極秘資料:藤原○○への取材 同氏による発言全文
※記事にする際は、前もって藤原夫婦による添削が必須。あの炎は洒落になりません。
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「あんたは、私が気持ち悪くないのかい?」
「あんたは、私が恐くないのかい?」
こう問いかけられた時、俺は彼女の内側が見えた気がしたんだよ。
で、こう感じたんだ。この人は俺と同じなんじゃないか、ってね。
妻との出会いの話が聞きたいだって?
そんなの聞いてどうするんだ?
……ふーん、自分の所で専属の物書きやってる相棒さんを射抜く為の参考に……ねぇ。
あぁ、あんたその物書きに惚れてんのか。
で、ついでに受けが良さそうな内容なら記事にして売上を伸ばそうって所か。
ちゃっかりしてるというか、抜け目が無いというか。
まぁ……別に話す事自体は構わないさ。けどあんま期待しすぎないでくれよ。
俺とあんたとでは事情が違うんだから。
それと、記事にする事自体には反対しないけど、
妻の怒りを買うような過激な表現は避けといた方が良いと思うぞ。
脅しじゃなくて本気であんたが焼き鳥にされそうになっても、俺は庇わないからな。
俺は妻の味方だ。
さてと、何から話すか……。
あぁそうだ。参考になるかわかんないが、1つだけ先にアドバイスだ。
これは俺の持論だが、男女間のどちらが上だったとしても、
力任せのみで強引に物事を進め過ぎたら、得られるモノも得られねえぞ。
相手の心がこっちに傾いてなければ、いつか必ず逃げられる。あとに残るは喪失感と絶望だけだ。
……あぁ、そんな不安そうな顔しないでくれ。
相手側に、多少余裕が持てる程度に小出しにしつつ、焦らず機会を窺うんだ。
で、「ここだ!」っていう絶好の機会の時にこそ全力で攻める。
その見極めが出来れば、相手の方も、捕まっても「まぁ、しょうがないか」って受け入れるだろうさ。
結局の所、機が熟せば自然にってことだ。
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じゃあ、最初に俺自身の話からするとしよう。
俺はこの幻想郷に流れ着く数年前に1度、大切な存在を失っているんだ。
当時付き合ってた恋人だったんだけどな。
交通事故で……っていっても車がわからねえか。
えーっと、暴走した牛の突進に巻き込まれて命を落としたって言えばわかるか?
俺目掛けて牛が突っ込んできて、恋人が俺の身代わりになったんだ。
自分の目の前で、大事な人から熱や力が失われていく光景は、キツイぞ。
あまりにも強烈すぎて、俺の場合はしばらく碌に身体が動かせなかったな。
何もかもがどうでもよくなってね。……いや、どうしていいかわからなくて、かな。
胸の中心に、ぽっかりと空洞が出来る様な感じかね。
世界が灰色になり、自分を含めありとあらゆるものに興味が向かなくなったな。
あんたがご執心な物書きが、もし突然いなくなったらって想像したら、多少どんな感じかわかるだろ?
