咲夜は○○が好きだった。
否、今も彼を好いている。
○○が館の同僚である美鈴と恋仲になった今でも、その気持ちは些かも衰えることは無かった。
勝負は既についてしまっている。
彼女は、負けたのだった。
しかし、負けてなお諦めることは出来なかった。
むしろ、遠ざかれば遠ざかるほどそれは強くみなぎり、燃え盛った。
視線が自然と○○を追ってしまう。
ーー肩。そこへと頭を預けたい。
ーー腕。強く抱き寄せられ
ーー胸。掌を乗せて鼓動を悦しみ
ーー背。やがては自らも腕をまわし抱き合いたい。
その唇を、お互いに求めながらそうしたい。
したい、したい、したい! だって、だってだって、だって!! 私だって愛していた!
愛しているんだもの! 当たり前でしょう? それが、それがもう二度と叶わないなんて……ッ
咲夜は悶えるほどに○○を求めていた。
何度も何度も、自分の指先を彼に見立てた。
○○がそうしてくれたなら……ううん、これは彼の指、これは彼の掌……そう思うだけで咲夜は何度も切なく鳴いた。
そんな彼女がついにはこうして禁忌を犯すのは正しく時間の問題だったのだろう。
静止した、いや「させた」時間の中、満願叶った恍惚の眼差しで咲夜は○○の手をとった。
ゆっくりと、それを自分の頬へと導く。

「あぁ……はああああアアアァァァ…アア」

長く感極まった吐息が長く尾を引いた。
恍惚であった。
○○は美鈴のもの。
それは分かっている。
二人は愛し合っている。
分かっている。この館の誰よりも、この郷の誰よりも!
しかし、私は誰にも知られない。
この気持ち、この胸の高鳴り、これから起こることを誰にも知られない。
咲夜はこの静止した世界ではたった一人の王。
たった一人の司祭なき神だ。
この世界の中でなら、誰一人彼女を咎めるものはいない。
そも、これから自身がすることは「起こった」と言えるのか?

「1秒にも遥かに満たない、刹那よりなお短いことなのよ? 少し……少しだけ何かあったかもしれなくても其れがなんだって言うの?」

無意識に封じていた、彼女だけが持つことの出来る理屈を、咲夜は謳うように唱えあげた。
何も、何も彼には起こらない。
○○が穢れることなどない。
ただ自分の世界の中の事象なら、毎夜行う慰めと何も違わないではないか?
そう違わないのだ。
彼は、私は、誰も裏切ってなど居ない。

「ねぇ、そうでしょう○○?…………そう、私も嬉しい」

咲夜は彼の頷く声を聞いたようだった。
拒まれることなど全く想定しない動きで、○○の首に腕をまわす。
鼻筋を擦り付けながら、うっとりと目を細め感触を楽しむ。
そさてほんの一瞬もだけ○○の瞳を覗いてからゆっくりと唇を合わせた。



咲夜の触れたところだけが動くことを許されるこの世界で、○○の唇は彼女の形に歪んだ。

(ああ……嬉しい…嬉しい! はは、はははやった! キス、キスした! ああ素敵……!)

閉じた瞳の奥で世界が新に色付いたようだった。
どこかモノクロめいた印象の合った世界が極彩色々に息吹を取り戻していくように。
それは自分を祝福するかのような、素晴らしい命の脈動に感じられた。
唇を触れあわせたまま、より深く悦ぶ為に○○の腕をとり自らの胸へと導く。
既に固く喜んでいた先端が待ち望んだ刺激にビクンとうち震える。
咲夜は頬を染め上げ、涙を溢れさせながら、より深く○○を侵食する。
ンフと女の匂いがする鼻息を浴びせ、○○の舌先へと自らの其れを絡めーー

その瞬間。咲夜の脳裏にある映像が割り込んだ。
紅い髪、豊満な胸と見事にくびれた腰……
それは誰よりもよく知る女。
今この時誰よりも何よりも見たくないビジョン。

(な!? め、美鈴邪魔をす……)

高電圧がショートしたような、流れ弾が鉄の扉に弾かれたような高く激しい音。
それと共に七色の光は弾け、同時にその極彩の爆心地にいた咲夜は強かに弾き飛ばされた。

「あ、あがぐ……っ ぎ、 ふ、ふぉぐ……えいふぃん…っッッ」

咲く夜の世界は解け落ち、平等な世界が再び時を刻みだしていた。
覚えのある激痛だった。
彩光蓮華掌……ゴッコ遊びのなかでだが、この内側から熔けて爆ぜるような感覚はこれに相違なかった。
はその激痛が遥かに強いことを除けば、まさに。
咲夜は薄れ行く意識の中、全てを悟った。
そして、何故か悔しさ怒りに混じって嬉しさが込み上げてくるのを自覚した。

ははは! ふぉは! こんなこと。ここまでのことを!
何よ美鈴。あんたも、貴女も私と同じだったのね
狂ってるわ! 私の想いは、貴女のそれと同類だったなんて!
ふふふふぉふぁははは! ○○、○○が愛した女は私と同類だった!
二人とも愛しているわ!

十六夜咲夜が意識を失うまでの僅かな時間。
彼女は、彼女達にだけ分かる狂気にうち震え、嘶いていた。


ギスギス紅魔館 番外編

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最終更新:2015年06月19日 22:38