天狗と人間3


玄関の方が騒がしいので気づいたんだ。
最初は文が来たのかと思った。
ただ、そのうち少しおかしいと感じたんだ。
文が懲りずに俺を取り戻しに来たとしたら、ずっと慧音さんの怒声が聞こえているハズだからな。
でも、慧音さんは途中から困惑した様子だった。
気になった俺は玄関先に出てみたんだ。

もちろん、俺の気配に気づいた慧音さんに咎められたが。
「なんで出て来たんだ」ってな?
俺はどうしても気になったのだと伝えて何があったのかと聞いた。
すると慧音さんは、やはり困惑した表情を浮かべ、脇にどいて玄関の外を俺に見せてくれた。

玄関の外ではたてが地面に顔をつけて土下座していた。
プライドの高い天狗が、半妖の慧音さんに。
そして俺にも。
はたてはそういった天狗と人間の上下関係を比較的気にしていないところがったが、それでも衝撃的だった。

はたては嘆願に来ていた。
まず、慧音さんに俺を出してくれるよう。
そして、俺に。文に会ってくれるよう。

親友の文の為に土下座していたらしい。
だとしても異常なことだが。
とはいっても、文の名が出た時点で俺も慧音さんも警戒した。
でも俺は、やっぱりはたてのこの行動が気になってしょうがなかった。
だから、慧音さんには反対されたが、はたてを家の中に招き入れて話だけでも聞くことにしたんだ。
はたては俺にとっても友人だったし、彼女は誘拐に関してまったく関与していなかったからな。
そんな彼女に、土下座をさせ続けるのは忍びなかったんだ。

招き入れた後も彼女は低姿勢だった。
今回の誘拐のことは自分からも謝ると。
そして、お願いだから。文に会って欲しいと。
慧音さんは罠じゃないかと警戒していたけれど、俺は彼女の態度に真剣な、必死な想いを感じたから俺はついて行くことにした。


俺とはたてと、心配でついてきた慧音さんと共に文の家に向かった。
文は寝室にいるらしく、まずははたてに居間に招き入れられた。


文に連れ去られたときに押し倒されたのも居間だったが、その時に風が荒らした以上にその時の居間は荒れていた。
俺が助け出された後にまた風を暴発させたことがうかがえた。
俺はその時点で嫌な予感がしてきていた。

はたては、文は寝室にいるから俺一人で会って来てくれと言った。
俺はそれを承諾して入りろうとしたが、入る直前にはたてが、「心の準備はしておいて」と言ってきた。
嫌な予感も相まって、俺は大きく深呼吸して、文の寝室に入って行った。

中は、居間以上に酷かった。
暗くてよく見えなかったが、見えた範囲だけでも様々な物が壊れて散らばっていた。
そして、部屋の壁際に文が座ってうつむいていた。


髪がガサガサで顔色は悪かった。
腕は血だらけだった。自らの腕を何回も爪でひっかいた結果で、その時も腕もかきむしっていた。

正直、ショックだった。
俺を攫った本人である文だが、その時の状態はあまりにも酷すぎた。
文がことを起こす前は、俺にとっても良き友人だったから。

これ以上見ていられない、逃げた出したい衝動にもかられたが、俺は少しずつ文に近づいて行った。
すると、文が何かボソボソと呟いているのがわかった。



文は俺が誘拐されたときに俺が文に言った罵倒を呟いていた。
また、罵倒の言葉ひとつひとつの間に謝罪の言葉を口にしていた。
俺に対しての謝罪の言葉だった。
すぐ近くまで来た俺の存在には気づいていないようだった。


見ていても埒が明かないので俺は行動に出た。
まず、俺は文の両腕の、掻き毟られた傷のない部分を掴んで掻きむしる行為を止めさた。
文は誰かが近づいていたことすら気づかなかったようで驚いた顔で顔を上げ、近くにいるのが俺であることに気付き、さらに驚いた様子だった。
文は「なんで……」と聞いてきたから、俺ははたてに呼ばれたと教えた。
最後に会った時に見たのが、取り乱した姿だったといえ、それでも今の状況は信じられなかったから。
俺は不味いかなとは思いつつも、文に直接どうしたのかと聞いた。