まぁ、それも妻に比べたら、大分マシなんだろうけどな。
自分だけは何年経っても全く姿が変わらず、周囲の人間は自分を残して逝ってしまう。
どんなに酷い怪我を負っても、次の日には平然としているから、。
それを見た他人は気味悪がり妻から距離を置く様になる。
あれは化物だと囁き迫害する。反撃すれば更に追い回される。
ならどうする?……逃げるしかない。
誰にも頼れず、たった一人でな。
本当の意味での孤独っていうのを経験してきたんだろう。
けど、それでも親しくなった後に拒絶される位なら、
最初から関わらないでいる方がまだマシだったらしい。
本人がそう言ってたからな。
けど、長い事一人ぼっちで生きていると、身体は平気でも心の方が病んじまうんだ。
……あの時の妻はあまりにも壊れてたからな。
結局の所、人は1人じゃ生きられない。
1000年なんて時を1人で過ごす……か、想像も出来ないな。したくもねえ。
あぁすまない、話が逸れたな。
さて、恋人を失って数年経った頃の事だ。
流石に多少なり心の傷は塞がり、一応俺は人並みの生活が送れるくらいにはなっていた。
ただ、人付き合いという点で言えば完全に悪化したけどな。
自分以外の他人という存在に、あまり興味が持てなくなったんだ。
恋人失った経験のせいで、新たに誰かと親しくなるのが怖くなったって所だな。
以前は専ら外に出て大人数でする類の趣味が多かったんだけど、
あの一件以降は読書みたいな1人で出来る趣味を好むようになった。
最初こそ周囲の人間も同情していたけど、
そんな風に変わってしまった俺を見て、それまでの友人は皆離れてったよ。
俺が幻想郷にやってきたのは、その直後だ。
最初こそ驚いたが、里の人達に良くして貰ったお陰で自分の状況を受け入れるの容易だった。
まぁ、正直外の世界に未練も無かったしな。
趣味になった読書も、紅魔館の図書館やあんたん所の記事やらでなんとかなったし。
……あぁ、ゲームが出来なくなったのは痛かったかもしれないな……。
で、新居を宛がってもらったんだが、それが偶々里の外れ、
迷いの森のすぐ近くだったっていうのが、妻である藤原妹紅という女性と知り合うきっかけだった。
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ここからは少し妻の話をしておこう。
藤原妹紅は不死身の身体を得た後、宛ての無い流浪の旅の末にこの幻想郷に辿り着いた。
たしか300年位前の話だって聞いたな。
しかしここでも、身体の事が災いして親しい人は作れなかったらしい。
厳密に言えば妖怪じゃないと言っても、当時の里の人から見たら、
不死身の人間なんて妖怪と大して変わらなかったのかもしれないな。
いや、妻が人間だからこそ余計に、かもな。
これだけなら、今までと大差ない話だったが、
とある2人がいたお陰で、幻想郷に落ち着く気になったらしい。
ご存知、上白沢慧音と蓬莱山輝夜の2人だ。
幻想郷にやって来た当時、孤独のせいで心が蝕まれていた藤原妹紅にとって、
己の理解者になってくれた慧音さんと、全力ではしゃげる相手の輝夜さんの存在は、とても大きかったんだろう。
あ、輝夜さんに関する発言は記事には載せないでくれ。
妻は自覚してないし、したくもないだろうからな。
指摘したら間違いなく本気でキレるだろうから、絶対にやめろよ。振りじゃねえぞ?
まぁ、あれだ「殺し合う程仲が良い」って話だ。
妻が輝夜さんの事を話す時、何だかんだで嬉しそうな顔してるからな。本人は気付いてねえけど。
とにかく、この2人のお陰で、当時の妻の心は癒された訳だ。
で、だ。
ここからは俺が幻想郷にやってきた頃の話になるんだが。
藤原妹紅にとって大事な存在の片割れ、上白沢慧音がとある人間と恋仲になる。
その人物は俺と同じく外来人だったが、仕事として慧音さんの開いている寺子屋の手伝いをしていたんだと。
なんでも外の世界で教師の経験があったらしく、その経験に彼女はとても助けられたらしい。
