霊夢/20スレ/656
ずっと、ずっと... ...。
境内の周りの鬱蒼とした森から、秋蟲の鳴き声だけが鼓膜を揺らす、とても静かな夜だった。満月の光が照らす、その境内の寂れた神社の奥の部屋に寝そべっている男女がふたり。
だが、ふたりからはとても生気を感じることができないほどに... ...、あたかも死んでいるかのようだった。
いや、"半分"はそうなのだ。
まだ生きているかのような、彼の手を握る。
「ずっと、ずっと... ...こうしたかった... ...。」
見た目とは裏腹に、その手には温度的な暖かさこそなかったものの、何故か安心感に包まれる。
私のよりも一回りくらい大きな手。できれば、その暖かさも感じたかった。
境内の掃除をしていたら、一人の人間が階段を登ってくる。私は彼の姿を一目で里の者ではないと察した。衣装こそ派手ではなかったのだが、此処、博霊神社には人払いしているわけでもないにも関わらず、参拝客は愚か、妖怪ですら進んで立ち入ろうとしない所なのである。
そんなところに迷い込んだ彼は、こちらのことなど一切目にくれず、此処はどこだなど、どうしてこうなったなど、荒い息を吐きながら、暫く自問自答を繰り返していた。その姿に見かねた私は、事情を説明した後、彼を神社に住まわせることにした。
今振り返ってみると、どうしてそんなお人好しな事をできたのだろうかと、自分でも不思議で仕方ない。
人里では、到底やっていけそうにない気の弱さを感じ取っての事だったのだろうか。
それとも、自分の寂しさを紛らわすためにとった行動だったのだろうか... ...。
月が雲に隠れ、そんな思い出にふけていると、視線の先には黒光りする無臭の染み... ...。それを見て私はまたあることを思い出す。
彼が... ...、○○が幻想郷に迷い込んできてから間もない頃だろうか... ...。
住まわせる代わりにさせていた仕事が一段落着いた彼に、熱いお茶の入った湯飲みを渡そうとしていた時だった。
疲れていたのか、思いのほか下のほうにあった彼の手に気付けず、渡し損なって零してしまったのだ。
その後の事はよく覚えていない。ただ、必死に平気を装う彼と、何故か今までに感じたことのない罪悪感があった事が脳裏に刻まれている。
そのくらいの頃からだろうか。私が彼を意識するようになったのは... ...。
今までそんな風に他人を意識することは無かった。妖怪たちと宴会を楽しんだことは何度もあるが、こんな気持ちは初めてだった。
寂しさと言う空白に埋まっていく彼... ...。いつの間にか、私にとって彼と接する時間が生きがいになっていた。
だが、博霊の巫女は誰かを特別視してはいけない。誰とも関わりすぎず、もしこの幻想郷に異変が起きたらそれを解決する。
そう自分に戒めた。すると余計に彼への意識が強くなる。
戒め続けた。さらに彼の存在が大きくなる。
そんな時、彼が外界へ帰還したいなんて言い出したのだ。
「ずっと、ずっと... ...好きだったのに... ...。」
私は大いに反対し、そして大いに取り乱したらしい。境内の半壊した鳥居がその時の様子を物語っていた。
彼は私を恐れた。怖がった。話さなくなった。近付かなくなった。
そして私はコワレタ。
境内の周りは真っ暗で、さっきまで聞こえていた秋蟲の鳴き声も聞こえない。神々しかった月光も射してこない。
そしてふたりだけを残して、あの時の染みも見えなくなっていた。
彼女はこの神社を丸ごと多重結界により封印し、さらにもう一度、結界を発動しようとしていた時にこう言った。
「ずっと、ずっと... ...一緒にいましょう... ...ね... ...?」
そして、最後の結界が張られ、時の流れも遮られた。
感想
最終更新:2019年02月09日 19:01