文は俺に無視されることに耐えられなくなって錯乱し、誘拐するという行動に出たが、それも阻止された。
その後、ひとりになって冷静になっていく中で俺の言葉が頭を離れなくなったらしい。
俺に嫌われたこと。否定されたこと。
その現状を冷静な頭で理解した途端、耐えられなくなったらしい。
だが、無視されることではなく嫌われたこと、否定されたことをなんとかしようにも。
これ以上に俺に関わりさらに嫌われることを考えると会いにいくこともできず自室にこもり、俺の言葉ひとつひとつに謝罪の言葉を延々と呟いていたらしい。


ここでその時の俺のスタンスをはっきりさせておくと。
もし、その時の文が、まだ傲慢な態度をとっていたら違ったのだろうが。
酷い状況の友人である文をなんとかしたかった。

文のしてきたこと、その後の態度は許せなかったが……。
一連の騒動で人を殺めたり、取り返しのつかないことはしていなかったしな。
一緒に酒飲んで馬鹿騒ぎするのは俺にとってもいい思い出だった。天狗と人間として恋仲というのはまったく想像できてはいなかったが友人としてはうまくやれていた。
そんな文の酷過ぎる姿を見て何とかしてやりたいと思ったんだ。

俺は、「言い過ぎた。悪かった。反省してくれたんならもういいいよ」と文に伝えた。
だが文はそれでも涙を流しながら首を左右に振っていた。
文は俺に嫌われることがいやで、許してもらいたい一心で謝っているだけで反省できていないと。
何度、ひとりで考えてみても長年抱いてきた天狗と人間の価値観を変えられなかった。
俺の言うことを本当には理解できていないと。
反省できていない。悪いと思えていない。俺への媚というか関係性を修復することしか考えていないと。
その状態も、俺の言ったことが理解できない状況も俺に対して申し訳なく思ってしまい文は自分を責めている様だった。

目の前に俺が実際に現れた文は、俺本人に謝罪の言葉を連発していた。
その様子を見ていた俺も段々と余裕がなくなって来た。
文を助けてやりたいという気持ちが大きくなっていった。

俺は文を抱きしめた。
驚く文に、赤子に対してあやすような口調で話しかけた。


確かに文のやったことに対して怒りがあると。
それに対して文は、まだ理解できていないこともわかったと。
文にその気があるんなら、人間の価値観、常識を教えてやる。理解できるまで叩き込んでやると。
だから、それ以上自分を責めるなと。

後日、文に聞いたところによると、
俺にそう言ってくれたこと、そもそも会いに来てくれたこと。そして、久々に聞いた怒っていない俺の声。
そういったモロモロで感情が爆発してしまったらしい。
文は、「お願いします」と人間の価値観の説明を受けることを俺に頼むと、泣いた。
大声で、俺の胸の中で泣いた。
泣き止むまで時間はかかったが、俺は頭を撫でたりして慰め続けた。

その日以来、また俺は文の家に行くようになった。
人間の恋愛観とか常識とか、あと幻想郷では通用しないだろうが、外の世界での法律とか。
その辺のことをほぼ毎日教えてやった。
人間のと言うよりは俺基準の価値観だな。


文は真剣に話を聞き、解らないことはすぐに質問するなどして本気で学ぼうとしていた。
その努力のかいもあってすぐに俺と価値観の共有ができた。
ちなみに学び初めの当日から、天狗特有の人間を下に見る傾向自体は完全になりを潜めていた。

あと……文は俺に悟らせなかったが。
俺以外にも他の普段話をする人間など。
俺と近い価値観をもっていたり、人間の常識を説明できる者に教えを乞いに行っていたらしい。
それである日、今後ケースバイケースで追加で教えることはあっても授業として毎日教える必要はないと俺は判断した。


そんな文がまず向かったのは慧音さんの家だった。
教えを乞う相手にも文は慧音さんを選ばず、俺にもう大丈夫と言われるまで会わないでいたそうだ。
文は慧音さんに対して謝罪をした。
突然押しかけたこと。攻撃したこと。お見合いをめちゃくちゃにしたこととか全部含めて。
慧音さんには許してもらえたが、その次に行ったお見合い相手はダメだった。
そもそも、人里の人間にとって慧音さんの様な一部の例外を除いた妖怪は畏怖の対象だからな。
それも一度自分に危害を加えた天狗が来たんだ。
もう2度と自分の目の前に現れなければ何でもいいと言われていた。
まぁ、そんな文とまだ付き合いのある俺ともこれっきりにしてほしいらしく。
完全に俺のお見合い話はなくなった。