まぁ、人に何かを教えるって言うのは、中々大変な事だからな。
で、同じ職場で過ごす内に、慧音さんはこの外来人に段々と心を奪われていったんだとさ。
妻も、悶々と悩む慧音さんの相談に乗ったりと色々やってたらしいんだが、
晴れて2人が恋仲になると、思う所があったみたいでね。
なんだかんだと自分を気にかけてくれる存在が、別の人間に夢中になる。
それは自分との関係にも影響が出やしないか不安になったらしい。
そして結果として、その不安は的中する。
誰であっても、恋人や想い人が出来れば変わる。
慧音さんも例外ではなく、彼女の中で藤原妹紅という人物が占める割合が、明らかに減ってしまったらしい。
あくまでも妻の言い分に寄ればだけどな。
まぁ、仮にそれが事実だとしても、それを理由に慧音さんを責めるのは酷な話だ。
妻も、それがわかっていたからこそ、ちゃんと2人の関係を祝福はした。
が、やはり感情面では少なからず思う所があった。
で、そんな風に考えてしまう自分に対して自己嫌悪に陥っていたらしい。
永い旅路の中、ようやく出来た理解者または友人が、自分から離れて行ってしまうかもしれないと言う不安感。
友人だからこそ素直に祝福してやりたい反面、今まで自分がいた場所に後から割り込んできた人間への嫉妬。
理性では自分の感情が間違いなのがわかるからこそ、それでも湧き出て止まらない負の感情への自己嫌悪。
この時点で、妻にとって大事だったもう1人の人物、
蓬莱山輝夜を頼る事が出来ていればまた話は違ったかもしれない。
けど、それは妻には無理だった。
まぁ普段のやり取りを見れば想像に難くない。
妻は輝夜さんに弱みは見せたくなかっただろうからな。素直じゃないというか、意固地というか。
で、そんな答えの出ない問題に悶々と悩む内に、長い間心の奥底で眠っていた孤独が鎌首をもたげた。
極端な
話、このままだと自分がどういう行動を取るのか、
自分でも予想がつかなくて幻想郷から出て行こうかとも考えたらしい。
藤原妹紅が誰にも頼ることなく悩み続け、その精神も限界が訪れようかという時に、
自分の家の近くに1人の外来人が越してきた。まぁ俺だな。
幻想郷にやってきてから既に300年程経っていたが、
未だに里の人達との距離は縮まらず、相変わらず壁を感じていたらしい。
だから、わざわざ近所に越してきた俺は、妻から見たら非常に珍しく感じたんだと。
とは言っても、俺の方には特別何かしら意図があったわけじゃなかった。
近くに住む事になったのは偶然だし、人付き合いにしたって、
俺としては誰が相手だろうと当たり障りの無い程度に留めるつもりだった。
実際この頃の俺の妻への対応はというと、
ご近所さんとして顔を合わせた時に、挨拶ついでに軽く雑談していた程度だったしな。
まぁ、俺の新居を選ぶ際に慧音さんもいたらしいから、もしかしたら何かあったのかもしれないが。
が、それでも、たったそれだけの事でも、当時の妻にとっては大いに救いになっていたらしい。
俺の眼には、他の人間とは違って恐れや嫌悪が浮かんでおらず、
普通の雑談が出来るのが嬉しかったんだとさ。慧音と話すのと同じ気分だった、とか言ってたな。
ん?なんで俺が妻と普通に対応出来たかって?
あぁ、それは後でまとめてちゃんと説明するさ。似たような事をあいつ本人からも聞かれたしな。
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次の場面はまた少し時間が経って、俺が幻想郷に越してから大体半年くらい、
ある程度ここでの生活にも慣れてきた頃の話だ。あんたの質問への肝になる部分だ。
近所ってことでほとんど毎日顔を合わせるにつれ、俺と妹紅はそれなりに親しくなっていた。
自宅で作ったっていう干し柿を持ってきてくれるんで、茶を出して取り留めの無い話をしたり。
読んでいる本について軽く話して聞かせたりする位だな。
その日、フラっと家に来た妹紅は、妙にもじもじしたり、
口を開きかけて話すのを途中で躊躇したりと、明らかにいつもと比べて様子が変だった。
