとにかく、俺に意識を向けて欲しかったらしい。
俺はその時気づかなかったが、かなり追い詰めれた文は青ざめた顔をしていた。俺に無視され続けることに限界がきていたらしい。
でも、俺は。入れないことがわかるとすぐに文から意識を外して、踵を返して来た道を戻って行った。
その時の無視で文は我慢の限界を越えた。
俺は中身のない、「ああああ」という叫びを背後から聞いた。その叫び声を上げたのは文だった。
文は大声で叫びながら俺に向かって低空飛行して接近すると、俺を捕まえた。
そして、飛翔し、そのまま自分の家へと俺を連れ去った。
そう。その時、俺も天狗に攫われたんだ。
俺は文の家で連れていかれると、押し倒された。
文は俺に馬乗りになると色々と叫んできた。
確か。
自分はこんなに愛しているのに何故か。
人間でありながら天狗に惚れられたのをどうにも思わないのか。
ここ数日の私の気持ちを考えたことあるか。
どうして私の気持ちに答えてくれないのか。
こんなに私は苦しいんでいるのに。
そんな内容はあったと思う。
そしてその合間に何度も愛しているや好きという言葉をはさんできた。
今思えば、勝手に夫婦認定した理由などとは違い、始めてのはっきりとした告白だったと思う。
ただ、それを聞いているうちに。
俺の冷めきった感情は、逆転し、大きな怒りの感情となって表に現れた。
俺の怒りが爆発した後は、逆に俺が叫びまくった。
罵詈雑言だ。
何度も文の存在を否定し、侮辱し、けなし、拒絶した。
自分でも驚くぐらい汚い言葉を並べてな。
今では、文と夫婦になった今では。
例え彼女がいないこの場でも。具体的な内容は口に出さないと誓ったから言えないがな。
それを聞いていた途中から文は、俺から離れた。ただ、馬乗りから解放されても俺は罵詈雑言を続けた。
震えたり首を横に振ったり。挙句には泣き叫びがら彼女の力である風を起こし自身の家を無茶苦茶にした。
そんな時だったか。
俺を助けにある人間が乗り込んできた。
人里の真ん中。俺の家の前で俺を攫ったのを他の人間に見られていたことによって慧音さんにそれが伝わり。
慧音さんの依頼で異変解決のエキスパートが俺を助けに、文の自宅に乱入してきた。
彼女は、人間でありながら超常的な力を持つ……え?白黒の魔法使い?違う違う。
ああ、椛ちゃんに攫われかけた君を助けたってのは彼女だったのか。なるほどそれで未遂にね。
俺を助けたのは巫女さんだよ。そこはまぁ、本筋に関係ない。なにはともあれ俺は巫女に助けられた。
錯乱した文を不意打ちでノックダウンさせてな。
余談だが、俺は馬乗りになった際に押し付けられたところが、少し赤くなったぐらいで、錯乱した文の風などで傷がついたりはしなかったな。風は俺以外の家具などに向けられていた。
その後、人里に戻った俺は一時慧音さんの家に居候させてもらった。
文がまた来るかもしれないといって慧音さんが俺の自宅に帰してくれなかったな。
俺が対策を放棄して文を放置した結果なんだが、お見合い後すぐに対策をとらなかったことを悔いていたらしい。
慧音さん、面倒見がいい上、真面目だから。
まぁ、そんなわけで。仕事も休ましてもらって慧音さんの家で居候生活が始まったんだ。
仕事ぐらい行くって言ったんだが、慧音さん家から出してもらえなかった。
結局、文は来なかったな。
来たのは、文と俺の共通の友人であるはたてだった。
文に誘拐され助け出され、慧音さんのとこで居候を始めて三日がたった日だった……。
最終更新:2015年06月13日 23:07