俺もついて行っていたが。その日、印象的だったのは。
謝罪の際、文が土下座をしていたことと許してもらえなかったことで意気消沈していたことだ。
はたての土下座も衝撃があったが、文の土下座はそれ以上だった。
俺と同じ価値観となった新たな一歩として両者への非礼をどうしても許してもらいたかったらしい。
俺は、同じ人間同士でも謝罪をして必ずしても全てこのことが許されるわけでもないと教えて慰めてやった。


その帰りの、文の去り際。
文に封筒を渡された。
「なんだこれ?」と聞いている間に文は飛び去って行ってしまった。


家に帰って封筒の中を見てみると。
そこには俺への手紙が入っていた。
内容は、最初に改めて謝罪と授業へのお礼。だが、その本質は所謂恋文だった。

「この手紙を私が渡しているということは、例のお見合いの話が完全になくなったということでしょう。
私のせいでなくなったお見合いの直後に、こんな物をわたしてしまってすみません」

という一文がやけに印象に残っている。
白紙になったお見合いの話がまだ生きている様なら、そのお見合いがうまくいくようなら。
男女の中としては完全に俺を諦める気だったらしい。
これは、俺の憶測だが。もし、そのお見合いがうまくいっていたら、相手に気をつかって俺との関係を絶っていたかもしれないな。
その時以降の文なら。自分の欲望よりも俺と共有した価値観を守ることに執着している節があるから。
結局破談になったが。

そして俺が完全にフリーになったことで。
文は、改めて対等な立場で俺に告白しようとして、その手法として自信のある文章を選んだらしい。
その恋文の内容からは、俺を男性と好いている気持ちが十分に伝わって来た。
それと同時に修繕された関係がまた壊れることに対する恐怖も文体から伝わって来た。


さて、結論から言うと。
俺は文のことを恋人として受け入れることにした。
まぁ、結論もなにも今夫婦なんだけどな。
慧音さんのところで3日、外出もしないで室内にいる間、文が俺を異性として見ていること。
俺自身は、今回の事件がなかったとして文を、種族が違うとかのフィルターを外して純粋に異性としてどう思うかとか。
そういったことを考える時間もあった。
そして、授業の為に文と一緒にいて。ことを起こす前の友人関係の時に文と一緒にいて。
俺自身、楽しかったというのある。

そんなところだ。
俺が恋人として文を受け入れたのは。
一応、これで一連の事件は終了で、あとは特に問題も事件もなく、恋人から夫婦になって行くだけだ。
馴れ初めの話としては終わりだな。


……あえてその後話すとしたらふたつ。

文は、俺以外との人間のことを見下すことはなくなって、デートなり買い物で人間と接することも以後あった。
基本的、問題なく交流できていると思う。
だが、稀に許せてもらえなかったあのお見合い相手とすれ違ったりしたときは、青ざめた顔をしてしまうな。
一応合わないように極力、人里に来なかったり、行くときは時間を合わないようにしているみたいだが。
今の価値観だと、あの時の事件は文自身も自分を許せるものではないらしくてな。
特に相手方に許してもらえなかったのを後悔しているらしい。
許してもらえなかったことを思いだすのか……苦手意識と言うか、彼女を見ると体調すら崩してしまう。
相手方からは無視というか関わらないようにすぐ離れられている。
当事者に会いさえしなければ、一応笑い話にできるくらいには過去のことにはできた。
夫としては、そこは過去に縛られ過ぎず前に進めたことは嬉しい。気分が悪くなるのもなくなればなお良いが。

もうひとつは……多分、本質はひとつめと一緒なんだがな。
多分、あの事件の時に、文の心はどこかが壊れてしまったんだと思う。
俺が教えた価値観。俺から見たらもう問題ないんだが……ずれ過ぎてなければ、固有の価値観を持つぐらいはいいと思うんだが。
俺と価値観がズレることを極端に嫌う。
ちょっとでも違和感を感じると俺と認識合わせをしてくるな。


さて、こんなところだ。俺と文の話は。
参考になったなら、幸いだ。

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最終更新:2015年06月13日 23:08