しばらくその様子をぼんやり眺めていたら、彼女は出した茶を一息に飲んで大きく深呼吸してから、
意を決したように俺を見据えて、質問してきたんだ。
「あんたは、私が気持ち悪くないのかい?」
「あんたは、私が恐くないのかい?」……ってな。
最初はその質問の意味する所がよくわからなかった。
俺の様子を見て察したのか、彼女は補足を入れてきた。
要は、自分は他の人間とは身体の仕組みが根本から違うし、妖怪と互角以上に戦える程の力もある。
それが恐くないのかという事だった。
言葉は少なかったが、目付きやかすかに震えている手先が、
その質問が単なる雑談のネタの1つとしてではなく、真面目な解答を望むものだと語っていた。
俺が里の人に新居を案内してもらった際、近くに住む存在について、簡単に話を聞かされた。
藤原妹紅という化物には気をつけろ、ってな。
そんなこと聞かされるんで、越してきた直後こそ確かに俺自身多少警戒はしてた。
けど実際面と向かって彼女に挨拶した時点で、そんな気はあっさり無くなったな。
全てではないけど、1番大きな理由としては、
見た目がどこにでもいる女の子と変わらなかったってのが大きいな。
それと彼女が、普段の仕事として里の人達の為になることをしてたからかな。
迷いの森で迷った人を人食い妖怪から助けたりって話しを聞いて、警戒する理由が無くなったんだよ。
むしろ里の為に色々してくれている少女を化物扱いで忌み嫌う里の人の常識を疑ったよ。
不死身の身体って点に関しては、そうだな。
一言で表すと、「俺が現代日本っていう異文化に寛容な国の、とある文化にハマっていたから」かな。
……うん、意味不明なのはわかるけど、何言ってんだこいつみたいな顔すんな。
あんたの相手も外来人なんだろ?しかも物書きってことは小説家だ。
じゃあ試しに聞いてみると良い。
「日本で高い人気を誇る『物語』で、主人公が異端な力を持つ作品をどれだけ知ってる?」って。
余程、物語の好みが偏った奴じゃなきゃ、少なくとも2つや3つは直ぐに出てくるぞ。
大昔からずっとこうだったわけじゃねぇと思うけど、
今の日本って国は外の世界の中でも、異文化やら異教異端にかなり寛容でね。
特に俺が生まれてからの20年ちょいの間に、
そういう異端な力を主な題材にした作品が物凄い数が世に出ててるんだよ。
100や200なんて話じゃないぞ?桁が2つは足りないよ。
おぉ、今日1番の驚きって顔してるな。
そんな環境で育ったせいか、そういう特別なナニカに対して、
忌避するどころか憧れる奴が、日本では凄く増えてるんだ。
「ちゅーにびょー」って言うんだがね。
主人公やそいつと恋仲になるヒロインが吸血鬼であったり化物の血を引いているなんてのは、
今じゃ割と王道な部類になるぞ。
俺が恋人を失ってから、読書が趣味になったっていっただろ?
読書っていっても、全てが全て活字だらけの堅苦しい作品ばかりじゃない。
絵と文字を同時に使う漫画なんてそれ以前から相当読んでた。
現実から逃げたくて、特にそう言う空想モノの作品を読み耽ってた時期もあったしな。
そんな訳で、俺は元々そういうの異端な力っていうのにも抵抗がなかったんだよ。
俺が妻と出会う頃やそれより前ならともかく、妖怪が人間を食料として見なくなった今の幻想郷なら、
是非とも暮らしてみたい、なんて考える輩は外には山ほどいるだろうさ。
……俄かには信じられないって顔だな。
まぁ、「ジャパニーズサブカルチャー」は世界規模でも影響力あるからな。
あんたの所の新聞でも、試しに使ってみたらどうだ?
異種族や異能を持つ主人公の作品。それが悲哀の内に終わるモノだろうが、
祝福されるモノになろうが、ここでは反響が大きいんじゃないか?
っと、話が逸れたな。
まぁ俺の方はそういう事情でね、近所にいる少女が変な力をもっていようが、
それが俺に向けられる訳じゃないなら、特に思う所がなかったんだよ。
抜き身の刀ならともかく、しっかり鞘に収まって飾られてある刀を見て怖いと思うか?
そんな事を話したんだ。
俺の話を聞いていた妹紅は、終始無言だったんだが、色々と考え込む様にして帰ったんだ。
日差しが丁度被る時間帯で、戸を開けた後俺の方を見る顔がどんな表情だったのか良く見えなかったんだが、
今にして思うと、多分涙ぐんでいたんだと思う。
俺の方はと言うと、1人になった部屋でもう質問を反芻してみた。、
質問の意図に考えを巡らせている内に、妹紅を取り巻いていた環境がどんなものか、朧気ながら察しが着いたんだよ。
追いかけようかとも考えたが、結局その日はそのまま家で過ごす事にした。
ちょっと配慮が足りなかったかもと思わなくもなかったから、
もし次に会う時にも尾を引いてるようなら、謝罪しておこうとは思ったよ。
それから数日の間、妹紅との接触は一切なかった。
ただの偶然なのか意図して顔を合わせない様にしてたのか、その時はわからなかった。
この状態がもし長引くようなら、俺の方から家に尋ねてみるかとも考えたな。
けどあの質問から五日経った日の夕方ごろ、妹紅の方からまた顔を見せに来た。
この前は急に帰ってすまなかったって謝ってきてね。
お詫びの印って事で、珍しい肉を持ってきたから一緒に食べようって誘ってきたんだ。
里の食卓事情で、肉って言うのは割と高価なものだからな、最初は流石に悪いて断ろうかとも思ったんだが、
どうしてもって言うんで好意に甘える事にしたんだ。
鍋一杯に出来たモツ煮込みがあまりにも美味そうだったから、思わず涎が出そうだったよ。
……まぁ今にして思い返すと多少思う所はあるけどな。
で、モツ煮込みには酒だってんで、家にある酒で小じんまりとした飲み会に突入した訳だ。
その席で妹紅は俺に、「異端や異能を持つ人間が主人公になる物語」について、色々話をせがんできた。
例えば、
悪の秘密組織に全身を切り刻まれ、鋼の肉体を与えられた正義のヒーローの話。
大昔、悪魔の身でありながら慈愛の心が生まれ、人々の為に立ちあがった1人の魔人の話。
その魔人の血を引き、世の中の裏側に蔓延る悪を成敗する銀髪の男の話。
大いなる存在の手で、悪魔と人間の両方の血を引く存在に生まれ変わった修羅の話。
吸血鬼の血族である事を忌む少女と、それを知り、それでも態度を変えない少年との恋物語。
異種族の血が入っていると言う理由で幼馴染の少女を殺された少年の、悲しき復讐の物語。
等など。色々だ。
割と有名なのもあるから外来人ならいくつかは何の話か見当が付くと思うぜ。
妹紅は嬉しそうだったな。少なからずそういった物語の主人公と自分に似た所を感じたんだと思う。
で、そのまま俺に質問してきた。
「○○は、そういう特別な力とか、身体に憧れる?」ってね。
純粋に興味があるから聞いてみたいって感じの声音だった。俺は少し考えた後でこう答えた。
是でもあり、否でもある。
誰にも負けない力、そういうモノには純粋に憧れる。特に男はいくつになってもそう言うもんだ。
ただ、自分はヘタレだから、いざそういう力を持っても、それで戦えるかは分からない。
争いが好きな訳じゃないから、無用な争いの種になるなら不要と答えるかもしれない。
だから、欲しいとも思うし、欲しくないとも思う。大体こんな感じだったと思う。
「そっか。……私は、こんな身体、欲しくはなかったかな。」
俺の答えを聞いた妹紅はポツポツと語りだした。
「「
この身体になった直後はそれ以外に特別何かあったわけじゃなくてね、
単に死なないだけで碌な力もなかったから、誰かにこの身体の秘密がばれるのが怖くてしょうがなかった。
ばれたらどんなに自分は人間だと言っても、問答無用で化物扱いされて追いかけ回されてたよ。
五年、十年も全く外見に変化がなきゃ、どんな間抜けでも不振に思い始める。
気味悪がって碌に話さなくなるだけなら、まだいい。悪い時はそのまま奉行に連行されそうになったこともあった。
下衆な貴族共の玩具にされる危険だってあったし、いつどこの誰が私の秘密に気付くかと気が気じゃなかった。
炎の妖術っていう、身を守る技を手に入れてから、
妖怪退治に精を出す過程で、多少は他の人と顔を合わせる機会を増えたけど、
仕事の時に私を裏切って、背後から襲いかかって来た輩も1人や2人じゃなかった。
で、そんな奴らの死に際の言葉が、大体決まって「化物め」とか「この妖怪が」なんだよ。
私自身は私を生粋の人間だと思ってる。
けど、私の事を知った他の人は決して私を人とは認めてくれなかった。1人としてね。
そうやって、ずっと1人で放浪してるとね、その孤独な状態に慣れていくんだよ。心を犠牲にしてね。
期待しても裏切られる、親しくなっても離れて行ってしまう。
悲しい事に、誰とも深く関わらず、1人で生きていく辛い時間こそが、
それでも1番マシなんだって、理解しちゃったからね。
それに慣れていくしかなかったんだよ。
そんな私がこの幻想郷に腰を据えたのは、慧音がいてくれたからなんだ。
半妖の慧音は、私が話さなくても、一目で私がどんな経験をしてきたのか察してくれた。
こんな身体になった私の、初めての理解者になってくれたんだ。
」」
ここまで語った位から、徐々に妹紅の瞳に滴が浮かび始めていた。
「「
けど少し前、慧音には私以上に気になる相手が出来たらしいんだ。
それ自体はとてもいい事だって思うよ。だけど、それを素直に祝福出来ない自分がいる。
慧音もまた、私から離れて行ってしまうんじゃないかって。
そんなことは無いって信じたい。けど、どうしても不安が消えないんだよ。
それに、慧音が相手と2人でいる姿を遠目で眺めてると、それがとても美しい物だって思えた。
でも、同時になんで慧音には想える相手がいるのに、私にはいないんだろうって嫉妬してしまう。
そんな自分が嫌で嫌で、嫌で嫌で嫌でしょうがないんだ。
その頃は慧音と話をしていても、偶に顔が引きつってしまう様になってきちゃったんだ。
もういっその事、私なんか消えて無くなってしまえばいいのにって何度も思った。けど、私は死ねないんだ。
」」
曰く千年以上の時を生きる不死身の女。
炎を操る術を得意とし、その力は天狗ですら軽視できない程強力である。
噂では、本気になれば紅魔館の領主よりも恐ろしい力を発揮するとかなんとか。
非常に寡黙で、何を考えているのかわからなく、非常に不気味である。
俺が彼女について以前里の人から聞かされた情報はこんな所だったが、
あの時、目の前で涙を浮かべて弱音を零し始めた隣人の姿は、そのどれにも当てはまらなかった。
見た目相応の、些細な事で不安に駆られる、どこにでもいる人間の少女にしか見えなかった。
いや、年端も行かない幼子が感情のままに泣き喚いているって表現の方が近かったかもな。
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この少女は、昔の俺と同じで、失う事が恐くて他人に近づけなかったんだって、気が付いたんだ。
そんな俺の考えを余所に、彼女は話を続けた。
「「
そんな時だ。
自棄になって輝夜相手に憂さ晴らしに行っても気分は晴れないし、
もう幻想郷から離れてまた旅でも始めようかと本気で思い始めた辺りで、あんたがやってきた。
里の人間は私の顔を見ると誰もが眼を細めて嫌そうな表情を浮かべるのに、
あんただけは一切そんな顔しないで、普通に接してくれた。
普通、そう、普通だったんだ。
この身体になって、あんたみたいに極普通の反応を返す人間は、慧音以外では本当に久しぶりだった。
いや、人間では初めてだったかも。
その、誰もがやってる極当たり前の応対に、あの時の私が、どれだけ救われたか、わかる?
心を覆う闇が一瞬で祓われた気分だった。
暗闇の中で一筋の光が差し込むかのような心地良さだった。
何度か私の身体が治る瞬間を目にしたもあったよね?
でもあんたは驚きはしても、凄いなって言うだけで、その後の態度が全然変わらなかった事実に、
私がどれだけ狂喜乱舞したかったか、わかる?
慧音とその相手の姿に羨み、嫉妬に狂いそうだった私は、
久しく感じていなかった孤独に押し潰される寸前だった私には、
『あの時、あんたしかいないと確信したんだ。』
」」
それまで涙ながらに静かに語り続けていた妹紅は、
突然絶叫とも言える程声を張り上げ、同時に小さな火の玉を俺に向かって投げつけてきた。
彼女の言葉に意識を向けていた俺は、突然の行動に碌な反応が出来ず、
気が付くと火の玉は目の前まで迫っていた。
考えるよりも先に、思わず目を閉じ片手を顔の前に持っていった。
次の瞬間、翳した手が熱で焼け上がるのを感じた。
熱い、痛い。
思わず蹲り自分の掌を凝視した。案の定、掌は物凄い色になってたよ。
いきなりの事態に混乱した俺だったけど、直後目にした光景に、それ以上に混乱させられる事になる。
つい数秒前まで、真っ赤に爛れるどころか所々黒く焦げ上がっていた掌が、
少しずつ時間を巻き戻すかのように元の状態に戻り始めたんだ。
それに合わせて脂汗が浮き出る程の痛みもどんどん退いていくんだ。
掌の様子に眼を奪われ呆然としていた俺は、近寄ってきた妹紅によって押し倒された。
仰向けになった俺の身体に覆いかぶさり、そして胸元に顔を埋めて、先ほどの様な涙声で話を再開する。
「「
こんな身体になった私相手でも普通にしてくれるあんたしかいないと思った。
けど、この気持ちをそのまま打ち明けても、もしあんたが拒絶したらと思うと怖かった。
もし受け入れてくれたとしても、あんたには寿命がある。
それじゃあんたは私を残して逝ってしまう。遠からず必ず私はまた1人になってしまう。
あんたと同様に私を受け入れてくれる人間がいるのか。
探し求めた後で、やっぱりあんたが最初で最後だったなんてならない保証はあるのか。
それを想像すると怖かった。眠れなくなる位怖くなった。絶対にそんなこと許せなかった。
あんたを失うなんて考えたくなかったんだ。
だから……私はあんたを、私と同じ身体にしてしまおうと決心したんだよ。
さっきの料理を口にした瞬間から、あんたも私と同じ、死ねない身体になった。
あんたと同じ存在はもう私しかいない。
○○、私はあんたを愛してる。
お願い、私を拒絶しないで。怒らないで。あんたしかいないの。許して。
私を見て。私のモノになって。私を愛して。ごめんなさい。もう1人は嫌なの。
お願い、拒絶しないで。怒らないで。許して。ごめんなさい。私を見て。
私のモノになって。私を愛して。あんたしかいないの。ごめんなさい。
もう1人は嫌なの。お願い、拒絶しないで。あんたしかいないの。
ごめんなさい。怒らないで。許して。ごめんなさい。私を見て。私のモノになって。
私を愛して。ごめんなさい。もう1人は嫌なの。
お願い、拒絶しないで。怒らないで。許して。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
お願い、もう1人は嫌。私を、助けてよ。
」」
最後の方の妹紅の言葉は、懇願と懺悔ばかりになってた。
夜も深まり、蝋燭の明かりだけが頼りの薄暗い部屋の中、
俺に覆いかぶさる少女のすすり泣きとぼそぼそと心許無い言葉だけが続いていた。
次第に俺自身の混乱も収まり、自身の現状と彼女の言葉を反芻する余裕が出てきた。
視線を動かすと、胸元で銀髪が小刻みに震えていた。
俺はその頭を眺めていたが、ゆっくりと火傷の治った手をそこに乗せた。
瞬間、彼女の身体がビクっと跳ねた。
けど、刺激しない様に優しく撫でてやると、
徐々にその震えが収まっていって、次第に嗚咽の代わりに穏やかな呼吸音が聞こえてきた。
泣くのも、自分の本心を曝け出すのにも、意外と体力を使うからな。
頭を撫でられた時に、緊張の糸が一気に切れたんだろう。
彼女の両手が胸元をしっかり巻きついていたから、その状態から身動きは取れなかったけど、
俺は彼女の寝息を聞きながら、自分の事、彼女の事、これからの事にゆっくり考えを巡らせることにした。
そして夜が更けていく……。
とまぁ、こんな感じで今に至る訳だ。
……ん?俺がどうして妻を許したか、受け入れたかの理由が抜けてるって?
あー……まぁ、妻の気持ちに比べたらそんな大した話じゃないんだよなぁ。俺の方は。
最初の内は、あくまでも唯のご近所っていう軽い距離感が気楽だったんだ。
人付き合いが悪くなったとは言ったけど、多少は俺もずっと1人でいるのは寂しいって感じる部分はあったし。
ただ、余りにも親しくし過ぎる気がなかったってだけでね。
冷静になった後で自分がされた事を思い返すと、激怒して当然と言える事をされたんだと思わなくもない。
けど、あの時の妻の口調、震える身体、涙や鼻水でぼろぼろの顔、
なりふり構ってなんかいられないんだって物語る目、あんな姿で縋られたら、
怒りなんかより、庇護欲というか、慰めてあげなきゃな、って気持ちの方が先に出てきてね。
妻の中では、本当に後がないギリギリの状態だったんだと思う。
あんな状態で愛を囁かれたら、卑怯だと思わなくもないけど、やっぱ受け入れるしかなかったよ。
お人好しかな?かもしれないな。
あの当時、俺の方に妻に対して恋愛感情があったか、って聞かれたらそれは否だ。
けど妻の外見は贔屓目に見なくてもかなり美人だし、そんな女に好かれる事、
それ自体はこちらとしても嬉しい話だ。現金な話だけどね。
それに、妻は忌み嫌ってるみたいだけど、この身体の良い所は何か無いかって考えに耽ってたら、
俺と妹紅の2人なら、昔の恋人の様な理不尽な失い方はしないじゃないかって結論に至ってね。
これで俺が1人で放り出されてたら話は別だったろうけど、俺にはその時点で既に妻がいたからね。
色々思う所はあったし、騙し打ちに関して多少文句も言ったけど、結局、まぁいいかってなったんだよ。
「年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ」 っていうしな。
で、今に至る。
勿論、今の俺は妻を、藤原妹紅という、年上だけど年下みたいな女性を、心から愛してるよ。
これから先もね。
……あー、妻との生活での不満点ねぇ……。
……。
敢えて1つ挙げるなら、寝る時かな。
俺という相手が出来てから、妻と慧音さんとの関係も以前の様に、
いやそれ以上に良好なモノになれたと妻は言う。
それ以外の相手では相変わらず無愛想らしいけど、家の中では良く笑う様になった。
多少束縛が強いかも、とも思う節が無い訳じゃないけど、
俺の方も別に、他の人と積極的に交流を持ちたいとは思ってないから問題にならない。
妻がいる、妻の友人がいる、その友人の夫は俺とそれなりに気が合う。
これ以上無理して増やそうとも思ってないしな
ただ、寝る時だけちょっとな。
2人の間の約束として、寝る時は必ず妻が俺に抱きつく形で眠る事になってるんだよ。
で、それを俺が腕で包むようにして密着して抱き合いながら床に着く。
別にそれ自体が嫌な訳じゃない。妻が滅多に言わない我儘だし、
それくらい付き合うのはどうってことない。
むしろばっちこいなんだけどな。
例えば夜中にトイレに行きたくなって目が覚めたりするだろ?
で、起こさない様にこっそり抜け出して、用を足して戻ってみると、
必ず目を真っ赤にした妻が、1人は嫌だって言いながら泣いてるんだよ。
初めての時は明け方まで泣き止まなかったな。
だから今じゃそんな時は、毎回眠そうな妻を1回起こして、一言伝えてからってなってるんだが、
偶に寝ぼけて忘れると、その後がそりゃもうエライ事になる。
後は、冬はともかく夏場は蒸し暑くてちょっと寝苦しいのが問題といえば問題かね。
他で我儘らしい我儘をあんま強要してこない代わりに、これだけは頑として譲らないんだけどな。
まぁ、これから先も永遠に一緒に生きていける訳だし、本当に些細な事なんだけどな。
っと大体俺と妻の話はこんな所だな。特にもう俺から話す事はないぞ。
あんたの方も上手くいくといいな。
参考になったかはわからないけど、まぁ応援しとくよ。頑張りな。
※以上が藤原○○から頂けた回答の全てである。
この資料を記事にするのは、私が自身の目標を達成してからの事となるだろう。
-了-
最終更新:2015年06月17日 20:44